風見学園お昼の放送(4日目)
「最初からこうしとけば良かったんだよ」
「気付くのが遅い」
時刻は昼休み。俺は杉並と共に放送室下のPCルームにいた。
ここの入り口も放送室同様、風紀委員が張っているわけだが、秘密の抜け穴があるので全く問題ない。
よもや内部に入る方法がどんでん返しだとは思うまい。
隣にいるのはここ3日の事件(俺が昼飯を食い損ねた)主犯杉並だ。

俺が音夢に突き出してもいい訳だが、俺一人でこいつを捕まえられる気はしない。
緊急事態用の風紀委員手錠を掛けてもあっさり外すだろう。

「ようやく飯にありつけるよ」
俺は朝にさくらから貰ったサンドウィッチをほうばる。
一昨日の焼きそばパンの代わりに作って貰ったものだ。
昨日はまだ多少機嫌が悪かったようだが、俺が弁当を作ってくれと言ったら喜んで作ってくれた。

サンドウィッチなのは焼きそばパンの代わりだからだ。
なんかさくらの機嫌が直っていた気もしないでもない。
しかし問題は家を出る時に俺に渡したせいで、それを見ていた音夢の機嫌がさらに悪くなったことだろうか。
なんか今日か明日に命の危機を感じる・・・

「もぐもぐ」
うん。さくらの料理は見事なもんだ。音夢とはもちろん比べ物にならない。
なんて本人に言ったら殺されるが。

「で、今日は誰がゲストなんだ?」
「うむ。水越にしようかと思ったが、あいつは歌よりもフルート演奏の方が上手いからな。とは言ってもフルート演奏を流しても盛り上がらん」
「それもそうだな」
眞子のフルートは見事なもんだが、歌の方が盛り上がるだろう。まぁ、一部の女子は喜ぶだろうが。

「そこでだ。今日は1日目朝倉妹に邪魔されて流せなかったお便りコーナーをする」
「お便りコーナー?誰か手紙を出したのか?」
「なんだ知らんのか?放送室の前にはハガキを入れる箱があるのだ」
「なんかいつもラストに本職の連中が言ってた気がするな」
「そのままでは風紀委員に回収される恐れがあるので、鎖でがんじがらめにした鉄製の箱を用意した」
「ご苦労さん。で、どれくらいのハガキが来たんだ?」
「なんと軽く」
杉並が3本の指を上げる。

「3通・・・なことはないから30か?」
「いや300だ」
「・・・この学園は暇人ばっかりか?」
「まぁ、筆跡を変えて1人で10通出してる奴もいたがな」
「それが分かるお前は凄いよ」
「よし、そろそろ時間だ。始めるぞ」
「へいへい。この紙の通りにすればいいんだろ?」
俺は杉並に渡された紙の通りにパソコンを操作する。
とは言っても文字を打つ訳でも無く、マウスでクリックするだけなのだが。

恒例の「ピンポ〜ンパンポ〜ン」の音が流れる。
「生徒のみなさん、こんにちは。みなさんのお昼を面白おかしくさせるパーソナリティー杉並です」
「ははは・・・・・・」
当人達には全く面白くないんだがな。ツナサンドを頬張りながら心の中でツッコミを入れる。

「みなさんのお陰で第4回の放送をお送りすることが出来ました。
本日は事前募集のお便りではない、放送室前にある投函箱のお便りも紹介させて頂きます」

もう一つの起動中のパソコンを見ると風紀委員のメールのやり取りが見れるようになっている。
どうやってるのかは分からんが、風紀委員の動きがよく分かる。
お、美春は放送室の前にいるな。

「学園を代表する3人をこれまで紹介して来ました。しかし、残念ながら1日目の朝倉音夢さんは曲が途中で終わっていましたね」
・・・音夢がどこにいるか常に確認しておこう。

「では、朝倉音夢さんで『心配かけてごめんね?』です」
おかしい。メールの中には音夢の『ね』の字も出て来ない。
学園の中で電話を使ってるとは考え辛いし・・・

「ん?どうかしたのか?」
杉並がモニターを覗き込んでくる。

「いや、音夢が目を血走らして探してると思ったんだが位置が特定出来なくてな」
「む、それはいかんな。朝倉妹の学園内警戒度はSだ。・・・まさか」
杉並が恐ろしい速度でキーボードを叩く。
バカみたいにウィンドウが開き、大量の意味不明なアルファベッドが出た後にCOMPLETEの文字が出る。

「やられたな」
「え?あ、あれ?」
先程まで見ていたメールはあっという間に変化し、音夢の名前が大量に出て来る。

「どうなってるんだ?」
「風紀委員はメールなどの連絡には独自の暗号を使っていてな。どうやら暗号を僅かに変更していたらしい」
風紀委員の連中はそんなものを使ってるのか・・・

