カンカンカンという金槌で釘を叩く小気味のいい音がリズムよく鳴っている。
日曜大工などを想像するところだが、生憎この日は日曜日で無い上に今は昼間でも無い。
現在は草木も眠る丑三つ時であり、更にその音源は学園都市内にある、とある公園の奥まった森の中からである。
「おのれ〜上条当麻〜!」
そこでは一人の少女が一心不乱に木に張り付けた藁人形に五寸釘を打ち付け、金槌で叩いていた。
俗に言う丑の刻参りである。
「憎し!憎し!憎し!」
その姿は白い着物に白い帯を見に纏い、胸からは鬼クルミの実で作った数珠と、丸鏡を掛けている。
顔は白粉で真っ白に塗られているにも関わらず、唇だけは口紅によって不気味な赤さを闇夜に映し出していた。
「恨めしい!恨めしい!恨めしい!」
髪型は普段のツインテールではなく、下ろした状態の髪を激しく振り乱し鬼気迫る感を与える。
頭には二本のロウソクを立てた五徳を被り、ロウソクの先では炎が揺らめいていた。
傍から見れば幽霊では無いのかと思われても不思議ではない出で立ちである。
「成敗!成敗!成敗!」
その少女白井黒子は目をギラギラと輝かせ、まるで獲物を狙う肉食獣のように藁人形に張り付けた上条当麻の写真を睨みつけている。
そして打ちつける五寸釘は正確に写真の上条の心臓部分を貫いていた。
ちなみにこの写真は御坂美琴の持っていた写真のデータからこっそり拝借したものだ。
そのまま全データを消してやりたかったが、美琴の怒り狂う姿は目に見えているのでなんとか踏み止まった。
「はぁはぁはぁ」
息を切らし手は止めるが、乱れた髪の間からも写真を睨みつけることは止めない。
確かに一度は上条のことを認め、愛するお姉様が幸せだからと応援しないまでも見守ることにした。
しかし!毎晩毎晩横で聞かされる上条と美琴のラブラブ電話。それが終わった後の美琴からのノロケ。
それが1ヶ月も毎日続けばこうもなろう。
そして先日の決定的な出来事。
「きええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
お姉様をたぶらかし、あろうことかお姉様の純潔を〜!
思い出すことも憚られる。と言うか思い出したら直接手を下しに行きそうだ。
「死ね!死になさい!死ぬんですの!」
上条本人を直接テレポート出来るならば、地下80mの土の中にでも送り込んで完全犯罪にしたいところだ。
「きええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
学園都市の夜は更ける……
「ジャジャーン!最近の新しい都市伝説!呪いを掛ける女学生!」
そんな言葉と共に佐天涙子は携帯に表示されたページを他の3人に見せた。
白井はわずかに身を固まらせる。まさか自分のことでは無いのか?と。
「またそんな噂話?佐天さんも好きね〜」
と佐天の対面にいる御坂美琴は紅茶を飲みながら苦笑いして答える。
「でもこれはホントにいるみたいなんですよ。白い装束を来て、頭にはロウソクが刺さってるそうです。
そして呪いの藁人形に五寸釘を打ち込むそうですよ」
佐天の隣、窓際に座る初春飾利が神妙な面持ちで語りかける。
「頭にロウソクって」
「想像したらシュールですよね〜」
美琴と佐天は頭の中で完成した光景を思い浮かべて大笑いする。
一応ファミレスという場所を弁えて声量は抑えめだが。
「でも本当にいたら面白そうよね。この科学の街で呪いなんて。ねぇ、黒子?」
魔術は上条やインデックスから聞いたし、実際に目にもしたが、呪いなんてそれこそあり得ないと美琴は黒子に話を振った。
「そ、そうですわね。呪いなんてそんな非科学的でオカルトなものなど…」
なんとか体裁を繕い美琴に笑顔で答える。が、僅かに顔は引き攣っていた。
まさかそんなにたくさんの学生に見られていたとは。
確かに最近は一心不乱に叩いていたせいで、周りへの警戒がかなり緩んでいた気がする。
「それでここが実際にいると言った理由なんですが、恐怖に耐えて様子を見てた人がいるんです。
しかし最後にはその場から藁人形ごと幽霊みたいに消えちゃうそうなんです」
「え、それ私知らないよ?」
