「はぁ、もう最悪」
夕暮れに染まる街を歩きながら、不快感を隠そうともせずに結標淡希はそんなことを呟いた。
理由は身体中にこれでもかという程に付いた埃である。
つい先程『グループ』の仕事の最中に埃まみれになってしまったのだ。
(サッサとシャワー浴びて服も洗わないと。靴も汚れちゃったわね。新しいの買おうかしら?)
腹立たしいことに同じ場所にいたにも拘らず、一方通行は反射で何事も無かった。
さらに埃でむせている自分に対して、鼻で笑っていた。ムカつく。
『グループ』で使用するキャンピングカーの中にはシャワールームも存在するが、あの連中の近くでシャワーなど浴びる気にならない。
「テメェの裸に興味なンてねェよ」とでも言いたそうな一方通行の目が、余計に結標を苛立たせる原因だ。
(本当にあの連中と来たらロリコンばかりで虫酸が走るわ)
このような姿のまま下宿先のアパートに戻れば、小さな同居人が心配すること請け合いである。
それにそのアパートには風呂さえついていない。わざわざ一度戻って銭湯に行くのも面倒である。
なので今は『グループ』が使用するために用意させてあるホテルの一室に向かっているところだ。
そこでシャワーを浴びて既に用意させてある服に着替え、アパートに戻ろうというのが結標の考えだった。
ちなみに今歩いているのは、自分の転移が容易に行えるようになって以降、運動不足を自覚した結果だったりする。
「…………あら?」
公園の中をショートカットしようとした結標の視界の中に一組の男女が映った。
20メートルほど先で何やら口論しているらしい。痴話喧嘩か何かに見えるが、一方的に女の方が怒っているだけにも見える。
そしてその女の方には嫌というほど見覚えがあった。
(今日は厄日か何かなのかしら?)
不快感を押し広げるその女は、学園都市第三位『超電磁砲』の御坂美琴だ。
同じ顔の妹達という線もあるが、妹達はあんなに感情豊かでは無いだろう。
この距離から見ても分かるほど怒りを露にしている。
そして男の方も顔見知りでは無いが、写真で見て知っている。『幻想殺し』だ。
「……そうだ」
いいこと思いついた、という怪しげな笑みを結標は浮かべる。
軍用懐中電灯をベルトのホルスターから抜き取り、クルンと手元で回転させた。
その瞬間、結標の左手の中に短パンが現れる。
「あら?あ〜、そういえば超電磁砲って短パン穿いてるんだっけ?」
視界の中に映る美琴はいきなり短パンが消えたことに違和感を感じたのか、男に背を向けてスカートの中に手を入れて確認している。
そして次の瞬間、顔を驚愕の色に染めていた。
「ふふ〜ん♪じゃあ、もう一度っと」
それに気を良くした結標は軍用懐中電灯を再度回転させる。今度こそ手元に狙っていたショーツが現れた。
かなり離れている距離にも拘らず、美琴の顔が真っ赤になっているのがここからでも分かる。
本当ならポケットの中に忍ばせてあるコルク抜きを身体に転移させてやりたいところだったが、十分に以前の借りの溜飲は下がった。
それに実際にそんなことをした日には、同じ『グループ』の海原に暗殺され兼ねないので我慢しているのだ。
「うわ〜、子供っぽいわねぇ〜。いまどき小学校高学年でも穿かないわよ、こんなもん」
持っていても仕方ないが、どうせならもう一人借りを返すべき少女に送りつけてやろうと結標は考える。
敬愛するお姉様にお仕置きされれば面白そうだ。
PDAを取り出し、現在地と風紀委員第一七七支部との正確な距離を割り出す。
(ちょっと遠いわね。仕方ない、近くまで行って送りつけてやろっと)
軍用懐中電灯を回転させる動作から流れるようにベルトのホルスターへと挿し込む。
自分が埃まみれになっていたことも忘れ、結標は上機嫌で第一七七支部のある方角へと足を向けた。
(なんで!?どうして!?)