「暗号でメール送りあってるのかよ・・・。あれ、でもなんでモニターには普通な文に見えてるんだ?」
「暗号をお前にも分かるように変換するプログラムを使ったからな」
そんなものまで組み込んであるとは・・・

「今回は暗号を変更したにも関わらず、前の解読方法でも不自然にならないように変えたのだろう」
ハイレベル過ぎる攻防に俺は驚きを隠せない。
さっきまでモニターに映っていたやり取りに不自然な部分は無かった。

「それでお前は何をしたんだ?」
「今さっき最新版の暗号解読にしたんだが、遅かったか・・・」
「え?それってどういう・・・」
と言い終わる前に後ろから声がする。

「こういうことですよ、兄さん」
この聞く者全てを凍りつかせるような声は・・・
ギギギと油の切れたロボットのような音を出しながら振り向く。
顔が直視出来ない。多分見たら一生脳裏に刻み込まれるだろう。

「こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
「や、やぁ音夢。奇遇・・・」
「何をしていらっしゃるんですか?」
チラっと見た音夢の顔は笑顔を崩してないだけに余計怖い。
見つかったら家でどうなるか分からないので見つからないようにしたかったのに・・・

「い、いやな。昼休みを利用してパソコンの勉強を・・・」
「へぇ〜。ところで、杉並君はどこですか?」
「へ?」
慌てて杉並のいた方向を見るが誰もいない。

「杉並君の声がしてましたよね?どこにいるんです?」
どうやら音夢は杉並の姿までは確認していないらしい。よし、しらばっくれよう。

「な、何を言ってるんだ音夢?俺は杉並と携帯で話してただけだよ」
「ふ〜ん、兄さんそういう態度を取るんですか?」
しらばっくれきった方が絶対に被害は少ないはずだ。

「じゃあ、このパソコンで何をしてるんです?」
「いっ!?いや、これはね」
「えっ!?」
俺がパソコンを見ようとした瞬間に音夢が驚きの声を上げる。
さっきまで直視出来なかった音夢を見ると、顔をやたらと紅潮させている。・・・何が映ってるんだ?

『私、お兄ちゃんのこと大好きだよ?』
・・・・・・はい?
『僕もだよ』
さっきまでのプログラムはどこへやら、以前杉並が貸してくれたことのあるゲームがオートで進んでいた。
たしか妹が12人もいるゲームでこのシーンは・・・・・・

「って、うわ〜!!」
「に、兄さんの不潔〜!!」
「ぐはっ」
音夢が横に立ててあったパソコン入門の本を俺の腹に直撃させる。

「う、薄くて助かった・・・」
「兄さんのバカ〜〜〜!!!」
ドゴッ

四つん這いにうずくまったところへとどめの何かを食らわされ意識が遠のいていく。
ガラッ
音夢は教室の外に走って行ったようだ。
何やら杉並が放送で喋ってるようだがよく聞こえない。




意識を失いそうになった時に声が聞こえた。
「大丈夫か、朝倉?」
「す、杉並?」
「いや、かなり追い込まれたが助かった。やはりお前を入れて正解だったな」
靄がかかったようだった脳が急に活性化して来る。

「お前、よくも俺を囮にしたな!と、痛たた」
「何を言う。お前を助けてやったんじゃないか」
「くっ、助かったはいいがお陰で俺はヘンタイ扱いじゃないか」
「妹にエロ本が見つかったとでも思え」
「思えねぇよ!しかも、その内容もあれだし」
妹に見つかったものが妹ものなんて最悪だ

「姉の方が良かったか?」
「どっちも良くない!」
「まぁ、いい。放送はまだ続いている。引き続き監視をしろ。朝倉妹は今日は参戦不可だろうがな」
「くそ、覚えてろよ」
俺はこぶが出来た頭をさすりながら椅子に座る。一体何でやられたんだ?

『パソコン用語集こんな言葉も知ってると超お得』

「・・・こんな分厚い用語集があってたまるか」
明らかに広辞苑並みの分厚さがある本がそこには落ちていた。

「どうやら赤面した朝倉妹を見て、PCルーム前の警備が居なくなったようだな」
「そりゃ音夢は一応この作戦のリーダーだしな」
「しばらくは風紀委員も機能が停止するだろう。よし、予定より早いがこれでさらに撹乱だ」
杉並がマウスを操作してフォルダを開く。すると、放送に少し不自然な間が開いた。

「では、お手紙の紹介に参りましょう。ペンネーム:バナナジャンキーさんから」

「完璧だ」
「今のでこれを放送するように操作したのか?」
「朝倉にしてはよく分かったな。ただしヤラセではない。本当にあった投稿だ」
「・・・バカだな。あいつ風紀委員だぞ?」
一瞬で誰が送ったか分かるペンネームなんてそうそうない。

