―かったりぃ―

俺は今、それだけを考えなが門の前に一人佇んでいる。

「それにしても音夢の奴、遅いな」
携帯電話の時計に目を落としながら、俺はそう呟いた。

俺と音夢は今、校門の前で待ち合わせをしている。

兄妹としての何気なく他愛も無い買い物の待ち合わせである。

恋人同士だからデート、と言ってもいいかも知れないが、兄妹の時と別段何も変わらない。

約束したのは遡る事、数時間前。つまり今朝の事である。




毎朝の恒例行事とでも言えばいいのだろうか。

兎に角、今日も俺は音夢に叩き起こされた。

恋人に起こされたと言っても、そう甘いものではない。

キスして起こしてくれるなんて幻想だ。

どの様な方法か具体的に書くことは躊躇われる。

正確に言えば特筆すべき事ではないのでここでは省略する事にする。




ここまでは何気ない日常の一コマまであるために本編とは関係が無い。

問題は俺が眠い目を擦りながら、階下にあるリビングに下りて来た所から始まる。

「兄さん、おはよう」
音夢が怖いくらいの笑顔で改めて俺に挨拶する。

「おっ、おはよう」
俺の挨拶が少しためらい気味になる。

「どうしたんですか、兄さん、変ですよ?」
裏モードに近い音夢、多分何か面倒な事がありそうな予感がしてならない。

「なっ、なぁ、音夢、とりあえず朝メシ、なっ、食べてからにしよ」
何を焦っているのか、俺の口調が変化してしまう。

「フフフ、変な兄さん」
音夢は笑いながら言った後、自分の席について朝食を食べ始める。
この日の朝食もトーストであった事は言うまでも無い。

「それで、兄さん、今日の放課後なんですけど・・・・」
来た、と心に思いつつ、平静を装うために俺はゆっくりとコーヒーを口にする。

「デートしませんか?」
デート?思ったより普通だ。

「別にいいけど、どこに行くんだ?」
「商店街です」
嫌な予感がして来た・・・

「それって・・・」
確認の意で音夢に尋ねる。

「荷物持ちです」
音夢はサラっと言う。
デートじゃ無いだろ・・・
いや男女が仲良く買い物してたらデートなのかも知れないけど。
つまり、俺は音夢の買い物に付き合わされるのだ。

「でもお前、今日は委員会だろ?」
今日は、音夢のやっている風紀委員会の集まりのある日の筈だ。
そんな日に音夢が俺を買い物に付き合わせるとは思えないが。

「今日は早く終わる事になっているんです」
音夢は得意気に言う。
こうなると断る事は出来ないだろう。

「仕方ないな、待っててやるから出来るだけ早く来いよ」
どんな理由か知らないが、俺は少し照れている様だった。
だから、わざとぶっきらぼうに言った。

「ありがとう、兄さん」
音夢はどこか嬉しそうだった。
そういう素直な所は可愛いんだけどな〜

それから俺達は、いつもの様に桜並木を通り登校した。




「よっ、朝倉」
昼休み、相変わらず馬鹿な表情を浮かべ、杉並が俺の席の前に座る。

「かったりぃ」
俺は、いつもの一言で軽く無視をしようと試みる。

「いきなりそれはないだろう」
呆れた様に杉並は言う。

「いつも言ってるが、お前と俺はいつから友達になったんだ」
どうもこの謎だけが毎回のように有耶無耶にされている気がしてならない。

「まぁ、いいではないか」
全然よくない。

「兄さん」
そこにやけに機嫌のよさそうな音夢がやって来た。

「お昼一緒に食べませんか?」
裏モード全開の音夢が俺を昼食に誘っている。
よく見ると、音夢は手に弁当と思われる包みを下げている。
今日の音夢は熱でもあるのかと思うほど、機嫌が良いと思っていたがまさかこうなるとは。
目ざとく気づいたのか、杉並が怪しい笑いを浮かべて俺の肩に手を乗せる。

