私は本当に生きてるのかな?
病室の窓から外を眺めながら、小学生にすらなっていないあたしはそんなことを考えていた。

知らない土地の病院にある病室のベッドに一人きり。
両親は仕事が忙しくて平日の昼間になんか絶対にいてくれなかった。
休日ですら日が沈む頃になって現れてたことだってあったぐらいだから、よっぽど忙しかったのだろう。
それでも仕事の無い日は1日中一緒にいてくれたし、夜は面会終了時間までずっといてくれた。
決して両親があたしを嫌ってないことは幼いながらに理解していたと思う。
嫌っていたらそんなお見舞いをしてくれるハズはないのだ。

でも夜は一人きり。暗い病室に取り残されると泣きそうになっていた。
暗闇と静けさに押し潰されそうになったりもした。
それでもあたしは声をあげて泣いたりもしなかったみたいだし、それが嫌だと言ったりもしなかったみたいだ。
泣けばきっと看護師さんが来てくれたり、寝付くまでいてくれたりしたのかも知れない。
しかし、それは両親と一緒にいたいのであって看護師さんと一緒にいたかったわけではないと思う。
もし両親がいてくれても両親の負担になると理解出来ていたのだろう。
わがままを言う事もなく、あたしは夜も独りで耐えていた。

でも、それも長いこと入院生活を送っている内にきっとどうでもよくなっていたのだろう。
夜がどうせ独りぼっちなんだからと諦めて、それなら昼も独りでいいと感じたのだろうか?
検査、検診が繰り返される中でいつしか私は部屋では無気力に宙を見るようになっていた。
両親が来ても大して喜ぶことなく、笑顔を見せなくなっていたとついこの間両親に聞いた。
それがどれくらい続いた頃だっただろう?
あの人が突然病室に入って来たのは。
運命というものがあるのなら、この出会いこそが運命だったとあたしは今断言出来る。
そうでなければ病院から遠く離れた地で再会することなど出来はしなかったハズだ。

「お前はさー、なんで入院してるんだ?」
「お病気だから」
突然入って来て、尋ねてくる男の子にあたしは素っ気なく答えた。
チラっと見ただけだけど、黒い服でかなり背も高い。
あたしよりも年上なことはすぐに分かった。

「そうじゃなくて、何の病気かって聞いてるんだ」
心臓の病気。でも、それを見ず知らずの男の子に教える必要はない。
それに自分でそのことを言うのは嫌だった。嫌が応にも現実を思い起こさせられるから。
黙り込んだあたしはもう出て行くだろうと思って宙に視線を戻した。
しかしその男の子は出て行かなかった。

「それ、お父さんとお母さんか?」
サイドテーブルに置いてあった写真を見て聞いてきたのだろう。
しかし、それも本当に当時のあたしにはどうでもいいことだった。

「・・・・・・まだいたの?」
質問に答えることなく、あたしは何故まだいるのかと尋ねた。
当然そんな答え方をされれば出て行くと思っていたのだが、男の子は出て行かなかった。

「誰もお見舞いに来ないのか?」
あたしが気にしていることをストレートに聞いて来た。全くもって思い返すと昔もデリカシーが無い。

「・・・・・・知らないおじさんとおばさん」
その問いには答えずに先ほどの写真の問いに答えた。
両親だと言うと余計に悲しくなる気がして、気付くとそう答えていた。
しばらくの沈黙の後に男の子は急にこんなことを言った。

「なぁ、絵、見るか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
突然何を言われたのか理解出来なかった。
よく分からないといった怪訝な顔をして見ると妙に嬉しそうに男の子は微笑んでいた。

「絵だよ、絵。わかるか?」
「・・・・・・知ってる」
「よし、じゃあ見ろ」
「・・・・・・なんで・・・・・・」
戸惑うあたしを無視して男の子はスケッチブックを広げた。

「どうだ、綺麗だろ?」
自慢げに見せたその絵は確かに凄く上手だった。
色とりどりの花畑。青や白、黄色といった花が咲き乱れていた。
本当にそこに花畑があるかのように見える。

「・・・う、うん」
あたしは男の子の勢いにも押されて頷いていた。

「この絵はお前にやる。それと、また来てやるからな」
そう言うと男の子はスケッチブックからそのページを切り取ってあたしの手に乗せた。
その時の男の子の笑顔は凄く嬉しそうで、楽しそうに見えた。

