雄二から話には聞いていた。

委員長である小牧は異性が苦手であることに。

確かにその様子があるなぁと思い当たる節がある。

俺からすれば他人事ではない。

女の子が苦手な俺としては裏返しの関係になるから。

どうして苦手なのかは俺にもわからない。




ただ、その話題が出ると確実に雄二が謝ってしまう。

雄二は何かそういった原因を知ってるのだろうか。

下手に思い出すのも危ない気がしたのであえて追求をしない。

仮に問いかけた所で雄二はごまかすだろう。

そういう男だってことは長年の付き合いでわかってるから。




いつからだったなんて覚えてない。

どうやって知り合ったのかも漠然としてきた。

話すようになったのは、確か小牧が落としたプリントの束を一緒に集めた時だったかな?

半ば強引に手伝って、図書室の横にある書庫の存在を知って。

そこから色々な手伝いをした・・・といっても仕分けがほとんどだったけど。

小牧だけの領域、秘密基地のような特別な場所。

そこに部外者である俺が入ってきたこと。

全ての始まりはそこに集中しているのかもしれない。

ある日のティータイムで小牧が俺に言ってきた事がある。




「あたし達、協力しあえると思うんです。だって、びっくりするほど都合いいじゃないですか。ちょうど裏表の関係なんて・・・苦手を克服してみませんか」

小牧は俺以上に鈍感らしい。俺が女の子のことが苦手だってことに今更気づいたようだ。

ま、俺も雄二に教えて貰わなければ、気付かなかったかも知れないので、人のことを言えたものじゃないが。

要するに、お互いの苦手克服に協力しないかというお誘いだ。

普段わがままを言わない小牧だから、ああいう風に頼まれたりするとすっごく弱かったりする。

話の内容がアレだけど、断る理由は特に見当たらない。

俺も出来ることなら克服したいとは思ってるしな。




だけど具体的に何をすればいいのだろう?

まずはそれを一緒に考えることになった。

「まずは名前で呼び合ってみない?」

「えぇ!?」

ソファーに座って、テーブルにあるお菓子を食べて、苦手克服の方法を考えてみた結果、俺が考え出したのが名前で呼び合うということ。

小牧はすごく動揺したみたいだが、かくいう言い出した俺も動揺の色が出ていると思う。

何しろ提案した時の声がちょっと裏返ってしまったから。

緊張しすぎて・・・身体がブルブルと震えてきた。

俺が名前で呼ぶ女の子なんてこのみ、タマ姉・・・は名前だよな?

由真、珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん、るーこ、あれ?意外といるな。春夏さん・・・は女の子にしておこう。




