私達がやって来たのはつい最近オープンした
総合アミューズメント施設であるさくらパーク。

ここは遊園地と温水プールが併合していて
今カップルに大人気なんだそうです。

私、遊園地なんて幼稚園以来です。

観覧車、メリーゴーランド、
コーヒーカップ。
どれも気持ちをワクワクさせてくれるものばかり。

歩いているとものすごい絶叫が聞こえてきました。
それはジェットコースターからで、
覗いてみますと3重の螺旋やら蛇のようにレールがうねっていました。

ふと隣を歩いている純一さんはそれを見て、
あら?どうしたんでしょうか。

顔が蒼ざめてらっしゃいます。

も、もしかして……。
「純一さん、ジェットコースターとかって苦手なんですか?」
「あ、ああ。昔、音夢と乗って、降りてきてから豪快に吐いてダメになった」
と、ひくつきながら苦笑いされています。

「も、もしかして美咲はこういうの平気だったりする?」
「いえ。 私も苦手です」
きっと純一さんと同じように間違いなく酔ってしまいます。

苦手なものですけど、純一さんと共通点があってなんか嬉しいです。

「きゃっ!」
「おっと!」
突然バランスを崩してしまいました。

どうやら敷き詰められたレンガにつまずいてしまったようです。

でも純一さんが咄嗟に受け止めてくださったので助かりました。

「大丈夫か?」
心配そうに見つめてくださる瞳。

純一さんの胸板と二の腕、
すごくしっかりと筋肉がついてるんですね。

私を軽々と受け止めてくれるなんて、
やはり男の人なんだと改めて思いました。

あ。

気がつくと私は純一さんの手をしっかりと握っていました。
こ、これはチャンスです。

このまま握ったままでいられれば……。
「美咲?」

間近で見る純一さんの顔。

かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

その瞳に見つめられるだけで頬が火照ってしまいます。

「は、はいぃぃぃ」
緊張のあまり声が裏返ってしまいました。

あ、あああ〜。

思わず手を離してしまいましたぁ〜。
な、なんて勿体無い。

「どうした?」
「いえ……、別に」

ううう、千載一遇のチャンスを棒に振ってしまうなんて。
ついてないです。


園内は休日とあってかやはり恋人同士でいっぱいでした。
みなさん仲良く腕を組んだり、手を繋いだりしてとても幸せそうです。

大好きな純一さん。
隣にいるのに、やはり何故かとても距離を感じてしまいます。

「手を繋いでくれませんか?」
たったそれだけの言葉なのに、
喉まで出かかっているのに、
恥ずかしくって想いが伝えられません。


手始めにメリーゴーランドに乗り、
次に室内でゴンドラに乗り、
光線銃で光るパネルの悪者をやっつけて点数を稼ぐ乗り物に乗りました。

純一さん、お上手で私よりも3倍近い点数をとられてご満悦です。

3Dメガネを利用して立体映像で人魚さんが海底の宝を探しに行く
冒険映画を見て外に出た時でした。

パーク内にあるお城にかかげられた大きな時計、
12に針を指し示していました。
「昼か。何か食べよう」
「あ、私。 お弁当作ってきたんです」
「え、マジで?」
「はい」
今朝早起きして作ったんですよね。

私はトートバックを開いてお弁当箱を……。

あら?

一緒に入れた、ダージリンを注いだ水筒はあるんですけど
肝心のお弁当が見当たりません。

中を漁ってみましたが、やはり見つかりません。

…………………………。

ど、ど、どうやらお家に忘れてきてしまったみたいです。

「あの、ええっと……」
しどろもどろする私を純一さんは首をかしげて不思議そうにしていました。

…………………………………
……………………………
………………………

親子連れやカップルで賑やかなフードコーナー。
私の目の前にはハンバーガーとポテト、
そしてアイスウーロン茶。

対面に座っている純一さんは大きなお口を開いて
ハンバーガーを頬張っていらっしゃいます。
「ごめんなさい」
「気にするな」

にっこりと笑顔を見せてくれてから、
ポテトに手を伸ばされています。

自己嫌悪、です。

せっかく作ってきましたのに、
どうしてこう私ってダメなんでしょう?