「昨晩の話ですからね。幻だったのかと木を確認したそうなんですが、木にはバッチリと釘の後が残ってたそうです」
「うわ〜。さすがにちょっと怖いね。でも消えるって言えばテレポーターだったりするんじゃない?白井さんもいきなり消えちゃうし」
「ゴホッ!」
佐天にいきなり振られて呑んでいた紅茶で咽てしまう。
今の会話から自分だと断定された訳では無いと分かっているが、突然のこと過ぎて動揺が隠せなかった。
「何やってんのよ」
やれやれといった感じで美琴はテーブルの隅に置いてあるナプキンを取り、白井の口元を拭った。
「あ、ありがとうございます、お姉様」
普段ならその美琴の行動に歓喜するところだが、今は先程の失態を取り繕うことに頭を働かせている。
「まぁその可能性はあるかも知れませんわね」
なんとか冷静を装い言葉を発する。
「しかし自分を転移させるとなるとレベル4以上は確実。そのような女生徒がそんなことをするとは思えませんの」
言っていて我ながらアホらしくなって来たと白井は心の中で苦笑する。
レベル4で、しかもジャッジメントの自分がそんなことをしているとバレる訳にはいかない。
「それもそうですよね〜。レベル4以上となれば常盤台のお嬢様クラスですもん」
「そういえばそうですね」
佐天の意見に初春も同調する。何とか誤魔化せたか?と白井は心の中でホッと一息ついた。
「読心能力者の人とかが調べればすぐに分かるんじゃないんですか?」
間違いなく白井の心臓が本日最大に飛び跳ねた。
「物が残っているならともかく、何も残って無いのだとそっちもレベル4以上の人が必要ですからね。
事件が起こったわけじゃないですし、個人で調べに来る人はいるかも知れませんが、ジャッジメントやアンチスキルの要請は出ないです」
「読心系は苦手だわ・・・」
と美琴は頭の中に第5位の姿を思い浮かべて口にした。
美琴としては極力関わり合いになりたくない人間の類だ。
「そっか〜。幽霊の正体が分かるかと思ったのに」
「幽霊なんて非科学的ですわ」
なんとかもう一度平静を装う。
「でも呪いの効果なんて本当にあるんですかね?これって人を殺したりしちゃう奴ですよね?」
「あ、そう言えば最近当麻が心臓が痛いんだって。変な病気だったらどうしようかと思ってたんだけど、もしかして・・・」
「上条さんが呪われてる可能性アリ、ですか。不幸属性持ちの上条さんだと否定出来ないですよね」
「そ、それは災難ですの」
表面上は冷静を取り繕いつつも、心の中で白井は驚愕していた。
(本当に効果があったとは・・・)
まだ確定ではないが、上条の心臓が痛むということはほぼ間違いないと言ってもいい。
しかしストレス解消+恨めしい気持ちがちょっとでも届けばと思っただけなのに。
さすがにちょっと悪いことをしたかな?と白井は思い掛けたが、その気持ちは一瞬で吹き飛ばされた。
「それで仕方ないから私が当麻の胸をナデナデしてあげてるんだけどね〜」
ゴンッという小気味のいい音と共に白井はデーブルに頭を打ち付ける。
「白井さん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ。問題ありませんの」
ゆら〜りという表現が似合う感じで白井が起き上がる。
「それにしても御坂さん最近エロ過ぎますよ〜」
「ええ!?そ、そんなこと無いと思うけどな」
「だってその胸を撫でるとか〜」
「そ、それだけじゃないって!え〜っとその、頭も痛いって言うから膝枕してあげて」
ゴンゴンゴンという音を立てて白井はテーブルに自らの頭を何度も叩きつける。
「アンタ、ホント今日はどうしたの?」
「い、いえ大丈夫ですわ、お姉様」
白井からは上条に悪いことをしたという気持ちは完全に失せていた。
むしろ、これを続ければ呪い殺せるんじゃないかという気持ちがむくむくと白井の中に沸き上がって来ていた。
「ってことで心臓とか頭とかが痛いんだよ。それで魔術関係じゃないかと思って連絡したんだ」
「う〜ん。遠隔で痛みを与える魔術もあるけど、その症状から考えたら、もしかしたら呪詛の類かも」
とある男子学生寮の一室から上条当麻はイギリスに国際電話を掛けていた。