「朝倉、妹に好かれて幸せだな」
やはり、傍から見たらそう見える物なのだろうか、疑問に思わずにはいられなかった。

「だったら、杉並、お前、俺の代わりに食べてくれないか?」
命だけは惜しいと思っての判断だ。

「何を言う、この俺がお前達、朝倉兄妹の恋仲を・・・・・・・ウゴッ」
杉並のセリフが途中で止まる。

「オホホホホホ」
良く見ると音夢がすばやい動作で杉並に拳を入れたのが分かる。

「兄さんも何を言ってるんですか、早く食べましょ」
呆れ半分、笑顔半分の表情で音夢は俺に弁当を食べる事を強要して来る。
しかし、音夢を尻目に俺は、走り出していた。
教室のドアへとほぼ一直線に。

「ちょっと、兄さん、待ってくだ・・・・・・」
その声が聞こえる頃には、既に俺は教室の外に出ていた。

「兄さんの意地悪・・・・・・・」
音夢の拗ねた様な声が聞こえてくる。
しかし、ここで可哀想だとか思い教室に戻れば確実に死が待っているのだ、仕方無い。

俺は一人、学食で昼食を食べ、昼休みを過ごした。

少しばかりの罪悪感を胸に教室へと戻る。

音夢は予想外にいつも通りであった。

虚勢や強がりかもしれないが・・・・・・




そして放課後の現在、校門で待っている所まで行き着くのだが。

突然、地面に大量の黒い染みが出来ていく。

空から無数の雨粒が降って来ていた。

そして弱かった雨もやがて本降りとなった。

「かったりぃ」
俺は呟きながら、昇降口まで避難した。

誰の姿も無く静かな昇降口。

その場所自体が恐怖感の様な物を与えて来る。

中に入り、角を曲がろうとした時、俺は誰かにぶつかってしまった。

「あっ痛たたたた。ご、ごめんなさい」
「こっちこそごめん。って、あ・・・」
俺とぶつかり、尻餅をついている人に手を伸ばそうとしたところで気付いた。

「音夢」
「え?に、兄さん!?」
ぶつかった相手は待ち合わせの相手の音夢だった。




「あはははは」
俺は、音夢がここにいた事情を聞き、思わず笑ってしまった。

「笑わないで下さい、恥ずかしかったんですから」
音夢は頬を紅潮させながら抗議してくる。

「悪い、悪い」
俺は、まだ冷めぬ笑いを堪えつつ、答える。

音夢に何があったかは簡単な事である。

そう単に風紀委員の仕事が長引いただけ。

いつも遅刻に五月蝿い自分が待ち合わせに遅れて行く事に抵抗を感じ、俺が諦めて帰るのを待っていてたらしい。

そして、雨が降り出して来てさすがにマズイと出て行こうとしたところで俺と鉢合わせたのだった。

「ごめんなさい」
「別にいいよ。さっきも謝っただろ?」
「でも・・・」
「だからいいって」
音夢の言葉を遮って頭を乱暴に撫でる。

「わわっ!?ちょ、止めて下さい!」
「ん?嫌か?」
手を止めて音夢の表情を伺う。

「嫌じゃないですけど・・・」
「そっか」
そう言って引き続き乱暴に撫でる。

「だから止めて下さいってば。・・・恥ずかしいじゃないですか」
「それもそうだ。で、どうする?」
雨は予想外だったので俺も音夢も傘を持ってはいなかった。
仕方なく校舎の中へと引き返し自分達の教室で雨が止むのを待つことにした。




音夢と出会った事と教室と言う落ち着ける場所に来た事が原因だろうか?

俺の腹は音を立て、空腹を訴えた。

音夢は、それをクスクスと笑いながら聞いていた。

それから音夢は自分の鞄の中らから、お昼、俺が食べる事を拒んだ弁当の包みを取り出した。

「はい、兄さん」
音夢は笑いながら俺に差し出す。
飢えているとは言え、素直に受け取り食べる事は人間として、本当に正しいのか一瞬と惑ったものの、背に腹は変えられない。
俺はお礼を言いつつ笑顔で受け取った。