その夜、いつものように会いに来た両親に絵を病院の壁に貼りつけてくれるように頼んだ。
久しぶりのあたしからのお願いが嬉しかったのだろう。すごく喜んでいたことを覚えている。
それから本当に男の子は毎日お見舞いに来てくれるようになった。
少し年上の男の子。あたしはその人に興味を持つようになっていた。

でも、あたしはいつ死んじゃうか分からないし、仲良くなろうとは思わなかった。
あたしはそのお兄ちゃんが描く絵を見るのが楽しみになっていた。
だからと言って、それをお兄ちゃんに伝えようとは思わなかった。
お兄ちゃんが描いてくれた絵をチラッと見る。それが日課になりつつあった。




初めてお兄ちゃんがあたしの部屋に来てから1週間が経とうとした日。
毎日太陽が傾き、空がオレンジ色になる頃を私はいつの間にか楽しみにするようになっていた。
もうすぐ来る頃だな〜と考えてたあたしの胸に激痛が走った。
「あぐっ、、、う、あ、あ・・・」
呼吸が不規則になり、息がまともに出来ない。
いつもの発作。あたしが願ったところで治まりはしない。胸を掴み痛みに堪える。
いつもそうだ。楽しいことや嬉しいことが近づくと発作が起こる。
お父さん・・・お母さん・・・助けて・・・・・・

「はっ、んぎ、がっ・・・」
必死に胸を掴んだところで痛いみは引かない。それどころか意識が遠くなりそうになった時、不意に手が暖かくなった。
誰かがあたしの身体を抱き締めてくれている・・・

「はっ・・・はっ・・・は・・・ぁ・・・く、ふっ・・・う・・・」
暖かくて大きな手。これはお父さん?

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・お父、さん・・・?」
「お前には、オレがそんなに老けて見えるのか?」
少しブスッとした返事が返って来る。それはお父さんの声じゃなかった。
閉じていた瞳をわずかに開くと真っ黒な服が目に入った。
涙目になった目で見ると、そこにはいつも来ていたお兄ちゃんがいた。

「・・・ありがと、おにーちゃん」
ようやく痛みが治まりだし、少し引きつった笑顔でお兄ちゃんに『ありがとう』を伝えた。
暖かい手があたしを冷たくて寂しい場所から救い出してくれた。あたしにはそう思えた。

「すごく暖かい・・・」
まもなく発作は完全に収まった。
お兄ちゃんは泣きそうな顔をしていたけど、私が笑うとつられて笑ってくれた。




「お兄ちゃん、次は何を描いてくれるの?」
その日からあたしはお兄ちゃんと仲良くなっていた。
山の絵も、海の絵もあたしには凄く新鮮だった。

「そうだなぁ・・・何かリクエストはあるか?」
「りく、えす、と・・・・・・?」
当時のあたしはリクエストの意味すら分からなかったが、まぁ5歳なら当然だ。

「描いて欲しい絵はあるかってことだ」
「欲しいの・・・?うん、欲しい、欲しい!」
「そうじゃなくて・・・。見たい物とか動物とか」
「動物さん・・・描いて描いて!」
「いや、だから・・・ったく仕方ないな、適当に描くか」
そう言うとお兄ちゃんはスケッチブックに素早く鉛筆を滑らせた。
お兄ちゃんのその時の顔は忘れられない。すごく嬉しそうに絵を描くその顔は、あたしには輝いて見えた。




「・・・サラサラサラ・・・っと、ほら」
「うわぁ、可愛い可愛い!これなーに?」
「知らないのか?これは猫と言うんだ」
「ねこさん・・・可愛い・・・」
「気に入ったか?」
「うんっ!ねこさんだーい好き!」
思えばこの時からあたしの猫好きは始まったのだろう。
この時にもし犬を描いて貰っていたら犬好きになっていたのだろうか?

「このねこさん、可愛い!」
「猫が好きなのか?」
「ううん。けど好きになった。お兄ちゃんの絵で好きになった」
あたしの無邪気な笑顔を見たお兄ちゃんは、一緒に笑ってくれた。
入院するようになってから、こんな嬉しい気分になったのはきっと初めてだったと思う。




私はお兄ちゃんに質問するようになっていった。
どうして毎日病院に来ているのか?
歳はいくつなのか?
いつも同じ服を着ているのはどうしてなのか?