「『音夢先輩の歌すっごく良かったです〜。また一緒にカラオケ行きましょう♪』いや〜元気ですね」
これでさらに風紀委員が撹乱されるわけだ。
予め収録したものを流しているだけのハズなのだが、杉並は何故かもう一つのモニターを凝視している。
俺は時間潰しに投稿されたハガキを読むことにした。混乱していて収束が付いてないのでしばらくは問題ないだろう。

「『水越眞子先輩の歌も流して下さい』これは私も考えたのですが、いまいち盛り上がらないだろうということになりまして・・・」
・・・教室に帰った時に眞子の怒りの様相が見て取れる。もう少し言いようがあるだろ?
放送を聴きながら投稿されたハガキを漁る。

「何々」
『音夢たん萌〜』
ゴンッ

思い切り机に頭をブツけてしまった。
杉並がこれを読まないで本当に良かった。

『ロリータボイスをもう一度!』
『芳乃さんは小さくてとても可愛いです。また今度撫でさせて下さい♪』
『白河さんの歌初めて聴きました。もう死んでもいいです』
『白河さん、僕と付き合って下さい!』
ロクなハガキがないな・・・
放送されないのが当たり前のようなハガキばかりだ。
それに対して杉並が読んでるハガキはまだ常識のある奴が書いているらしい。

「おハガキのコーナーはこの辺で。続いては、一番リクエストの多かった白河ことりさんで『Love song 歌お!』です」

「杉並?」
「ん?何だ?」
杉並はモニターを見たままこちらを見ずに返事をする。

「ことりの動きは分かってるのか?」
「問題ない。白河ことりファンクラブの会員No1,2,3に常に現在地の把握をさせている」
「・・・何で釣ったんだ?」
「パジャマ姿だ」
どうやって手に入れたのかは知らんが、夜はカーテンを閉めた方が良さそうだ。

「む、ここに近付いているな」
「今回はどうするんだ?」
「安心しろ。俺の計画にぬかりはない」
杉並は俺に不敵な笑みで答えた。




「開いてる・・・?」
ガラガラ
ことりが入って来るのを目の端で捉える。

「ん、ことりもパソコン使うのか?」
「朝倉君?どうしてここにいるの?」
「俺はタイピングの練習してるんだけど」
室内はスピーカーをオフにして放送が聞こえない。
だからこの反応で正しいのだ、とさっき杉並に言われた。

「私はその・・・。そう杉並君見なかった?」
「杉並?あいつはまた放送とかしてるんじゃないのか?」
「うん。だからここにいるかなって」
「ここにはいないな。またことりが被害者か?それなら探すの手伝うけど?」
「え!?い、いいよ。昨日も手伝って貰ったし」
これも杉並の計画通り。自分の歌を俺に聴かれるのが嫌だから断るということだ。
断らなかったとしても俺が付いて行って、ここを出て行けば杉並的にはいいみたいだが。

「それじゃあまた後でね。・・・スピーカー付けちゃダメだからね?」
「はいはい。じゃあ、また今度元枯れない桜の下で聴かせてもらうよ」
「う、うん」
ことりが出て行ったのを確認してから杉並が出て来る。

「全く、ああいうことを言うから朝倉妹も芳乃先生も妬くのだぞ?」
「・・・そうなのか?」
「そうなのだ。さて、この曲でラストだな」
いつの間にやらことりの曲が終わっているらしい。スピーカーの電源をオンにすると杉並の声が聞こえて来る。

「さて、今日もお別れの時間が来てしまいました。今日のお別れの歌は朝倉音夢&芳乃先生で『サクラ色の笑顔』」
・・・音夢とさくらがデュエット?

「これ本当に2人が歌ったのか?」
「もちろんだ。まぁ、本来は仲良しと言うことだな。お前が片方だけ優遇しなければ」
「・・・・・・・・・」
歌詞の内容も頭が痛くなる内容だ。現実に2人とも認めあってるのか?
あの2人が互いにどう思ってるかは俺には一生分かりそうにない。




家に帰ると予想通り音夢は全く俺と顔を合わせなかった。
軽傷の代償が余りにもデカ過ぎる。
とは言ってもコブは痛いし、腹にはアザが出来ているが。
しかし、1週間は続くだろうと覚悟していた気マズイ空気だったが翌日には音夢は普通だった。
何故か妙に音夢がニヤけていて逆に怖かったが・・・





外伝へ

お昼の放送シリーズ復活です。要した時間がほぼ4ヶ月。
内容が予め決まっててこれだけ間が開くとは・・・。覚えてない方がほとんどでしょうから第1話から第4話まで続けてどうぞ。
全くSSを書かなかった夏休みの充電時間を置いて書きました。
充電し過ぎて劣化している気もしないでもないですが。
第5話完結編は出来るだけ早く書きたいです。

続きは外伝になりますので、外伝を読んでから5話に進んで下さい。



                                         
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