卓球で勝負を挑んできた由真。

勝ったら言ってやることがある。

そんな思わせぶりな台詞がとても意味深であり、集中力を奪う作戦なのかと疑ってしまうほどだ。

一体なにを言うつもりなんだ?

この試合に負けたらもう二度と同じ話題は持ち出さない気か?

進路も含めて色々とテンパってるのは知っている。

上手く言えない願掛けっぽい所が由真らしい。

じゃあ、俺が負ければいいのかと言えば答えはNOである。

当たり前だ。俺は勝たせてやろうだなんて微塵も思わない。

そっちがその気なら、こっちにも考えがある。

俺のサーブ権の時、由真に向けて声を掛けた。

「なぁ、由真」

「なによ、いきなり話しかけないで」

「お前が勝った時は、言ってやることがあるって言ってたけど、俺が勝った場合はどうするつもりなんだ?」

「なっ!!わ、私が勝つからそんなのどうでもいいじゃない!!」

「そんなの不公平、アンフェアだ。つー訳で、俺が勝ったら願い事を一つ叶えてもらう。以上」

「じょ、冗談じゃないわよ!!アンタ、無理難題な事、吹っかけるつもりでしょう!!」

「しないよ。小学生か、お前は。うりゃ!!」

「くっ!!ひ、卑怯者!!」

「やかましい、おりゃっ!!」

サーブを上手くさばく由真だが、俺だって負けない。

わざと負けるなんて絶対に俺はやりたくない。

この場は絶対に俺は勝ってみせる。




ゲームはラリーの応酬で持久戦にもつれ込んでいった。

「っ!?」

由真のミスショット。

浮かび上がるチャンスボールは目の前だ。

俺は容赦なくスマッシュを絶対に当てられない方向にかましてやった。

そのつもりだったのに・・・

「負けないんだからぁ!!」

由真は半ば強引にラケットに当てた。

ピンポイントにヒットしたようで、その威力が俺に向けてカーブする形で返ってくる。

ヤバイ!!意表を突かれた!!

「くっ!!」

何とか間に合ってラケットに当てたが、明らかにミスショットで由真のチャンスボールとなる。

「隙あり!!」

今度は由真が本気でスマッシュしてきた。

負けず嫌いな気持ちが感化してか、俺も諦めが悪くてラケットにかろうじて当てた。

だけど、ネットに引っかかってしまい落ちてしまう。

「・・・」

真剣勝負で負けるのって本当に悔しいものだな。

だけど、表情に出したくなかったので、何とか平常心を保って由真を見てるだけに留める。

これ以上の行動は今の俺には出来ないから。

男にとって負ける事は非常に屈辱に感じるものである。

それを由真を通じて大いに痛感していった。

「アンタに言いたい事があるの」

「なんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「言えよ、お前の勝ちなんだから。言いたい事を言え」

本当に言い辛いそうにしてるな。

あの意味深な台詞ってそんなに言いにくい内容なのか。

由真のヤツ、あんなに落ち着かなくなって。

だけど、ちゃんと言葉にしてもらわないとわからない。

一体、何を言うつもりなのだろうか?

「ら、ら、来週!!来週の日曜!!じゅ、じゅ、10時にしゅ、集合!!」

「はぁっ?」

「げ、現地集合だからね!!遅れたら承知しないから!!

「いやいや、どこに!?」

「ここの片付け、アンタがやりなさいよ!!」

「お、おいっ、ちょ――」

そう言い残して何かを俺に向けて投げてきた。

一通の封筒でヒラヒラと飛んできたので慌ててキャッチ。

その間に由真が立ち去ってしまった。

しばらくの間、唖然となったけど、受け取った封筒が気になったので中身を確認する。

映画のチケットと書置きのメモが入っている。

メモの文字には『ちゃんとエスコートしなさいよ』だった。

アイツらしいメッセージだと思う。

「これって・・・デートの誘い?」

なんで?どうして?何か目的でもあるのか?

