「おかえりなさい、朝倉先輩」
美春が元気良く駆けてくる。
そんに嬉しい事なのだろうか?
そんな事を暢気に考えている時、音夢の姿が見えない事に気付いた。

「なぁ、美春、音夢は?」
俺は尋ねる。

「音夢先輩ですか、朝倉先輩が芳乃先輩のお家に行かれたのと同時に帰られましたよ、何でも時間がないって言って」
俺のために、態々来てくれたのに、俺が眠っている間、無駄に5日も学校を休ませてしまったんだ。
後で、電話でお礼をいってやらないとな。 

美春は夕食の支度をすると一人、キッチンの奥へと消えて行った。

その間、俺は自室のベッドで横になり、夢の事、さくらが言っていた事の整理をしていた。

今、俺の家でメイドとして働いている美春が本当の美春ではない事は容易に想像出来た。

次に俺が夢で見た事、美春が俺より年下ではない、と言う仮説についてである。
俺の記憶にあった、美春はもっと幼さの残る妹だった。
でも、俺が今回夢で見た美春は幼さもなく年下は愚か、同年代、もしくは年上と思わせるような、振る舞いをしていたのである。
この件については俺がいくら考えた所で答えなど出なかった。

まだ、考える事はあったが階下から美春の食事が出来たと言う声で一旦中止し、俺は階下へ赴いた。
そこには今まで見た事もないような豪華な食事が並んでいた。
美春が言うには俺の快気祝いらしい、俺は素直に喜びの感情を顕わにし、美春の料理に舌鼓を打った。

その後、5日の間一緒に寝られなくて寂しかったといわれ、結局、美春と一緒に寝る事なった。




翌日
俺は、5日ぶりの学校へと赴いた。
どう考えても、杉並が原因としか思えない、『朝倉純一死亡説』が構内で出回っていた。
その噂を半分信じていた、眞子が俺の登校を素直に喜んでいた。
ことりは全く信じて無かったらしい。情報源が杉並だしな。
当の杉並は俺の姿を見受けた瞬間、亡霊だとか、成仏しろだとか訳の分からない事を宣っていたので、再起不能な状態にしておいた。




帰り道、俺は久しぶりに商店街に寄ると何か美春が喜びそうな物がないか探した。
5日間心配させていたのと、今日までのメイドの給料を兼ねてのプレゼントだった。
こうしている辺り、俺は本当に美春の事が好きなのかもしれない。

だが結局、目ぼしい物は何一つ見つける事は出来なかった。
そこで俺は気がついた。美春には物よりも気持ちでプレゼントを上げた方が喜ぶのではないかと。




そう思った次の瞬間、俺は一人の青年に捕まった。
どうやら、何かのビラを配っているらしく、俺にそれを手渡してきた。
何かの宗教への勧誘かと思ったが違っていた。
そのビラの下の方に俺は目を奪われた。
そこには、確かに“天枷研究所”の名前が書かれていたのだ。

ビラの内容は
犬を探している、そんな内容だった。
犬の名前は・・・・・・・“美春”と表記されていた。
俺は、その名前に釘付けになった。




今回の失踪した犬の美春。
俺の家で居候をしている、犬耳のメイドの美春。
そして、病院で眠っている本当の美春。
この三つがただ一つの事実を示しているとすれば。
俺はなんとなく答えが分かった気がした。




そうなると俺には二つの選択肢があった。

1つは今の生活を捨て、何らかの手段で本当の美春を起こす事。

2つは何も知らなかった事にし、今の生活を続ける事。

でも、俺はどちらを選べばいいのだろうか・・・・・?




結局、俺は答えを出す事が出来ずに帰宅した。

いつもの自宅、真実を理解しつつある、俺には家の中に入る事はかなり躊躇われた。
で美春と直接話し合って確かめたかった。
いや、そんな事はどうでもよかった、ただ俺は家の中で待つ美春の笑顔が見たかった。
俺は、意を決して玄関をくぐった。

「ただいまー」
しかし、俺の声だけが空しく響くだけでいつも笑顔で迎えてくれる、美春の姿は愚か、家全体が誰も居ないかのように静まり返っていた。
違和感よりも、まずは危機感を覚えた。
美春の身に何か起こったのでは?そう思うといても立っても居られなくなり、急いでリビングに行った。
すると、そこには今にも粒子になって消えてしまいそうな美春が居た。