「わ、分かりました」

しばらく考えた後に小牧は絞り出すようにそう言った。

「俺の名前、わかる?」

「う、うん」

「じゃあ、言い出した俺から」

「ど、どうぞ」

いざ言うとなると緊張して来た。

俺と小牧は沈黙したままで見詰め合う。

小牧の名前は『愛佳』と書いて『まなか』と呼ぶ。

よく間違われるらしいが、『あいか』とかそんな呼び方ではない。

「ま、ま、ま」

「・・・」

「まな・・・まな・・・」

「・・・」

「だぁ〜!!ダメだぁ!!」

「こ、河野君、お、落ち着いて」

頭を垂れて頭を抱える。

許可を得てから下の名前で呼ぶのがこんなに難しいことだったとは。

なぜか息も苦しくて緊張の汗がタラタラと流れ落ちる。

「じゃ、じゃあ。あ、あたし・・・い、言います。よ、呼びます」

「わ、わかった」

俺の頑張りに感化されたのか、小牧が両手を強く握って俺の名前を呼ぼうとする。

だけど、喉のギリギリまで声が上手く出てこないらしく、

何度もわざとらしい咳払いをしている。

逆の立場だったら俺も同じことをしてそうだ。

「た、た、たかあ――いっ!!」

噛んだ。あれって痛いんだよなぁ。

涙ぐんですっごく痛そうにしている。




「ま、ま、ま・・・」

「ジーッ」

そんな音が聞こえそうなくらい小牧は俺を見つめて来る。

そんな期待に満ち溢れた眼差しで見ないでくれ。身構えられると緊張して余計に言いにくいんだが。

多分今俺の顔は真っ赤になってるんだろうな。

とにかく、深呼吸をしてから俺は勇気を振り絞って言おうとする。

言わなければ前に進めないから。

だがそれは肝心の舌までは伝導しないらしい。




「・・・まぁ〜、ボチボチ頑張ろうな」

「う、うん」

そんな落胆したような顔をしないでくれ。

勇気を振り絞ることがこんなに難しいとは。

せめて心の中で言ってみよう。

ま、ま、まなか、まなか、まなか、まなか。

心の中で何度もリピートしてみる俺。

心の中ですらまともに言えないとは。

すると小牧も同じことをしてるのだろうか?

虚空を見つめる視線が真剣そのものであり、わずかに動く唇は何かを唱えてるような印象を受ける。

「ま」

「た」

「「あ・・・」」

名前の頭文字をほぼ同時に口にした俺たち。

変にハモッてしまう俺たちに羞恥心が沸き起こる。




「お、お先にどうぞ」

「い、いえ、そちらこそ」

譲ってみたけど、向こうも同じように返してきた。

もう一度、譲っておこうと俺なりに屁理屈を口にする。

「れ、レディーファーストって言うじゃないか」

「いえいえ、今は男女平等社会ですから」

変な譲り合いをしてしまって、俺から言おうとしたけど上手く呼べなくて。

同じように舌噛んでしまう俺ってバカそのもの?

いやいや、こういうのは慣れだよな?慣れだと思いたい。




「あ、あのさ」

「あ、はい」

「いきなり名前の呼ぶのって難しくない?」

「そ、そうですね・・・難しい・・・かも」

「段階を踏んでさ、ニックネームからやってみない?」

「ニックネーム・・・あだ名ですよね?」

「あ、うん。俺と小牧でお互いにあだ名で呼び合って、それに慣れてから名前で呼ぶって順序でやってみたらどうかな?」

「あっ、はい・・・その方が上手く呼べるようになるかも」

「さて、問題なのはニックネームの付け方だよね」

ニックネームって大体は相手の苗字や名前を略したものが多い。

それ以外にも動物とか別に似てる何かに置き換えることもある。

「小牧を略して、『こま』、『まき』」

「河野君を略して、『こうくん』」

「う〜ん、それくらいしか無いか」

「あ、でも名前から略するのもありですよね?」

「うん」

今度は苗字でなく名前からのニックネームを考える。

略していけば何とか呼べるかもしれないから。

逆にいえば名前のニックネームで慣れた方が、後々の名前を呼び合う時に言いやすいかもしれない。

小牧も同じように思ったのか、名前のニックネームをどんどん上げてくれる。

「『たかくん』『あきくん』『たっくん』『あっくん』」

「あ、最初の呼び方って、俺の幼馴染のこのみが使ってるよ」

「えぇ〜!?そうなの!?」

「うん、出来ればダブらない方がいいと思う」

同じような呼び方されると紛らわしいからな。

ああいう呼び方するのはこのみだけで十分だ。




「じゃあ俺だけど、『まな』『なか』『まか』とか」

「あ、あのぉ」

「はい?」

小牧が顔を赤らめながら俺に声を掛けた。

何か良いアイデアでも浮かんだのだろうか?

「あ、あたしのニックネームって・・・。ま、『まなちゃん』とか、ど、どうかな?」

「え゛っ・・・ちゃ、ちゃん付けはちょっと・・・」

「だ、ダメでしょうか?」

「えっと・・・こ、小牧はそう呼んで欲しいのかな?」

「・・・こ・・・ここだけなら・・・」

「あ、そ、そうだね」

さすがに人目ある外までチャン付けは出来ない。

恥ずかしすぎて周りから茶化されるのは目に見えてるから。

小牧がそう望んでるなら頑張ってみようかな。

「わ、わかった。こ――じゃなくて、ま、まな・・・ちゃ、ちゃ」

「・・・」

「ま、ま、まな・・・まな・・・ちゃ、ちゃ、ちゃ・・・だぁぁーー!!」

「だ、大丈夫!?河野君!?」

両膝と両手を地につけてガクッとなる俺。

燃えるように身体が熱いです。

特に頭の中は知恵熱が出たみたいにボーボーしてます。

これって名前の呼び捨ての方が遥かに言いやすくないですか?

