D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜 作者 スズラン〜幸福の再来〜
キャスト
主人公 朝倉 純一
メインヒロイン 霧羽 香澄
サブキャラ
名無しの少女
芳乃 さくら
霧羽 明日美
霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜
第20話拒絶〜Rejection〜(It is 2nd until a deadline)
4月13日
AM12:30
どの位の時間が過ぎたのだろう?
もう時間の感覚さえよく解らない位にボクは疲れきっていた。
お兄ちゃんはあの後、すぐに波が引くように大人しくなり再び深い眠りについてしまった。
さっきのお兄ちゃんの奇怪な行動についてお嬢ちゃんとアルキメデスに詰め寄ろうとしたけれど、
今日のところはボクも疲れているということで明日話すという事で話がまとまった。
客間はお兄ちゃんが寝ているので別室でボク達は就寝することにし、ボクとお嬢ちゃんは今二人で互いに自分の布団を用意している。
(ああ、何か頭がボーっとするな)
流石にこの数日間の疲れが出てきたのか妙にフラフラと奇妙な浮遊感が襲ってくる。
実のところ’あの夜’の出来事に続き、お兄ちゃんの突然の体調不良と気が休まる時などなかった。
何かこう、つね平衡感覚が狂っているような感覚がする。
「さくらちゃん、大丈夫?」
そんなボクを見ながら逐一、お嬢ちゃんは心配してくれる。今はその心遣いがとても嬉しい。
「にゃはは、流石に今回ばかりはちょっとキツイかな」
「ここの所殆どあの男に付きっ切りだったからな、体が悲鳴も上げるのも当然だろう。いやそれよりおぬしの場合は体より心が、だな」
「・・・うん、そうだね」
アルキメデスの言葉に頷き、お兄ちゃんが居るであろう客間の方にボーっと視線を向けた。
(お兄ちゃん・・・)
事実、ボクは心身共に疲れきっていた。
体の疲労だけならまだ我慢は出来ようが、アルキメデスの言う通り心の消耗はそうもいかない。
ここの所色々とありすぎた。そのトドメと言わんばかりにさっきのお兄ちゃんの狂乱ときたものだ。
本当はお兄ちゃんが心配で仕方ない、今すぐにでも傍によって安心させたい。
しかし、ボクにはその役目はふさわしくないようだ。
何て腹立たしいのだろう・・・ボクはお兄ちゃんに今一番近い存在なのに彼の苦しみを癒してあげることも出来ないなんて。
今、ボクには何が出来るのだろう?何をしなくてはならないのだろう?考えることが多すぎる。
お兄ちゃんのこと
この島のこと
そして・・・
「ちょ、ちょっと、さくらちゃん!」
「えっ?」
ハッなって辺りを見回した。いけない、またボーっとしていたらしい。
「にゃはは、ゴメンねお嬢ちゃん、何か用?」
何事も無いように振舞おうとするボクの様子を見てお嬢ちゃんは心配そうな眼を浮かべボクの手を握った。
「駄目だよ、変に考え事しちゃ。今のさくらちゃんは心も体も疲れきっている。
特に心がね、人間の心は体よりも強く出来ているけれど限界はあるんだよ?」
「・・・でも」
思考を止めてはいけない
ボクが何とかしなくちゃいけないんだ。
何とか・・・
「いいの、今は何も考えなくて。さくらちゃんは心を休めることを考えて、ね?」
お嬢ちゃんはボクをあやす様な口ぶりでそっと、ボクを布団の中へと導いていく。
何か変な感覚だ、いつもはボクがお姉ちゃんなのにこれじゃあ・・・
そうこう思っているうちにボクは綺麗に布団に包まれていて、お嬢ちゃんはボクの枕元でボクの頭をやさしく撫でてくれていた。
「とりあえず寝よう?まずはそこからだよ、ね?」
「・・・ボクは」
「いいから」
その声に、そのやさしい手の感触に揺られながら眠りへと落ちていった。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
