初音島を離れてからもう六ヶ月という歳月が経つんだ。
ボクはカレンダーを見ながらつぶやいた。
純一君と夏に会ってからもう随分会ってないなぁ……
桜もそろそろ咲く頃かな、春だしね。
そろそろ帰ろうかな……純一君に会いに。
うん。そうと決まったら『善は急げ』だね。

巡り来る季節の中で(前編)
「と言うわけで、ここまで来たんだよ」
純一君の部屋のベッドの上に、二人並んで座っている。
窓からは、赤い夕焼けの空が見えた。

「ああ、わかった……お前のバカさがな」
そういって純一君はため息をついた。
むぅ、純一君もしかして喧嘩売ってる?
折角研究の途中に、休みを取って来たというのに〜

「いや、だってな。善は急げの時点で間違ってるし……」
純一君が呆れたように言ってくる。
そこは気にしないのが人の情けってものじゃないかな。
全く、最近の日本人ときたら……

「まあ、それで。一体何しに来たんだ?」
怒りのオーラを感じ取ったのか、純一君が話題を変えてくる。
う〜、純一君ボクの話ちゃんと聞いてない。
何か怒りのパラメーターがだんだんとあがってきたよ。
久しぶりに純一君に会いに来たって言ったのに。

「……抱きつき」
とりあえずまずは充電しないとね♪
半年分だから、どのくらいかかるかわからないけど、まっいっか。
ちゃんと話を聞かなかった純一君がいけないんだし。

「おい、こらっ離れろって」
無理やり純一君はボクを引き剥がそうとする。
ボクはぎゅっと純一君をさっきよりも腕の力を強めて抱きしめた。

「だめだよ、半年ぶりの充電なんだから。ちゃんと充電しなきゃ♪」
「はぁ……まぁ、かったるくない程度にな」
諦めたようにため息を吐く純一君。
そんなことを言いながら、純一君は優しくボクを抱きしめ返してくれる。
純一君を……感じるよ。

うにゃ、いつの間にか寝ちゃったみたいだね。
純一君は……ってボクの背中にもたれかかってる!?
これじゃあ動くに動けないね。
でも、こうして純一君と一緒に居ると、何か夢みたいだよ。
だってこうなるなんて、夢にも思ってもいなかったかたら……

「さくら、兄さんのことお願いね」
「うん、任せてよ。純一君の面倒はボクがしっかりと見るから」
桜の樹が枯れてから数日後、音夢ちゃん島を離れる日がやってきた。
音夢ちゃんは夢である看護婦になるために、島の外にある学校に通うことにしたみたい。

「っといっても、すぐにあっちに帰るんでしょ?」
にゃはは、実はそうなんだよね。途中で放り出してきた研究がボクを待ってるんだ。

「うん。でも、離れていても純一君の声は聞けるし。大丈夫だよ」
そう、離れていても電話で声は聞けるし、会いに来ようと思えば飛行機で来れるしね。
まあ、そんな簡単な話じゃないんだけどね。国際電話は高いし、飛行機代だって当然高いから。

「そう。でも無理はしないでね。研究だから身を削らないといけないかもしれないけど」
「ありがとう、音夢ちゃん。音夢ちゃんも体に気をつけてね。
看護婦の勉強は大変みたいだから、無理はしないでね」
今ではこうしてお互いの身を案じているけれど、ちょっと前まではこんなこと考えられなかった。
音夢ちゃんも……純一君のことが好きだったから。
お兄ちゃんの妹であり続けたいと想いとお兄ちゃんの恋人になりたいという想い。
ボクがお兄ちゃんと付き合っても、音夢ちゃんは二つのの想いの間で揺れていた。
それが音夢ちゃんを傷つける結果となった。ううん、ボクの想いが桜の樹に伝わってしまって……
音夢ちゃんはボクがお兄ちゃんと付き合ってもその気持ちは変わらなかった。
それにボクの、音夢ちゃんを妬む気持ちが加わって……

「ありがとう、さくら」
でもこうして今では音夢ちゃんは元気になった。
ボクとお兄ちゃんが桜の樹を枯らしたから。お婆ちゃんが残した、枯れない桜の樹を。
本当ならボク一人で桜の樹を枯らして、世界から居なくなろうと思ってた。
ボクのことを知っている人全員の、ボクの記憶だけ全て消したはずなのにお兄ちゃんだけは消えていなかった。
心の底では、覚えていて欲しかったんだ。例え他の人に忘れられたとしても、お兄ちゃんにだけは……
桜の樹が枯れた後、音夢ちゃんはだんだんと元気になっていった。
でもまだ音夢ちゃんの心の中には二つの思いが残っていた。
だからボクは考えた。どうすれば音夢ちゃんを本当に救えるのかって。
そして、ある一つの考えを思いついた。
純一君を音夢ちゃんだけのお兄ちゃんにすればいいんじゃないか、と。

次の日から、ボクは純一君のことを『お兄ちゃん』じゃなくて『純一君』と呼んだ。
その時から純一君はボクの中でお兄ちゃんじゃなくなった。
音夢ちゃんにとって、世界でたった一人のお兄ちゃんになったんだ。
ちょっと恥ずかしかったなぁ……初めて純一君と呼んだときは。
にゃはは、今思うと照れちゃうね。でも、これでよかったんだよね。

「……い……くら……さ……ってば」
うにゃ、誰かがボクのこと呼んでいる気がするけど……気のせいかな。

「はぁ……しょうがないな」
そう純一君が言ったのが聞こえた。そして、大きく息を吸いこんだ音も……大きく息を吸い込んだ?

「起きろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「うにゃにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
純一君の大きな声に、ボクは体を起こしながら驚きの声を上げる。

「ふぅ、やっと起きたか。まったくかったるいやつだな」
むぅ、恋人に向かってかったるいやつっていう言い方はないんじゃないかな。
全く、純一君は何でもかんでもかったるいって言うんだから。
それにしても……いつの頃の夢だろう。一年位前の、音夢ちゃんが看護学校に行った日の出来事かな。
ボクが純一君のことを、お兄ちゃんと呼ばなくなった日。
純一君をお兄ちゃんじゃなくて、一人の男性として意識し始めた日。
それまでボクは、純一君のことをお兄ちゃんとしての認識を捨てきれずにいた。
 でも、それじゃあ駄目なんだってわかったから。
純一君は音夢ちゃんの、たった一人の「兄」という存在だってわかったから……ボクは純一君と呼ぶことにしたんだ。

「ねぇ純一君」
「ん、なんだ?」
「久々に、甘いものほしいなぁ」
ボクはちょっと意地悪っぽく言ってみる。
「といってもなぁ……もう手から和菓子は出さないぞ」
その言葉に、やられと思いつつも、ちょっとふくれっ面をする。
「う〜、わかってるくせに。純一君の意地悪」
「最初に意地悪な質問したのはどっちだ?」
ボクは何も言えなくなる。今日の純一君は本当に意地悪だよ。
とりあえず、何とかして純一君にキスしてもらうんだからね!





続く

<HHさんあとがき>
まずは「巡り来る〜〜」について。
中途半端な終わり方だと思いますが、次回への布石も兼ねています。……たぶん
とりあえず、次回の展開を楽しみにしていただければ幸いです。
というわけで、今回はこの辺で失礼します。また次回お会いしましょう。それでは。

<管理人感想>
本当に素晴らしい作品を頂きました。初の頂き物SSです。
さくらのSSも続きが大変気になる出来上がりになっていて早く読みたいですね。
同時のことりのSSも頂きましたので、そちらもどうぞ。HHさん今回はどうもありがとうございました。



                                        
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