由真の考えてる事はよくわからん。

来週の日曜日、10時に現地集合ということで、要するにこの映画館前に集まれってことだよな。

他にも誰か来るのかな?いや俺だけかな?

とにかく、行かないと後でとばっちりを喰らいそうだ。

エスコートか・・・。

女の子が苦手な俺としては、こんなこと初めてだからエスコートの仕方だってわからない。

雄二にでも聞いてみるか。




「雄二、相談がある」

後日の昼休み、俺は雄二に相談してみることにした。

「いやだ。お前の惚気話を聞くつもりはないぜ」

「自販機のゴーヤ青汁おごるから」

「新手のいやがらせか!!」

「冗談だよ。とにかく頼むよ」

「ったく、仕方ねぇな。学食おごり1週間」

「3日」

「仕方ないな」

今日は学食ではなく、パンを買って校舎裏で一緒に食べる。

屋上、食堂、中庭だと賑わいもあるし、人目もあるので、こういう相談は余りしたくない。

座り心地のよさそうな下草の上に俺達は腰を下ろした。




「で?どんな相談だ?」

「エスコートの仕方を教えてくれ」

「なんのエスコートだ?」

「お、女の子とデートしてる時のだ」

「ぶっーーーー!!げほっげほっ!!」

「き、きたなっ!!ってか、大丈夫か!?」

一応心配はする。

こんな反応されるとは、そんなに意外だったのだろうか?

「あ〜、ったく、突拍子もないよな、お前」

「・・・・・・・・・・・」

「しかし、貴明の口からそんな言葉が聞けるとは。なるほど、なるほど。お前もそういう年頃か」

「やっぱ遠慮する。学食の件は却下な」

「まぁ、待て待て。茶化すつもりはないって」

立ち去ろうとした俺を雄二が引きとめた。

ちゃんと聞く気があるなら、そういう態度でいてほしい。

「話していけよ。悩んでるんだろ?」

確かに悩んでなければこんな相談なんてしない。

何となくコイツに相談するのはどうかって思ったけど、他に相談できる男友達なんていないしさ。

渋々ながらに座り直りして仕切りなおす。

「と、とにかく、女の子をエスコートする方法を教えてくれ」

「貴明、意中の相手がいるのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「って待て待てちゃんと聞くって!!」

再び立ちあがろうとした俺の袖を掴んで雄二が言った。

「ま、適当にグイグイと引っ張る勢いでやればいいんじゃねぇの?あ、でも姉貴みたいな暴走は却下な」

「わかりやすい例え、どうもありがとう」

エスコートって主導権を握るって事だから、先頭に立って何かしら行動を起こすっていう、漠然としたイメージは湧くんだけど・・・

具体的に何をどうしたらいいのかって言われたらわからない。

今回の場合、映画館だから、そこからどうやってエスコートするか?

レディーファーストだからって席を譲るとか?

う〜ん、なんかアイツ、そういうのを嫌いそうな感じがするよな。

つーか、俺って由真を女の子という意識であんまり見てないような気がする。

勝負とか、アイツから変に喧嘩をふっかけてくるし。

だからこそ、女の子が苦手な俺でも相手できるんだけど。

「やっぱおごりは1日分だけな。あんまり役に立たない」

「おいおいそりゃねぇだろ」

とにかく雄二からは有力な情報は得られなかった。

当たって砕けろって感じで開き直ることにする。

相手があの由真だしな、下手な小細工しようと思う方が無理だ。




約束の休日がやって来た。

何となくアイツは俺より先に来ているような気がする。

競争というキーワードが脳裏によぎった。

俺は約束の時間よりも1時間早く行ってみることにした。


ところが・・・

「おっそぉ〜い!!アンタ!!女を待たせるなんて良い度胸してるわね!!」

うわぁ、もう来てるし。一体何時に来たんだ?

