D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜 作者 スズラン〜幸福の再来〜
キャスト
主人公 朝倉 純一
メインヒロイン 霧羽 香澄
サブキャラ
名無しの少女
芳乃 さくら
霧羽 明日美
霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜
第21話運命の夜The night of forthcoming chaos(前編)(It is 1st until a deadline)
____ゆらゆら
奇妙な浮遊感、
吐き気がする、
____ふよふよ
目の前で無数の‘何か’が、形や色を変え自分と同じように浮遊している、
何かは解らない
俺の視界にはその無数の‘何か’しか映らない
____しばしば
自分の意識が定まらない、
何も考えられない
____さらさら
何かが音を立てている、
何だろうか、
____解らない
何が解らないのかが解らない。
指一つ動かせない体、
閉ざされた視界、
ぽっかりと空洞が出来てしまった心、
それが今の俺の居る世界、
今の俺の全て、
自分が何を求め、
何を失ったのか、
何を手に入れようとしていたのか、
解らない
解らないんだ
それを覚えていたような気もするし、一から俺の中に存在しなかったものなのかも・・・
こんな支離滅裂な世界で、自分さえも支離滅裂な状態で唯一つ確かな事。それは己に宿ったこの感情。
自分が一体何を忘却してしまったのか
それを思い出せないことが何より‘悲しい’。
◇
4/14
AM10:00
「記憶の忘却?」
「正確には一部のね」
僕たちはお兄ちゃんの寝ている別室のすぐ隣にある部屋でいつものように朝ごはんを食べた後、縁側に出て話をしていた。
話の内容はもちろん昨日のお兄ちゃんの奇怪な行動についてと、その真意だ。
「さくらちゃん、大丈夫?」
僕自身、体調は良くなく時々眩暈を起こすくらい不調だがその話を聞かないわけには行かなかった。
続けてと話を催促した、お嬢ちゃんはちょっと心配そうに顔を打つ受けた後、話を再開させた。
「発端は純一君は病院に運ばれた日、その倒れたときに彼に何かが起こったんだ。
それが何なのかは解らないけど、多分それは外的要因ではなく彼自身が起こしてしまった事だと思う」
確証はないけどね、と彼女は付け足して言った。
「それが、その記憶の忘却に繋がったの?」
「うん、間違いない」
「それで、お兄ちゃんの失った記憶って言うのは・・・」
「霧羽香澄に関する事すべて。彼女の名前、顔、声、思い出、彼女が関与している全ての記憶が多分全て」
「・・・・・・」
正直なんと言葉を返してよいのか解らなかった。それはあまりにも酷だと僕は解っていたから。
忘却
それはなんと残酷な話だろうか。何も残っていないのだ、何も残っていなくては思い出すことも思いを馳せる事も出来ない。
そもそも何を忘れてしまったのかすら解っていないのかもしれない。
かつて精一杯、愛した人を。
「だが、朝倉には解っていたんろう。自分が忘却したものの大切さに、だから…」
だからあんなに取り乱したのだろう。その姿がまぶたの裏で蘇る。
その時のお兄ちゃんの顔がなんと悲しそうで、戸惑っていて…
「・・・・・・」
僕は無言でお兄ちゃんが隣で寝ているであろう部屋に目を向けた。お兄ちゃんはアレから静かに眠っている。
もう一度目覚める事があるかは解らない。そもそも、意識を一度でも取り戻したことが出鱈目なようにも思えた。
本来なら病院に居なくてはならない筈なのに。
「でも、霧羽香澄の事を忘れているのなら、これ以上、境界との‘歪み’は深くならないのかな?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は何も答えなかった。確かにお兄ちゃんのほうが彼女の記憶を忘却しているのなら彼女を想う事は出来ない。
この前の話が本当なら、現世とあの世の境界はお兄ちゃんと霧羽香澄の惹かれあう想いが引き起こしているのなら、
お兄ちゃんの想いが途切れるのなら・・・
でもそれは希望的観測なのかもしれない。自体はもうそんな事で収集がつかない所まで来ているのかもしれない。
「たとえ…」
重々しい口調でアルキメデスは口を開いた。
「たとえ、それが本当で歪みが無くなったとしても・・・既に犠牲は出てしまっているのかも知れん」
