帰宅後、今日も美春の夕食に舌鼓を打った後、風呂に入り後は寝るだけとなった。
ことりに言われたことのせいで、今日は風呂でやましい想像をせずに済んだ。
そして今夜も美春にせがまれてしまい、俺は断り切る事が出来ず、一緒に寝る事になった。

「はぁ〜、何やってんだろ、俺」
ベッドの中で隣で安らかな寝息を立てている美春を見つつ、一つ溜め息を付く。
今日はいつもより余分に頭を使ったせいか襲って来た睡魔に身を任せて、俺は眠りについた。




それから数日間

美春の手料理を食べ。

学校に行き。

美春と寝る。

そんな普通の人から見たら同棲としか言い様の無い日常を過ごした。

しかし、日常は突如として壊される事になった。

その日、俺は日曜ということで二度寝を満喫していた。
勿論、その時ばかりは美春と一緒に寝てはいない。
多分美春は今頃家事に一人追われているのだろう。
そんな事を考えつつ、ベッドの中で微睡んでいた。

その時である、階下から美春の悲鳴めいた声が聞こえてきたのは。
美春はドジだからな、何か失敗でもしたか。
俺は心の中で苦笑していた。

かったるいけど起きるか?そう考えたところで、俺は異変に気付く。
階段を上がってくる音がするが、ドスンドスンとやたら大きな音である。
美春ならこんな音はさせないハズだが・・・そこまで考えたところで部屋のドアが勢いよく開いた。

いつもの美春であれば、ドアをノックし申し訳なさそうに入ってくるのだが、今回は違う。
この登場の仕方に何か、覚えがあった様な・・・・・
そ〜っと顔をドアの方へ向けようとしたところで、その入って来た誰かは俺の毛布を剥ぎ取り、俺を怒鳴り付けた。

「兄さん、起きてください!!」
全てが漸く、繋がった。

美春が、叫んでいた事も

美春なら絶対に在り得ない入室方法も。

そう、島を離れ単身、看護師になる事を志して、家を出て行ったハズの妹の音夢であった。
そして、俺は家の現状を思い出し青褪める。
長年の音夢の兄としての自分の勘が正しければ、今の音夢は階下で見たメイド姿の美春に腹を立て、俺に事情を聞きに来たのだろう。
今の音夢に逆らえば、命の危険性もある。俺は仕方なく、降参し音夢の言う通り起きる事にした。

「おはよう、音夢」
当たり障りの内容、細心の注意を払い、まずは簡単で爽やかな挨拶で誤魔化す事を試みる。

「おはようじゃありません!」
「きょ、今日もいい天気だな」
「今日は曇りです!」
さいですか。
ここで今日も美人だね、とか怒ると可愛い顔が台無しだよ、なんて言うとマジに死に兼ねないので止めておく。

「何なんですか兄さん、あの美春の姿は?」
誤魔化しは音夢には全く通用しなかった。
案の定、予想通り故に俺の身に危険がある。
兎に角、現状を何としても打破しなければ。

「なぁ、音夢、長旅で疲れてるだろ、まずは休憩してからだ、なっ?」
俺は、優しい兄を装いつつ音夢を落ち付けようとする。

「兄さん!!」
音夢の声音、表情全てが恐ろしかった。

「はっ、はい、ゴメンなさい」
俺は半泣き状態で音夢に謝罪するしかなかった、もはや形振り構っていられない。
音夢に引き摺られる形で、俺はリビングへと連行された。
俺と美春は並べて座らされ、音夢はまるで取り調べの警官の様に俺達の前に座った。

「さっ、兄さん、それに美春、事情を聞かせてもらいましょうか?」
早速、音夢による取り調べが始まった。

「な、なぁ音夢、カツ丼は出ないのか?」
場の雰囲気に耐え切れず、俺はつい戯けてしまう。

「出ません!!」
音夢は俺を怒鳴りつける。
俺は、恐縮し身を小さくするしかない。

仕方なく、俺は以前枯れない桜の木の下でことりに話した時と同じ説明を音夢にする。
もちろん出来るだけ音夢を怒らせないように、オブラートに包んでだ。
話だけは黙って聞いていた音夢だったが、途中くらいからずっと身を震わせている。




「それで私が納得するとでも思っているんですか!!」
話が終わったと同時に音夢はそう怒鳴った。

「兄さんの事です、どうせ変な趣味を美春を強要したんじゃないんですか?」
「違う!それだけは断固否定させて貰うぞ」
確かに今の美春の服装、つまりメイド服を見ればそう思ってしまうのは自然の摂理である。