もっと、ちゃんとしなくっちゃ。

だって、純一さんには嫌われたくありませんもの。


昼食後
やはり休日とあってか人が混み始めてきました。

人気のアトラクションには人々が列を成して並んでいらっしゃいます。

「まって、翔くん!」
中学生ぐらいでしょうか?
綺麗な髪をしてピンク色のワンピースを着た女の子が
活発そうな男の子の後ろを慌てて追いかけていきます。

あ……。

「遅いぞ、ほら」
そんな女の子の手を取りひっぱってゆく男の子。

いいな、あの娘。

私の、ちょっと前を歩いている純一さん。
その背中、とても大きく見えます。

けれど、視線はどうしてもその手の方へ。

なさけ、ないです。
お付き合いしていただけたら、
絶対自分を変えようってそう心に誓ったのに。

私は未だに臆病者のまま。

チリ〜ン。

鈴の音が聞こえてきました。

立ち止まって辺りを見回してみると、
隣にある洋風の建物であるオバケ屋敷の塀の上にいたのはなんと、
「頼子?」
「にゃ〜」

真っ白でところどころにブチがあるその猫。
間違いありません。

頼子はピョンと軽々跳ね、下におりてきました。
「どうしてこんな所に?」

純一さんもこの子の存在に気がついて
私達はお互い顔を見合わせます。

私の自宅からさくらパークまでバスで3つ分ほどの距離があります。
いくら散歩とはいえここまでは遠すぎます。

しゃがんで右手を伸ばして頭を撫でようとしたら、
「にゃっ!」
「痛っ!」

う、そ……。

頼子が、私をひっかくなんて。
今までそんなこと一度もなかったのに……。

右手の甲、血は出ていないものの
くっきりと内出血したのか3本の赤みがかったスジが伸びていました。

「あ……」
そして頼子はまるで何事もなかったかのようにその場を去っていきました。

「大丈夫か美咲?!」
「あ、はい」
純一さんは私の手を取り、
傷ついたところをご覧になっています。

「腫れてるな。 何か冷やす物買ってくるからそこのベンチに座ってて」
「はい……。すみません」

人ごみを掻き分けて明後日の方角へ向かわれていきます。

私は言われたとおりベンチに腰をかけ、
再度傷口を見ました。

ショック……です。

ここが遊園地でなければ大泣きしていたかもしれません。

ずっと一緒に過ごしてきて、
大の仲良しなのに。

なぜ?

どうしてこんな事をしたの?

私がぐずぐずしている臆病者だから、
キライになってしまったの?

頼子……。



数分後、缶ジュースを片手に純一さんが戻ってらっしゃいました。
「ハンカチ、あるか?」
「はい」

鞄から花柄のハンカチを取り出して手渡します。
「急にどうしたんだろうな、頼子のヤツ」

やれやれと言った具合に、
彼は私の傷ついた手の甲にハンカチを乗せ、
さらにその上から缶ジュースを当てます。

手の甲は冷たくてヒンヤリ、
手のひらは純一さんの温もりが。

ぎゅっと握ってくださるその手だけが、
私の心を潤してくれます。

あら?

気がついたら自然と手が触れ合っている状況になってます。

あ……。

そういえば頼子、
朝から居ませんでした。

っ……。

ま、まさか……。

まさか頼子、
私たちの後をこっそりとついてきたのでは?

そして私が純一さんに手を握っていただけるように
ワザと手をひっかいたのでは?

(美咲さん)

えっ……。

この声、聞いたことがあります。

それは懐かしくも、
初音島に魔法がなくなってしまってから久しく聞いていなかった声。

その声の方向、
純一さんの後ろにあるお花畑の柵に
凛とした猫が尻尾を振って立っていました。

(勇気ですよ)

頼子。

お前、
また。

こんな私のために……。

どうしましょう?
泣いてしまいそうです。

でも、ぐっと我慢します。

頼子……。

ありがとう。



よし!