その問いに関するお兄ちゃんの答えはこんな感じだった。
「従兄妹って言っても分からないか」
「いとこ?」
「その・・・妹みたいな奴がさ、交通事故にあって入院してるんだよ」
「可哀相・・・。事故って痛いんだよね?」
「あ、いやケガはしてないんだけどさ。その・・・お父さんとお母さんが死んじゃってね。元気が無いんだ・・・」
「お父さんとお母さん、いないの?」
「うん・・・」
そう言って俯くお兄ちゃんの姿を本当に悲しそうだった。

「あ、だからさ、オレがその子の兄みたいになって励ましてやろうと思ってるんだ。でもなかなか上手く行かなくてな」
「大丈夫だよ!」
「え?」
「お兄ちゃんの絵は私にも元気をくれた。きっとその子にも元気になるよ」
「・・・そっか。そうだな。ありがとう。あ、そうだ。もし良かったら今度エリスに会ってくれないか?同年齢の子と会うのもいいかも知れない」
「うん!私もその子とお友達になりたい」
「良かった。ありがとう」
そう言ったお兄ちゃんは本当に嬉しそうな顔をしていた。
あたしに会いに来るために病院に来てるんじゃないってのは少し残念だったけど、あたしはお兄ちゃんと会えるのが嬉しかった。

「お兄ちゃんは優しいね」
「な!ば、バカ。そんなんじゃねぇよ」
「照れてるの?」
「照れてない!」
「照れてる〜」
「照れてないってば!」
そして二人顔を見合わせて笑いあった。とても楽しい時間。

「さてと、もうそろそろ面会時間終了だし帰らないとな」
「・・・もう帰っちゃうの・・・・・・?」
「うん。日も暮れたしな・・・」
「そんなのやだよ!すごく楽しかったのに。ねえお兄ちゃん」
「オレも楽しかったよ?」
「どうして楽しい時間はすぐに終わっちゃうのかな?ずっと、ずうっと・・・楽しい時間が続けばいいのに・・・・・・」
この楽しい時間が終わってしまうのが嫌だった。夜にまた独りになるのがたまらなく寂しかった。
そんなあたしにお兄ちゃんはあたしの頭を撫でながら優しい笑顔でこう言ってくれた。

「バカだな、それじゃ明日が来ないだろ。たとえ楽しい時間が終わっちまったとしても、明日になればまた別の楽しいことが待ってるかも
しれない。だから辛い事があったとしても頑張れる。そういうもんじゃないのか?」
「また明日も来てくれる?」
「もちろん。退院するまで毎日来る。約束するよ」
「本当?」
「ああ、本当だ。指きりしてやる」
「指きりって?」
「何だ、知らないのか。守らないと針千本飲まないといけないんだぞ」
「こ、怖いね・・・」
「守ればいいんだよ。ほら右手の小指出して。指きりげんまん・・・・・・」




「いくつに見える?」
「20歳!」
「おいおいそんなに老けて見えるか?もっと若い」
「10歳!」
「そりゃ若いっていうより幼いぞ・・・」




「この服か?これは制服って言ってな、幼稚園にもあるだろ?」
「幼稚園?」
「知らないのか?・・・保育園は?」
「保育園って何?楽しいところ?」
「あ、ああ、まぁ楽しいトコかな。まぁ知らないならいいんだ。とりあえず、そこに行くために着ないと行けない服のことだ」
「ふぅ〜ん。私も着てみたいな」
「これを?寒いだけだぞ?それに女の子には可愛いセーラー服とかの方が似合う」




毎日が本当に楽しかった。
まぁ次の日曜日には転院しちゃったので、1週間ほどしかお話は出来てなかったのだけれども。
あたしはお別れを言いたかったけれど、言い出せなかった。会うとお別れしたくなりなさそうで。
土曜日の時点であたしは当然転院することを知っていた。その日もあっという間にお別れの時間になった。
明日にはお兄ちゃんと会えないかも知れない。楽しい明日が来ないかも知れない。
それでもあたしは泣きそうになるのを我慢してお兄ちゃんに笑顔でお別れを告げた。
「バイバイ」
「ああ、バイバイ。また明日な」
その夜あたしはベッドで泣いた・・・