美琴は激しく混乱していた。
いきなり短パンが消えた。そう思った次の瞬間には穿いていたショーツも消えた。
そんなことになってパニックにならない人間などいないだろう。
「御坂?どうかしたのか?」
「な、な、な、何でも無い!」
「何でも無いって、お前顔が真っ赤じゃねぇか。風邪か?」
先程まで文句をぶつけていた相手、上条当麻が真っ赤になった顔を覗き込もうとして来る。
「ち、違うから!大丈夫、大丈夫だから!」
そう言って美琴はジリッと迫って来る上条から半歩下がる。
一方、上条の方は先程までとは打って変わった美琴に不信感を抱く。
さっきまでは何やら「無視するな!」とか怒っていたのに、この豹変具合だ。
何かあったと思わない方がおかしいだろう。
「また何か抱えてんのか?俺じゃ力になれないのか?」
「何も無いから!わ、私もう帰るね」
スカートを両手で前後から抑えた美琴が、スタスタと上条の横を通りぬけて早歩きで去って行く。
「寮まで送るぞ?」
「ええっ!?」
だが、上条は美琴に並びそんなことを提案して来た。
(何でコイツ、こんな時だけそんなこと言ってくんのよ!?)
普段ならこれ以上なく嬉しい言葉だ。だが、今だけは事情が違う。
スカートの下には鉄壁の短パンどころか、薄布一枚すら無い。ノーパン状態だ。
見られたらお嫁に行けないどころの話では無い。
(いや、いっそ見せてお嫁さんに……って、出来るか、んなこと!)
「いいから!じゃ、じゃあね!」
「待てって!」
「にゃっ!?」
いきなり上条に手を取られたことに動揺し、足元がもつれてしまう。
バランスを崩した美琴を上条は慌てて引っ張ろうとしたが、その時どこからともなく転がって来た缶を踏んで、
結局上条が押し倒すような形で二人とも転ぶことになってしまった。
「ふ、不幸だ……」
「いたたたた」
受身もまともに取れずに半ば押し倒すような形になった美琴から上条は身体を引き起こす。
「わ、悪い、御坂。大丈夫か?って、え?」
「もう、何すんのよ!……あっ!?」
上体を起こした美琴はバッとスカートを抑える。
今間違いなく上条の視線はそのスカートの中身を見ていた。
普段ならば見られても全く困らないその場所を。
「み、見た?」
「い、いえいえいえいえいえ!上条さんは何も見てません!!」
その反応で分かってしまう。普段なら「短パンだろ?」と軽口を叩くハズだ。
「あ、あ、あ、あ、あ、アンタッ!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!決してワザとじゃ無いんです!」
「せ、責任取りなさいよ!!」
「………………えええええええええええええええええええええ!!!!!?????」
上条の絶叫が公園に響き渡った。
「あら?」
「白井さん、その短パンって御坂さんのですよね?」
「多分、そうだと思いますの」
突如中空に現れた短パンとショーツは、ヒラヒラと白井黒子のデスクの上に落ちて来た。
別に結標もそこまで正確に狙ったわけでは無いので、本当に偶然である。
「……まだ温かいですわね」
白井は落ちて来た短パンとショーツを手に取り、そんな感想を述べる。
それを見た同僚の初春飾利は表情を歪めた。
「うわ〜、マジでドン引きなんですけど……」
「い、今のは証拠品押収に関して初動捜査を行っただけですの!?」
「次は匂いとか嗅ぐんですか?」
まるで汚物を見るかのような初春の目に白井は慌てて否定する。
「とりあえず白井さんを現行犯逮捕します」
「わ、わたくしじゃないですの?!」
「だって今、テレポートして現れたじゃないですか」
「それをわたくしがする意味が無いですの!」
「御坂さんにチクッときますね」
「や、やめてくださいまし!お姉様からどんなお叱りを受けるか……」
携帯を操作しようとする初春の右手を必死に止めようとするが、
それはフェイクで左手の高速タイピングによりパソコンからメールが既に美琴の携帯に届いていた。
「せ、責任ってお前それってどういう!?」
「ここで責任っていえば、け、け、け、結婚しろってことでしょ!!」
「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?????」
顔を真っ赤に染め上げ、涙目で訴える美琴に今度は上条がパニック状態であった。
「待て待て待て待て待って下さい、御坂さん!?確かにその……見た俺が悪かった!」
「しかも見てないとかウソつくしね!」
「それも含めて悪かった。ってか、なんでノーパンなんだよ……」
「私だって聞きたいわよ!アンタと話してたらいきなりスースーして気づいたこうなってたのよ」
それ以外に言いようが無い。
「で、責任取るの、取らないの!?」
「改めて言うけどホントに悪かった。でも裸見たからって結婚とかそういうのは……」
「……アンタ、まさか他にもこんな風に他の子のは、裸とか見てるんじゃないでしょうね?」
「……まさか、滅相もございません」
口が裂けても何度もあるとは言えない。
裸を見たら結婚なんてルールがあったとすれば、上条はとっくに既婚者どころか重婚者である。
「なんか今の微妙な間が気になるんだけど?」
「気のせいだ。それよりお前はその、俺なんかに責任取って貰いたいのか?
