穏やかな春の日の放課後、
掃除も終わり同じ掃除当番であった彼の元へ向かいます。

「純一さん、帰りましょう」
「ああ」

彼は大きなあくびを一つしてから
机の上にあった鞄を持ち、立ち上がられます。




通学路である桜公園の桜並木道。
ほんの少し前までは一年中枯れない桜でピンク色に染め上げられた世界。

私達が住んでいるこの初音島、
それを覆っていた”魔法”が切れてしまい今はただごく普通の桜になってしまいました。

本来の姿になった桜は花を散らせ、
今は新緑の芽の息吹を見せてくれます。

「今日も宿題が山ほど出たな〜」
「ちゃんとやってきてくださいね」

「かったるい」
そうぼやくように、面倒くさそうに口癖をつぶやく彼。

彼の名前は朝倉純一さん。
私の、とても大切な人です。

「美咲、腹減らないか?」
「私はあまり……」
たしか今日のお昼、パンを3つも食べてらっしゃったような……。

「あんなちっこい弁当でよくもつな」
「もともと小食ですから」

「ヤバイ。 ウチまでもちそうにない」
渋った表情をしてお腹に手を当ててます。

そんな時、ちょうどタイミングよく噴水広場に出ました。
そこには毎日移動屋台のクレープ屋さんがあります。

「クレープなら食べれるだろ? おごるぞ」
「あ、はい。 大丈夫です」

連立ってクレープ屋さんの前へ行き
純一さんはツナサラダクレープを、
私はストロベリーアイスクレープを注文しました。

そして噴水広場に設置されているベンチに腰かけて食べます。

よく考えれば私、
いつもはお家でいただいてますから
こうやって学校帰りにおやつを食べるなんて初めてかもしれません。

「ふ〜、食った食った」
ええ〜?

隣を見てみると、すでに純一さんの手元はからっぽでした。
は、早いです。

私なんてまだネズミがかじった程度しか食べていないのに……。

急いで食べてしまわないと、と思った時でした。

「よっ、ご両人!」

「眞子」
「眞子さん」

私達の目の前に立ってらっしゃるのは同級生で
私の一番のお友達である水越眞子さん。

「放課後のデート? あいかわらず見せつけてくれるわね」
前かがみになってそんなことをおっしゃってきます。

「羨ましいなら彼氏作ればいいじゃないか?あ、眞子の場合は彼女か」
「あんですってー!」

ゴツン!

「ぐはっ!」
純一さんは眞子さんに頭を思いっきり殴られてしまい、
その場に倒れてしまいました。

どうあったってこれは純一さんが悪いです。
「こっ、この凶暴女」
「あ〜ん〜た〜ねぇ!」

腕まくりをして責める眞子さん。
そんな彼女と埃を払って立ち上がった純一さんは睨めっこ。

昔から仲がいいというお二人。

私より距離が近い感じがして
正直、羨ましいです。

でも凶暴女なんて酷いですよね。
「純一さん、眞子さんは夜クマのぬいぐるみを抱っこしていないと眠れないほど、とてもかわいらしい女の子なのですよ」

私がそう言いますと、
あら?

眞子さん顔がすごく真っ赤です。

「へぇぇぇぇぇ」
そんな眞子さんを目を細めて見つめる彼。

「朝倉のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、バカー!」

バキッ!

「うでろわっ!」
今度はベンチの後ろ側の草むらにまで飛んでいかれました。

あわわわ、大丈夫でしょうか?