______夢を見ている。
______これは何の夢だったか?
______これはつい最近の夢だ
______ある晩にボクはお嬢ちゃんと散歩に行って
______さくらの木の下で話をした夢
______それは大切な話で
______ボクは覚悟を決めてその話を聞いたんだ
______その話の後に
______ボクは・・・
____________ 11days ago___________
四月二日
PM 11:56
「ウム、全てを話そう。霧羽香澄の事件から今起こってしまっている事態の全てを、そしてこの先に起こる出来事を」
アルキメデスは何時もに増して真剣な声で呟いた。
その声にボクは無言でうなづく。
覚悟は決まっていた。全てを知る覚悟を。全てを知った上でボクはボクの出来る事をする。それはこの島の為だけでなくボク自身の願いの為に!
「さっきのボクの話で‘全てが繋がった’って、言ったけどそれってどういうこと?」
「言葉通りの意味だ。朝倉純一の不調の原因、お嬢と我輩が再びこの島に来訪しなければならなかった事、それとこの島の僅かな異変もな」
「・・・そっか、この島の異変のことまで知ってたんだね。まあコレは正確にはこの枯れない桜の異変なんだけどね」
「何?」
「この桜はボクの半身のようなものであり、魔法使いだったおばあちゃんの形見なんだ。
おばあちゃんがボクの為に、この島の人たちの為に作ったやさしい願いで出来た大きなゆりかご。
でも人っていうのは何時までもゆりかごの中に居る訳にはいかない。いつかはそのかごから自力で出て、一人で歩いていかないといけない。
ボクはね、ボクの想いに決着が付いたらこの桜を枯らそうと決めて初音島に帰ってきたんだけど、
ちょっとグズグズしすぎちゃったせいで最近なんかおかしいんだよ」
そう、以前にこの場所に訪れたときは妙な悪寒とともにこの桜の木から血のような花びらがヒラリ、と落ちてきた。
多分この問題はボク自身の問題で今回の件とはさほど関係は・・・
「ちょっと待って、さくらちゃん!それは違う、この桜の木はそんな理由でおかしくなっているんじゃない!!」
「え?」
一瞬、お嬢ちゃんが何を言ったのか解らなくなった。「そんな理由でおかしくなったんじゃない?」そんな馬鹿な。
「デタラメ言わないでよ、この桜のことならお嬢ちゃんより私のほが・・・」
「違うんだよ、さくらちゃん」
「違うって、何が?」
「今のこの桜の木は‘やさしい願いで出来たゆりかご’なんかじゃない、アレは・・・」
「やめてよっ!!!!」
「!?」
気がつけば自分でもビックリするくらいの大声を張り上げていた。
そんなこと何か気にしない、ボクは胸の中に生まれた激情を留める事無く吐き出した。否、そうしようとしたが。
「いいから、話を聞け!!ここからの話が重要なのだ!!」
ボクが激情をぶちまける前にアルキメデスがボクを一括した。
その迫力にボクはついさっき生まれた感情は急激に冷めていった。
「お嬢、やはりこれは・・・」
「うん、間違いないみたい」
「むう、何ともこれはまた・・・」
二人は何やらボソボソとよく解らない話をしている。
一括されたボクはというと何をするでもなくその余韻の中で唯ボーっとその二人の様を見つめていた。
正直、納得なんか出来るわけがない。お婆ちゃんの桜をどんな形であれ否定されたのだから。
ボクは昔から自分以外の誰かが、否定されることに感情をあらわにする子供だった。
だから今もこうして感情を爆発させそうになってしまったのだが。
二人は会話が終わったのかボクのほうに改めて向き直った。
「さくらちゃん、これから話すことはちょっと信じられない話かもしれないけど、どうか信じて欲しい」
「結論だけなら前々からなんとなく組みあがっていたのだが、ようやくそれが確信になった。正直、あまり言い話ではないが構わんか?」
「何を今更、ボクはもう覚悟を決めた筈だけど?」
そう言って、再びボクは二人の目を正面から見据えた。
もう覚悟なんてとっくに出来ているのだ、さあ真相とやらを聞いてやろうじゃないか、どんな話しであれボクは受け入れてみせる。
たとえこの桜がお嬢ちゃんが言うような物であっても。
「お嬢」
「うん」
そんなボクの姿をみて納得したのか二人は互いに頷きあってボクがそうするように、彼らもボクの事を真剣な眼で見た。
「じゃあ、この桜の木、いやこの‘初音島の異変’の話から始めるよ」
(え?)