「お、おい!どうしたんだよ、美春?」
俺は慌てて、美春に駆け寄り尋ねる。

「見ないで、見ないで下さい朝倉先輩」
美春の確かな拒絶の意思。
でも、俺はその場を離れる事が出来ずにいた。
美春はもう、口も利けないのか、唯じっと苦しみに耐えているようだった。
俺は、美春に頭上から、大丈夫かとか何のためにならない言葉をつむぐ事しかできなかった。




それから、数十分の間、美春は苦しみ続けた。
挙句、美春は苦しみから解放され、その場に崩れ落ちた。
美春を病院へ連れて行くのは躊躇われたため、仕方なく俺は自室へと美春を運ぶ事にした。

俺のベッドに眠っている間、俺は美春の手を握り続けていた。
そうした方が美春が喜ぶと思ったから。
俺がそうしたいと思ったから。
今、美春の手の温もりを感じて、幸せだと思う。
これが好きだという感情なら、俺は美春にそう告げてやりたい、心からそう思う。




やがて、美春が目を覚ました。
酷く衰弱している事が表情から窺える。

「朝倉先輩、もしかしてずっと美春の手を握っててくれたんですか」
美春が確認するように訊いてくる。
俺は、美春の問に無言で頷く。

「美春は嬉しいです、こうして好きな人と一緒に手をつないでお話できる事、本当に嬉しいです」
弱々しい口調で、美春は話を続ける。

「そんな、小さな夢で満足するなよ、俺に言ってくれ、叶えて欲しい事があれなんだってするから」
俺は柄にも泣く、そう言った、同時に目頭が熱くなるの分かった。

「嬉しいです、それでは、一つ聞かせてもらってもいいですか?」
美春は恐る恐る言った。

「あぁ、何でも聞いてくれ」
「朝倉先輩は、美春の事、私じゃなくて本当の美春の事好きですか?」
美春の複雑な問、先程自分で出した結論は今、目の前の美春が好きだという、意味だったのだろうか。

いや
「美春は美春だ、メイドだろうが後輩だろうが関係ない、俺は天枷美春という一人の少女が好きなんだ」
考えは口を付いて出ていた。
美春はそれを涙目で聞いていた。

「美春は嬉しいです、その言葉をもう一度、本当の美春さんに聞かせてあげてください」
そう言った直後、美春は粒子となって跡形も無く消えていった。
俺は泣く事も出来ず、今、目の前で起こった事実も受け止められないまま呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
外には満月が輝いていた。




ふと俺の背後に誰かの気配を感じ振り向く。

「月の見せてくれる、幻想は時に美しく、時に儚く散って行く物なんだよ」
さくらだった。さくらは何やら意味深な事を言う。

「一人の少女が、望んだちっぽけな願い、それが具現化した形があの美春ちゃんだった」
さくらは話を続ける。

「ちっぽけな願いが叶った今、散って行ったんだ」
それだけ言うとさくらは部屋を出て行った。
俺はその言葉を理解する事が出来なかった。




その日は一夜中、泣き腫らした。
その翌日も、また翌日も。
俺は暫くの間、部屋にこもりっきりになった。
でも、それが散っていった美春のためにならないと分かったから、美春のために俺は生きよう、そう思った。
俺はさくらの家に行き、美春の事を聞いた。




