D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜                     作者 スズラン〜幸福の再来〜


                                                       キャスト
                                                       主人公     朝倉 純一
                                                       メインヒロイン 霧羽 香澄
                                                       サブキャラ    名無しの少女
                                                                  芳乃 さくら
                                                                  霧羽 明日美




霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜




第3話 黄昏の情景


三月二十一日AM1:00風見学園中庭


・・・見上げた空は昨日とは違い満天の星たちが輝いていて、月も出ている。
満月ではないものの雲ひとつ見当たらない今宵の空に浮ぶ‘満月’では無いものの、何ともいえぬ美しさがあった。

月といえば、香澄が俺の前に現われた時、つまり三月一五日がちょうど満月だったような気がする。
と、なると次の満月は何時になるのだろか?天体の知識が貧弱な俺にそんな事解る筈もなく今日も中庭でこの夜空を見上げている。

月が美しく出ている今宵はなんだか妙に香澄と出会った日の事を鮮明に思い出してしまう。

香澄と出会った日からそんなに時間は経っていないのだが、思い出というものは残酷にも時間と共に色あせてしまうものだ。
そう考えるとなんだか心の底から虚しさがこみ上げて来る。香澄と出会った夜の風景も思い出の中から消えてしまうのだろうか。



それは水に溶けてゆく氷のように、ゆっくりとした時間なのか?



それとも誰一人寄せ付ける事の無い急流のように刹那の時間なのか?



どちらにせよ残酷にも時間は確実に流されて、留まる事を望むこと無いように忘れ去っているかのようで…



俺は思う、彼女は俺と出逢ったあの短い時間で一体何を見ていたのだろうか。
現実の光景を誰に眼にも無限の色合いに変えてしまう、あの幻想的な夜に一体何をみていたのだろう?

「そして、俺はアイツに何かを見せてやれただろうか?」

呟いてみるも、その問いには誰も答えてはくれない。静かな風が右から左へと唯音もなく流れていくだけ。

「ふう」

ため息交じりに、‘くしゃっ’と髪を掻く。最近の夜の徘徊が原因なのか、体が妙にダルイ。
その原因は生活リズムが狂っているとか、食生活の乱れとか、そう言うものではない。
だが別にこの程度なら大したこと無い。今までだってこういうような状態にはなったことがある筈だ。

「さて、この辺にして今日は帰るとするか」

明日は音夢のヤツの見送りをする約束だからな。そんな日までアイツに起こされるわけにはいかんな。

軽く呟いて中庭のベンチからゆっくりと腰をあげて立ち上がった瞬間、

「うぁ?___」

ガクリ、と軽く視界がブラックアウトして膝が折れた。どうやら軽い立ちくらみのようだが。

(これは本格的にまずいのではないだろうか)

「・・・真面目に医者に見てもらうかな」

俺はぽりぽりと頭を描きながらその場を後にした。



・・・・・・



・・・・・・



チリン__________________________




中庭の草むらからひょっこりと黒帽子に付いている二つの鈴が鳴った。

「ねえ、やっぱり不味いかな?」

「我々が思っている以上に忌々しき事態ですな」

「どうしよう、アルキメデス」

「ウム、とりあえずあの男に事情を話してみては?我輩に狼藉を働きましたが悪人ではないかと思われますぞ」

「うん、そうだね。じゃあ今度逢った時に話すことにするよ」

「それがいいでしょうな。しかしお嬢、我輩にはもう一つ気掛かりなことがあるのですが・・・」

「何?アルキメデス」

「・・・この場所を寝床にするのはどうかと思われますが」

アルキメデスが‘この場所’と指摘するのはこの風見学園のことだろう。黒服の少女はきょとん、とした表情で再度アルキメデスに瞳を落とした。

「え?どうして天風は防げるし、向こうの大きな部屋には焼きもろこしはないけど沢山のパンが食べ放題なんだよ」

「しかし、我輩にはこの場所が人の土地としか思えないのですが」

「大丈夫だよ、だってこの大きな建物の中には人は居なかったし、きっと廃墟なんだよ」

「本当にそうなのだろうか・・・・」

アルキメデスの心配を他所に黒服の少女はご機嫌な様子で風見学園の校舎の中へと消えていった。

・・・こうしてその次の日少女はこの土地から強制送還?されたのは言うまでも無い。






・・・その夜俺は久しぶりに夢を見た。その場所は何処かの草原で膝元位まで伸びた麦畑が揺ら揺らと風に吹かれている。
空は驚くくらいに広く、この世のものとは思えないほど美しい色をした真っ赤な黄昏空だった。