「え?それって、どう」
どういう事?と聞こうとしてハッとなった。
犠牲、アルキメデスの指すその言葉はお兄ちゃんに当てはまるのだ。それはつまりお兄ちゃんがもう目覚めないと言う事なのかもしれない。
覚悟をしていなかった訳ではない。それでももし本当にそんな事になったらと考えると胸を抉られるようだった。
「っ!?」
僕はたまらずお兄ちゃんの居る部屋に行こうと縁側から立ち上がった。
「え?」
プツリ、と糸が切れたように僕の体は床へ落下した。同時に視界が唐突に歪みだした。
「遂に限界が来たようだな」
自分の真上からそんな声が聞こえた。見上げるといつの間にかお嬢ちゃんがアルキメデスを抱いて僕の事を見下ろしていた。
「うん、さくらちゃん、純一君が倒れてからろくに眠っていなかったから。それにもう余裕も無かったみたいだしね」
「何と強靭な精神力を持つ少女か」
「それだけ優しいんだよ、その代わりに誰よりも傷ついて損な生き方をしてきたんだね。ほんの僅かだったけど一緒に居たボクにはわかるよ」
二人が何か言っている、ダメだ。もう意識が・・・
フッっと、優しい感触が頬を撫でていく。その温もりは悲しいくらいに冷たくてそれでも優しさに満ちていた。
・・・・・・
・・・・・・
「お嬢、このままでは」
「うん、残念だけど・・・」
「お嬢・・・」
「・・・わかってるよ」
「お嬢、コレは定められた事です。お嬢が気に病む事はないのです、今まで何年も言ってきたはずです。誰かがやらなければならぬ事なのです」
「・・・・・・」
「この朝倉と言う男の魂も運ぶやもわかりませぬ、覚悟だけはしておいてくだされ」
「・・・・・・」
「やはり、今回も人間と関わるべきでは・・・」
「そんな事言わないで!!!」
赤い目の死神は涙交じりの声で叫んだ。
少女にとっては彼女は正真正銘の自分を受け入れてくれた友達だった。
そう信じていた、だからこそ彼女を更に、しかも他でもない自分が傷つけてしまう事はあまりにも居た堪れない。
「・・・そうですな」
少女にもぬいぐるみの言っている事は百も承知だった。だが、希望を捨てずには居られなかったのだ。
死神が持つべきではない馬鹿な希望。
それは・・・
「では行きますか」
「うん」
そして彼らはその敷居を跨ぐ事は二度と無かった。
悲しくも葬られるであろう犠牲は二つ、
一つは未だ眠り続ける少年の忘却した記憶と、境界に触れ続けてしまった代償。
二つ目は未だ死者の門を超えず、境界で二度と出会えぬ人を待ち続けた彼女の想い。
時間は刻一刻と運命の日に近づいていく・・・
◇
「う、ヒック、えぐっ」
声が聞こえた。
それは誰かが鳴いている声。
「ううう、あ、ああっ」
それは誰の声だったか、今の俺には思い出すことも出来ない。
それでも混沌に満ちたこの世界で唯一つ聞き取れる音、
「うっく、うあっ、あう」
そして唯一つ明確な想いがそこにはあった。
‘彼女’は自分と同じように悲しみの中に居る。
それはどうしようもないくらいに悲痛な。
その痛みに耐え切れず彼女は涙を流している。
姿さえ見えないが、その泣いている彼女は自分と似ているように思えたのは何故だろう。
「あああああああああっ、あああああああ」
子供のように泣きじゃくる彼女
(ああ、どうしてだろう)
彼女の声に聞き覚えないのに、自分の心はこんなにも締め付けられている。
こんなにも痛みを覚えている。
どうしてだろう。
「うああああああああああ、ああああああああああ」
(どうか・・・)
どうか泣かないで欲しい。声の主に笑って欲しかった。胸のうちから洪水のように想いがこみ上げてくる。
彼女を救いたいと。
(・・・そうだ)
俺が救うんだ!!
他の誰でもない彼女を俺が。
こんな支離滅裂な世界で浮遊している暇などない。どうしてそんな事を思ったのか、そんなことは知らない。唯、今自分が何をするべきなのかはハッキリしていた。
ガチン、と自身の胸に激鉄が打たれ炎が灯った。
(目覚めなくては)
この体、この心がどうなろうと知った事か。
かつて俺は彼女に‘もう一度出会いたい’と強く思っていたはずだ!
ならばそれを成すには今だ!!
そうして、朝倉純一は目覚めた。自身が犠牲になることも厭わない。唯、たった一人の名前も顔も思い出せない少女の為に、彼は目覚めた。
続く
スズランさんの後書き
急増で原稿を書きました。今回は一番酷い文章だなあ...
とにかく完結させたいのです。後がつかえていますので。