より水夏な《霧羽・香澄ストーリー》(ネタばれ注意)

投稿者:悠・祐希(HN:ラクス or 偽ラクス or みーあ)



白み始めた空の下、俺は、なぜか走っていた。
「…ったく、あいつの何もないところからヤキモチを広げるという、迷惑極まりない特技、なんとかならんもんかね…」
そう、俺のことを心配して学園まで迎えに来てくれた音夢に、明日美に頬っぺたにキスをされたところを見られてしまったのだ。
そして、すべてを正直に話したところで納得してもらえるとも思えず、そのまま逃げ出したというわけだ。
後ろからは、音夢が鬼のような形相で追いかけてくる。
まったく、いつもはどちらかと言うと虚弱体質なのに、こういう時だけは俺よりも体力があるように思える。
はあ…かったるい…
と、進行方向に、こちらに背を向けて誰か立っているのが見えた。

「あ…あれは…萌先輩?」
しかも、音楽室で会った時と同じ、白装束を纏ったままだった。
それにしても、まだこんな所にいるなんて。
(まさか、途中で寝てたとかじゃないよな?)
などと、色々な不安が頭をよぎった。
とりあえず俺は、萌先輩のすぐ後ろまで来たところで走るのをやめ、声をかけることにした。
「萌先輩?」
すると、萌先輩はゆっくりと振り返り…
「お待ちしておりました……純一さん」
(………え?)
その言葉に違和感を覚えた俺は、先輩のことをまじまじと見つめてしまった。
そう、先輩は俺のことを『朝倉君』と呼ぶ。『純一さん』などと呼ばれたことは、今のところ一度もない。
それに、口調も、普段の間延びした感じではなく、ハッキリとしている。
つまり、姿は間違いなく萌先輩だが、雰囲気はまるで別人のようだった。

「……に、兄さん……や、やっと……追いついた…」
そこに、音夢が息を切らしながらやってきた。
「はあ…はあ……もう、逃がしませんからね……って、あれ?」
音夢の奴も、彼女に気がついたらしい。
「おはようございます」
彼女は、音夢に対して、しっかりとした口調で挨拶をし、軽く頭を下げた。
「え?……あ…おはようございます」
音夢がつられて挨拶をする。
が、すぐに、俺にこう耳打ちした。
「に、兄さん……この人、眞子のお姉さん……ですよね?」
さすが、相手によって裏と表を完全に使い分けるだけあって、音夢の奴も、萌先輩の『らしくなさ』に気がついたらしい。
すると、萌先輩の口から、こんな言葉が発せられた…

「私の名前は千夏です。千の夏。いつまでも同じ夏をめぐる者、と覚えて下さい」
「はい?」
「今は、この水越萌さんの身体を貸して頂いてます。明日美さんと直接会う為に、どうしても必要でしたので」
「せ、先輩……何を言って…」
もちろん、いきなりそんな事を言われても、信じられるわけはない。いくら雰囲気が違うからといって、別の人間の意識が萌先輩の身体に宿っているなんて、非常識にも程がある。
「に…兄さん……もしかして、兄さんが取材しようとしていた幽霊さんに……とり憑かれてるんじゃない?…」
音夢が、震えた声で、そんなことを言いだした。
それはない。香澄は、俺達に見守られながら、天に昇っていったんだから。そもそも、自分のこと『千夏』いってるし。
ところが…

「フフ……音夢さんは、いい感をしていますね」
萌先輩の口から出た、その音夢の考えを肯定するかのような言葉。
「でも、私は幽霊ではありません。私は、香澄さんの魂を導く為にこの島にやってきた死神…その『心の一部』です」
「死神?…って、じゃあもしかして、さっきの銀髪のは?」
萌先輩…いや『千夏』は、その俺の言葉に、こくりと頷いた。
「自分の死を受け入れられなかったり、自分が死んだことを知らなかったりして、あまりにも長い時間、同じ場所にい続けてしまうと、例え『その気』はなくても、その霊は『地縛霊』になってしまい、成仏できなくなってしまうのです…
そういう霊を生み出さないよう、魂を正しく死後の世界に導くのが、『死神』と呼ばれる者達の役目なんです…」
俺達は何も言えず、ただ黙って千夏の話を聞いていた。
「香澄さんは、死んでしまった後、自分のことよりも、ただひたすら、妹の明日美さんのことを本当に心配していました。その想いの強さが、この島の桜の樹の力を得ることによって、結果的に、香澄さんの魂を、強くこの世に結び付けてしまっていたんです」
「桜の樹の…力?」
「そうです……その力は本当に強くて、私達の力だけでは、香澄さんの魂を導くどころか、コンタクトをはかることすらできずにいました…
そうして、風見学園にい続けて三年……今日を過ぎてしまったら、香澄さんの霊は、間違いなく地縛霊になってしまう…
そこで私は、元気になった明日美さんに会ってもらって、彼女の魂をこの世に結び付けている『心残り』を解消しようと思ったのです」
「つまり…明日美が、今日ここに来たのは、偶然ではなかったということか?」
「はい。そして、あの姉妹を引き合わせる為に、香澄さんと行動を共にしていたあなたを、利用させて頂きました」
そう言って、千夏は、手に握っている、おそらく萌先輩の物と思われる携帯に軽く視線を向けた。