「美春は好きで、朝倉先輩のメイドをやってるんですよ」
この危険な状況を理解していないのか、美春は火に油を注ぐがの如く、一言そう呟いた。

「美春、あなたもなんですか?こんなグータラな兄さんのどこがそんなにいいんですか?」
音夢は頭を抑えながらそう言った。こっちも頭が痛い。

「そうですね」
美春は少し悩んでから。

「分かりません」
そうあっけらかんと答えた。
美春の返答に、俺と音夢は派手に椅子からずり落ちた。
その様子を美春は不思議そうに眺めている。

「お前な〜」
俺と音夢が居住まいを正すと、美春はこう切り出した。

「美春は思うんです、誰かを好きになった時、相手のどこが好きってハッキリと考える必要はないんじゃないかって。
問題なのは自分が相手の事をどれだけ好きかって気持ちだって」
美春にしては、珍しくまともな意見に俺と音夢はただ、呆然としてしまう。

「だから、美春は今ならハッキリと言えます、美春は朝倉先輩の事が好きです」
俺は、美春に初めて好きだと告白された。
彼女の言葉から推測すると、冗談などではないのだろう。
この場面で冗談が言えれば凄いものだが。

だけど、俺は美春をどう思っているのだろう?
少しドジな所もある、元気で可愛い後輩・・・・・・
否、そうではない気がする。俺が美春のことを友人として好きなことは確かだ。
だが、ことりに言われて初めて気付いてしまった。

この想いを“好き”とか一言で言い表せる物ではない気がする。
それとは、別に俺の心の中で引っ掛かる何かがある。
この俺の心の中の引っ掛かりを覚えたのはいつからだっただろうか?
俺が、柄にもなく心の引っ掛かりについて真剣に悩んでいると、唐突に急激な睡魔に襲われた。

「あ・・・れ?」
「兄さん!?」
「朝倉先輩!?」
視界が歪み瞼が落ちる。頭がフラフラと揺れ、音夢と美春の声が遠くに聞こえた。
二度と元の世界に帰る事は許されてはいないかの様な強烈な睡魔であった。
俺は、抵抗する事も出来ずそのまま深い、深い眠りについた。




―ここはどこだろうか―
俺は、自分が言葉を発することが出来ない事に気付く。
また、誰かの夢の中だろうか?

こういった場合の多くが、他人の夢を見ているときなので直感的にそう考えた。

やがて真っ白だった視界が形を作って行く。
目の前を直視すると、そこにはまだ幼さの残る、俺と美春の姿が朧げにだが見受けられた。
しかし、どう言うわけだろうか、そこにいる、美春には何か違和感を覚えた。
どこがどう違うかはハッキリと言い難いのだが、どう見ても俺より年下とは到底思う事が出来ないのである。
俺よりしっかり者のイメージを見る者に見せ付けている感じである。
兄と妹の関係というより、どちらかと言えば、弟と姉の関係、そんな風に見える。

そこでその場面は途切れ、次の場面へと移った。

次の場面、やはり幼少期の物で、今度は音夢と美春が映っていた。
二人は、中睦まじく戯れていた。
しかし、ここでも先程と同じような違和感を覚えた。
どう見ても、多分、俺以外の誰が見ても、そう思うだろう。
音夢が妹で美春が姉の様な感じなのである。
次に、その夢の中で音夢が言ったセリフは衝撃的で、俺の考えを決定付けるものだった。

「ねぇ、お姉ちゃん」
夢の中の音夢は確かに、美春の事を“お姉ちゃん”と呼んだのである。
これが、美春自身の空想が招いた妄想である可能性も当然、捨て切れないのだが、どうしてもそう考える事は出来なかった。
不思議と、これを知った事で心の中の引っ掛かりが無くなって来た様な気がした。
そこまで考えた時、意識が浮上して行くのが分かった。俺の目が覚めるのだろう。




俺がそうして夢を見終わり、現実へと戻ると、俺のベッドを囲むように音夢と美春、それにさくらが立っていた。
先程の夢はどうやら、美春が見ていた物ではないようだ。
俺の心の中の何かが具現化し、夢に現れたのかもしれない。

「おはよう」
「兄さん、良かった本当に」
「は?どうしたんだ、一体?」
音夢の目尻に涙が浮かんでいた。俺は何事かと尋ねる。

「もう二度と目を覚まさないんじゃないかと思っちゃいましたよ」
「ちょ、ちょっと待て。え?どういうことだ?」
音夢が何を言っているのか理解出来ない。
よく見ると美春も泣いていた。

「本当に良かったです・・・」
「ちょっと待て!ちゃんと説明してくれ」
「朝倉先輩は丸々五日間も眠ってたんですよ。美春はてっきり、朝倉先輩が冬眠でもしてしまったのではないかと心配しました」
5日間?あんな短い夢だったのにか?
同時に夢の内容を思い出す。だが今は考えを一旦中断すべきだと判断した。
それに、何故さくらが居合わせてるのかも、気になったからだ。