‘初音島の異変?’どういう事?おかしいのはこのおばあちゃんの桜のことじゃ。
ボクのそんな疑問をよそにお嬢ちゃんは淡々と話し始めた。
「まずボクの生業の事はもうアルキメデスから聞いてるよね?ボクは死神、命を奪うのではなく運ぶモノ。
現世の魂は現世には留まれない、留まってはいけないんだ。だからボク達死神が魂を黄泉の国、つまりあの世へ送らなくてはいけない。
厳密にはボクがすることはその魂をあの世の一歩手前にある‘トビラ’の前まで持っていく事。
死神だって不完全ながら生きている存在だからね、その‘トビラ’の中までは行けないんだ。
本来、死神は死後にあの世へ何らかの理由で運ばれなかった魂がなってしまう存在。
その存在は希薄でとても危ういものなんだ。だからこそ‘トビラ’の前まで魂を運べるんだけどね。
重要なのはここから、この世界には生者が生きる「現世」と死者の霊魂が運ばれる死者の世界である「あの世」と二つの世界が存在する。
‘普通の人’にとってはね。でもボク達死神は違う。ボク達には「現世」と「あの世」の他に、その二つを繋ぐ‘境界’という世界があるんだ。
世界とは大げさに言っているけどその‘境界’という場所は実際、謎が多くて死神であるボクでもよく解らない世界なんだ。
それは生者も死者も留まれない場所で、魂が不完全な死神だけが存在することを許される場所。
同時に正者と死者を繋ぐ唯一つのホットラインとも言えるね。
その‘境界’という場所はボク達死神でも安易に行き来できる場所じゃない。
魂を運ぶと言う責務を果たすときのみにその道は開かれるのだよ。
だから魂にとっては当然それは一方通行な訳で、死者が現世に蘇らないように
「あの世」から「現世」にそのホットラインを通じて来ると言うことは本来ありえない筈なんだけど・・・
今回のケースではそれが実際に起こってしまった。そう、今回の霧羽香澄がそのケース。
彼女は本来3年前の3月15日に死亡していて彼女の魂もちゃんと「あの世」に運ばれた筈なのだけど・・・」
「それは・・・この桜のせいなのかな?」
「うん、でもそれも仮定の一つでしかないんだ。
多分、霧羽香澄の死ぬ直前の「どうか妹だけは」っていう願いが派生したものなんだと思う。
実際、霧羽香澄の妹さんは存命できたけれど、その事実は判らぬまま彼女は死んじゃったからね。
霧羽香澄の願いは妹の安否を知りたいと言うもの。
その願いだけが「あの世」を超えてこの願いの叶う桜に流れ込んじゃったんだと思う。
理由はそれだけじゃない。霧羽香澄が再び現世にやってきた3月15日、この日は丁度、満月だったんだ。
満月の夜って死人が出るとか、犯罪が増えるとかの迷信聞いたこと無い?