一人の少女、つまり、天枷 美春は一人の男性の事を愛していた。

しかし、思いが届く事はなかなか叶わなかった。

その男性には多くの女性が取り巻いているからだった。

自分も必死に好かれようと、アピールはしたものの男性には相手にされる事はなかった。

少女は諦めはしなかった、毎晩、その男性と付き合える事を祈り続けたのである。

それも最初は叶う事は無かった。

少女はある日、“月の見せる幻想”と言う本と出合った。

その本の主人公の少女が自分と重なる事に気付いた少女はその本の通りに行動した。

結果は段々と実り始めていた。

その男性が自分の事を相手にし始めていた。

でも、それは後一歩だけ届かない、正直に自分の思いを伝えることが出来ないでいた。

相手に自分の素晴らしさを知ってもらいたいと少女は心から願った。

その願いが届いた。

犬が人間の姿を装う事で。

それは男性からの本音が聞ける日までという約束で、実現した・・・・・・・・




そして、ここからは自分の身に起こったとおりだった。

「って事はもしかして、もう本当の美春は・・・・・」
そう訊いたが、さくらは無言で首を横に振るだけだった。

「どうしてだよ、さくら?」
俺はさくらにつかみかかりそうな勢いで尋ねる。

「美春ちゃんに叶った願いは月の幻想だけじゃないから」
そう、さくらは答えた。

「美春ちゃんは、枯れない桜の木の魔法にもかかってるんだよ」
淡々と話を続ける。

「おにいちゃんは、本当の美春ちゃんが帰ってきても好きでいられる?」
さくらは最後に俺に確認するように訊いて来る。

「あぁ、俺は美春の事を好きでいる」
俺は、強く決意を表明した。

「わかった、じゃあ、後はボクに任せて」
それだけ、言い残すとさくらは部屋から消えていた。




その翌日、島の桜は全て枯れてしまった恐らく、さくらがやったのだろう。
でも、これと美春との関係はあるのだろうか。
俺はそう思いつつ、暫くの間、普通の生活を送っていた。




1週間後。

いつもの朝のホームルーム。
今日も何事も無く、暦先生の手で最速で終わるのだと思っていた、が、違っていた。

「今日は、お前達に転校生を紹介する」
一学期のこの微妙な時期に来る、転校生とは一体誰なのだろうか、俺は疑問に思った。

「ほら、入っておいで」
暦先生の呼びかけで入ってきた生徒は。
天枷美春だった。
勿論、犬ではなく本物の美春だ。
付属の制服ではなくしっかりと、本校の制服を身に纏っている。
美春は簡単に挨拶を済ませると、席に着いた。
辺りの様子を伺っても俺以外誰も疑問を持っていないようだ。
何故か美春と絶対に面識のあった、クラスメイトの杉並、眞子、ことりも全く動揺していない。




「なぁ、美春、これは何の冗談だ?」
確かめずにいられなかった俺は昼休み、美春を屋上に呼び出して切り出した。

「はい、実は・・・・」
美春から、衝撃の答えが語られた。

昔、俺と知り合った美春は俺と兄妹の様な関係であった。
しかし、俺の妹、音夢の登場で俺達の友好関係は段々と崩れていった。

そのまま、時は流れてしまい。
気が付くと、風見学園の先輩、後輩として接していた。
この時、美春は知らず知らずに間に自分は後輩として俺に好かれていると思い込んでいたらしい。

このことが災いし、あの枯れない桜の木が美春をいつまでも後輩に留めていた。
俺達は、毎年、毎年、あの木に記憶を操作され美春が何時までも同じ学年である事に疑問を持たなかったらしい。
それは、美春自身にも当てはまる事でその年で学んだ事は全て消去されてしまうらしい。
だがさくらが帰国した事で、本当の事を知った美春は元に戻る事を拒んだ。
自分が俺と同じ学年になったとしても、俺が自分の事を好きでいてくれるか疑問に感じていたらしい。
そこで今回の事件が起こったのであった。
俺としては迷惑であり楽しい出来事であった。

俺が見た、年上の様な美春は本当に実在し、事実だったのであった。

「だからですね、美春は朝倉先輩と同い年なんです」
美春はそれだけ言った。

「なぁ、美春だったその呼び方は止めにしないか?」
俺は、提案する。

「そうですね、純一さん」
美春のその人事と笑顔にドキリとした。
だけど、このムードはぶち壊される事になる。

「よぉ、友よ、早速ワンコ嬢と愛の語らいか、若いなぁ」
杉並だった。

「お前・・・覚えてるのか?」
「ん?そういえば・・・何故天枷嬢と呼ばなかったのだ?こ、これはムーに載せる謎が・・・!」
聞いた俺がアホだった。よく見ると屋上の入り口にはことりと眞子も立って、こっちを見て笑っている。
俺はなんだか、怒りを感じた。

「お前ら〜!」
俺は、怒りに任せ、三人の下へと走った。
三人は慌てて屋上を出て、階段を降り、逃げていった。

誰もいなくなり、美春だけになった屋上。
そこで、美春は俺に囁いた。
「美春は純一さんの事、愛しています」
「俺も美春のこと愛してるよ」





終わり

雪射さんあとがき
なんとか完成しました!
私は風見学園本校の制服が好きと言う謎の変態趣味の持ち主なので、美春に純一の同級生になっていただきました。
肝心の絵がちっとも無いんですけどね!想像で補って下さい。
そして後輩としての、美春が好きな方すいません。
えっと、犬の美春は犠牲となりました(ぇ
ちょっと酷ですが設定を成り立たせる都合上仕方なくです。
まぁ、あんまり自分で言うこともないので、あとがきはこんなもんで、それでは。



                                        
ワンコなメイドさん
(結)
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