翌日の午前中、あたしは両親に付き添われて退院した。
もしかしたらまたお兄ちゃんに会えるかもという淡い期待を抱いていたけど、それはやはり叶わない願いだった。
あたしの部屋の担当だった看護士さんにお兄ちゃんへの伝言だけお願いした。
「私はお兄ちゃんのお陰で元気になれました。ありがとう」って。




あれから10年。あたしは再び笑顔を忘れて生活していた。
第一志望だった高校にも落ちて、入退院を繰り返し、友達もいないクラスで毎日を無気力に過ごしていた。
さらに2学期に入ってからは長期入院を余儀なくされ、体育祭、文化祭にも参加しなかったのでますます学校に行く気も失せて行った。
そして2学期もまもなく終わろうかという12月の4日、あたしたちは再会した。
まぁ今思い返せばある種、運命的と言えば運命的だったけど、その時のあたしから言わせれば最悪の出会いだった。

昔読んだ絵本の赤い糸。人には皆小指に将来結ばれる人と運命の赤い糸で結ばれている。
子どもの頃は信じてたけど、撫子学園に入学するような頃にはそんなもの当然信じてなかった。
まぁあればいいかな〜とは思ってたけど、所詮は作り話だしマジメに受け取る方がおかしいと冷めた考え方をしていた。
だが思い返せば、北海道から遠く離れたこの地で再会出来たのは赤い糸で結ばれてたからとしか思えない。
たまたまあの人が間違ってあたしの病室に入って来たことも、たまたまあたしがここを滑り止めとして受験して入学したのも運命だと思える。

それから色々あってあたしは心臓の手術を受けることになった。
これもあの人に再会して説得されなければ決して受けることは無かっただろう。
そして入院期間にエリスちゃんや可奈先輩とも仲良くなることが出来た。
でも実は手術は失敗していて、そのことを知った時、あたしは本当に生きる気力を失った。
世界の何も信じることが出来ず、あたしは未来に希望を持つことを諦めた。

あの人が昔あたしに笑顔をくれたお兄ちゃんと同じ人だと知っても、それを知ったことで逆に心残りがなくなったと思ったくらいだ。
でも、あの人があたしに見せてくれた最高の絵。
あたしとあの人が教会で指輪を交換している絵を見た瞬間、あたしの止まっていた時間は再び動き出した。
この人となら一緒に生きれる。未来を生きようと思うことが出来る。
あたしを辛いことから守ってくれる。あたしに笑顔をくれる。そう思えた。
生きてても、良いことなんか一つもないって、思っていた私にそんなことはないって教えてくれた。




あれから2年と少しの月日が経った。
毎日が幸せ過ぎてどうにかなりそうだった。教師と生徒ってことで学園内ではあたしたちの関係は秘密だった。
それはそれで楽しかったのだけれども、やっぱり堂々と学園内でもイチャイチャしたかった。
そして今日ついにあたしはこの世界中の誰よりも大好きなあの人と結婚する。
あれからも何度と無く見たあの絵と同じ教会で。

コンコン

「どうぞ」





終わり

ヒナSSの時もそうでしたけどキツイんですよね、子ども視点に立って書くってのは。
どうも純心な子どもの視点ってのが自分には想像出来ません。
なので今回は過去の自分を朋子が回想してるって形式にしました。まぁあまり上手く出来た自信は無いんですが。
ゲーム、漫画から一部引用してますが、決して盗作じゃないのでその辺は誤解なきよう。
SS書くのが久しぶり過ぎて表現がおかしいところが多々ありますが、その辺は目を瞑って頂けると幸いです。
製作開始から1年近く経ってますが、いかがでしたでしょうか?
Canvas2の旬なんかとっくの昔に過ぎてますが、D.C.なんてもっと前に終わってるので気にしない。
ちなみに変なトコで終わってますが、朋子作はまだ続く予定です。まぁ予定は未定ですけど。
それでは1年後の次回作にご期待を(ぉ



                                      
あたしとあの人を繋ぐ運命の赤い糸
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