私は心の中で気合を入れました。

「純一さん!」
「な、なに?」
はしたなく、
つい大声を上げてしまい純一さんが驚かれましたがこの際いいです。

「あの、えっと……」

勇気よ、美咲!
心臓を踊らさせながらも、
必死で心の中の自分に何度も言い聞かせます。

「これからの時間は私と、て……」

喉で言葉が詰まってしまいます。
いつもならここで終わってしまいますが、
今日は最後までちゃんと言います。

頼子の想い、無駄になんて出来ません。

だから……。

「手を繋いでもらえませんか?」

言ってしまいました。
私の本当の気持ち。

純一さんはぽか〜んと、
一瞬呆けたような顔をされましたが、
また我に返られました。

そして私の手の甲にあるジュースとハンカチをどかして、
「腫れが引いた。 もう大丈夫だな」

ハンカチを私に返すと缶ジュースを片手に立ち上がり、
こちらに背中を向けられます。

ああ。

やっぱり、ダメなのでしょうか?

「美咲」
こちらを振り向かず、私を呼ぶ声。

彼の右手がグーチョキパーと動き、
そして……、

まるでこっちへおいでと言わんばかりに、
手招きされてました。

純一さん!

私は飛び上がってその手を掴みました。

その手を重ねるときゅっとやさしく握ってくれます。

手の平から温かいものがじんわりと心に流れて、
もう死んじゃってもいいかなってぐらい幸せな気持ちになりました。

心はドキドキしっぱなしで、
それでいてウキウキしてとろけそうです。

周りの景色が、さっきよりも色づいて輝いて見えます。

好きな人と手を繋ぐことが、
こんなにも幸せなことなんて。

嬉しくて、楽しくて、もうどうにかなってしまいそうです!


…………………………………
……………………………
………………………

それからの時間は、もう、もう、
私の告白をOKしてくださった時と同じぐらい幸せな時間を過ごせました。

たとえアトラクションに乗るため、
数分待っていても全然苦ではないぐらいに。

大好きな人と繋がってるって実感できるのって、
とても嬉しい事です。


「最後に観覧車、乗ろうか?」
「はい」

もう最後?
そう思って時計を見たらもうすぐ門限の時間でした。

すこしばかり列に並び、
観覧車に乗り込んでゆきます。

普通は対面ですが、
私たちは手をつないだまま隣同士で腰掛けました。

ゆっくり、ゆっくりとゴンドラが頂点を目指して上がっていきます。

徐々に見える海辺。
水平線に沈みかける夕日が、
とても眩しいです。

隣に座っている純一さんが真剣な目つきでこちらを見つめてきます。

「実は俺もさ、いつ手を繋いだらいいか分からなかったんだ」
「そうなんですか?」
「まぁ、な」
照れてらっしゃるのか明後日の方向を向かれて頬を人差し指で掻かれています。

「うふ、うふふふふふ」
「?」
私が突然笑い出したので、
純一さんは「どうした?」と言う風にこちらを見られます。

「ごめんなさい。私達お互いの気持ちが一緒だったのに、それに気がつかなかったことがおかしくって」
こんなことでしたらもっと早く言っておくんでした。

「そうだな」
と彼は苦笑されます。

「美咲」
「はい」
「これからお互いして欲しい事があったら、
 素直に言う事にしよう」

まっすぐ見つめるその瞳。
ハートを打ち抜かれてしまうそうです。

でも、そんなことおっしゃってくださっても、
「そんな、ワガママ……」

「ワガママ言ったっていいんだぜ」

えっ……。

そこには、やさしい笑顔。

忘れて、いました。
純一さんは優しい方。
でなければ、私なんか受け入れてくれません。

頼子から、勇気を貰いました。

今なら、言えます。
ですから意を決して口を開きました。

「私、純一さんとしたいことが沢山あるんです」
「うん?」

ええっと、まずは。
「毎朝一緒に学校へ登校したいですし、お昼は一緒に私が作ったお弁当を食べてもらいたいです。
毎晩電話でお話して、あとたっくさんいろんなところにお出かけしたいです。
それからそれから、純一さんの事もっともっといっぱい知りたいです!」

言えました。
私の心の内にためていた願いや想い、希望を。

「全部叶えてやる」
純一さんはきゅっとやさしく手を握ってくださいます。

「美咲の願いは、全部叶えてやる」

うれしい。
うれしいです、純一さん。

「純一さんは、ありませんか?」
私に出来る事、何かないでしょうか?

「んじゃ、今聞いてもらおうかな」
「よろこんで」
なんでしょう?