相手は現在里帰り中のインデックスである。
「呪詛、って言うと呪いだよな?」
かつて闇咲逢魔の事件の時に同じものを呪いというものを上条は見たことがある。
ただその時は、呪いの対象であった女性に幻想殺しが触れて簡単に解決出来たわけだが。
「うん。英語では同じmagicと表記されちゃうんだけどね。ちなみにmagicの語源はペルシアの司祭をあらわすmagusが由来なんだよ」
「あ〜その辺はどうでもいいや。解決法だけ頼む」
ただでさえこの話に行くまでに近況報告とかで相当な時間喋っている。
せっかくインデックスがいない期間分の食費が浮いていたのに、これ以上余計に話を伸ばされては堪らない。
「そう?じゃあこもえに協力して貰って呪詛返しして貰えばいいんじゃないかな」
「呪詛返しって言うと呪いを掛けた奴に掛け返すってことか?」
「うん。じゃあ今から道具と手順を言うから」
「おう、分かった。え〜っとメモする紙とペンが・・・あった」
インデックスが言う通りにメモしていく。
準備するものが少々多いが、手順は簡単だ。
「それにしても呪詛か・・・。よっぽど俺に恨みがある奴なんだな」
「とうまは色々と恨まれてるからね〜」
「直接言われると硝子のハートが傷つくから止めて欲しいんだけど」
「分からないことある?」
無視ですか、と上条は溜め息を吐く。ボケをスルーされるほど辛い物は無い。
「いや、大丈夫。もし分からないことがあったらまた電話するわ。・・・あ、いや一つだけ」
「何?」
「まさか呪詛返ししたからって相手死なないよな?さすがにそういう後味の悪いのはごめんなんだが」
「大丈夫。とうまは死んで無いし。ただ今までの呪詛が全て返るから、結構な痛みになるかも」
ショック死とかならないだろうな・・・
「そう言えば私からも一つ。とうまの幻想殺しは効くと思うんだけど、ダメなの?」
「常に触れて無いとダメなんだよ。次から次へと来る感じ」
「あ、なるほど。それだと頭と心臓同時とかだとどうしようもないね」
「そういうこと」
連続的に放たれる力に対して弱いのがこいつの弱点だ。その辺は割り切るしか無いんだけど。
「じゃあ頑張ってね」
「ああ。ありがとう。じゃあな」
「うん」
受話器を置いて時計を見る。
電話を掛けたのが15時半頃。今は17時ちょっと過ぎだ。
通話料金は確か1分100円。
「万札が消えた・・・不幸だ」
項垂れていても仕方無いので、メモを片手に買い物へ行くことにする。
あ〜あと小萌先生にどうやって頼もう。面倒なことになりそうだ。
「え〜急用?」
『悪い。この埋め合わせは今度するからさ』
「・・・また女の人関係じゃないでしょうね?」
『絶対違うから』
「・・・危険なこと?」
『神様仏様美琴様に誓ってそんなことじゃございません』
「ん〜じゃあ仕方ないわね」
『本当にすまん』
「ん。それじゃあまた寝る前にね」
『ああ』
「じゃあね」
美琴はそう言って通話を切る。
せっかく今日はこの後上条の家まで行って晩御飯を作ってあげるつもりだったのに、完全に予定が空いてしまった。
軽く溜息をついてから美琴はファミレスの中へと戻る。
「あ、戻って来た。・・・御坂さん、どうかしたんですか?」
「え?」
「いや、何かガッカリって感じだったんで」
「そんなことは無いわよ?」
そんなに顔に出ていたのだろうか?と美琴は少し困惑する。
佐天に物の見事に心の内を当てられてしまった。
「だったらいいんですけど」
ラブコールのハズなのにああいう顔をしたってことは、何かあったんだろうな〜と佐天は思いつつも、否定されたのではそれ以上はツッコめない。
仕方なく美琴のいない時にしていた話題に話を戻すことにする。
「それでさっきまで話してたんですけど、新しく出来たベーカリーの専門店に行きませんか?オープンカフェスタイルで雰囲気も良さそうなんですよ」
「へぇ〜それは是非とも行ってみたいわね」
どうやら上手く話題転換出来たようだと佐天は心の中でホッと一息つく。
「カロリーも控えめみたいですの」
「白井さん、またダイエットやってるんですか?」
「もちろんですわ。日頃からの摂生が物を言うんですのよ?」