結婚ってのはもっと重要なもんだろ?離婚とかもあるけど、普通は一生ものじゃねぇか?
今は気が動転してるだけだと上条さんは思う訳ですが?その……死なない程度になら電撃ぶつけてもいいから……」
「アンタだから責任取ってって言ってんのよ!」
「つ、つまりどういうことだ?」
「ここまで言って分からない訳!?私はアンタのことが好きなのよ!全部言わせるな、バカーーーーー!!!!!」
美琴の叫びが公園の中に響き渡る。そしてそれを聞いた上条は金魚のように口をパクパクさせていた。
言い切った美琴は俯き加減で肩で息をしている。
上条から美琴の表情は読み取れないが、耳まで真っ赤になっていることから大体は分かった。
(御坂が俺のことが好きで、見ちゃって、責任取って結婚しろ?え、何だそれ?
それよりも見たとか見てないとかより、この真っ赤になってる可愛い生き物が御坂?)
「返事……聞かせなさいよ」
潤んだ瞳で上目遣いに聞いて来る美琴に、上条は完全に落とされていた。
「黒子ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ひィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?????」
数十分後、支部に乗り込んで来た美琴に白井は恐怖に顔を歪めていた。
「アンタ、一体どういうつもりなのかしら?」
「ち、違いますの!これは誤解ですの!!」
「じゃあ、それは何?」
美琴が指差す先にあるのは、白井の机の上に置かれた短パンとショーツである。
もちろん美琴が先刻まで穿いていたものだ。
「こ、これは本当にいきなり現れたんですの。きっとこれはお姉様とわたくしを仲違いさせようという何者かの陰謀で」
「ふ〜ん」
「ですからわたくしは本当に何もしてないんですの。信じてくださいまし、お姉様!」
「……まぁいいわ。アンタの言う事信じるわよ」
「…………へ?」
「あれ?」
白井と様子を伺っていた初春も何事かと首を傾げる。
ちなみに初春が美琴に送ったメールは『白井さんが御坂さんの短パンを持ってます』という内容だ。
いくら無実だとは言え、状況証拠としては白井が疑われても仕方がないにも拘らず、美琴はすんなりと許した。
「お、お姉様?」
「何よ?」
「あの、黒子は本当に無実なのですが、もっと何か聞いて来たり、とかは?」
「私がいい、って言ってるんだからいいのよ。今日の私は機嫌がいいからね」
「「???」」
ますます意味が分からないという感じで白井と初春は顔を合わせる。
「そういえばお姉様は今ノーパン……」
「んな訳あるかぁ!!」
「ですよね〜」
二人のやり取りを横目で見つつ、初春はキーボードを叩き、都市伝説を扱う某掲示板に投稿する。
題名は『突然消える下着の謎!』で、内容はもちろん今起きたことだ。
佐天さんが見て、話のネタとして持って来そうだな、と初春は苦笑した。
「あ、でも短パンは今穿いてないし、穿いとこうかしら?やっぱり落ち着かないのよね」
「……お姉様、いつもと随分違った感じのものをお召しになられているのですね」
「何見てんのよ」
「是非とも今後もそういった年相応の下着を着用して頂けると黒子は嬉しいですの」
「……ま、考えとくわ」
やはりおかしい。いつもならばどんな下着を付けようが勝手でしょ、と言われるのがオチなのに。
そして後日、この白井の疑問は激しい怒りと共に氷解することとなる。手を繋いで歩くとあるカップルを見た時に。
終わり
とある魔術の禁書目録SS第7作です。
前作より約1ヶ月。まさか本当に年内に更新出来るとは思って無かったです。
しかしこの程度の短編に1ヶ月か。
タイトルにセンスがあると思ったことは正直一度も無いんですが、今回は特に酷ぇな。
だって思いつかないんだもん、マジで。
上条さんと美琴のいちゃいちゃSS part13に投稿した分に加筆修正しました。
前作に続きあわきん登場。
インデックスとあわきんが絡むようなSSを書いてみたいと思う今日この頃。