俺の気のせいでしょうか?

ちゃん付けするのってハズイです。

「ご、ごめんなさい。ま、『まな』で勘弁して下さい」

「・・・わ、わ、わかりましたから、泣かないで〜」

「な、泣いてなんていない。目にご、ゴミが入っただけだ」

「め、目にゴミって・・・だ、大丈夫!?」

「あ、もう大丈夫だから、平気だから」

涙が潤んでしまった。息切れも激しくて何やってんだかって感じだ。

「あ、あの、こ、河野君のあだ名・・・『たっくん』でどうかな?」

「う、うん。じゃあ、よろしく、まな」

「よ、よろしくお願いします。たっくん」

こうして俺たちのニックネーム作戦が始まった。

地道に頑張っていこうという事で、果たして名前の呼び捨てが出来る日は来るだろうか?

今から、かなりの不安を抱いてしまう俺であった。




あれから数日後。

書庫の作業を終えてのティータイムを迎える。

「まな、今日は和菓子だよね?」

「あ、はい。昨日、親戚が来てお菓子を貰ったの」

一口サイズの饅頭で食べやすくて紅茶とも合う。

とりあえず、食べることに専念しておいて、食べ終わった後でお互いを見詰め合う事となる。




「た、たっくん」

「あ、は、はい!!」

あ〜!!思わずビクッとしてしまった。

向こうも同じように震えた反応をしていたし。

「あ、握手・・・してみませんか?」

「あ、握手?」

「う、うん」

ニックネームの提案は俺からしたから、今度はまなから提案をしてくれたようだ。

「あ、そ、そうだな・・・な、慣れ・・・だよな?」

「そ、そうですよ、要は、な、慣れです」

では早速やってみよう。

服で手を拭いて俺は右手を差し出す。

何となく拭かなきゃいけないような気がした。

おそるおそると愛佳が右手を伸ばして来る。

触れるか触れないかのギリギリの距離まで近づいた時、思わず俺は右手を引っ込めてしまった。

「えぇ?」

「わ、悪い。まな、仕切り直しな」

「う、うん・・・じゃ、じゃあ、ど、どうぞ、たっくん」

今度は愛佳の右手が伸びた状態。

俺から伸ばしていかねばならない。

右手をゆっくりと伸ばしていく。

「あっ・・・」

「ご、ごめんなさい、こ、心の準備が・・・」

愛佳の右手が引っ込んでしまった。

何か同じ反応しちゃってるな、俺たちって。

握手って簡単に出来るかなぁって思ったけど、意外と難しいっていうか、すっごく意識してしまう。

まだニックネームで呼ぶとか言葉だけの方が簡単に思えた。

「あ、あのさ」

「あ、は、はい」

「肌で直接触れるのってお互いに、まだ抵抗あると思うんだ。

だから、何か手袋とかつけてやってみたらどうかな?」

「えっと・・・」

「ないかな?手袋」

「作業用の手袋なら・・・」

まなは書庫の奥棚から真新しい作業用手袋を持ってきた。

まなと俺はお互いに作業用の手袋を装着する。

そして、俺から右手を差し出して開いてみた。

「どうぞ」

「あ、はい」

これなら何とかなるかも。

そう思って期待を胸に、まなの握手を待ち続ける。

ゆっくりとまなが手を伸ばして軽く触れていく。

手袋越しなので軽く当たる程度なら大丈夫だが、そこから握るという手順には至らない。

俺も握ろうとする行動をすればいいのかもしれないが、それをやろうとしても俺自身が抵抗あって出来ないんだ。

あくまで手袋越しにほんのちょっと触れるだけ。

それが今の、俺がまなが出来る精一杯のことらしい。

「ほ、本の端っこを持ってくれない?」

「あ、は、はい」

戸惑いながらも、まなは本の端を持つと、俺は反対側の端を掴んでみた。

「・・・たっくん、これって?」

「間接的な握手のつもりだけど・・・あまり意味ないかな?」

「そ、そんなこと・・・ないと思います」

「け、結構、近いものだな」

「そ、そうですね」

本を媒体に握り合うとお互いの距離が近くなった。