それと関係してって訳じゃないんだけど、春の夜空に浮かぶほのかにかすんだ月を‘おぼろ月’って言って、
やわらかい光に照らされた地上のものは、みな朦朧とした感じで目に映り、特に桜がおぼろ月に照らされた姿は、
優雅で柔和、正に幽玄の美しさを放つと言われている。
一見、この‘おぼろ月’は辺りを幻想的に美しく見せるように聞こえるけど実問題、時に人は‘おぼろ月’の月の光に幻想を見ることもあるんだ。
「朧」(オボロ)という名のように、その月の光は時としてハッキリとしない‘朧’な幻影を見せるんだよ。それが満月の時なんてなおさら。
特にこの初音島という場所は普通の土地より霊脈が強い環境にあるんだ。
どういう訳かは解らないけれど。でなければ一度「あの世」へ送られた魂があわや虚像とはいえ肉体を再現して現れるなんてありえない。
霊脈の強い土地、願いを叶える不思議な桜の木、春の‘おぼろ月’、霧羽香澄の願い、これらの事象がそれぞれ繋がりあって、
こともあろうに彼女の命日である3月15日に同時に起こってしまった。幾つモノ偶然が奇跡の用に重なり、「現世」、「あの世」、
そしてその二つをつなぐ「境界」に僅かな‘歪み’を生み出し彼女は誰にも成しえなかった「魂の再現」をやってのけてしまったんだよ」
ボクはお嬢ちゃんの話す事を真剣に聞きいってしまっていた。
にわかに信じがたい話ではある。でもこの話は恐らく全て真実。
根拠は何も無いが、目の前の少女が嘘を付くようにはみえない。
それにボクは今日の出来事がどんな結末を迎えようと、お嬢ちゃんの味方でいると決めた。
だから不思議と自然に彼女の話をすんなり受け入れることが出来た。
「・・・じゃあ、その幾つもの偶然で生まれた‘歪み’のせいで今の状態があるっていうの?」
「いや、それは単なる発端に過ぎないんだ」
「どういうこと?」
ボクが聞き返すと今まで黙っていたアルキメデスが始めて口を開いた。
「‘歪み’が生まれてしまった所までは納得しているな?
仮に、その‘歪み’が原因で今、この島が異変にさらされてるとして、それはまだ朝倉純一の体の不調の原因にはならないのではないか?」
「原因は別にあるの?」
「うむ、左様」
「そしてそれこそが、今回の出来事が起こってしまった最大の要因」
「ちょ、ちょっと、待ってよ!じゃあ原因ってなんなの?その‘歪み’以外にもまた何か問題が起きてたとでもいうの?」
「イヤ、問題はもっと別な部分で起こってしまったのだ。さっきも言ったとおり‘歪み’は発端でしかない」
「話を少し戻すけど霧羽香澄は妹の安否という未練から生まれた願いを媒体にこの現世に再び現れたっていうのはもう解ってるよね?
事実、霧羽香澄が現世に戻ってきて妹の安否を確認できてそれで彼女の未練もなくなったかのように思えた。
実際それだけで済んだなら問題はなかったんだ。そう、彼女が・・・霧羽香澄が朝倉純一に出会いさえしなければ」
「それは・・・」
どういう事?と、聞こうとして自然と口が塞がった。
‘彼女が霧羽香住が朝倉純一に出会いさえしなければ’ボクはその言葉の意味を何故だか即座に理解できた。
「そうか、やはりお主にはお嬢の言わんとしてる事が解ったようだな」
「まさか、彼女は・・・」
「そう、朝倉純一が霧羽香澄に恋をしたと同時に、霧羽香澄もまた朝倉純一に恋をしてしまったんだよ。それが彼女の新たに生まれてしまった願い」
「っ!!」
その事実を言葉で言われたのは今日が初めてだった。
お兄ちゃんは‘彼女’が好き。ボクでなく今はこの世界に存在しない別の女の子に恋をしている。
その事実が胸に突き刺さる、直感では解っていたことだ。
お兄ちゃんがボクじゃない誰かを恋焦がれていると言うことを。
「その互いに共通する無垢な恋愛感情が、その一度起こった歪みを今も大きくしているんだ。