なるほど…あの時のメールは、千夏の仕業だったんだな。
と、千夏が、おもむろに俺に対して頭を下げた。
「ですが……そのせいで……偶然そこに居合わせただけの……なんの関係もないはずだった純一さんにまで、大変悲しい思いをさせてしまいました。本当に、ごめんなさい。許してなんて言えないけど、ただ謝りたかった」
そして、いっそう深く頭を下げる。長い髪が、ふわりと揺れた。
「よ、よしてくれ。俺は明日美と違って、俺の都合で夜の風見学園に来て、俺の勝手で香澄と一緒に幽霊を探したんだ。それに、短い時間だったけど、色々あって、なんだか俺も楽しかったし……だから、あんたに謝られなければならないようなことは、なにもないよ」
「……ありがとうございます」
そして、千夏は面を上げて…
「香澄さんが最後に出会えた人が、純一さんで、本当によかった」
本当に安心したような笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、私はこれで。恐れ入りますが、萌さんのこと、よろしくお願いしますね」
「え?」
その瞬間、萌先輩の身体が、まるで糸を切られたマリオネットのように崩れ落ちた。

「あ、あぶねっ!」
なんとか、倒れてしまう前に、その身体を抱きかかえた。
「兄さん……」
音夢も、心配そうな表情で、俺に抱きかかえられている萌先輩を覗き込んできた。
「……………ん?」
萌先輩が、うっすらと目を開けた。と、すぐに俺と目が合った。
「………朝倉…君?」
良かった。いつもの萌先輩の口調に戻っている。
だが、いまいち焦点が合っていないのが、少し気になった。
「萌先輩……大丈夫ですか?」
萌先輩は、その俺の質問に答えることなく、まだ夢でも見ているかのような虚ろな瞳のまま、こんな事を口にした…
「……私……夢を見ていました……妹さんに自分の命をあげて、そして死んでしまってもなお、妹さんを想い続けたお姉さんの…」
「萌先輩…それは…」
間違いなく、香澄のことだ。
おそらく、千夏がのり移って行動していた時の事を、萌先輩も『夢』という形で見ていたのだろう。
「……そして、お姉さんにもらった命で、お姉さんの分まで一生懸命、幸せに生きようとする妹さん…」
と、萌先輩の目から、一筋の涙がこぼれた。
「……私も……そうしなきゃ…いけなかったのかな……命をかけて守ってくれた私の人生を、無駄にしちゃいけなかった……そう…なのかな……………啓君…」
その独り言の最後に、萌先輩は俺の知らない『誰か』の名前を口にした。
千夏が萌先輩を選んだのは、たまたま学園に居残っていたからだと思ったのだが、もしかしたら、偶然ではない何かはっきりとした意図があっての事だったのかもしれない。




それから、完全に意識を取り戻した萌先輩を家に送り届け、俺と音夢は、水越家の屋敷の門の外に立っていた。
俺は、もはや逃げるのは諦め、ただ音夢の出方を待っていた。
明日美との事だけでもああだったのに、さらに千夏との会話の中にも、それこそ音夢が勘違いしそうなNGワードが、結構あったしな。迂闊といえば迂闊だが、しかし、あの場合は仕方あるまい。
俺は、それ相応の地獄は覚悟していた。
だが、音夢の次の行動は、俺の予想の範疇をはるかに上回るものだった。
「ね、音夢?」
なんと、音夢の奴、自分の腕を俺の腕に絡めてきやがったのだ。
と、音夢も、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
そして…
「聞きたい事は沢山ありますし、さっきの事やその他諸々の事も、ぜんぜん納得したわけじゃないですけど……でも、今はこうして、兄さんと一緒にいられることを大事にしたいなって、ちょっと思ってみたんです!!」
ムキになって本心を語る、そんな音夢の姿が、なんだかやたら微笑ましくて。
「そうか…」
だから俺も、その音夢の気持ちを素直に受け入れようと思った。
「さてと……帰るか」
「はい、兄さん♪」
すでに昇った朝日の光の中、俺達兄妹は、まるでお互いの存在を確認するかのように、肩を並べてゆっくりと歩いていった。




終わり

悠・祐希さんあとがき
皆さん、はじめまして。こんにちは。
こちらのHPにしょっちゅうお邪魔させて頂いてます、HN:ラクス(or 偽ラクスor みーあ)こと、PN:悠・祐希と申します。
題名で《香澄ストーリー》と言っておきながら、実は明日美主体で話しが進むという、ちょっと変則的な作りに仕上げてみました。
このSSは、DCPSの香澄ルートにおいて『水夏とクロスさせるなら、もっと水夏チックな演出とか使えばいいのに』という感想に端を発して作られた、いわば勝手に本編の内容をリメイクしてしまったような作品です。ですから、一部…否、大部分に渡って、香澄ルートをそのまま引用してしまっています。
あと、微妙に時間軸が前後している部分もありますが、本編の内容を簡単にまとめた都合上のことですので、どうかご容赦下さい。
とにかく、本編の内容をそのまま使うという手抜きのような作品、読んで頂ける方が一人でもいれば良いなと思います。
それでは、失礼致します。


管理人感想
エピローグだけというおかしな分割になりましたが、同時掲載なので勘弁して下さい。
エピローグは萌先輩が乗り移られてえらいことになってて面白いですw
でも、萌先輩にシリアスな話されると驚きますよね。
姉妹である水越萌をとりあげたところとかもすごく良かったです。
また悠・祐希さんに書いて貰えることを期待してこの辺で・・・



                                         

どたばた? ゆうれいさがし(エピローグ)

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