D.C.P.S~ダ・カーポ プラスシチュエーション~ 作者 スズラン~幸福の再来~
キャスト
主人公 朝倉 純一
メインヒロイン 霧羽 香澄
サブキャラ
名無しの少女
芳乃 さくら
霧羽 明日美
霧羽香澄After story月と桜に込めた願い~悲シキ恋ノ詩~
最終話
始まりは満月の夜。
それはたった一晩の恋物語。
彼らの存在は余りにも違いすぎた。
生者と死者。
彼らの恋物語は苦くも一晩で幕を閉じる事になる。
かつて肉体を失った少女は魂だけで現世に残り一人の少年と出会い、お互い惹かれあい恋をした。
少女は三年前自分とともに事故に巻き込まれた妹の安否だけが心残りで霊体になり現世に留まりました。
ですが、その少年との出会いでもう一つの未練や‘願い’が生まれた。
少女は自分と同じく妹がいて少女の気持ちを深く理解してくれた少年に恋をし「彼にもう一度会いたい、想いを伝えたい」そう願ってしまったのだ。
少年もまた心優しい聡明な少女に恋をして、少女と同じ願いを思った。
生前から強い霊感を持っていた少女は魂が現世から離れても、‘境界’を超えずにこの場所に留まる事が出来た。
しかしそれは魂の冒瀆に他ならない。死者は死者の集まる元へ行くのが運命(さだめ)。
死神の少女に「ここにいてはいけないと」再三、忠告を受けながらもこの場所で待ち続けてきた彼女。
地上に残され、悲観に暮れながらも一心に少女の事を求め続けた少年。
それが彼と彼女の最後の一ヶ月。
カーテンコールは、まもなく終幕を迎える。
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D.C.P.S~ダ・カーポプラスシチュエーション~
霧羽香澄Afterstory
月と桜に込めた願い―カナシキコイノウタ―
最終話あの日見た情景~ the last promise~
ざあああああああああああああああああああああああああああ___________
何度こうしてそよ風が私の頬を撫でていっただろう。何度目か数えるのが面倒になるくらいの時間を私はこの場所で過ごしていた。
まあ正確には私の‘意識’だけがこの場所にあるだけらしいんだけれども。
既に私の肉体は消滅している。なのにこうして意識だけの存在になってもこうして私が健在なのかソコのところはよく把握していないんだけどね。
私の意識はとりあえずこの場所に留まり続けている。
それでも以前私が居た場所つまり現(うつつ)で何が起きているのかは何となくだが把握できていた。
それはあの馬鹿のお陰らしいのだが・・・
さてそろそろ、お客さんがここにやって来るみたい。
全く、何が悲しくてこんな辺鄙な場所にあの馬鹿はやって来てしまうのか。
その事について2、3文句を言ってやりたいがあいにくそんな言葉も交わせないのだろう。
その事を少しだけ残念に思いつつ私は一つため息を漏らした。
___________どうして自分なのだろう?
それは物心ついた頃から幾度と無く思った事だ。
自分には他の人とは違う能力が二つあった。
一つは手から和菓子を出すという魔法。
もう一つは他人の夢を‘見せられる’という事。
まあ最もこれは能力じゃなくて特殊な体質なような気もするが、最近になってコイツも能力の一つだと思えるようになった。
この夢を見せられるという能力に目覚めた時は何時だったか、とりあえず凄く幼い頃からだったような事だけは覚えている。
初めのうちはそれが怖くてたまらなかった。夢とは自分の物でも他人の物でも支離滅裂だ。
他の人の場合は夢の内容などあまり記憶に残らないようだが、どうやら自分はその部分も特殊らしく、
その見せられた夢を鮮明に脳裏に焼き付けてしまう。
それはもう一種の拷問に近い物であったと今では思う。
時には一週間連続で他人の夢を見せられた事もあれば、10日連続で夢を見ない日もあった。
そんな暮らしを数年間過ごした。俺にとって他人の夢に対する恐怖はなくなったと思う。
その夢の中で自分は唯の傍観者でしかなく、その夢で起こる事象は自分には絶対に降りかからないし、自分から夢に干渉することが出来ないからだ。
そうして俺は他人の夢を、自分の夢さえも不快なものといつしか認識していた。
支離滅裂な悪夢を見るのが嫌だったのではなかった。