一方はこの世には居ないハズの人に想いを馳せ、もう一方はもう戻ることの出来ない世界への人に想いを馳せ、
そんな互いの残酷なまでに純粋な願いだからこそ今回の事態は起こってしまった」
確かにそれは悲しい話だ。出来ることならお兄ちゃんをそんな出来事から救ってあげたい。他の誰でもないこのボクが。
「待って?じゃあお兄ちゃんの体の不調はどう説明するっていうの?」
「それは、朝倉純一がさくらちゃんと同じ魔法使いの家系の人間で「夢を見る」という能力が原因なんだと思う」
「朝倉純一という男は我々、死神に言わせれば‘規格想定外’な存在なのだ。ヤツは生者にして‘境界’に触れられる人間だ」
「境界って、さっきの‘あの世’と‘この世’の間の世界の?」
「左様、霧羽香澄が‘あの世’から‘この世’へやってきた、つまり‘あの世’から‘この世’へ「パスを通した」ように、
朝倉純一も‘夢’を通じて境界に触れ、今正にパスを通そうとしているのだ」
「‘境界’の世界っていうのはさっきも言ったように、不可解で危うい世界。一瞬、一瞬で世界は形式を変える。
それは地獄のような世界かもしれないし、何も無い真っ白な空間だったり、死者の死への心理描写が世界を作るらしいけどその話も定かじゃない。
でもその‘境界’っていう世界は様々な形を変えることから‘ユメのようなセカイ’と言われている。
ホラ、人の見る夢って支離滅裂でしょ?ソレと同じで‘境界’のあり方も存在も支離滅裂なんだ。
だからって訳じゃないけど‘境界’は『ユメに非て似なるもの』とボクは思っている。
朝倉純一は「夢を見る力」で‘境界’につながってしまったのだと思う。
たとえ意識下だけとはいえ、肉体を持たぬ者が存在できる世界に存在してしまったのでは唯では済まない」
「だから、お兄ちゃんは・・・」
「彼の体は本来人が触れてはいけないものに触れ、蝕まれてしまっている。それは今も少しづつとね。
彼の体が弱るほどに彼は‘境界’に繋がっていく、それは‘歪み’を大きくする原因にもなり、彼が完璧に‘境界’に同化してしまったら最後、
彼の意識はもう肉体には戻らない。朧な意識の中で‘ユメのような境界’を永遠にさ迷い続けることになり、この島も唯では済まない残劇が起こる」
「た、唯では済まない残劇って?」
「最悪‘歪み’が大きくなりすぎて、多くの死者の願い、思念が、この枯れない桜に流れ込む事になるかもしれん。
死者の願いというのは正者の願いより単純で一途だ、だからこそこの桜に流れ込んではその効果は破格だろうな。
その破格な‘負の願い’が溜まりに溜まり、この桜は見境なく唯の願いを実現する最悪の願望機になるだろう」
「タイムリミットは4月15日、次の満月までに何とかしなきゃ、この島は・・・いや理を無くした世界がどうなるか、ボクだって想像できない」
「次の満月には‘歪み’は頂点に達する。その時まで朝倉の体が持っているとは限らん。
おそらくもう一度、朝倉純一が境界に触れてしまったときが最後だ」
「じゃあボクたちは何をすればいいの?」
「さくらちゃんはなんとかこの桜を枯らせる方法を考えて、ボクは・・・最悪の事態になる直前、
つまり朝倉純一がもう一度‘境界’につながった時、にアクションを起こすことになる。最もソレは彼を向こう側に連れて行く為なんだけど」
「っ!?」
動揺を隠せるはずが無かった。お兄ちゃんを連れて行くそれはつまり・・・
「そんな事させない!!!」
その確信が頭に浮かぶ前に口から言葉が飛び出した。お嬢ちゃんもキッ、と目を見開いてボクに叫んだ。
「ボクだって、ボクだってそんなことしたくない!!死ななくて言い人の魂なんて送りたくない!!だから、こうやってお願いしてるんだ!!」
「さくら殿、お嬢の気持ちを組んでやってくれ。
本来、死神が自身の正体を明かすなど禁忌の中の禁忌、そんな禁忌に触れてまでこうしてお主に協力しているのだ。
