初音島に唯一、一箇所だけ存在する研究所。
―天枷研究所―だ。

最近、何かと気になっている後輩の“天枷美春”の父親の研究所である。
研究所の事は正直よくは分からないが、そこはロボットなどを研究している場所のようである。
今回、その研究所の事はあまり関係ない。
問題なのは、そこで飼われている飼い犬である。

後輩、天枷美春と同じ名前の美春と名付けられたその犬・・・・・・・
俺には『人の夢を見る』と言うくだらない能力があるのだが、俺はその能力で美春の夢を見る事になった。
その夢の中で、美春の愛犬、美春は天枷研究所を脱走した事を知った。
別にどうでもいい問題だと俺は思っていた。

しかし、その夢を見た日を境に美春は原因不明の不登校を続けている。
天枷研究所を手伝っているという、教師の暦先生にも訊いて見たが黙秘されてしまった。
俺はその腑に落ちない状況の中、一週間程過ごした。

その日の帰り道。
音夢が島を離れてからと言うもの、家ではする事もなくなり暇だった俺は偶然、桜公園の奥にある遊具が置かれている場所に赴いた。
そこでは、見慣れたシルエットが餓鬼どもに石を投げつけられ、虐められていた。
俺は一目散に餓鬼ども散らし、その見慣れたシルエットに声を掛けた。
そう、そのシルエットは後輩の天枷美春であった。

しかし、その美春はいつもとは異なった、異色の容姿をしていた。
頭には犬の物と思われる耳が付いており、尻の辺りからも同様の物と思われる尻尾が生えており、服装はメイド服であった。
美春はいつもの快活さもなく、どこか酷く怯えた表情をしていた。
彼女の容姿と表情を含めて見ればまさに捨てられた子犬その物であった。
妹が、音夢がいなくなり寂しくなったから俺はこうも簡単に気を許してしまったのかもしれない。
勿論、美春本人にせがまれた事もあり俺は美春を自宅へ連れ帰った。

これは、俺とちょっと容姿の違う美春との生活の話・・・・・・・・・




「朝倉先輩、お邪魔してもいいんですか?」
口調はいつもの美春の物だが、彼女らしくない。
失礼だが今までの傍若無人ぶりからはとても想像がつかない。
彼女は、こんなにも他人行儀だったかと思わず考えてしまう。

「あぁ、構わないから勝手にくつろいでろ」
俺は、雑に答える。
美春は少し、おろおろした様子を見せた後ソファーに腰を落ち着けた。
俺は、一人台所でお茶を入れると美春に出す。

「味は保障できないが飲めよ」
言い方は雑だが俺なりの気遣いのつもりなので仕方が無い。

「はい、先輩、頂きます」
お茶を飲み始めてから数分、お茶請けが何も無く寂しさを感じた俺は、美春の分も含め手から適当な和菓子を出す。

「ほら、食べていいぞ」
美春は驚いた表情で
「あっ、はい、でも、朝倉先輩どこから出したんですか?」
そう言ってきた。

「さぁ、何処だろうなぁ」
俺は、軽くはぐらかす。
そして、俺は疑問だった事を口にする。

「なぁ、美春、なんだその格好は?」
美春は戸惑った様子を見せ、答えようとはしない。

「もしかして、杉並の奴が何かたくらんでるのか?」
俺はそう言いながら、窓から外の様子を窺う。
しかし、杉並どころか人っ子一人としていなかった。
俺がそうしている時、後ろから来た美春が俺の服の裾を引っ張る。

「何だ、美春?」
俺は、振り返り答える。

「朝倉先輩、美春をこの家のメイドとして置いてくれませんか?」
口調にはいつもの明るさはなく、穏かな物だった。
俺は、美春の言っている事を理解するのに、かなりの時間が掛かってしまう。
俺が思案のためにボケっとしてると、美春が同じ事をもう一度言う。
どうやら、空耳と言う説はないようだった。

