停電の夜に・・・
「今日の夕方頃には本州を通過するでしょう」

テレビの天気予報が台風情報を告げる。

「この調子じゃ、夜には初音島直撃だな」
「そうだよね。今回の台風大きいし、停電とかしないといいんだけど」
「ま、大丈夫だろ。懐中電灯ぐらいは用意してあるし」
「そうだね。でも、念のためろうそくも用意しといた方がいいと思うし、帰りに買ってくるね」

朝倉家のリビング。

俺と音夢は今日来る予定の台風の話をしていた。

「どうせなら学園が休校になる朝に来ればいいものを」
「もう、兄さんったら」
「何を言う。世の学生の99%はそう思っているはずだぞ?音夢みたいなのが珍しいんだよ」
「はいはい。せっかく早く起きたのにゆっくりしてたら遅刻しちゃいますよ」
「そんなに慌てなくてもまだ大丈夫だって」




「お〜お〜。まだ夕方だってのに風が強いな」

窓の外で木が折れんばかりにしなっているのを見て俺は独り言をもらす。
朝、昼はそこまででも無かったが、下校時間くらいからかなり風が強くなっていた。
今日は部活動も休みにして、全校生は早く家に帰るようにという通知も出たくらいだ。

「お、兄ちゃ〜ん」
「うわ!?さくら。全くまた窓から入ってきたな?」
「そんなことしないよ。だって風がきついし危ないよ」
「それもそうだな。じゃあどこから入ってきたんだ?」
「えへへ、それは秘密」

全くこいつは・・・

「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん?何だ?」
「今日、ボク泊まって行っていい?」
「ん?どうしたんだ?」

そこでさくらが言いにくそうにうつむく。

「今夜停電したりすると心細いし・・・・・・ダメかな?」
「ま、まぁダメってことはないけど」

音夢の奴がいい顔しないだろうな。

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「おっ、そうだ」
「うにゃ?どうしたの?」
「代わりと言っちゃなんだが、料理でも作ってくれよ」

なにしろ、連日出前かコンビニ弁当だからな。
たまには手料理が食いたい。

「それぐらいお安い御用だよ。じゃあ食材家から持ってくるね」
「ああ。風も強いし飛ばされるなよ」




「いや〜。やっぱりこういう料理はいいな。おふくろの味って奴だ」
「えへへへ。僕の料理そんなに美味しい?」
「ああ。美春とかとも良い勝負じゃないか?」
「そう言ってくると嬉しいな〜」
「全く。私がいつも手料理振舞ってあげるのに・・・・・・」

朝倉家での3人の夕食。
楽しい団欒だが、窓に吹き付ける風は夕方の比ではない。
天気予報よりも少し遅く本州を通過した台風は現在、初音島のすぐ近くをかすめている。
外に出れば本当に飛ばされるんじゃないかと思うほどの強風。

「全く。これで明日学園があるんだからバカらしい」
「うにゃ?お兄ちゃんは学校嫌い?ボクは大好きだけどな〜」
「ここにも学校大好き人間がいたか」
「そうだよね、さくらちゃん。学校が好きな人は多いんですよ、兄さん」

絶対にこいつらぐらいだと思うけどな。

「ふん。勉強できる人間は好きなんだよ、きっと」
「兄さんは出来ないんじゃなくて、やらないだけだと思うんですけど」
「勉強だけが人生じゃないと思うけど、勉強は大事だよ、お兄ちゃん」
「はいはい。一応覚えとくよ」