気持ちはわかる、だが頼むからお嬢のことは恨まないでやってくれ。恨むのならこの我輩を恨んでくれ」
「っ!?」
そんなこと言われて恨めるわけない。
だってこの子達は何も悪いことなどしていてないのだから。
今考えるべきなのはそんな事ではない。
今自分に…芳野さくらに何が出来るかだ。冷静になれ、今ここで感情的になっても何の解決もしない。
今自分がしなくてはならない事を冷静に考えるんだ。
(今、ボクに出来ること)
ボクは目の前にある桜の大樹に目を向けた。枯れない桜の根源たる大樹に…
「・・・・・・」
やらなくてはならない事、そんなことはずっと前からボク自身解っていた。
でもボクはアレコレ言い訳をつけてソレを行うことから逃げていた。
ボクを守ってくれたこの木、時には恨みもした、それでもこの木はボクの事を10年もの歳月を経ても変らずに待っていてくれた。
ザッ___________________
逃げてはいけない。これはボク自身の問題。
ボクは大樹に一歩踏み出す。
未練がないといえば嘘になる。それでもボクはやらなくてはならない。大好きなこの島の、大好きな人たちのために。
「......」
無言で大樹を見上げる。その姿は10年前とちっとも変らない姿で、それが今のボクには何だかとても悲しいものに見えた。
そっと、大樹に触れてみた。
とくん、とくん、と、暖かな鼓動が聞こえる。それは今なおこの島から流れてくる無垢な願いたち。
長年、咲き続けてきた枯れない桜を・・・その無垢な願いを・・・もう解き放たなくてはならない。この島の未来のために
「今までありがとう」
そう言ってボクは大樹に詰まった願いを全て解き放った。
瞬間、大樹の桜の花達は淡い光を放ちだした。数十年分の暖かな願いを、解き放って行く。
それは蛍火のようにあっけなくあっという間に暗闇に消えていった。
そうなるはずだった。
「そ、そんな」
ボク自身、本当に桜を枯らすつもりでやったのに・・・
淡い光の中から沸きでるように、血のような真っ赤な花びらが実を付けていく。。
紅い
垢い
その色は原色の赤には程遠い濁った血の色。
嘘だ、これは夢だとそう思い込みたかった。
でもこの桜から流れてくる想いをボクは誰よりも察知してしまう。
その声が残酷にもボクに冷たい現実を見せた。
この現世とは違う死者の世界からの声が聞こえてくる。
桜は少しずつ、でも確実にその願いを集めながら花びらを紅く染めていく。
ボクを守り続けてきたこの桜は全く違うものになってしまった。
◆
・・・それからどうしただろう、気がついたらお嬢ちゃんの手を借りて帰路を歩いていた。
どういった経緯で今の状況にあるのかよく解らない。
でもとりあえず、自分がどういう状況にあってさっき何があったか思い出すことは出来た。
「ん、気がついたか?」
「大丈夫?さくらちゃん」
「ああ、そっか」
さっきまでは乱れていた心が今はこんなにも冷たく、冷静に、そして何が起こったのか静かにボクは悟った。
その心の冷たさが今目の前の現状その物だった。
「ボクは・・・おばあちゃんのさくらにも見放されちゃったのか」
言葉にしてその重みがズッシリと圧し掛かって来るような気分だ。それでも先ほどのように取り乱す事はしなかった。
いつかはあの桜とボク自身が決別する時が来ると言う、覚悟があったからかもしれない。
「さくらちゃん・・・」
心配そうな瞳でボクを見つめるお嬢ちゃん。
その瞳に今自分が出来る精一杯の笑顔を作りお嬢ちゃんの肩から腕を外して自分の足で立って見せた。
「だ、大丈夫?」
「もう、平気だよ。心配してくれてありがとう」
「でも」
「何時までも甘えてなんていられないよ、これからが大変なんだから。そうでしょ?アルキメデス」
「うむ、まあその通りではあるが・・・お主は平気なのか?」