「あっ、でも、家にはメイドを雇う金なんてないぞ」
理解する事を諦めた俺は現実的問題を美春に突きつける。

「心配には及びませんよ、一日バナナ一房でいいです」
美春は笑いながら楽しそうに言う。
結局タダではなかった。

「帰ってくれ」
俺は、冷たく突き放す。

「じょっ、冗談ですよ、一本で良いに決まってるじゃないですか」
美春は手と尻尾をバタバタと振り、慌てた様子で言う。

「帰れ」
「タダで良いです・・・」
シュンと垂れ下がった尻尾を見て、改めて美春をワンコだと思わずにはいられない心境に俺は一人苦笑した。

「でも、お前どうして、俺の家でメイドなんかやりたいんだよ、家出か?」
聞きたい事は沢山があったが、一度に聞くのも酷と言うものなので少しずつ聞いていく。

「それは、朝倉先輩にも内緒です」
美春は顔を少し、赤らめ言う。
内情も知らないのに置くわけにも。
結局妥協案を出し、纏める事にした。

「だったら、お前の親父さん、天枷博士が許可をだしたらな」
俺は、そう言うと携帯電話を使い連絡しようとする。
しかし、美春は物凄い勢いでそれを取り上げる。

「ダメです、電話はぜぇ――――――ったいダメなんです」
美春の物凄く明らかな拒絶の意思。

「かったりぃ」
俺はそう言わずにはいられなかった。




それから美春と話し合ったが、彼女は頑として意思を曲げようとはしなかった。

「朝倉先輩も頑固ですね、わかりました美春を試してください」
美春の衝撃的とも言える発言に、俺の脳内は厭らしい妄想をする事にフル稼働してしまう。

「ゲヒヒヒヒ」
妄想は態度にまで、表れてしまい気持ちの悪い笑い声が出てしまう。

「なんですか、朝倉先輩その笑いは?」
美春は頭に疑問符を浮かべた様な表情をし訊いてくる。
どうやら、俺の“試す”は、美春の言うところの“試す”とは大きく違っていた事が、彼女の表情から推測する事が容易に出来た。

「気にしないでくれ、それより、俺に何を試して欲しいんだ?」
誤解は分かったが、美春の真意までは推し量る事が出来ない。

「はい、美春がメイドとして有能かどうかをです」
美春は殊更簡単に言うが、何をするつもりなのだろうか?

「朝倉先輩、キッチンをお借りしてもいいですか?」
美春は遠慮深く尋ねてくる。

「いいが、何だ音夢の指し向けで俺に一服盛って殺すつもりか?」
俺は冗談のつもりだが、美春は本気で受け取ってしまったらしい。
顔を真っ赤にしながら、ムキになって否定の意見を述べる。

「違います〜、美春は断じてそんなことしませんよ」
必死に否定している美春がどこか愛嬌があって可愛らしかった。

「分かった、分かった、俺は上に行ってるから出来たら呼んでくれ。
既に踵を返して歩き出していた、俺は後ろに手だけ振りつつ言う。

「はい、美春にお任せです」
美春は意気揚々とキッチンへと単身入っていった。




俺は、自室に戻った後、ベッドに横になりゆっくりと事を整理していた。
美春の容姿がおかしい事
美春が俺の家でメイドをしたいと言ってきた事。

しかし、よく考えてみれば、あの美春だ。
料理だって、家事だって万能だった筈だ。
それもあくまで、本当の美春ならの話だが・・・・・
もしかしたら、俺の食生活、いや、全生活が改善されるかもしれない。
そう思うと、美春をメイドとしてこの家に置く事も悪くないと思った。

頭の中で思案してる内に俺は、睡魔に誘われ眠りに落ちた・・・




「朝倉先輩、起きてください」
誰かが俺の体を優しく揺すっている。

「朝倉先輩、夕食の支度が出来ましたよ」
俺の体を揺すっている者は夕食が出来たと言っている。

「音夢、頼む、お前の料理だけは勘弁してくれー」
「もう、美春は音夢先輩じゃないですよー」
俺が音夢と思っている、人物は美春と名乗っている。

「たく、音夢もいい歳してたちの悪い冗談は止めろよなぁ」
俺は必死に安眠を守ろうとする。

「美春はもう朝倉先輩の事知りません、朝まででも永遠でも好きなだけ眠っていてください」
そういい、音夢は踵を返し部屋を後にしようとする。

「たく、今日の音夢はつれないなぁ」
俺はそう言いながら、音夢の首に両手を回し、そのまま音夢に顔を近づけた。

「わわわ、朝倉先輩止めてくださいよ」
しかし、音夢の静止は空しく終わり、俺と音夢の唇が触れ合った。
おでこを合わせようとしただけなのに、何故唇に感触が・・・?
俺も流石にそこでハッキリと目を覚ました。
そして、目を開け目の前にいるはずである音夢の顔を俺は確認しようとする。
そこにいたのは、音夢ではなく美春であった。

ご丁寧に俺は、美春を抱きしめキスをしていた。
しかも、原因は俺のほうにあるようだった。

「す、すまん、美春」
俺は慌てて離れて謝罪する。
美春は頬をほんのりと桜色に染めている、俺の謝罪、行為に対する反応は無い。
俺と、美春の間に数分の、二人にとっては長時間の沈黙が訪れる。