「じゃ、じゃあね美咲」
「あ、はい。 ごきげんよう……」

眞子さんは両手で鞄をかかえて、
まるでお巡りさんから逃げる泥棒のような勢いで走り去って行かれました。

「このネタ、杉並に高く売れそうだな」
頭に草を沢山つけてこちらに戻ってきた純一さん。
ニヤリと意味深に微笑えんでらっしゃいます。

それがなんのことだかよく理解できませでした。


クレープを食べた後二人で商店街の方へ向かいました。

愛猫のご飯、猫缶を買うためペットショップへ行きます。

頼子のお気に入りのものが手に入り、
純一さんはそのまま私を自宅まで送ってくれます。

途中、風見学園本校の制服を着た方達とすれ違いました。

仲むつまじく手と手を取り合って歩いているお二人。
特に女性の方が、なんとも幸せそうな顔をしていました。

正直、羨ましいです。

私も、あんなふうに純一さんと手を繋げたら……。

そう思って隣を歩いていらっしゃる純一さんをふと見上げます。
太陽の光に当たってか、
髪の毛が茶色っぽく染まっていました。

肩幅一つ分だけの距離。

それは、
今の私にとっては途方もない距離。

お話して歩いていたらいつの間にか
いつもの分かれ道。

門限が決められている私。

これ以上は一緒に居られません。
仕方がないのは分かっています。

けれど、もっとずっとあなたの側に居たい。
そう望んでしまいます。

「じゃあ、またな」
その言葉、何度聞いても胸を締め付けられてしまいます。
もう二度と逢えなくなる訳ではないのに……。

なんだかお別れの言葉って、寂しいですね。

明日、学校はお休みです。
ですから純一さんの顔をしっかりと見ておきます。

ちょっとでも逢えない時間、
私のぽっかりと空いた穴を埋めれるように……。

せっかくのお休み。
一緒に過ごせればいいのですけれど、
「明日、どこかへ行きませんか?」とさえも、、
なんだか気負ってしまって言えない情けない私。

「はい。 ごきげんよう」
お辞儀をすると純一さんはくったくのない笑顔を見せてくれた後、
踵を返してその場を立ち去られて行きました。

そんな背中を、
私は姿が見えなくなるまで追い続けました。

…………………………………
……………………………
………………………

「ふぅ」
自宅に帰り部屋に入るなり、
私はため息をついてしまいました。

「にゃお〜」
まるで心配してくれるかのように、
愛猫の頼子が私の足元に寄り添ってきてくれて体をすりすりと擦りつけてきます。

かばんを床に置いて頼子を抱き寄せてからベッドへと転がり込みました。
「はぁぁ」

また、ため息が出てしまいます。
どうして、言えないんでしょうか?


そればかり考えてしまって、頭がいっぱいです。
今日も純一さんと学校から帰宅しました。

そこまではいいんですけれども、でも、でも……。

私達、お付き合いをし始めてから1週間。
未だに手を繋いだことがないんです。

いつも、喉の手前までは出ているんです。
「手をつないでくれませんか?」と。

でも、どうしてもその……、
恥ずかしくなってしまって言えないでいるんです。

はぁぁ。

私、どうしてこうダメなんでしょう?

右手を広げて天井にかざします。

はぁ。

自分で自分の性格が嫌になってしまいます。

白河さんや眞子さん、
それに芳乃先生みたいに男性に対して積極的な女の子になれれば
こんな苦労しないんでしょうね。

みなさんが本当にうらやましいです。

頼子が腕の中からするりと抜けて、そして私の顔をぺろぺろと舐めてきます。
「くすぐったいわ、頼子」
「にゃ〜」

私はベッドから起き上がりました。
頼子は私の膝まで昇ってきて丸まります。

「おまえはいいわね、気楽で」
と、頭を撫でます。

私の恋は、この小さな猫の頼子が運んできてくれました。
病気がちで外に出ることが怖かった私。

いつも窓辺から見ていた、
登下校中の純一さんに一目でも会いたくて、
がんばって病気を治して学校へも通えるようになって、

そしてこの前、やっと純一さんの彼女にしてもらえたんです。

叶わないと願っていた恋。

本当に純一さんとお付き合いできるようになるなんて、
夢みたいです。

でも、時々思ってしまうんです。
これは夢で、いつか覚めたらまたベッドの上で一人きりなんだ……とか。
だからいつも、噛みしめていたいんです。
この幸せを。

「そうよね、おまえが私にチャンスをくれたんだものね」
「にぁ!」
「私、がんばる」
ここでこうしてうじうじしていてもしかたありません。

ここは勇気を振り絞って、じ、じ、純一さんにデ、デートを申し込みましょう。

で、でもどうしましょう?

もしも
「かったるいから嫌だ」なんて言われてしまったら……。

ううん。
純一さんは優しいから、きっとそんな事言わないわ。

大丈夫。
大丈夫よ美咲。

よし。

思い立ったら吉日よね。
さっそく下に行ってお電話をしなくては。

私は一階へ降りて受話器を取り、
以前純一さんに書いてもらった電話番号を元にして電話をかけます。
でも、ただ純一さんに電話をかけるってだけですごくドキドキしてしまって
どうしても最後まで番号を押せません。

だ、だめです。
こんなことでは!

私決めたんです。

純一さんとお付き合いすることになった時、臆病な自分は卒業するって。
だから……。

気合を入れ直してそしてもう一度受話器を取ろうとした時でした。
リリリリン、リリリリン!

突然電話が鳴って驚いて後ずさりしてしまいました。
どちら様でしょう?
私はフックを押して、電話に出ました。

「はい、鷺沢ですけれども?」
「美咲?」

えっ、この声はもしかして
「純一さん?」
「うん」
わぁぁぁ、純一さんです。
びっくりです。

まさかお電話してくださるなんて。
声を聞いただけで、私の心臓が飛び跳ねるように高鳴っています。
「今、いいか?」
「は、はい」
なんだか緊張してしまって声がどもってしまい、
しかも手まで震えてしまっています。

「ええっと、その。 明日暇か?」
「明日ですか? はい 特にこれといって用事はありませんけど」
「ならさ、どこかへ遊びに行かないか?」

「えっ、私と……ですか?」
「他に誰がいるんだよ。 嫌か?」
私は彼から見えないのに思わずおもいっきり首を振りました。

「全然大丈夫です!」
「そっか、よかった。 じゃあ明日桜公園の噴水広場で10時ってことでどうだ?」
「はい、わかりました」
「それじゃ」
「はい、おやすみなさい」
受話器を置いて、私はしばらくその場に立ち尽くしてしまいました。
思わず笑みがこぼれてしまいます。

純一さんの方からデートに誘ってもらえるなんて、
恋人同士なんですから当たり前かもしれませんけどすっごく嬉しいです!