「あんたね〜、成長期なんだから食べないと大きくなれないわよ」
恐らく美琴が言ったのは胸の話ではなく、身長とかの話なんだろうけれども、佐天は先日から気になっていたところにツッコむことにする。
「そういえば最近御坂さん、胸大きくなってません?」
「ふえっ!?」
指摘した途端に美琴の顔が真っ赤に染まった。どうやら図星らしい。佐天は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。
「そうなんですか?」
「ま、まぁちょっとだけよ、ちょっとだけ」
「羨ましいです。私まだAで・・・。佐天さんはスタイルいいし」
「うえっ!?そこで私に振るの!?」
「確かに佐天さんの方がスタイルいいわよね〜」
仕返しとばかりに美琴に攻め立てられる。とそこで黙っている白井の存在に佐天は気付いた。
もしかして振らない方が良かった話題だっただろうか?と白井の様子を伺う。
「胸の大きさは戦力の決定的差ではないんですの・・・」
とブツブツ言っているようだ。やっぱり振らなきゃ良かったと佐天は後悔するものの、今さらもう遅い。
「御坂さん!その・・・大きくして貰えるって本当ですか!?」
「う、初春さん、声大きい!」
初春の爆弾発言の後に、ピシッという音が間違いなく佐天の耳に聞こえた。
何てことを質問するんだ、と佐天は思うがもう遅い。
「己〜!あの類人猿めぇ!」
「し、白井さん落ち着いて下さい!」
金属矢を取り出そうとする白井を佐天がテーブル越しに制止する。
美琴に止めて貰おうと美琴の方を向くが、真っ赤になって俯いてしまっている。
初春は初春で自分で聞いて今さら恥ずかしくなったのかこちらも真っ赤になって俯いている。
「あ〜もう不幸だ〜」
思わず上条当麻の口癖が佐天の口をついて出てしまうのだった。
「これでいいんですか、上条ちゃん?」
「多分・・・」
間もなく丑の刻と呼ばれる時間。
上条当麻は担任の月詠小萌のアパートに来ていた。
こんな時間に訪れるのは非常識極まり無いのだが、今回は緊急事態ということで大目に見て貰っている。
そして今ようやく呪詛返しの準備が整ったところだ。
「本当にすみません」
「まぁこれで上条ちゃんの病気が治るならお安い御用ですよ」
「だといいんですけどね」
ここ数日美琴には隠していたが本当に心臓の痛みが酷くなっていた。
のた打ち回りたいのを堪えて笑顔で接するのは限界に来ていたと言ってもいい。
学校では授業を抜けて保健室で休んでいたほどだ。
心配させたく無いので学校には行っていたが、本当は休みたかったくらいなのだ。
「え〜っとそれじゃこの紙に書いてる手順通りやりますから、上条ちゃんは外で待ってて下さい」
「了解です。それじゃお願いします」
右手の幻想殺しが邪魔をして呪詛返しの術式の邪魔をしてしまう恐れがある為、部屋を出てアパートの廊下に出る。
深夜のせいで少々肌寒いが10分も掛からないハズだ。この今も続く痛みとおさらば出来ると思えば安いものである。
(しかし一体誰がこんな呪いを掛けたのだろうか?)
と上条は夕方にインデックスに電話してから何度か考えたことをもう一度考えることにする。
科学サイドの人間はまずあり得ない。こんなオカルトな物を信じている方がおかしいという風潮だからだ。
逆に魔術サイドは恨みを買い過ぎてる気がして、見も知らない奴に呪われてると言われても信じられる。
「不幸だ・・・」
とりあえずこの呪詛返しで今後は呪われないことを祈るしかない。
睡眠時間も削られているし、この攻撃は肉体的にも精神的にもかなり効果的だ。
「よくも、よくもお姉様の麗しい胸を・・・」
白井はファミレスでのことを思い出して藁人形に貼り付けた上条の写真を睨みつける。
「この手がお姉様の慎ましやかな胸を!」
カンッ!と甲高い音がすると同時に五寸釘が藁人形の左手を貫いた。
だがいつもと違うのは自分の手が激しく痛んだことだ。
「な、な、な、なんですの!?」
余りの痛みに白井は思わずしゃがみこんでしまう。
そしてそれと同時に今度は心臓を始め、全身が激しく痛み出した。
「うぐっ!こ、これは一体?」
激しい痛みに身体が満足に動かない。