あ……。

私達以外誰もいない空間。

迫り来る彼の顔。
私は瞳を閉じ、すべてを委ねます。

やわらかい。
唇から、あなたの温もりが伝わってきます。

ドキドキして胸が高鳴ってゆく。

ゆっくりと離れ重なり合う瞳。

私もう、今日どうにかなってしまいそうです。


……………………………………………
………………………………………
…………………………………

オレンジ色に輝く空、
薄くなった青色に棚引くわたあめみたいな雲。

道路に映し出される二人の影が伸びてゆきます。

ですがさくらパークからずっと繋いでくださっていた手を、
もう離さなくてはいけない時間。
「もうお別れなんですね」
「ああ」

自宅近くの公園により、
ベンチに腰かけ彼にそっと寄りそいます。

そんな私を純一さんはそっと頭を撫でてくれました。

ふふふ。
まるで頼子にでもなったような気分です。

ですがまた明日まで会えないなんて……。
「そんな寂しい顔をするな。 後で電話するから」
「でも……」

この時ばかりは門限を設けたお父様を恨んでしまいました。

それがなければずっと純一さんといられますのに……。

でも、それは守らなければならない約束。

厳格で厳しいお父様。

風見学園に転校すること、
そして純一さんとお付き合いすること、
それは私がきちんと門限を守るという事で許可されたものです。

純一さんもまたお父様の信頼を裏切らない為に、
この約束を一度たりとも破られた事はありません。

だからこれからも一緒に居られる為に
ちょっとぐらい寂しくても我慢しなくてはいけません。

遠くから風見学園の夕刻を告げるチャイムが聞こえてきました。
「時間切れ、だな」
「はい」

はぁ。

思わず、ため息をついています。

やはり寂しさは、隠せません。
しかたがないとは分かっています。

けれど、心の中に風が吹いているようで
とても切なくなります。

「美咲」
「はい」
「じゃあ、な」
「は……い。 また明日」

お名残惜しいですけど、
しかたないんですよね。

でもいいんです。
私とあなたの気持ちが、ちゃんと繋がっていることが分かったのですから。

ゆっくりと離れる手と手。

ベンチから立ち上がり、ポケットに手をつっこみながら公園を後にする純一さん

私もたちあがり、姿が見えなくなるまで見送りました。


「にゃ〜」
足元から鳴き声が聞こえてきました。

足首に頬を摺り寄せてくるのはもちろん、
「頼子」

私はかがんで愛猫を抱き上げます。

「今日は、ありがとう」
「にゃあ」
お礼を述べると頼子は丸まって
私の腕の中で眠ってしまいました。


夕日に染まるベンチ。

そっと、唇に手を当ててみます。

キス……したんですよね私たち。

まだ、余韻が残っています。

気が弱くて、小さくて、臆病な私を受け入れてくれたあなた。
そんなあなたの側にいられて、とても幸せです。

私こと鷺澤美咲は、
これからもあなたにずっとついていきます。

ですからまた手を繋いでお出かけしてくださいね、
純一さん。




おわり

九朗さんあとがき

みなさん始めまして。
某有名D.CのSSサイトでことりちゃんSSを連載している九朗というものです。

修行がてら、こちらに投稿させていただきました。

雰囲気は少女漫画っぽく。
彼氏と手を繋ぐ為にはどうしたらいいか?考えてるヒロイン。
そして頼子を招き猫とする。
をコンセプトに美咲ちゃん視点で仕上げてみました。

女の子視点は難しいですね。
どう表現したらいいか、戸惑いの連発でした。

特に美咲ちゃんはオドオド感とかそういった
世間知らずのお嬢様っぽく書かなければならないので、
その辺りが苦労しました。
上手く美咲ちゃんらしさが出ていればいいのですけど……。

それではまた次回作で……、ってあるのだろうか?(笑)

管理人感想
いや、もう美咲の魅力爆発って感じですね。
ドジっ娘的なトコも良いですし、引っ込み思案なトコも大好きです♪頼子のサポートも抜群ですね。
大変満足させて頂きました。もうなんか自分で書くと稚拙さが目立って困りそうです。
一読者として九朗さんの次回作に期待させて頂きますね。




                                       

願い事ひとつ (後編)

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