私は軽い足取りでお部屋に戻り、さっそく頼子へ報告しました。

「ねえ頼子、聞いて聞いて。 純一さんがデートに誘ってくれたんですよ」
ベッドの上で丸まって寝ていた頼子は私の方を見た後、
あくびをしてからまたすぐそっぽ向いてしまいます。

もう、頼子ったらつれないんだから。

でも、ふふふっ。
明日は楽しみです。

………………………………………
…………………………………
……………………………

そして次の日


朝起きて日課である愛猫、頼子の朝ごはんの準備です。
キッチンでキャットフードをお皿に盛り、
お部屋に戻ってきました。

「頼子、頼子?」

あら?
変ですね。

いつもならまっしぐらにやって来ますのに。

お皿を机の上においてベッドやテーブルの下、
頼子用のベッドである編み籠などを見ましたが見つかりません。

どこへ行ってしまったのでしょう?

ふと、風が頬をかすってゆきました。

そちらの方を見てみるとかすかに窓が開いてカーテンが棚引いています。

もしかして散歩でしょうか?

窓をしっかりとあけて外を除いて見ましたが、
やはり見つかりません。

たまに頼子はふらっ、と猫だからかきまぐれでどこかへ出かけてしまうんですよ
ね。

お腹が空いたら戻ってくるでしょう。

私もそろそろ準備しないと。

ふふふっ♪

なんといっても今日は純一さんとお出かけですから。



準備を済ませた私は時間通りに桜公園の噴水広場にいました。
空は抜けるような蒼が広がっていて、最高の天気です。

念のためトートバックから鏡を取り出して、
髪型やメイクなどを念入りにチェックしておきます。

せっかくお付き合いしてくださっているんですから、
変な格好をして純一さんに恥をかかせるわけにはいきません。

それにしても5分待っても10分待っても純一さんは現れません。
どうしたのでしょう?

はっ!

も、もしかして病気になられたとか?

それとも来る途中に事故にあったとか?

ああっ、そうではないと思ってもどうしても悪い方悪い方に
考えてしまいます。
こんなことでしたら純一さんのお家までお出迎えに行くんでした。

私が噴水のまわりをあっちへいったりこっちへ行ったりしている時でした。
「美咲〜!」

あっ、この声は!

こちらへ通じる桜並木道から大手を振って純一さんが走ってきます。
私も手を振りました。

よかった。
私の杞憂だったようです。

純一さんは私の元まで来るなり、
ハァハァと乱れた呼吸を胸に手を抑えて整えています。

そしてようやく落ち着いたのか、声を発しました。
「ご、ごめん美咲。 待ったか?」
「いえ、そんなには」

純一さんは私の目の前で手を合わせて、
「ほんっとごめん。 寝坊しちまった」

ふふ。
そういえば私がまだ”頼子”として一緒に暮らしていた頃も、
なかなか朝起きてくれなくて四苦八苦しましたね。

あら?
純一さん、じっとこちらを見てきます。
「純一さん、どうかなさいましたか?」
「あ、いや、その……。 私服姿の美咲は初めて見るからさ」

たしかに、そうですよね。
一緒にいる時は制服着ていましたし、
頼子としてお側に居た時はメイド服を着ていましたから。

純一さんは女の子らしい格好がお好みと思いまして、
今日は真っ白なサマーカーティガンとライムグリーンのシフォンワンピース。
小麦色の網状のサンダルでコーディネートしてみました。

あと小指には、あの時純一さんに買っていただいた指輪がもちろんはめてあります。

昨日の晩、クローゼットの中から服を全部取り出して
あれこれ合わせて結局決めるのに2時間かかっちゃったんですよね。

「かわいいな」

わわわ。
純一さんに褒められてしまいました。

自分の頬が赤く染まっていくのがよく分かります。

昨晩、必死になって服をひっかきまわして
選んできたかいがありました。

よかったです。

「あ、ありがとう……ございます」

「ところで、どこか行きたいところあるか?」
う〜ん、
私としては純一さんとご一緒ならどこでもいいのですけれど……。

「純一さんにおまかせします」
「そっか。 じゃあどうしようかな……」
彼は顎に手をやり、う〜んと唸りながら天を仰ぎました。




続く

九朗さんから頂いた美咲SSです。
美咲も大変好きなキャラなんですが、自分は未だに美咲メインのSS書いてないですね〜
それどころかサブキャラとして登場するSSすら1個しかないですし。
ちゃんと書いてあげたいヒロインの一人ですね。まぁ全員書けるに越したことは無いんですが。
美咲一人称ってのは新鮮でいいですね。自分のは純一か三人称なので。
自分もこういう風に書いたことがないのでこういう風にヒロインを動かしてみたいですね〜
とは言えそこまで乙女心が分かるかは甚だ疑問ではありますが。
それはそうと頂いてから掲載まで大変遅れて申し訳ございませんでした。
後編も近々アップさせて頂きます。




                                       

願い事ひとつ (前編)

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