まなの吐息が何となく感じられるぐらいだから。

意識してしまった俺たちは本を置いて手袋を外す。

一呼吸つけるためにソファーに腰を沈めた。

まなも同じように疲れた様子でソファーで休んでいる。

握手するだけなのに、お互いに疲労困憊の状態だった。

落ち着きを取り戻してから、俺なりの提案をもう一度出す。

「さっきの握手の件だけどさ。袖とかはどう?」

「袖・・・ですか?」

「手を握ろうとするのじゃなくてさ、手に近い袖とかで慣らしてから手を繋ぐとかさ」

「え、えっと・・・やってみます?」

「う、うん、まなが嫌でなければ」

「い、嫌ではないです!!」

「あ、は、はい」

「ご、ごめんなさい!!こ、声が大きかったですね」

「き、気にしないで、じゃあやってみよう」

お互いに向かい合って立ち上がる。

先に俺からまなの袖を軽くつまんでみた。

本当はもう少し掴む勢いでやれたらいいのだが、まなの制服って袖の掴み所が少ないんだ。

「じゃあ、次はまなの番」

「はい、が、頑張ります」

「うん、頑張って」

まなは俺と同じように制服の袖をつまんでいった。

対抗という訳でもないが、空いてる手で俺もまなの袖をつまむ。

お互いの袖をつまみ合う光景はかなり滑稽かもしれない。

時間も大分過ぎたので今日はこれでお開きとなった。

一緒に帰る時も、まなは俺の袖をつまんでいる。

慣れるために、頑張っていこうというオーラを出していた。



さらに数日後。

書庫の中だけならニックネームで呼ぶのも大丈夫になってきた。

直接的な握手に関しては、お互いに抵抗があって上手くいってない。

裾とか袖をつまむという事であれば、お互いに出来るのだが。

「いっ!!」

本の端で指を切ってしまった。

右手にある人差し指から血が滲み出てきた。

紙の端が刃みたいになる事があると聞いたことがある。

まさか、実体験することになるなんて。

「たっくん!!どうしたの!?」

「本で指を切っただけだよ、だいじょ――」

それ以上はいえなかった。

いきなり何を思ったのか、まなが俺の指に口を入れたからだ。

「っ!!!!」

全身から異様な炎が出てるような感覚。

何とか理性をフル活動させて拒絶しないようにしている。

その間もまなは必死に血を止めようと舌でなめ始めた。

夢中になってやってるという感じで、きっと、まなは自分が何をしてるか自覚はないのだろう。

俺のために、傷の手当てを必死でやってる。

そんな感じが伺えた。

俺は不純な気持ちをどうにか振り払いたいと思った。

でも、まなの口が・・・凄く・・・や、ヤバイ、マジで。

「ふぁっ〜、血が止まらないよぉ〜!!い、今、救急箱とってくるから!!」

ようやく離れてくれたまな。

俺はガックリと尻餅をついてダウンしてしまった。

もうちょっと長く続いていたら理性が壊れてしまう所だったよ。

救急箱から簡単に手当てを受ける俺。

まなは自分のやった事に気づいたみたいで、顔を真っ赤に何も言わずに黙々と作業した。

手当てが終わった後はお互いに気まずい空気が流れる。

何とかフォローしようと俺なりに頑張ってみた。

「まな・・・が、頑張ったよな」

「・・・ぁ・・・ぅ・・・」

「いや、ホント・・・お、俺は触れる事すら・・・できてないしさ」

「ぇ・・・ぅ・・・ぁ・・・」

モジモジして何か言おうとしても小声で聞き取れないし、元々、ちゃんとした言葉にもなってないみたいだ。

んで、最終的にショックのあまりに、まながグッタリと気絶。

色々と大変で克服の道のりもまだまだ遠いように思えた。




授業が終わった休み時間。

教室に突っ伏して寝てる俺。

何とか眠らずには済んだが、ハッキリ言って辛い。

先生の講義って何でああも眠たいものか。

催眠術の使い手として十分食べていけるのではないだろうか?