たまに見るその人の辛い過去を夢で見るとき、いくら抵抗しても自分は映画館の中でスクリーンを見つめる客にしか過ぎないから。
その夢に苦しんでる人を見るのが辛かった。
その辛さから目を背けるように、俺は夢を夢と見る事を止めて言ったような気がする。
見せられる夢を忘却していき、どうにか俺はここまれ人生を歩んでこれた。
でも・・・
あの日見た夢はどうしても忘れる事は出来なかった。どこまでも続く黄金の麦畑で今でも泣いている彼女の姿を。
それは夢だったか、それとも否か。
そんなことはどうでもいい。そんなものは結果のあとに付いてくるオマケのようなものだ。
俺はその女の子をなんとしても助けたい。他人の夢に干渉することは出来ない。
でもこれは違う。どうして違うと言い切れるかは解らない、でもたとえ何も出来ないと言う事が必定であっても・・・
それを捻じ曲げてでも俺は彼女に会いに行く。
それに彼女の居る場所は夢でも現(うつつ)でも無いのだから。
そうして俺は今まで焦がれ続けた彼女の元へ。
夢の終わりに
終ぞたどり着こうとしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ざあああああああああああああああああああああああああああ___________
そうして気がつけばそこに立っていた。
あたり見渡す限りの黄金の麦畑、小麦色の稲穂が風にそよいでいる。規則的に、規則的に、その様はまるで海のように見えた
それはいつか夢で見た場所。
黄昏時の空、
右から左へと吹く風と自分以外なにも存在しないかのような虚無感。
そこは聖域?
理想郷?
いや違う、この場所を言葉で形容しようとするのならばそれは・・・
その考えを被りをふって打ち消す。そんなことはありえないと。
だが不思議な感覚だ、夢心地なように落ち着いた気分の中、土を踏みしめる感触も自分の体も五感全てが感じられるリアル感もある。
「ここは・・・」
呟いてみる、声が出る、それと同時にその声もちゃんと伸びている。ここは紛れも無く現実(リアル)だ。そうとしか考えられない。だが・・・
(現実とは程遠い)
その場所には俺たちが普段生きている現実の中にある何かがかけていた。
何を挙げられるかと聞かれればそれこそ無限にそれは挙げることが出来るような気がする。
例えば、俺たちが普段生きている世界では自分以外が多数存在し必ず誰かと関わりながら生きている。
現実を生きると言うのはそういう事だ。人間は一人では生きてはいけない。必ずしも誰かを頼ったり頼られたしりながら生きている。
人間同士が互いに生きる環境において必ずしも存在するのが、人間の本来持つ「汚さ」と言うものだ。
共同に生きると言う事は誰かを妬み、恨んだりする事だ。その逆もしかりだが、悪い部分というのはいささか表面に出やすいものだ。
そのような人間の負の感情がその世界に「汚れ」を定着させる。それは俺たちで言うところの犯罪等だ。
世界に人間が居る限り「汚れ」を世界から排除する事は絶対的に不可能であり俺たちの生きる世界で恐らくそんな場所は存在しないだろう。
夢に長く触れている自分には解る。ここには本来、現実に在るはずの「汚れ」が感じられなかった。
よく言えば「純粋」、悪く言えば「無機質」な世界とでも言おうか。そんな世界は現実ではありえない。
あり得るとするのなら、そう
―――夢の中みたいな世界でしょ?―――
後ろから懐かしい声がした
頭の中をハンマーで殴られたような気分だった。
あの日から、
3月15日のあの夜から今まで決して思い出さなかった事はないその声の主が
今、俺の背後にいる。
「・・・・・・」
恐る恐る振り返るとそこにはあの日と一寸変わらぬ姿のままで彼女が立っていた。
見慣れている黄色いリボンの制服、
キリっと見開かれた大きな瞳、
ショートの髪に三本のピン止め、
その姿をどうして忘れられよう。
その姿を、彼女の声を覚えている。
学園の廊下で
理科準備室で
図書室で
そして涙を浮かべながら満月の月が浮かぶ空へ消えて行ったあの瞬間を
俺が記憶しているあの日のままの姿で霧羽香澄は今、俺の目の前に立っていた。
ふと、俺の見ている幻ではないかと恐怖に襲われた、触れると消えてしまいそうで呼びかける。
「香澄」
彼女の記憶だけを失ってから始めてその名を口にする。
(ああ、そうだ)
