風見学園お昼の放送(3日目)
「例え奢って貰えても飯が食えんのじゃ意味がない」
今日こそ昼飯にありつこうと俺は朝、珍しく早起きしてコンビニで弁当を買った。
一昨日は食堂にいて音夢に邪魔されて、昨日は中庭にいてさくらに邪魔された。
ならば今日は教室だ!
裏をかいての教室。昼休みのチャイムと同時にダッシュで一度トイレに隠れて戻って来るという念の入れ方。
音夢もさくらも今頃は放送室やらどこかで杉並探しに没頭しているハズだ。
教室にいれば何の問題も起こらないハズ・・・

「で、なんでこうなるかな〜?」
俺は一昨日、昨日と同じく放送室の前にいた。
鍵を取ってくる間出て来ないか見張っておいて欲しいとのことだが、もし出て来たところであの杉並を俺なんかが捕まえられる気は到底しない。
とりあえず、今日はこういういきさつで連れて来られた。




コンビニの袋の中からコンビニ弁当を取り出しながら恒例の「ピンポ〜ンパンポ〜ン」を聞く。
「みなさんから多くの反響を得ている私杉並のお送りする、お昼の放送。今日でめでたく第3回を迎えました」
「お前のせいで俺がどれだけ苦労してるか・・・」
「大変だな、朝倉も」
正面に座った工藤が同情の眼差しを向けてくれる。

「さて、今日は最もリクエストの多かった名実共に風見学園のアイドルに出て頂きましょう」
「ん?それって、まさか?」
俺は嫌な予感がして、右斜め前にいる3人組に目を向ける。
俺の視線の先ではすでに赤い髪の少女がスピーカーを凝視している。

「白河ことりさんです!」
「えぇ〜!?な、なんで私が」
「そりゃ、ことりが人気あるからでしょ?」
さも当たり前かのようにことりの正面に座るともちゃんが答えてる。

マズイ、このパターンは・・・
俺は弁当を抱えてこっそり教室を出ようとしたが・・・

「でも、本人に黙って放送するのはいただけないわね。朝倉君?」
ほら、やっぱり・・・
こっちを見ずにともちゃんが俺の名前を呼んだ。

「そうだよね」
とみっくんが相槌を打つ。

「あ〜、朝倉君今逃げようとしてたでしょう?」
「勘弁してくれよ。なんで俺が・・・」
「それは杉並君の親友だからかな?」
「友達と言われるのも嫌なのに親友とか言うな・・・」
「そんなことはいいから早く!」
ことりは席を立ち上がり中腰の俺に近付いてくる。

「い、いや、俺が友達なら工藤も友達だろ?」
「俺を巻き込むのかよ」
「ん〜、工藤君はダメだよね?」
「そうだな」
さも当たり前かのように工藤は答える。

「な、何で?」
当然俺はそんな答えを想定していなくあたふたする。

「杉並君と力勝負になったと時に朝倉君の方が工藤君より適任でしょ?」
「い、いや。おかしいぞ。同じ男、差別するな」
「そんなに私に協力するの嫌なんだ?」
ことりが上目遣いにこちらを見てくる。
どうしてこのポーズに男は弱いんだろうな?

しかし、ここで折れる訳にはいかない。今日は午後に体育あるし食べないのはかなりキツイ。
む!そうだ。
俺は中途半端に上げていた腰をドカッと椅子に降ろし、箸を半分に割る。
「別に問題ないだろ?ことりは歌上手いし、今日はことりの歌聴きながら食べたい気分なんだよ」
なんとか逃げようと、適当に今考えた理由をでっち上げる。

「どんな気分ですか、それは!」
ことりにしては珍しくちょっと怒ってる。

「それは、そうアレだ。美しい歌声を聴いて食べたい気分」
「日曜日にでも生で聴かせてあげるから」
と言って俺の腕を引っ張る。
作戦失敗。全校生徒に聴かれるより俺に聴かせる方がマシらしい。

「俺は昼飯が食いたいんだよ〜!」
「今度俺が奢ってやるから手伝ってやれよ」
「俺は今食いたいのに・・・」
俺はがっくりと肩を落とす。

杉並の放送は今ことりのプロフィールをこと細かに伝えている。
「今度食堂で奢ってくれよ?」
「はいはい、分かりましたよ」
俺とことりは放送室に走りながらそんなことを喋っていた。
意外に音夢とさくらに比べたら冷静だな。




ってな具合で今に至るわけだ。
音夢は杉並よりも他にいるであろう協力者を捕まえようとしているらしく、放送室側にはいなかった。
一昨日は放送室、昨日は下のPCルーム。PCルームは来るときに見たが、風紀委員が張ってたから違うだろう。

「それにしてもことり遅いな」
ことりの長いプロフィールも紹介し終わり、Purenessも真ん中ら辺まで来ている。
音夢もさくらもそれなりに上手かったけど、ことりは次元が違う。
言葉には表せないその違いを感じながら耳を傾ける。