先に沈黙を破ったのは美春の方だった。

「そ、その美春は朝倉先輩にキスをして貰えて、嬉しかったです」
今の美春の台詞(ことば)に二人はほぼ同時に頬を桜色に染める。

「あははは、美春は何を言ってるんでしょうね」
美春は照れ隠しだと明らかに分かる、虚勢の笑いを浮かべた。
俺は内心、場の沈黙が終わりを告げた事に安心した。

「ところで、美春は俺の部屋に何をしにきたんだ?」
俺のキス事件によって暗黙の淵に封印されていた、疑問をぶつける。

「夕食が支度が出来たので、朝倉先輩を呼びに来たんです。冷めちゃうので早く降りて来て下さいね」
俺は事の経緯を大体把握するにいたった。

「わかった、すぐに行く」
その後、俺は美春を追う様にして階下へと赴いた。




テーブルにつくと、美春の手作り料理が運ばれてくる。
豪華絢爛で如何にも食欲をそそる様な料理の数々がだ。
やはり、美春は美春だったのだ、容姿などに関わらず美春だったのである。

「合格」
俺は料理を見た瞬間に言う。

「何がですか?」
きょとんとした、表情で美春が訊いてくる。

「朝倉家のメイドとして、美春を正式に採用する」
変に畏まった口調で美春に告げる。

「本当ですか、朝倉先輩?」
美春は、満面の笑みを浮かべ尻尾を振っている。

「あぁ、二言は無い」
俺は美春の肩を数度叩きながら言う。
美春はどういうわけか涙を流していた。

「どうした、やっぱり嬉しくないか?」
口では、メイドをやりたいと言っていたがやはり抵抗があったのかもしれない。
そう危惧した俺は美春に尋ねる。

「そうじゃないんです、美春は本当に嬉しいんです」
そう言って美春は俺に抱きつくと、俺の胸の辺りに顔を埋め泣きじゃくった。
俺は片手を美春の背中に添え、もう片方の腕で美春の頭を優しく撫でてやった。
なんだかこの時の美春が、捨てられた哀れな子犬の様な感じで愛しかった。




数分後、美春は泣き腫らした少し酷い表情を見せまいと必死に顔を隠しながら洗面所へと向かった。

美春が戻った後、俺らは食事を取る事にした。
“完璧に冷めちゃいましたね”と美春が苦笑しながら言う。
それでも美味しいと、俺は言いそのまま無言で食事を続けた。




食事後、二人でお茶を飲みつつ、くつろいでいると、美春が唐突に切り出した。

「あの、朝倉先輩、美春は音夢先輩のお部屋を使ってもいいんですよね?」
遠慮がちに美春が尋ねてくる。
俺は、“音夢の部屋” “使う”と言う単語に反応し思わず、ガタンと音を立てて席を立つ。

「ダメだ、音夢の部屋だけは」
俺は、声を荒げ言う。

「どうしてですか、美春と音夢先輩の仲なんですよー」
美春は軽い口調で言う。

「あいつの、音夢の部屋だけは音夢が戻ってくる日のためにそのままにしておいてやりたいんだ」
態と口調を、優しくし美春を言い諭す事に専念する。
すると、美春は少し頬を桜色にしつつ、上目遣いにこう切り出した。

「それじゃあ、美春は朝倉先輩と一緒に寝ていいんですか?」
俺は、驚きの余り半歩下がり自分が後ろに下げた椅子に足をぶつけ真後ろに転んだ。
美春が介抱のため駆け寄ってくる。

「朝倉先輩、大丈夫ですか?朝倉先輩・・・・・・・?」
俺は遠のく意識で、それだけを利いた気がした。




それからどうなったかはサッパリ分からない。
気が付くと、俺は自室のベットで眠っていた。
目覚まし時計を見ると、時間は深夜4時を回ったところだった。
そうか、今までの美春との出来事は夢だったのか。
俺は、そう思い納得した。

「あんなことあるハズ無いもんな・・・」
・・・?
俺の横から聞こえる規則正しい息遣い。
そちらへ目をやると俺の隣で美春が眠っていた。

今まで起こった事は全て事実だと認めざるを得ない状況だった。
どうやら、俺は椅子でバランスを崩し倒れた後、美春にベッドに運ばれたのだろう。
そして、美春は俺を介抱していて疲れて眠ってしまったというところか。

「たく、かったりぃ」
俺は自分の惨めさを思いながらそうボソッと呟き、美春にしっかりと布団を掛けてやった。
ふと思いついたので美春の頭を撫でてやる。
昔もこうして撫でてやったことがあった気がする・・・そんなことを考えていると再び瞼が重くなり、俺は眠りに落ちた。





終わり

雪射さんあとがき
なんて言うか、ちょっと(かなり)微妙なデキですねぇ(苦笑
まぁ、あんまり自分で言うこともないので、本日のあとがきはこんなもんで、それでは。



                                        
わんこなメイドさん
(起)
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