「あ、う、あああああっ!!」
今度は1ヶ所だけ身体に穴を開けられたかのような感覚を味わい、地面の上を転げ回る。
着ていた白装束がみるみるうちに土で汚れていった。
(これはマズイですの。今日のところは寮に戻ることにしましょう)
この異変はただ事ではないと判断した白井は早急にテレポートを試みようと考える。
だが空間転移は複雑な演算をする必要がある為、余りの痛みに計算が覚束ない。
ここから常盤台の寮までは10回程度の転移で行けるが、当然街中を通る。
全身が痛んで転移に失敗し、この様な格好で真夜中とは言え、衆目に晒されるのは好ましく無い。
「上空にテレポートして・・・いえ、それこそ一度でも飛び損なえば死んでしまいますの」
1秒程度のタイムラグで連続跳躍が可能なのだから、10秒痛みに耐えられればなんとかなるハズなのだ。
だが今感じるこの痛みは相当なもので、額からは嫌な汗が出ている。
とてもでは無いが連続跳躍など出来そうに無い。
「も、もうちょっと様子を見ることにしますの・・・」
結論は保留。痛みが治まることを期待しての策であった。
だがその考えもすぐに薄れて行く。痛みを通り越して白井の意識は途切れていくのだった。
「本当にありがとうございました。すっかり胸の痛みも取れましたよ」
「ずっと我慢してましたもんね。上条ちゃんは我慢強過ぎますよ」
「気付いてたんですか?」
「もちろんです。先生ですからね」
敵わないな、と上条は笑顔で小萌に答える。
「じゃあ今日は帰ります。また月曜日に」
「はい。気を付けて帰って下さいね。また月曜日に学校で会いましょう」
手を振る小萌に別れを告げて、上条は夜道を自宅である男子寮へと歩いて行く。
「げっ・・・。こんな真夜中に数人で固まってる連中がいるよ」
寮と小萌のアパートの中ほどまで差しかかったところで前方に人が数人いるのが目に入った。
ほぼ間違いなく不良に絡まれるパターンである。
「触らぬ神とバカに祟り無し」
そう呟くと、上条は来た道を少し戻り、迂回する道を選ぶ。
途中に公園があるし、そこを抜けていけば迂回してもそこまで遠回りにはならないという考えからだ。
「おいおい俺ら見て道を変えてんじゃねぇよ」
だがそこに後ろから声を掛けられる。振り返るまでも無い。
さっき屯していた不良だろう。
「失礼しました!」
「待てや、コラ〜!」
振り向くこと無く上条は全力疾走でその場から駆け出した。
「もうちょっとだけ様子見て帰るか」
深夜の追いかけっこは幸い長くは続かなかった。
迂回路に決めていた公園、その森の中へと素早く身を隠したことで不良グループは完全に見失ってくれたらしい。
上条は周囲を見回して人がいないことを確認する。
しかしふとそこで視界の隅に何か大きな物体が目に入った。
「犬・・・にしては相当でかいな。ゴールデンレトリーバーの野良犬なんて聞いたこと無いし」
最初は草かと思ったが、それにしては色が周囲の緑より浮いている。暗いせいでよく分からないが、土色と言うか・・・
躓かないように足元を確認しつつ少しずつ近付いて行く。
「人が倒れてる!?」
物体まで5mほどに迫った時にようやくそれが人であることに気付く。
ゆっくり進むのも忘れて上条は一気にその物体へと近付いた。
そして倒れている人物の顔を見て二度驚くことになる。
「白井!?おい、どうしたんだ、大丈夫か!?おい!」
普段と髪型は違うが見間違えるハズも無い。御坂美琴の後輩、ルームメイトである白井黒子だ。
思わぬ人物に驚きつつも、急いで上体を起こしてペチペチと顔を叩くが反応が無い。
だが、頬を叩いた時にバギン!!という破砕音が確かに聞こえた。
「なんだ?何か壊したのか?」
今のは確かに聞き慣れた『幻想殺し』が発動した音であった。
白井は魔術で攻撃されていたのだろうか?と考えるが、周囲に敵の姿は無い。
(ここから離れるか?いや、迂闊に動く方が危険だな)
白井はどうやら気を失っているだけらしい。無理に起こすのは止めた方がいいと判断してもう一度寝かし、とりあえず状況確認をする。
周囲を見回したところで、真後ろの木に磔にされた藁人形を発見し上条は思わず悲鳴を上げそうになる。