「悪いな、心配かけた」
とりあえず俺は上半身を起こそうとする。
しかし途中で激しい痛みに襲われ、俺は起き上がる事は出来なかった。

「筋肉が固まってるからもうしばらく寝てた方がいいよ」
「さくらはどうしてここに?」
「あっ、それは音夢先輩が・・・」
「音夢ちゃんに呼ばれたんだよ、ボクの事が必要だってね」
美春の言葉はそこで遮られ、代わりにさくら本人が答えた。

「余計な事は言わなくていいの」
「うにゃ?音夢ちゃん自分から切羽詰まった様子でボクの家に駆け込んできた・・・・・・うにゃ!にゃ〜!」
さくらの言葉は途中で遮られ、代わりに悲痛な叫びが聞こえてくる。
俺の位置からでは見えないが、口を抑え込んでいるらしい。
馬鹿なやり取りに付き合ってられないと、俺は一言“かったりぃ”と呟いた。

俺は美春の方に視線を向ける。
「悪いな。美春にも心配かけたな」
「どっ、どうしちゃったんですか?朝倉先輩、熱でもあるんですか?」
美春にとっても俺の素直な謝罪は珍しかったのだろう、酷い事を言い返される。
そんな、美春の返答が可愛く思えて、俺は苦笑するしか出来なかった。




やがて音夢から解放された、さくらがヨロヨロと俺の方へと歩み寄ってくる。
「ねぇ、音夢ちゃん、おにいちゃんを少しの間だけ貸してくれないかな?」
「いいですよ、そんなグータラで役立たずの兄さんでよろしければ、少しと言わず、何日でもどうぞ」
音夢は呆れた表情で言う。

「ホント?音夢ちゃん太っ腹〜」
「ダメです、美春は絶対許しませんよ!」
それを聞いて喜びモードのさくらに、美春は一人こう叫び、一瞬場が静まり返った。

「あ、あはは。ゴメンなさい、あはは、美春は何を言ってるんでしょうね?」
そう、美春は笑って誤魔化したが、表情にいつもの元気が無い、恐らく虚勢だろう。

「お兄ちゃん、立てる?」
「ああ。お前らが揉めてる間に何とか回復した」
「先輩・・・」
「なるべく、早く帰ってくるから」
俺は、美春の頭の上に優しく手を乗せてやると美春を安心させる様に優しく、そしてゆっくりとそれだけを告げた。
それで安心したのか、美春は満面の笑顔ではいと返事をした。




俺は、自宅のすぐ隣にあるさくらの家に向かった、自然とさくらが俺にある用が想像出来た。
さくらの家に着き、さくらが淹れた粗茶を飲み見つつ、こちらから話題を振る。

「それで、さくら、俺に話があるんだろ?」
分かっていたから、そう訊く。

「うにゃ、おにいちゃん、やっぱり分かってたんだ」
さくらはあまり驚きもせず、そう俺に言った。

「あぁ、俺だって早く戻って美春の奴を安心させてやりたいからな、話をなるべく手短に済ませたいんだ」
俺の台詞(ことば)にさくらは
「おにいちゃん、やっぱり美春ちゃんの事・・・・好きなんだね」
表情を変えること無く、さくらはそれだけを口から淡々と紡ぎ出す。

「多分な」
眠る前にあった、迷いは多少は弱まっているようだった。
でも、まだ美春の事が好きだと自信を持って言う事は出来なかった。
俺は、さくらの訊きたかった事がそれだけだと勝手に判断し、こちらからもさくらに質問する。

「なぁ、さくら、俺、夢で見たんだ美春が・・・・・・・・」
俺の言葉はそこで遮られる。

「おにいちゃん、そこまでもう知っちゃったんだね、それなら話は早いよ」
えっ、俺は声には出さないが表情がそういう。
「今、美春ちゃんはどうしてるか知ってる?おにいちゃんの家に居る美春ちゃんじゃない、本当の美春ちゃんは今、何処で何をしてるか知ってる?」
さくらは全てを知っているのか、俺に訊いて来る。

「それが分からないんだ」
俺は正直に即答する。

「今、美春ちゃんは病院のベットで眠ってるんだよ、原因不明でね」
さくらは何事も無かったかのように平然と俺にそう告げる。

「どういう事なんだ?」
しかし、さくらは首を横に振り頑なに答えようとはしなかった。

「それでね、そのおにいちゃんが見た夢の内容は多分、正しい事で事実だよ」
さくらは付け足すようにそれだけ言った。
やはり、俺は疑問詞で聞き返すことしか出来ない。

「そのままの意味だよ、後はおにいちゃん自身で考えて結論を出してみて」
さくらは俺にそれだけを告げた。
その後、さくらが口を開く事はなかった。





終わり

雪射さんあとがき
ごめんなさい!前・中・後編で締めるつもりが4話構成になっちゃいました。
音夢がお姉ちゃんと呼んだ訳とは?全てを最終話で解き明かします。まとまるか不安・・・
あとがきはこんなもんで、それでは。



                                        
ワンコなメイドさん
(転)
inserted by FC2 system