頼子さんが消えた日、俺はどこをどう歩いたかも覚えていないが家の前まで帰ってきていた。

「電気が消えてるのって寂しいな・・・」
ポツリとそんなことを漏らしポケットから鍵を取り出し家の鍵を開ける。

「元に戻っただけなんだよな?」
誰に聞くわけでもなく自問自答する。

そう、元に戻っただけなんだ。
音夢が出て行って頼子さんが来るまでの短い間の1人暮らしに。
これからはずっと静かな家に1人なんだから。

覚悟は決めていたはずだ、それなのに・・・
家に居てここまで1人が孤独だと思ったことがあっただろうか?

「大体、音夢が帰ってきた時に頼子さんがいたら言い訳大変だもんな。俺はどうやって言い訳するつもりだったんだよ?
猫耳があるって言っても女の子なんだから・・・・・・」
気を紛らわそうとそんなことを言ってみるが、大きな声で言った独り言は静かな家の中に吸い込まれてすぐに消えてゆく。
静まり返った家は否が応でも孤独感を増大させた。

「何やってんだ、俺は?」
時計を見るともう2時を回っていた。
帰ってきたのが何時かも覚えてないが結構長い時間ここに居た気がする。

「腹・・・減ったな・・・・・・」
俺は頼子さんの言葉を思い出し冷蔵庫を覗きに行く。

もしもカレーがなければいままでのことは夢だったとでも言えるのだろうか?
全て自分が見ていた夢だったとしたら・・・・・・

しかし、カレーは普通に鍋に入れられて冷蔵庫の中に置いてあった。

「夢なわけないよな・・・。そうだよ、頼子さんはいたんだ、ここに。この家に」
ふと鍋の後ろにノートがあるのに気付いた。

「なんだ、これ?」
どこかで見たことがある気がするノートだ。

「これは・・・」
手に取って眺めてみる。
表紙には何も書いてない。




「そうか!俺が頼子さんに買ったノートだ」
しばし考えた後にふと思い出した。
料理の本を買い揃えた時、メモしたりするのに必要かと思って俺が買ったものだ。

「でも、それがなんでここに?」
冷蔵庫の中に普通はノートなんて入れない。

「見てみるか」
人にあげたノートを勝手に見るのは気が引けたが、ここに置いたということは俺に見て欲しいということだろうと理解した。
1ページ目を開いた瞬間、ノートの間から紙のようなものが落ちた。

「おっとっと。・・・メモ用紙?」

メモ用紙には可愛い女の子らしい字でこう書いてあった。


     これは私の日記です。
     朝倉さんに見て欲しくてここに置いておきました。
     読んでください。

                             頼子


「頼子さんの日記・・・・・・?」
俺は日記帳を持って1度リビングに戻った。
腹が空いて冷蔵庫を開けたことはすっかり忘れていた。

4月10日から始まるその日記にはこの20日間のことが全て記されていた。

初めての料理。カレーを作りすぎたけど俺が美味しいと言って嬉しかったこと。

外に出れなくて俺に迷惑をかけたこと。

俺が事故に遭ったこと。

その時何も考えずに外に出れたこと。

俺との初めてのデート。

そして、愛の告白。

俺が渡したゲーセンの指輪。

そして・・・今日の、いや昨日の別れる前の気持ち・・・・・・・・・




「頼子さん・・・・・・」
涙で多数のシミが出来上がったページを見て、俺もいつの間にか涙を流していた。

流れる涙を拭こうともせずに俺は日記を見続けた。
字が見にくかったけど気にも留めず読み続けた。

そして最後には俺に宛ててこう書かれていた。




      保障はないですけど、きっとまた会えるはずです。
      さくらさんもおっしゃって下さいました。
      終わりは始まり。だからきっとまた会えるって。
      私もそう思います。
      朝倉さん、今日まで本当にありがとうございました。
      この20日間のことは絶対に忘れません。
      元の姿に無事戻れたら必ず会いに行きます。




「猫に会っても仕方なかったよな・・・・・・」
涙を流したまま少し笑う。
ついさっきの猫。
にゃーと鳴くと、どこかへ去ってしまった。

その日、明け方頃に寝た俺は夕方くらいまでずっと寝ていた。
我ながら情けない話だが泣き疲れたらしい。
それから3日間、ゴールデンウィークの間の平日は何をしていたかも思い出せないぐらいボーっとしていた。

ゴールデンウィーク後半に入ると音夢が帰って来て、そこからいつも通りになれた気がする。
頼子さんがいなくなってしまったショックも、音夢の顔を見ると少しは軽くなった。
音夢が帰って来たその頃には、頼子さんのいた跡はどこにも残っていなかった。
わずか4日間で人が居たことなど分からなくなってっしまうものだ。
まぁ、俺が散らけたせいでもあるのだが・・・・・・。
女の子が住んでいたなんて気付かれたら今考えると殺されてたな。

ため息を吐きながらもどことなく嬉しそうに片付ける音夢を見ると、何も変わってないってことが分かる。
人間1ヶ月やそこらでは大して変わらないものだ。
その後の修行の成果とか言う料理も何も変わってなかった。
頼子さんとは比べ物にならないほどまずいカレー。頼子さんの進歩とは比べ物にならない。




何も変わらない。
変わってない。
頼子さんは消えてしまった。
音夢もまた本島に戻って行った。
でも、俺はいままで通り学校に行かなくちゃいけない。
いつもと変わらない日々になるだけ。

ゴールデンウィークの終わった5月7日。
新緑に染まった通学路を歩きながらそんなことを考える。

だが、この後俺は再会を果たす。
正確に言うと再会ではなく出会いなのだが・・・・・・。
いつもと変わらない日々は彼女が一緒に居ることが当たり前の日々になるのだ。

物語は終わらない。
終わりは始まり、そしてそれはD.C.のように・・・・・・





終わり

やっとこさ完成しました、頼子誕生日記念SS。
時間掛けたわりには短編ですみません。
完全オリジナルではなく本編の隙間を書いたような話ですが、ここは本編でもあっても良かったと思ってます。
そういえば頼子の誕生日ってことで頼子で書いたんですが、美咲の誕生日なのかな?
美咲はまたの機会に書かせていただきます。次の和泉子も今回と同じ感じになりそうです・・・
と、言うかこんなペースだと地獄の2月は乗り越えられませんね。
14日眞子、19日叶、29日香澄。冬休みの内に考えとかないと・・・
それでは次回作でお会いしましょう。



                                         

頼子の日記

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