と思ったら遠くから走ってくる音が聞こえてくる。美春とことりだ。
「遅かったな」
「美春ちゃんが・・・」
「す、すみません。鍵を離すと杉並先輩に取られると思って」
つまり、持ったまま杉並探ししてた訳だ。

「でも、美春が持ってるなら一度開けたんだよな?」
俺は美春から鍵を受け取りながら尋ねる。

「あ、はい。でも、やっぱり杉並先輩はいなくて・・・」
「えっ!?じゃあ私って走り損?」
「・・・何はともあれまずは開けようぜ」

ガチャ

「どうせもぬけの殻に決まって・・・」
なかった。

「杉並!?」
「杉並先輩!?」
「杉並君!?」
俺たちの目の前にはちゃんと杉並がいた

「遅かったな。今しがた1曲目が終わったところだ」
「なんで、お前がここにいるんだよ」
「そりゃ放送する為に決まってるだろうが」
「いや、そりゃそうだが・・・」
言葉に詰まった俺をことりが押し退けて杉並に詰め寄る。

「杉並君、早く放送を止めて下さい!」
ことりにしては声を荒げて抗議する。

「まぁ、待て。曲も終わってるし慌てることもあるまい」
と杉並は言ってるが、事前収録のテープなのだろう。今は投稿ハガキを紹介している。

「次の曲を流すつもりでしょ?早く止めて下さい」
「むぅ、せっかちだな」
杉並はそう言うと、携帯を取り出し電話を掛ける。いや、ワンギリだ。
杉並が携帯をポケットに仕舞うと同時に放送が止まり、杉並の声で少々お待ち下さいのアナウンスが流れた。

「準備のいいことで」
「あらゆる不測の事態に備えているからな」
「捕まえる前に聞いていいですか?」
美春が真剣な表情で杉並に尋ねる。

「なんで放送室の中にいるんです?PCルームと違って窓はないですし、昼休みすぐに入って確認して施錠したのに」
「ふっふっふ。どうだ?今日は完全に裏をかいただろう?」
「どうやったか聞いてるんです!」
美春が頬を膨らませている。いいようにあしらわれてるな。

「企業秘密だ。さて、長く放送を中断すると5時間目に重なってしまうからな」
「まだ続ける気なんですか!?」
「当然だ」
「そんなことさせるわけないじゃないですか。朝倉君、捕まえて下さい」
俺かよ・・・

「へいへい」
「ふ、朝倉ごときをぶつけて来てもムダだぞ?」
「裏かいても逃げられなきゃ意味ないだろ?」
「そうです!観念してお縄を頂戴して下さい、杉並先輩」
美春が本当に荒縄を取り出す。ついでにポケットの中から手錠も見えてるし。

「そうそう簡単には捕まらんよ」
そう言うと杉並はポケットからスプレー缶のようなものを取り出した。
あれは確か・・・

「さらばだ」
杉並がピンを引き抜くと同時に閃光が走る。

カッ

そうだ、閃光弾だ。とっさに目を閉じようとしたが間に合わなかった。
「あわわわ何も見えないですう」
「あ痛。こら美春暴れるな」
「きゃ」
「ふんぎゃ」
多分推測だが、美春が俺に体当たり、体勢を崩してる時にことりがぶつかったってトコか。
つまり、うつぶせの俺の上にことりが乗っかてるわけだ。背中に柔らかな感触を感じる。昨日のさくらとはえらい違いだ。

「うわ〜ん、音夢先輩〜」
「えっ!?」
「おげっ!?」
せっかく天国気分だったのに、その上に美春が乗っかったせいで苦しさの方が増す。
ことり一人ならともかく、美春も乗ればさすがに重い。

「は、早くどけ〜」
「み、美春ちゃん」
「す、すみません」
美春とことりが退いた頃には目も回復し出していた。

「見事に逃げられちゃいましたね」
「放送もいつの間にか再開してるしな」
「もう、早く追いかけるよ」
「どこに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」




この日も結局杉並は見事に逃げ切った。音夢とさくらもなんか対抗心を燃やして必死に探していたらしいが、捕まらなかったそうだ。
昼飯食わずの体育は死にそうだったし。さらに明日なんか昼前に体育があるのに抜いたら授業中に腹の虫が鳴るっての。
そういや俺がこっち側に付く義理なんて何もないんだよな・・・
そんなことを考えていると杉並からメールが来た。

『歓迎するぞ』
てめぇはエスパーか。どうやら俺の思考は簡単に読めるらしい。タイミングは偶然だと思いたいが。
やっと水曜日。ようやく折り返し地点だ。





4日目へ

1ヶ月近く開いてしまいました。
課題仕上げたらすぐに書くつもりだったんですが、あれから1週間経ってるし。
ことりの誕生日が近付いてることもあるので、お昼の放送シリーズは1回休みます。
ことり誕生日記念SSのあとに更新したいと思ってます。
それでは、次回4日目にご期待下さい。



                                  
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