彼女との思い出が波紋を起こすかのように蘇っていく。
ともに過ごした時間は少なく、交わした言葉も多くは無い。だがそれら全ては俺にとって忘れられぬ思い出。
彼女にこうして再会するために俺はここまで来たのだ。念願が叶って本当に嬉しかった。もう二度と会えないはずだったのに。
もう、悔いなどない。このまま俺がこの世界で生を終えようとそれでも構わない。
________などと、
以前の俺ならそんな事を思っていたのだろう。
実に自分勝手だ、第一俺はここへ自分の願いを叶えに来たわけじゃあない。
(さて、本当の所帰れるかどうかは不明だが今は自身の成す事を行わなければ)
そうして俺はその一歩を踏み出した。
「来ないで!」
朝倉が一歩踏み出したその時、間髪居れず私は彼に拒絶の言葉を始めて発した。
「え?」
彼も、まさかそんな言葉をかけられるとは思わなかったらしく驚きの表情を隠せずその場に固まった。それはそうだろう。
朝倉本人はこの一ヶ月を誰に助けを求めるわけでもなく、たった独りで、苦しみ、悩み抜き、決死の覚悟でこの場所へ来たのだから。
そんな事は百も承知で私は彼をどうしても受け入れられない。
「ど、どういう事だよ、香澄!」
再度、自身の名前を呼ばれる。そこで確信する。
本当に目の前のこの馬鹿は伊達や酔狂ではなく自分の意思でこの先、自分がどうなるかも覚悟の上でここに来たということを。
(そっか、本当に・・・)
一つ深呼吸をする。
感情に流されてはいけない。
心の乱れを瞬時に落ち着かせ冷静を保つ。
「そう、私の事を思い出してしまったようね」
あくまで冷たい口調で言い放つ。
「え?お前、それどういうことだよ」
朝倉から戸惑いの色が消えた。真剣そのものな眼が私を捕らえる。
「何で俺がオマエの事を忘れていた事を知ってるんだよ!」
「・・・私がそう望んだから」
「え?」
彼の表情から血の気が引いていくのが目に取れる。その表情から出来るだけ目を背ける。
躊躇してはならない。
続けなければ、この先をきっちりと伝えなければ。
「私が消えたあの日から私はここでずっとアンタの事を見ていたのよ、この一ヶ月間のアンタの情けない姿をね」
そう、私はこの場所で朝倉の今までをずっと見てきた。いや正確には‘彼を感じていた’といった方が正しいかもしれない。
彼の姿を目に映していたわけではなく、彼の置かれている状況や想いなど、私が望まずとも流れ込んできたのだ。
「・・・・・・」
無言で目の前に居る大馬鹿者を見据える。
(さて)
一つ深呼吸をして私は覚悟を決めた。そうして、さっきからの躊躇は微塵も無くなった。
「アンタ、頭おかしいんじゃないの?毎晩、毎晩、馬鹿の一つ覚えみたいに夜の学校に忍び込んでさ、その挙句に体調壊して。
沢山の人に迷惑かけて、ホント最低ね。しかも理由が何?『私にもう一度会いたかったからですって?』
冗談やめてよね、あーやだやだ、勘違いもいい所ね。こんな事ならあの夜に‘あんな真似’するんじゃなかったわ!」
まるでしゃべる事だけしか出来ない機械人形のように、私はまくし立て行く。
「あ、図書室での出来事が勘違いの原因?ならここでハッキリさせてあげる。私はね誰にだってあんな真似をする女なのよ!!
肉体失ってからはご無沙汰だったからね、傍に居る男だったら誰でも良かったのよ。
だからアンタに特別な感情なんてこれっっっっぽっちも抱いていないの」
朝倉は今どんな顔をしてるだろう、顔を背けているからよく解らないがきっと酷い顔をしているかもしれない。
「見てるコッチが腹立ってきてね、私が原因なら私の記憶をアイツから消せばいいと思ってそうお願いしたのよ、‘あの桜の木’にね。
便利なもんよね、こっち側の願いも叶えられちゃうなんて。それだけ私の願いが純粋な願いだったからかな?ハハハッ、傑作ね。
それを願ったのはつい最近だったような気がするわね、あんた達の世界だと昨日か一昨日?そんな事どっちでもいいんだけどね」
今、話している事は私の‘半分の嘘’で‘半分は真実’。これで彼が自分の世界に戻ってくれるのならそれで、めでたしめでたしだ。
「ハア、ハア、ハア」
「・・・・・・」
随分と興奮してしゃべり続けたので胸の動悸が激しい。
ふう、と大きく息を吸って彼の顔を見る。
彼は無言で私の事を見据えている。
その顔にある感情はなんだろうか?