平気か、と聞かれれば平気な訳ない。今は自分自身の体でさえも重たくて仕方なかった、けれど・・・
「アレ?随分と優しいんだね、アルキメデス」
「むっ」
「さ、さくらちゃん?」
「ボクは大丈夫だよ、あの桜の花はボクがなんとかして見せる。今はお互いを心配しあってる暇も時間も無い、そうなんでしょ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の沈黙がボクの問いを肯定する事を意味していた。そう、時間はあまりにも少ない。
ボクらに残された時間は満月までの数十日、その間にこの島に訪れるかもしれない災いを防がなくてはならない。
そうだ、後ろ向きに考えていても仕方の無い事なんだ。
今は悲しみに打ちのめされるときではなく、災いを防ぐために行動を起こさなくてはならない。
この島の為にも、ボク自身の為にも、そしてお兄ちゃんの為にも。今のボクには空元気でもいいから前向きな心が必要だった。
ボクは勢い良くその場でクルリと回って二人の前に立って見せた。
「さあ、もう今日は帰って寝よう。明日から大変なんだからねっ!」
「あ」
「ぬ」
二人が気の抜けた声を出した。ボクの行動が奇怪にでも見えたのだろうか?
(アレ?)
お嬢ちゃんの様子が少し変だった、彼女は以前に見た冷たい視線でボクを射抜いた。作り笑顔が一瞬で凍りついた。
よく、見てみるとお嬢ちゃんはボクなんか視界に入れていなかった。
その真っ赤な瞳が鏡のようにボクの後ろに立っている人を映したのが見えた。
「!?」
その姿を見てボクは間髪居れずに背後を振り返った。
「・・・・・・・」
そこにいた者が誰だか一瞬判別できなかった。
ともに幼年期を過ごし
離れ離れになっても一日とその顔を忘れた事は無く
今なお思いを馳せるその人の姿はとても自分が認識する『朝倉純一』とはかけ離れた姿でボクの前に立ち尽くしていた。
「・・・・・・」
ボクは絶句して‘彼’の姿を見つめた。
彼にはおかしな点がいくつか見られる。
一つ、彼の目には何も映っていない。
二つ、自分の面影の中の優しい彼の顔が綺麗に‘無くなっている’
三つ、何より彼のかもし出すオーラはこの世のものとは思えなかった
「おにい、ちゃん?」
お兄ちゃんであろう人物はボクの言葉にピクリとも反応せずにボクを素通りして歩いていった。
まともじゃない、すれ違った瞬間にその予感は確信へ変った。
お嬢ちゃんの言うとおり、お兄ちゃんは人でなくなってきている。お兄ちゃんはボクの姿すら眼に移さず何処かへ向かっていた。
「っ!?」
「さくらちゃん!!」
「やめろ!!さくら殿!!」
二人の制止の声も聞かずにボクはお兄ちゃんを追いかけた。
幸いまだ遠くには行っておらず、10メートルほどの場所にお兄ちゃんはいた。
ボクは必死にその背中に向かって走り、お兄ちゃんの腕を取った。
「お兄ちゃん!!!」
「・・・・・・」
お兄ちゃんは何も答えずボクの腕を振りほどいて進んでいく、それでもボクはその腕を取り続けた。
直感でお兄ちゃんをこのまま先へ行かせてはならないと思った。
このまま行かせてしまえばお兄ちゃんがもっと、人ではなくなる気がして・・・
「〜〜〜っ!!!」
お兄ちゃんの腕を両腕で掴んで小さな体の体重を思いっきりかけた。とにかく必死だった。
あの桜の木が無くなってボクにはもうお兄ちゃんしか居なかった、お兄ちゃんだけは、お兄ちゃんだけは、もうそれしかボクにはないんだ。
ブン____
「え?」
不意に体が宙に浮いたような感覚を覚えた。それもつかの間、鋭い衝撃がボクのこめかみ辺りに走り世界が逆転した。
(つめ、たい)
痛いと思う前にレンガ造りの地面の温度の冷たさが酷く印象的だった。そして次第に体中に痛みがやってくる。とてつもない痛みだった。
(あれ?)