「そんなに楽しみにしてたのか?」

「ち、ちがっ!!わ、私はアンタより遅いのが嫌なの!!」

本当に負けず嫌いだよな、コイツ。

どうせ早めに来て勝ったって思ってるんだろう。

幸いギリギリ一つ早めの上映時間に間に合いそうだからそれでいこう。

「とりあえず行こうぜ」

そう言って歩き出した瞬間、由真から不満の声があがった。

「ちょっと!!先に行かないでよ!!」

「なんで?エスコートしてるのに?」

「どこがエスコートなのよ!!こういう時は・・・手ぐらい引くものでしょ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あっ・・・い、今のは例え話だからね!!」

「いくぞ、由真」

「って、何で袖引っ張るのよ!!服が伸びるじゃない!!」

直接、由真の手を繋ぐのはかなり抵抗があった。

嫌とかじゃなくて苦手反応が先走ってしまったから。

頭では由真を女として意識してないつもりだが、直接的な接触では身体が意識してるみたいで。




受け付けの人にチケットを渡して映画館に入場する。

たびたび怒られながらも、何とか座席に腰をおろすまでに至った。

映画の内容は、男性がエスコートして女性を導くような大人っぽい感じのラブロマンス。

これでも見て勉強しろって言いたげな内容である。

キザすぎる台詞や立ち振る舞いが目立つ。

女の子って本当にああいう態度や言葉が好きなのか?




「・・・袖は引っ張らないで」

「わ、わかった」

眠りそうになる映画の内容を何とか観終わって、再び袖を掴もうとした瞬間、由真に先に忠告されてしまった。

しかしいざ手を繋ごうとすると妙に震えてしまう。

漠然とした抵抗感と恐怖が襲ってくるのだ。

女の子が苦手な俺がエスコートするのがやはり無理なのか?

そんな考えがよぎったとき。

「あぁ〜もう、じれったい!!」

「うわぁっ!!」

「次!!とっとと行くわよ!!」

由真から強引に手を握られて引っ張られる。

「おいおい、痛いって!!腕が!!手が!!」

「うるさい!!」

思い切り走って行くから付いて行くのが辛い。

服が汗でぐっしょりになってしまった。

由真も長距離マラソンを完走した選手みたいになっている。

俺達いったい何やってんだろうな?




呼吸を整えた後で、由真がギロリと睨んできた。

「アンタね、私をこんな目に遭わせるなんて」

「走ったのはお前じゃん」

「う、うるさい!!アンタのエスコートが悪い!!」

「じゃあ、映画みたいにキザっぽくやってみるか?」

「気色悪いからやめて」

やっぱりそうだろうな、俺もしたいとは思わない。

繋がってる手が震えてるのは気のせいだろうか?

というか、いつまで繋いでるのだろう?

「アンタが女の子嫌いって本当?」

「嫌いじゃない。苦手なだけだ」

「意味一緒じゃん」

「全然違うだろ。っていうか、何で知ってるんだ?」

「アンタの友達から聞いたの。答案覗こうとした最低男から」

「ああ、雄二からか」

雄二め、余計なこと言いやがって。

コイツに弱みを握られるのは嫌なのに。

でも、コイツは特に見下す様子もなくこう言ってきた。

「私の友達に異性が苦手な人がいるの。アンタとお似合いかもね」

「それって小牧のことだろ?」

「そうよ。あんたこそ何で知ってんのよ?」

「色々とあるんだよ」

「ふ〜ん」

書庫の手伝いのことは、別にこいつにわざわざ言うようなことじゃないしな。


「まぁ、俺も慣れたら大丈夫だと思う、多分」

繋いだ手は震えてるけど不思議と嫌じゃない。

きっと慣れたら大丈夫だと思うから。

そのまま繋いで商店街を歩いて回った。




「自分なりの進路か」

「と、突然、なによ?」

「いや、進路の悩みって人事じゃないなぁと思って」

「そういえば、アンタは将来なにをするの?」

「それが何も考えていない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そんな呆れた目で見るなよ。まだ先の話じゃないか」

「はぁ〜」

「今度はため息かよ」

進路への悩みは誰もが通る道。

由真は大人になろうと、自分なりの道を探している。

それに対して俺はどうだろうか?