食事も終わり、そろそろ部屋に行こうかと思った頃。

プツンッ

「おわ!?停電かよ。本当にするとはな〜」
「懐中電灯用意しててよかったね」
「全くだ」

それにしても、見事なほど真っ暗だ。
何も見えないし、おとなしくしておくのが一番。

「音夢?何やってるんだ?机の上に置いてただろ?」
「音夢ちゃん、まだ〜?」

俺の隣でいるであろうさくらも声を出す。

「電池切れ・・・みたい・・・・・・」
「はぁ?電池切れ?予備の電池があるだろ?」
「こんなに暗いと良く分からないよ」
「ったく、仕方ねえな〜」

そう言って俺は電池がしまってある引き出しの方へ足を向ける。

「・・・・・・なんだあれ?」

俺の目には闇の中に浮かぶ変な形をした光が見えていた。
心臓の音が高鳴る。

「お化け・・・じゃないよな?」

そんなはずは無いと思いつつも、不気味に輝く光の正体がわからない。

「兄さん?どうしたの?」
「お兄ちゃん?」

ドクン、ドクン。
心臓の音だけが俺にはやけに大きく聞こえている。
まるで金縛りにあったかのような錯覚に陥る。しかし、

カッ

外で光が走ると共に大きな雷の音が響いた。
そして一瞬、浮かび上がる謎の光の正体。

「なんだよ、うたまるかよ。驚かせんなよな」
「にゃ?」
闇夜の中で光っていたのはうたまるの目だった。全く、心臓に悪い。




「ほら、懐中電灯よこせよ」
「あ、うん」

少しずつ闇に目が慣れ、二人の輪郭が見える程度にはなっていた。
電池を入れ替え、やっとこさ電源を入れる。

「点かないね・・・」
「そうだね〜」
「・・・・・・もしかして電球が切れてんのか?」
「で、電球の予備なんてあったっけ?」

冷静に記憶を呼び起こすが、当然そんなものを買い置きした記憶は無い。
豆電球や蛍光灯の予備ならともかく、そんなもんを買い置きしとく奴はそうそういないだろう。

「うにゃ、ボクが家まで取ってこようか?」
「やめとけ。風が強いし、雨も降ってきたみたいだ。電気が回復するまで待とう」
「それもそうだね・・・」
「そういや音夢、ろうそく買って来たんじゃなかったのか?」
朝に言っていた音夢の言葉を思い出す。

「あの、実はこっちもライターが点かなくて・・・」
と音夢が申し訳なさそうに答える。

準備万端な気だったが、かなり詰めが甘かったと言うか運が悪かったらしい。
しかし、名案がひらめく。

「ガスコンロの火で点けるのはどうだ?」
「でも、それちょっと危なくない、兄さん?」
「あっ、ならボクがやるよ」
「大丈夫。俺に任せろって」

俺はさくらを制してキッチンの方へ歩いていく。
長い事闇の中にいたせいでもうほとんどの障害物は見えるようになっていた。
そして、ガスコンロの火を灯す。

「・・・ろうそくに点けなくても十分明るいな」
「でも、もったいないと思うけど・・・」
「分かってるって」

そう言って俺は手早く火をろうそくに移す。

「あ〜っ!!」
「うわっ!?」
「ど、どうしたの、音夢ちゃん?」

突然の叫びに俺は一瞬持ってたろうそくを落としそうになる。

「なんだよ。いきなりでかい声出して」
「今日は月夜の唄の最終回なのに〜」
「ああ、お前が毎週欠かさず観てたやつか」
「あれって9時からだよね。じゃあ、後5分もせずに始まるんじゃ・・・」

月夜の唄とは音夢の大好きな恋愛物のドラマである。
確か先週も声をかけようとしたら怒るくらい集中して観ていた。

「でも、停電が回復しない限り見れないぞ。まぁ、再放送を待つしかないだろ」
と、俺が言う頃には廊下から電話で話す音夢の声が聞こえていた。
内容はもちろん月夜の唄をビデオに録ってくれというもの。
相手はあの様子から察するに美春だろう。

「全く、音夢のドラマ好きも相当なもんだな。さくらは毎週観てる番組とかないのか?」
「そうだね〜。まぁ、時代劇物は欠かさず観てるけど今日はないかな?お兄ちゃんは?」
「俺か?そうだな・・・・・・ないな〜」
「ないの?お兄ちゃんのことだからテレビ大好きだと思ったんだけど」
「ん〜。テレビは好きだけど毎週欠かさずってのが無いんだよ。その時やってるもんで見るからな」
「そうなんだ」
そこまで言ったところで音夢がリビングに戻って来た。

「おっ、ずいぶん時間かかってたな。どうしたんだ?」
「うん。なんか西の方も停電してるらしくて・・・・・・」
「そうなんだ。じゃあ今日は島中が真っ暗だね」
「いや、さすがに東の方は点いてるだろ」
そこまで言った瞬間、いきなり電気が回復する。

「あっ、点いたね」
「意外と早かったな。もう少しかかるかと思ったんだが・・・・・・」
消えていたテレビも点き、ちょうどドラマが始まる。

「タイミングのいい復旧だな〜」
「本当だね〜。音夢ちゃんの必死な思いが伝わったのかも」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
すでに音夢にはさくらの言葉が届いてないようだった。
食い入るように画面を見つめている。

「さて、邪魔するのもなんだし俺の部屋でゲームでもするか?」
「それもそうだね」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・また負けた」
「これでボクの10連勝だね」

テーブルの上にはトランプが並んでいる。
やっているゲームの種目はスピード。
黒の俺はまだ山札が残ったまま。
唯一いい勝負だったのは俺の手札が面白いほど出まくった4回目だけ。
その他は今の様に圧勝されている。

「あ〜負けだ、負けだ。お前強すぎるぞ。少しは手加減しろ」
「うにゃ。真剣勝負に手抜きだなんて失礼だよ。だから常に全力で」
「わかった、わかった。もう9時半過ぎか」