俺は、一生懸命美味しそうに食べるフリをした。

本当は凄く不味かった、“不味い”と言う一言ではとても表現しきれない味だったが。

しかし、音夢が俺のために作ってくれた弁当だと思うとむげにする事など出来ない。

「美味いぞ、音夢」
俺は、泣きながら言っていた。
それだけ辛さと有り難味を噛み締めているのかも知れない。

「どっ、どうしたんですか?涙なんか流しちゃって」
音夢は不思議そうに尋ねてくる。

「あぁ、この弁当が本当に美味しくてな」
嘘だ。

「兄さん、無理しないでください、私の料理美味しくないでしょうから」
音夢の表情は暗かった。

「音夢」
「私ね、兄さんのために一生懸命色々な事をしてあげたいだけなの」
音夢は涙を流しながらそう言った。
俺はそんな音夢の事を愛しいと思い、引き寄せ抱きしめる。

「に、兄さん!?ダメですよ。止めてください。誰か来たらどうするんですか?」
音夢は、慌てながら言う。

「俺は、音夢のそういう一生懸命な所、好きだぞ」
優しい口調で、それだけ耳元で告げる。

「兄さん・・・・・・」
音夢は、堰を切ったかのように泣いた。
俺は、黙って音夢の背中を摩っていた。

しばらくそのままでいた後、音夢の嗚咽の声は聞こえなくなっていた。

変わりに、ゆっくりと規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。

どうやら眠ってしまったらしい。

「かったりぃ」
窓の外を見ると、雨は止み晴れ間が差し始めていた。
仕方なく、音夢をおんぶして帰る事にする。
久しぶりに音夢を背負うと、前よりも少し重みが増している気がした。
それでも軽過ぎるレベルであることに違いは無いのだが。

「かったるい」
つい口をついて出てしまう。
自分なりの照れ隠しとして・・・・・・




帰りの桜並木。
そこで音夢は目を覚ました。
自分がおんぶされていた事に気付くと頬を紅潮させ、降りようと抵抗する。
俺は、『久しぶりだから』と言い訳しそのまま音夢を背負い続けた。
途中で音夢も諦めたのか抵抗を止める。

「兄さん、あれ」
抵抗を止めた音夢は突然片手をあげ空を指を差した。

音夢が差す方向を見上げる。

そこには綺麗な虹が架かっていた

幸せな俺達兄妹を祝福するかの様に。




それから数日後・・・・・・

「音夢頼むから勘弁してくれ」
俺はリビングにあるテーブの前に座っている。
テーブルの上には音夢が作った大量の料理と思わしき皿が並んでいた。

「兄さん、言いましたよね」
そう、音夢が言っているのはあの日、俺が校舎で音夢にした告白の事だった。
―俺は、音夢のそういう一生懸命な所、好きだぞ―

音夢なりに努力し、料理の練習をしているらしいのだが・・・・・・
ここ、数日間、音夢の料理に日夜悩まされていると言うのに彼女の腕は全くと言う程、進歩はしていなかった。

「今日のは自信作なんですよ」
音夢は笑いながら言う。昨日も一昨日も同じセリフを聞いたんだが。
そこに並べられている物はいつもの料理と何ら変わりはなかった。
見た目は大変美味しそうな料理の数々。
少なくとも見た目はだが・・・・・・

「いただきます・・・」
覚悟を決め、箸をつける。
そして俺の意識は途切れた。
音夢の悲痛な声を聞きながら・・・・・・・・・
―かったりぃ―





終わり

雪射さんあとがき
初めてD.C.SSに取り組みました。
不安要素だらけです。でも、大目に見て欲しいとかは言いません。
思った事を私に言ってくださると嬉しいです。その方がスッキリしますし(謎
とりあえず、音夢メインです。
実の事を言うと、D.C.まともに口調再現できるの音夢だけなんですよ。
はぁー、ことり口調を早くマスターしたい(苦悩
今後も精進していきます。

雪射さんから頂いた音夢SSです。
音夢との抑えめなラブラブ感が漂って来ますね。
料理下手なトコは相変わらず。
まぁ料理が上手い音夢なんて音夢じゃないですけどwww
自分も久しぶりに音夢SSが書きたくなって来ました。



                                        
雨宿り
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