何にも考えていないし、先のことなんて全くわからない。

その点でいえば、由真は本当に頑張っていると思う。

「大学行って考えるってのはダメかな?」

「学費かかるじゃない。大学いっても仕事に直結するとは限らないし」

「じゃあ専門学校進学?」

「そっちも学費がかかるじゃない。別の分野に目を向ける事もあるかもしれないし、その専門が向いてなかったら方向転換が難しいじゃん」

「ん〜、じゃあフリーター?」

「将来性がないよ、人生お先真っ暗にするの?」

何か進路のカウンセラーになってきた。

漠然と大学いっても学費や時間の浪費は決して安くない。

専門学校はある意味で無謀な大胆さがないと、特化した分野で学ぶから別の分野でのやり直しが難しい。

本当にその分野でいいのかという迷いだってあるだろうし。

フリーターは、保険料とか年金とか色々な将来性の不安が出るよな。

病気になったときとかクビになるかもしれないし、仮に休めてもその間の給料がないから死活問題になる。

就職だってどんな職業で働くのか全然思いつかないしな。

う〜ん、進路ってマジで難しいものだと思った。




俺は例のタワーに誘った。

ここだけは来ておきたい気分だったから。

あえて、別々の塔に上がってガラス越しに向かい合う。

なんでこうしたいと思ったのだろう?

俺自身も正直言ってよくわからない。

ただ、こうしてみたいって思っただけで深い意味はない。

でも、由真は俺のその誘いを断ることなく、素直に応じてくれて、今こうしてお互いに立っている。

「エスコート、どうだった?」

「・・・最悪」

「そ、そっか」

結局は由真に引っ張り回されてしまった俺。

そう言われて当たり前だと納得する。

あ〜、俺にエスコートって向いてないのかも。

そういう役目はタマ姉の方が向いてそうだ。

俺はどっちかっていうと引っ張られる側が多かったから。

「・・・次」

「えっ?」

「次はちゃんとエスコートしなさいよ」

それって次のチャンスも与えてくれるってことか?

次もこういうときがあるってことなのだろうか?

心のどこかで不安でドキドキするものと、期待でワクワクしているものがあるのが分かる。

「うん、努力する」

ガラス越しに手を合わせる俺たち。

互いの目で見詰め合う。

その奥底は漠然とした不安が何となく感じられた。

試しに顔を寄せてみると、由真がポッと顔を赤らめて距離をとっていく。

「ちょ、な、なにしようと思ったのよ?」

「なにも。第一、ガラス張りされてるから何も出来ないじゃん」

「ガラスがなかったら何かするつもりなの?」

「・・・したかも」

「・・・スケベ」

「そう考えるお前の方がスケベだ」

何か言い合いになりそうだったので、適当に話題を打ち切って途中まで一緒に帰った。

そうだな、また次があったら頑張ってみよう。

こういうのは慣れみたいなところがありそうだし。

ただ一つだけ気づいたことがある。

知らない間に俺たちは自然に手を繋いでいた。

自然と繋いで、一緒に帰路を歩いていた。

それだけでも収穫があったと思いたい。





終わり

都波心流さんから頂きました、由真ラブラブSSでした〜
大学に行ったらやりたいことが見付かる、そう思ってた時期が自分にもありましたw
大学に行ったら彼女が・・・止めよ、鬱になって来た。
都波心流さんどうもありがとうございます。由真は好きなキャラなんですが、自分じゃSS書けないんですよね〜
由真のツンデレ分が見事に出ていたと思います。忘れがちですが、由真はツンデレです。



                                        
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