彼自身の期待が裏切られた事による憤怒か。
それとも気持ち(心)を壊された事による悲嘆か。
何でかな、よくわかんないや。
何にしても、ちゃんと私の言葉で伝えなければ。決定的な言葉での拒絶を行わなければ決着が付かない。
彼にとって
もちろん私にとっても
「どうしてか解んないけどアンタは私の事思い出しちゃってここまで来ちゃったらしいけどね、アンタなんかお呼びじゃないわ!
解ったら速く私の前から消えて、目障りなのよ。私はアンタなんかね・・・」
「・・・・・・」
罵倒するも彼がその場から動く気配は無いようだ。
(ホント、何処までも鈍いわね)
ならこの先も言わないと、そうじゃなきゃ救われないんだ。
「私はアンタなんか・・・」
その言葉を伝えないといけない。それが彼をここまでつれてきてしまった私の役目。彼を救える唯一つの方法。
「アンタなんか・・・」
‘好きじゃない’その一言がどうして口に出来ないのだろう。
言わなくちゃいけないのに。そうしないとダメなのに!!
私は決めた筈だ、この場所でずっとアイツを見て。自分勝手な願いのせいでアイツがあんなになっちゃったのは紛れもなく私の罪だ。
罪ならば私は償い、裁かれなくてはならない。それが最善、自分で決めた事だ。
ならば告げなくては、決定的な拒絶の言葉を。
「アンタの事なんか、好きじゃっ!!」
(え?)
どうしてか、その言葉を言い終わる直前に思い出したくも無い記憶が頭の中で蘇ってきた。
それは夜の学校、忘れもしないあの記憶。
自分が幽霊とは気付かずにずっとその場所で妹を探していた。
夜の学校は昼の喧騒とは180°間逆で、真っ暗で怖いくらい静かで。
怖かった、心細くて死にそうだった。そのときの私はその恐怖に震えていて今にも涙を流してしまいそうだった。
でも声を出して泣いたとしても、誰も私の事を見つけ出してくれないと思うとそれが本当に辛くて悲しかった。
そんな時にアイツは現れたのだ。
そのときの私はとにかく自分以外の人に出会えたことでとにかく安心したのだ。
そして私は彼に最初の言葉をかける、つもりだったのだが・・・
『うぎゃああああああああっ!!出たあああ!!』
と、私を見た瞬間にアイツは絶叫し私も絶叫しちゃったのだ。それが彼との出会い。全く持って雰囲気もクソもないような出会い方だった。
そのときの彼はまさか私が恐怖に泣き出す寸前だったなど終ぞ知らなかった事だろう。
出会い方はアレだったがアイツは優しい奴だった。私の話を笑いもせずに最後まで真剣に聞いてくれて、慰めてくれもした。
嬉しかった。本当に嬉しかった。
出会っても間もないような人間に、心を開いて私を受け入れてくれた。その時点で私の心は奪われていたのだろうと思う。
恋をするのに時間など必要ないと言うことをそこではじめて知った。
そうして別れの時、私は自分が幽霊で死人だと言う事を思い出して自分の未練も果たし地上から分かれるその時に願ってしまっていたのだ。
朝倉ともっと一緒にいたかった
デートの約束だってした
恋人同士みたいにキスだってしたかった
残酷にもそれは私にとっての初めての初恋だった。好きな人が出来たのにこのまま別れてしまう事が悲しすぎた。
だから私は天に昇る直前に願ってしまったのだ。
『朝倉にもう一度だけ会って‘好きだ’と伝えたい、と』
「わ、私は」
気がつけば涙を流していた。今ではなくさっきからずっと。
瞳に溜まり続けた雫が限界を迎え、その一滴が顔を伝った事で始めて私はソレに気がついた。
「あ」
それで私の意志は意図も簡単に崩壊した。
決死の覚悟で彼を拒絶すると決めたのに、その意思が壊れるときはほんの一瞬でしかなかった。
堪を切ったかのように涙が滂沱と溢れ出してくる。
「あ、ああっ!」
言えるはずなかった。何故なら私はまだこんなにもアイツの事を愛している。その思いは死してなお消える事はない。
どうして私は死んでしまったのだろう、どうして私はアイツと出会ってしまったんだろう。
胸が痛い。
悲しみで引きちぎれそうだ。
こんな思いをするくらいならどうしてあの晩、アイツと出会ってしまったのだろう。
「こんなの・・・残酷すぎるよぉ」