「おいっ、貴明。次の教室、移動だぞ」

「あ、ああ、すまん、雄二」

雄二が起こしてくれて助かった。

そっか、次の授業は移動か、面倒だな。

「お前、寝癖が凄いぞ」

「げっ、マジ?」

「頭が飛び跳ねてる鬼の角みたいになってるぞ」

軽く手で押さえてみるが効果はない。

すぐに角みたいな髪になってしまう。

そんな時、まなが来てくれた。

「たっ――えっと、こ、河野君。それって、寝癖?」

「あ、ああ」

今さっき、たっくんって呼びそうになったよな?

俺も下手したら、まなって呼んでしまうかもしれない。

お互いにその呼び方が癖になってる気がするし。

「ちょっと待ってて。そのまま動かないで下さいね」

まながそう言って何かを取り出した。

女の子用のブラシと香水を思わせるスプレーかな?

パッパと俺の頭にスプレーをかけて軽くブラシでといていく。

何度か、それをすると角になった髪がペチャンコになった。

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

「あ、ありがとう、まな――いや、小牧」

「い、いいえ。そ、それじゃあ」

慌てた様子で教室を出ていくまな、じゃなくて今は小牧か。

だけど、何か周囲の視線が妙に痛いというか注目浴びてるよな?

なんで?なんで俺に視線が注がれてるの?

「くぅ〜!!なんて羨ましいシチュエーション!!

女の子に寝癖を直してもらうなんて!!このラブコメ男め!!」

「雄二、なにいってんだかサッパリわからん」

とにかく俺は逃げるように移動教室に向かった。

他の男子生徒からも嫉妬めいた視線注がれたし、女子からは茶化されるような声が聞こえてきたしさ。

とりあえず、今度からは寝癖に気をつけよう。

書庫の作業が終わった後で雨が降ってることに気づいた。

最悪なことに、俺は傘を持っていない。

天気予報をちゃんと見ておけば良かったと後悔する。

「じゃあ、俺、走って帰るから」

「だ、ダメだよ、たっくんが風邪ひいちゃう」

「小牧、今は、苗字」

「はうっ!!こ、河野君が、か、風邪ひいちゃうから」

「大丈夫だよ」

「あ、あの、あ、あたしの傘に、は、入って下さい」

それって相合傘をしろって事だろうか?

ちょっと、いや、かなり恥ずかしいと思うんですけど?

まな、もとい小牧も意識してるのか、全身が赤くなっている。

俺もきっと真っ赤になってるんだろうな。

まぁ、傘があれば、人目もそんなに気にならないかな。

「わ、わかった。傘は俺が持つから」

「あ、は、はい」

ぎこちない様子で一緒に帰る俺たち。

傘を持って出来るだけ、まなを濡らさないように傾けた。

お互いに間近に隣合って歩いているけど、何も喋ることができなくて、触れることも出来ない。

空いてる手でまなの袖をつまむ俺。

けど、それ以上が上手くいかなくて離してしまう。

するとまなが・・・手を繋いできた。

お互いにビクッとなるけど、視線を交わすことなく、このままの状態で一緒に帰っていった。

まなを家まで送り届けた俺。

傘をそのまま貸してくれると言ってくれた。

悪いとは思ったけど、お言葉に甘えて借りる事にする。

「それじゃあ、また明日」

「う、うん。明日も頑張るからね、た、たかあきくん」

「えっ!?」

「それじゃあ!!」

逃げるように家に入ったまな。

いきなりに名前で呼ばれて地蔵みたいに固まる俺。

何か今日のまなって凄い積極的だった。

手を繋いできたし、名前で呼ばれたし。

何となく置いてきぼりを喰らったような気分になって、次は俺からもっとリードしたいと思った。

「またね、ま、愛佳」

聞こえる訳ないけど、ケジメのつもりでそう言った。

次の日からはちゃんと名前で呼び合っていこう。

そして、俺から手を繋いだりしてみよう。

色々な決意を胸に、俺は自分の帰路へと歩いていった。





終わり

都波心流さんから頂きました、愛佳ラブラブSSでした〜



                                        
純情なるジレンマ
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