真赤に染まった草原は見渡す限りどこまでも続いていて、この場所だけ世界と切り離されているんじゃないか?と思ってしまうほど幻想的な景色だ。

俺には、この風景がひどく儚いものに見える。セピアに色あせた遠い思い出の中を思わせるこの麦畑は美しいという言葉以上に儚げな景色、
少なくとも俺はこんなに心が虚しくなる光景は知らない。

(全く、誰だ?こんな夢を見るやつは)

俺には生まれつき人とは違う二つの能力があった。一つはこうやって夢を‘見させられる事’この光景は初音島に住んでいる誰かの夢なのだ。
それを俺は誰が見ているか、わからないような夢を強制的に見させられてしまうのだ。

この能力には俺も大変、迷惑している。他人の夢なんて支離滅裂もいいとこだ。なにより一番迷惑しているのが俺の安眠妨害だ。
人が気持ちよく寝ているのに訳のわからないものを強制的に見せられてはたまったものではない。
しかし、拒絶しようにも強制的に俺の頭に流れてくるので拒絶しようが無い。

(まあ何にせよ、今日の寝起きは最悪だろうな)


ぶわっ___________________________


(!?)


そう思った矢先、強い風が吹き辺り麦が激しく飛んだ


一面の麦の穂は綺麗に空を舞った


白い綿が辺りを包み込むように


もう一度その瞬間を見たかったがもう無理だろう。


(ん?)


気が付けば俺の視界の先には二つの影があった。目を凝らしてみるとそれが二人の少女だということが解った。

(あれ?ふたりともどこかで・・・)

二人に近付きたくても俺の足はその場から動かない。
他人の夢の中での俺は唯の傍観者であり俺に行動権は無く、唯そこに空気のように存在するだけ。
見たくも無い映画を眼球に叩き込まれているようなものだ。だからその二人の少女が一体誰なのか近付いて確認するすることは出来ない。

ここから見て解るのは二人の少女が居てその片方の少女は偉く小柄だ。その小柄な少女がもう一人の少女の手を引いて歩いているように見える。

「・エ、・・・ハ・・・・ナノ?」

ノイズが混じったような声が聞こえる。
どちらの少女が一体何を言っているのか部分部分が電波の悪いラジオを聞かされているみたいでよく聞き取れない。
その時フッと先頭の小柄な少女は足を止め、僅かに後ろの少女の方を見た。

「・・ボクは・・・・だよ」


おーーーーーん_______________________

(!?)

その言葉を聞いた瞬間、機械音とも獣の声とも聞き取れない音が響いたと思うと、周りの風景がまるでアメーバのようにグニャリと歪んだ。



黄金色の麦畑



二人の少女



真赤な黄昏



気が付けば夢の世界全てに墨を垂らした様に黒く溶け出していく。



(なんだ!?)

全ての風景が歪み黒い闇が見る見るうちに全てを侵食してゆく。
やがて全ての風景は歪み、黒い闇へと返って行き全てが闇に包まれた時、俺の意識もそこで途絶えた。





次に俺が目を開けたときには真っ白い空間に居た、そこは本当に唯真っ白い空間。上も下も無い唯恐ろしいほどに何も無い空間。
まるでその場所には夢を見せられている自分さえも解らなくなってしまうほどに恐ろしい。

(こんなものが本当に夢なのか?)

夢の中でさえも俺は物凄い吐き気を感じた。こんな場所に小一時間もいたら気がどうにかなってしまいそうだ。

(ん?)

この白い空間には何も無いけれど何かの気配はあることに気づいた。誰かの視線とでも言おうか?なにかに見られてような気がした。
それは一つではなく複数ある、直感だがそう感じた。その視線の先に何があるのか?どんな感情がこもった視線なのか?
それは俺には解らなかった。

「・・・うう、ひっく」

誰かの鳴き声が聞こえた。
それは女の子の泣き声だ、でも何処を見回してもそこには真っ白い空間しかなくて、泣いている女の子の姿なんか見当たらない。

「そんな目で僕を見ないで」

その声には聞き覚えがあった。でも、その声の主が誰なのかが思い出せない。そんなに前じゃない、ごく最近聞いた声だ。

俺は女の子の泣いている姿は多分この世のどんなモノよりも嫌いだと思う。
だから‘かったるい’とぼやきつつも目の前の女の子を笑わせてやるのが俺のすべき事だと昔から無意識に自覚していた気がする。



でも聞こえるのは声だけで



その子のそばに行ってやりたくても、その姿は見えなくて



(ああったく、本当にかったるい)



結局その声の主が解らぬまま、目覚ましの音が鳴り響き俺は現実へと意識を戻されていった。





続く

スズランさんから頂いた月と桜に込めた願い第3話です。
今回は純一と名無しの少女の出会いです。
2話に比べて3話は短く、4話との橋渡し的な役割になってます。
次回ではさくらも出て来て結構にぎやかになります。
それでは次回の第4話もお楽しみに〜



                                            
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