あふれ出る涙は止まることを知らず私の頬を伝っていく。
止まらない・・・
瞳から流れる涙は私が今まで貯めてきた悲しみを吐き出すように、唯、唯、流れ続ける。
どんなに罵倒されても
どんなに酷い言葉を浴びせられても
それらが自分の求めていた言葉では無かったとしても
俺が彼女に不信感を覚える事は終ぞ無かった。
どうしてそんな事が思えよう、
思えばこうして再開してから、いや、あの夜からずっと俺には香澄が酷く儚く、寂しそうに何か我慢している見えていた。
アイツはずっとここに一人で居た。俺と違って誰かが傍に居てくれたわけじゃない。だからアイツは我慢しきれなくなって泣いているんだ。
彼女のその悲しみを、俺も香澄と同じように彼女の事を感じていたのだ。
ずっとこの場所で悲観してきた彼女。
ずっとこの場所で涙を流し続けていた彼女。
夢で見た光景はこの場所で涙を流し続けていた香澄だったのだ。
(ならば俺のすべき事はもう決まっている)
その為にココに来たのだ。
決意を決めて俺は香澄の元へ一歩、また一歩と近づいていく。
「だめ!来ないで!!」
香澄は泣きながら懇願する。でもその言葉は聞けない、聞くわけには行かない。それに
(もう時間もあまり無いようだ)
自分の体が嘘みたいに重く、一歩踏み出すだけで相当の負荷が体中にかかる。
その異変は体だけじゃない、俺の意識も気を抜くと直ぐにでも事切れてしまいそうだ。
(たとえ夢でつながる事ができたとしても、長い時間、生者が滞在できる場所じゃないって事か)
それは一歩進むたびに体を蝕んでいく病魔のようで、生きたまま三途の川を渡っているかのような感覚。
普通ならばここで引き返すのが最善だ。
だがそれは出来ない。何故ならここで俺が引き返してしまっては俺の願いが叶えられないからだ。
「!!朝倉、アンタまさかっ!」
ああ、まずいな。俺の異変に香澄も気付いてしまったようだ。
「もういい!!もういいよ、朝倉!!アンタ死んじゃうよ!!」
目が霞んできた、もうほんの数メートル先も視界に映らない。それでも前進を止めるわけには行かない。
一歩、また一歩と身を削りながら俺は彼女の元へ歩いていく。
「――――っ!!―――――――――!!!!!」
一歩、進むごとに俺の背中には容赦の無い死の恐怖が迫ってくる。
もう香澄のロクに聞こえない。人間としての機能がどんどん制限されていくのがわかる。
心臓の鼓動も弱々しく、今にも倒れそうなくらいに頭がガンガン痛い。更に意識も半分は無いに等しい。
「それでも・・・」
叶えたい願いがあった。
自分の何を犠牲にしても叶えなくてはならない願いが出来たのだ。
「香澄・・・」
俺にはわかる、目も耳も潰れても彼女を感じる事ができる。
そうして俺は最後の一歩を踏み出し
「っ!!」
__________ああ、ようやく届いた
香澄の小さな体を抱きしめて、その温もりを二度と離さないようにに強く力を込めた。
どんなに求めただろう
どんなに願っただろう
地上で願い続けていた、
こうしてまた出会いたいと
「香澄」
ボロボロの体に成りながらもこうして抱きしめられる事、触れ合える距離で名前を呼べる事が本当に嬉しかった。
「ダ、メだよ、離して」
「嫌だ」
「ダメだよぉ、こんな事されたら私・・・」
香澄はまだ戸惑っている、それもそうだ。自分のせいで目の前の人間の命を奪ってしまうかもしれないのだ。現に今の俺は結構、一杯一杯だし。
それでも俺はこの手を離すわけには行かない。俺の本当の願いを叶えるために。
「私、朝倉の事諦められないよぉ」
「・・・・・・」
そう言って香澄は拒絶するように俺の胸を押したが、その力は余りにも小さい。
ここまで来て、なおコイツは強情で相変わらず素直じゃないなあと内心、苦笑するも抱きとめてやれる近さにいて本当に嬉しかった。
「私・・・私はもう一度アンタに・・・」
「解かってる」
「え?」
「解かってる、俺もオマエにもう一度会いたかったんだ」
「あ、朝倉」
「そして、‘好きだ’って伝えたかったんだ。俺もオマエと同じにそう願ってしまったんだ」
「っ!!」
「でもな、それよりも大事な願いが出来ちまったんだよ」