「こ、これは・・・」
藁人形には五寸釘と自分の写真。改めて白井を見ると汚れてはいるが白装束を着ていて、近くには金槌が落ちていた。
「犯人はこいつかよ・・・」
科学側の人間は最初に犯人から除外していたのだが、まさかこんな身近な人間だったとは。
それに最初こそ美琴と付き合うことに猛反対されたが、最近は大人しかったし、こんなに恨まれてるとは思いもしなかった。
何か自分がしでかしたのでは無いかと上条は考えるが、思い当たる節が無い。
ただ、美琴に怒られる時も、自分では思い当たる節が無いことが多いので全くアテにならないのだが。
「こんなところに放っておく訳にもいかないし、美琴に知られる訳にもいかない。家に連れ込むとかあり得ない」
状況的に考えて病院だな。そう判断した上条は上着を脱ぎ、白井に掛けてから背中に背負った。
「軽すぎるだろ、コイツ」
藁人形を残して行くのはアレだが、持ちようが無いので写真だけ回収して、残りの小道具などは見付かり難そうな草むらに入れておく。
(見付かったり、読心能力者が絡まないことを祈ろう)
よっ、という掛け声を掛けて立ち上がり、白井を背負った上条は公園の出口に向かって歩き出した。
「・・・あら?ここは?」
身体が揺れていることに気付き白井はゆっくりと目を開く。
だがいまいちどういう状況なのか把握出来ない。
「よう、気が付いたか?」
「・・・え?あ、あなたは!?」
「おっと暴れるなよ。病院に連れて行く最中だ。何もしねぇよ」
ようやく白井は自分の現在の状況が把握出来た。
何がどうなったか分からないが、先ほどまで呪いを掛けていた男に背負われて病院に連れていかれる最中らしい。
「・・・覚えていませんけれど、アレを見たのでしょう?」
無言でしばらく歩いた後に白井が上条に話し掛ける。
「・・・ああ」
誤魔化しても仕方ないと上条は素直に答えた。
「では何故わたくしを病院へ連れて行こうとするんですの?お姉様から聞いた限り相当呪いは効いていたと思いますが」
「はぁ?白井は呪いなんか信じてるのか?女の子が倒れてたから病院へ運ぶ。それだけだろ?」
確かにこの前までの自分ならばそう鼻で笑っただろう。呪いなどあり得ない、と。
しかし実際に自分がおそらくその呪いを受けて、これはやはり実在すると白井は確信するに至った。
「ではそういうことでいいですわ」
上条相手ならば誘導尋問で陥れることは容易だろうが、そんなことに意味は無い。
「そういうことも何も、そういうことなんだよ」
ぶっきらぼうに上条がそう言い放った。
(わたくしが気にしないように、という気遣いでしょう)
白井はそう判断してそのまま上条の背中に身を預ける。温かい、大きな背中に。
「・・・降ろして下さいな」
「何でだ?もうすぐ着くぞ?」
上条が言うとおり、次の角を曲がればもう病院が見えて来る位置だ。
「もう痛みは無いので病院は必要無いですの」
「そうか?まぁお前がそう言うなら・・・」
そう言って上条は少ししゃがんで白井の膝裏から手を抜く。そして上条の背中から温もりが離れた。
「ありがとうございますの。この借りは絶対にお返ししますので」
「ちょっと運んだだけだし気にすんなって」
「わたくしが気にしますの!それでは失礼致しますの」
そう言うと同時に白井は上条の目の前から消えた。
「気にしなくてもいいのに」
確かに呪われたことには腹が立ったが、相手が白井では自分が何かそれ相応のことをしたんじゃないかという気になっていた。
先程も誤魔化したが、頭の良い白井のことだからバレバレであることは上条にも分かっている。
だがそれでも真実を教えることだけが正しいことじゃないと上条は思う。
「美琴に話したりしないだろうな・・・。あ、上着返して貰うの忘れた」
まぁ今度返して貰えばいいか、と上条は判断し、肌寒い夜空の下を小走りで男子寮まで走り出した。
「何故あの方は誰にでも優しいんですの?お姉様の恋人でありながら・・・」
すぐには寮に戻らずに、ビルの屋上で佇み、先ほどのことを思い返す。
自分に危害を加えたであろう人間を助け、更には気を遣ってそのことを認めない。
「腹立たしいですの」