そう言って時計に向けていた目をテーブルに戻そうとした瞬間。

プツン

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「停電・・・だね」

バンッ

「うおっ!?」

突然下から響いた音に心臓が飛び上がる。
そして続いて聞こえてくる音夢の声。
どうやら美春に電話を掛けているらしいが今回も無理そうだ。

「ドラマ凄くいいところだったんじゃない?」
「だろうな。ラスト20分てとこだからな」

ろうそくも何もなく、目が慣れていない為、相手の輪郭すら見えないが会話を続ける俺たち。

「それにしても・・・・・・何件電話してるんだあいつ?」
「必死だね。さっきも結構掛けてたみたいだけど、これで10人は掛けてるね」

そしてしばらくしてついに音夢の声が途切れた。

「ドラマ終わったんだろうね」
「まぁ10時前だしな。最後の方はことりにまで電話してたもんな」
「目も慣れたし下に降りない、お兄ちゃん?」
「それもそうだな。ほら、うたまるも行くぞ」

プツン

「あっ」
階段を下りる途中でふいに電気が復旧する。

「停電直ったね」
「音夢の奴、機嫌悪いだろうな〜」
そこまで言ったところで音夢がリビングから出てくる。

「ん?何だ音夢。まだ電話するのか?」
「ドラマ終わったのに?」
「ええ。テレビ局に」
笑顔で答えているが間違いなく裏音夢である。

「お、バカッ。何言ってんだ?テレビ局なんかに掛けてどうすんだよ」
「何って、今日中に再放送してもらおうと思って」
うふふふふふ、と言う声が聞こえそうなほど怪しい笑みを浮かべる音夢。
この微笑みはヤバイ。俺の本能がそう告げている。

「ね、音夢ちゃん。怖いよ」
電話帳を見て電話をかけ始める音夢。

「ま、待った。心当たりがある」
俺の言葉に音夢の手が止まる。

「・・・本当?」
「多分だけどな。もしかしたら杉並が録ってるかも知れん」
「杉並君が?」
「でも、杉並君って西の住宅街だし無理なんじゃ・・・」
「いや、可能性はある」

月夜の唄の1話目の話を杉並としたことがあった。
テレビでも一時期話題になったが、画面の中に幽霊が出ていたらしい。
まぁ、見えんこともないが、俺はこじつけだと思っている。
その時杉並が、俺もこのドラマを観て幽霊を探そうと言っていたのだ。

「あいつの家は自家発電が出来るらしい」
「本当?ソーラー?それとも風力?」
「俺も詳しいことは知らんが本人がそう言ってたんだから間違いないと思う」
「じゃあ、もしかしたら今日のビデオも・・・・・・」
「本人が飽きてなきゃあると思う」
俺は音夢にせかされながら杉並の携帯にかける。

「おう、朝倉か?聞いてくれ。今日はすばらしい夜だ。諦めずに最後まで観続けたかいがあった」
「あっ。やっぱり月夜の唄観てたのか?」
「もちろんだとも。ネットでは早くも凄い噂だぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、出たのか?]
杉並の異常なテンションの高さに俺はようやく気付いた。

「すごかったぞ。何だ見なかったのか?」
杉並にしては珍しくかなり興奮している。

「どうしたの、兄さん?」
「い、いや」
音夢が怪訝な顔でこちらを見ている。観れるかどうかの瀬戸際だからな。

「朝倉?聞いてるか?」
「ああ。聞いてるよ。音夢がそのビデオ貸して欲しいらしいから明日持って来てくれないか?」
「ん?朝倉妹はこういうのが好きだったか?」
「いいから。じゃあ切るからな」
「あっ、おい、朝倉・・・・・・・・・・・・・・・」

プー、プー




次の日の夕方、それはそれは満足そうな顔でドラマを見終わった音夢がいた。
俺も後で問題のシーンだけ観たが、どうにも信憑性に欠ける物であった。
しかし、ドラマであそこまで逆上するとは。
さくらが時代劇見逃してもあそこまでしないだろうな・・・・・・・・・
裏音夢の恐ろしさを再確認できた夜だった。





終わり

停電で頭にきて作ったSSです。
まぁ、音夢ならこれくらい怒るだろうな〜と言うことを想定して作りました。登場人物はわずか3人。
完結してない話が多いのに新しいの作ってすいません。
でも、どうしても書きたかったSSでした。
これからも、もしかしたら体験談から作るSSがあるかも知れません。
話の中に出てくるドラマの題名の月夜の唄ですが、ある歌の題名です。
本当に詳しい人じゃないと知らないと思いますが、気になったら探してみてください。
なんかオチが弱い気もしますがこのSSは完成です。次回作にご期待ください。



                                         
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