香澄の顔を改めて見据える。よかった、まだ完璧に視力が失われている訳じゃないみたいだ。
未だに涙を流しながらキョトンとした顔で俺の事を見上げている。
「俺はな香澄、ただ‘オマエを笑って欲しかったんだ’」
「え?」
それが俺の願い。唯、目の前で泣いている少女を掘っとけ無いという一心で俺は再び香澄の記憶を取り戻したのだ。
それは俺がずっと昔から自分自身の中にあった信念。今思えば音夢もさくらも同じように守ってきた。
それは本当に昔から芽生えてきて、今はこうして俺を支える大きな柱になっている事を、さくらが教えてくれたのだ。
「香澄、もう泣かないでくれよ。俺は自分が好きになった女に泣かれるのが堪らなく辛いんだ」
「それって・・・?」
「香澄、オマエが好きだ!!この世の誰よりも大好きだ!!オマエも俺と同じ思いならそれを言葉にして俺にも聞かせてくれ!!!」
「あ・・・」
香澄の顔から悲しみの色が消え、悲しみの涙は喜びの涙に変わり香澄は自分と朝倉との間にある距離を自ら埋めた。
「私も朝倉が好きっ!!!大好き!!!一人で寂しかった、泣きたいくらいに悲しかった!!!他の誰よりも、ずっと朝倉を求めてた!!」
香澄も朝倉を抱きしめ朝倉も香澄をいっそう強く抱いた。その互いの想いが波紋のように体中を駆け巡っていく。
忘れない、絶対に今日この瞬間を。互いを求め合い思いを通じ合わせたこの日を、二人は言葉にせずともそう願った。
やがて香澄は顔を上げて俺の顔を見つめる。その瞳に溜まった涙は悲しみに暮れたものではなく、愛する人に出会えた喜びの涙で、その涙がキラリと光り彼女の頬を伝っていく様を星の煌きよりも美しいと朝倉は感じた。
「約束してくれ、もう悲しまないと」
そう呟くと二人はそっと瞳を閉じ導かれるようにくつづけを交わした。
それはあの晩にした紛い物のキスではなく、互いを感じあえる恋人同士の‘ホンモノのキス’。
二人は互いを忘れぬように長く、唇を合わせた。
長く、
本当に長く・・・
それは一種の奇跡のような光景だった。
二度と会えないはずだったの両者が互いに同じ心で求め合い、ついぞ再開を果たすと言う夢物語。
絶対的に遠く離れている。
再開など絶望的。
だが二人は再びめぐり合えた。
残念な事に事二人の恋路はここで終わりだ。しかし、そのような事二人は承知している。
触れ合えた時間は僅かでも、その僅かな間に全てが詰まっていた。
それが感じあえればもう何もいらない。
長い時間、展開され続けた世界が終ぞ崩壊していく。
カラカラと、音を立てながら・・・
―――ねえ、朝倉―――
小麦色の世界が崩壊していく中で、彼女が彼を呼ぶ。
その微笑を、その暖かさを彼は自らの五感全てで感じていた。
失いたくない、離れたくない、と心では思いながらも平然としたフリで彼女の声に答える。
―――ん?なんだ?―――
―――最後にさ、私と約束してくれない?―――
その尊く暖かい笑みを、無垢な祈りを、俺はこの先、永遠に忘れない。きっと何時までもこの記憶は美しいものとして、この心に残り続ける事だろう。
―――ああ、どんな―――
―――えっと、それはね・・・
エピローグに続く
スズランさんの後書き
どうも霞月です。皆様のお陰でようやくこの作品もこうして完成を迎えることが出来ました。
これは二度と会えないと解かりながらも、‘もう一度再開を果たしともに願いを叶える’という夢物語です。
交わせた言葉は少なく、ともに居られた時間も僅か、それでも彼らにはその瞬間に全てがあった。
流星の瞬きのごとく短き彼らの恋物語でしたが、その中で何年分もの幸せを彼は彼女に送れた事でしょう。
この小説を書き終えられたことを本当に嬉しく思います。
思えばここまで来るのに二年もかかりました。長くもあり短くもあり、また完結してしまった事に寂しさを感じています。
こんな下手文に付き合ってくださった皆様、心より感謝を。
さてここで、話は変わりますが。この話のエピローグだけど・・・必要?必要なら・・・うん書かなきゃダメ?
いやね、一応構想はしてあるんだけど面倒・・・・
いやあ、不可解な部分たくさんあるけどソコのところとかも書かなきゃ・・・だめかなあ?