二つの意味で腹立たしい。敬愛するお姉様の恋人でありつつも、他の女にこんな気持ちを抱かせる。
そしてそんな気持ちを抱いてしまった自分にも腹が立つ。
(そう言えばこの服返し忘れましたわ)
いつの間にか羽織っていた上条の上着を白井はギュッと握り締める。
先程まで感じていた上条の匂いがする、そんな気がした。
「・・・しかし考えようによっては諦めようと思っていたお姉様へのルートが復活しますわね」
白井の中におそらくは美琴を怒り狂わせる悪魔の計画が完成する。
「次に会う時が楽しみですの」
悪戯を思いついたような表情を浮かべ、ビルの屋上から今度こそ寮に向かって帰る。痛みはもう何も無い。
「当麻〜」
「わ、悪い美琴。ホントにすまん!決してワザと遅れたわけじゃないんだ」
明らかに怒っている笑顔を浮かべる美琴に、上条は到着した瞬間土下座する。
「そんなことはいいのよ。ホントはよくないけど」
どっちだよ、とは思っても上条は決して口には出さない。
「これ、な〜んだ?」
そう言って美琴が持っていた紙袋から取り出したのは昨晩、というかほんの9時間ほど前に自分が白井に貸した上着である。
「・・・え〜っと、それはですね。寒そうな白井さんに貸したと申しますか・・・」
「なんで黙ってたの?」
「本当に申し訳ございませんでした!!」
怒った笑顔から突然の真顔に再び頭を地面に擦りつけるほどに下げる。
「だから〜今回のこと黙ってた理由よ、理由。黒子から全部聞いたわよ」
「いやそのまさか白井が犯人だとは思ってなくてですね。呪いなんて気のものだろう〜って考えでして」
「ふ〜ん。この後に及んでまだそんなこと言うんだ?」
「すいません、洗いざらい話します」
上げかけた頭を再び地面に擦りつけ、上条は包み隠さず美琴に白状する。
昨日のインデックスに相談したことから、呪詛返し、白井を発見した流れを簡単に説明した。
「真夜中に女の先生と二人っきりねぇ」
「いや、先生だから!何もやましいことは無いですよ!」
「彼女に黙って・・・」
「本当にすいませんでした」
本日何度目か分からない土下座を上条が披露する。
ずっと石畳の上で正座しているせいで足の感覚がほとんど無くなっていた。
「それでまぁ呪詛返しならこっちに危険も無いし、美琴に不用意に心配させたく無かったんだよ。本当に悪かった」
「はぁ〜。分かったわよ。でも次同じことやったら・・・」
分かってるわよね?と言った感じで右手の親指と人差し指の間で電撃が走った。
「肝に銘じて置きます」
「オッケー。じゃあ私の部屋行こうか」
「へ?」
「黒子が謝りたいんだって」
「い、いや別に俺は・・・」
「謝ることで気が晴れることもあるんだから、ちゃんと誠意を持って受け止めてやんなさいよ」
そう言うと美琴は上条の右手を掴んで立ち上がらせる。
「お、おい、ちょっと待てって。大体寮は男子禁制だろ!?」
「そんなもんどうとでもなるわよ。ほらほら急いだ、急いだ」
「いや足が痺れて動かないから、無理無理」
「気合でなんとかしなさい!」
「無茶苦茶言うな!」
「もう、仕方ないわね」
そう言うと美琴は上条と腕を組んで歩き始める。
「あの、胸が当たってるんですけど」
「当ててんのよ」
そう言いつつも美琴の頬は赤い。恥ずかしいなら止めりゃいいのに、と上条は心の中で呟いた。
「さぁしゅっぱ〜つ」
「はいはい」
その後寮の一室で、白井による妻妾同衾発言によって美琴の電撃が二人に落ちたのはまた別の話である。
終わり
とある魔術の禁書目録SS記念すべき第1作です。
短編で軽くリハビリがてら書くぜ!とか言ってたのに普通に10000字超えたよ!どうなってんの、これ?
とりあえず原作意識して普段と書き方変えたせいで余計に疲れました。
一人称と三人称混ざってるのは大目に見て貰えると有り難いです。
あとはまぁ地の文では基本的に名字ってところが個人的には面倒臭いな〜
正直全員下の名前の方が楽でいいんですが。
特に美琴だけ下の名前だから浮いてる感じがしますし。
とりあえず今回はラブラブ分少なめでお送りしました。
精神衛生上これ以上イチャつくとよろしくないです。精神崩壊しちゃうよ?
それでは年内に新作が出来ることを祈って(ぉ