気がつけばボクは地面に倒れていて、
地面がとっても冷たくて
体中がとても痛くて
今、自分に何が起こったのかを静かに悟った。
お兄ちゃんに思い切り腕を払われて吹き飛ばされたのだ。重心をかけていたのが仇になったらしい。他でもない、お兄ちゃんに。
芳乃さくらにとって、今の行為を朝倉純一以外にされるとは問題が大きく違った。
彼女は他の誰でもないその朝倉純一に傷つけられたのだ。
彼が無意識になってしまった事とかそういう問題ではなく、その事実は芳乃さくらの心を深く抉った。
「あ、ああ」
いくら他の人間より強靭な心と精神を持つ芳乃さくらも所詮は15歳の子供である。
今の行為を正気で受け入れられるほど彼女は大人ではなかったし、何よりそんな余裕はもう無かった。
彼女の心は傷つけられ、壊された。
ひとたまりも無かった。
一時的とはいえ壊れた心で目の前の現実を直視する事は出来ず、彼女は自らの想い人に背を向けて走り出した。
しばらくして彼女は黒い闇の中へ消えていった。
死神は冷たい瞳で彼を一瞥すると彼女の背中を追うように闇へ消えていった。
彼女を傷つけた少年もまた正気ではなかった。いや正確には‘正気に戻りつつあった’。
「さ、、く、ら?」
誰が知ろう、朝倉純一のこの夜の徘徊こそが彼を‘人から乖離’させている一番の事象であり、‘揺らぎ’を増幅せているという事に。
彼は純粋だった、そして幼かった。
幼く純粋だった故に香澄の死を受け入れる事は出来ても、自身に宿った恋心を枯らす事は受け入れられなかったのだ。
ただあの場所に、あの時間に行けば彼女に会えるかもしれないというありもしない理想だけで起こしたこの徘徊が、
自らの破滅を呼び起こす事になろうとは彼は知るよりも無い。
徘徊を初めた最初の数日のうちは自分の意識は保てただろうが、今になってはこの徘徊も朝倉自身の意識による物ではなくなっている。
すなわち無意識のまま彼は今こうして活動しているのだ。
それほどに彼の意識は‘境界’に支配されてきていた。だがそれは‘夢に近くなる夜の内だけ’のこと。朝を迎えれば‘境界’から意識は戻る。
だが、彼の意識が‘境界’にすべて同化した時、彼はもう朝を迎えることは無いだろう。
「俺は・・・」
悲劇にも彼は今自分が何をしてしまったのかを悟ってしまった。
「俺は・・・アイツを」
六年前、誰よりも大切な存在であったその人を、一度でも傷をつけたこのないその人を傷つけてしまった。
その自負の念は大きく、唯でさえ負担のかかった彼の心に重くのしかかった。
「なんて事、っぐ」
彼の意識が保てたのはそこまでだった。意識は再び境界に侵食され彼の足は自然と夜の学園と向かう。
その瞳からは悲痛の涙を流しながら彼は歩いていく。自らの破滅へ向かって・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
嫌な夢だった。
それはボクが数日前に体験した過去。
多分生まれてきて一番、心に傷を負った日。お兄ちゃんに拒絶された後のボクは乱れに乱れた。
桜の木が姿を変えてしまったショックより、そっちの方がボクにとってはショックでアレから数日間は立ち直れなかった。
無論、その日からお兄ちゃんには合っていない。無論、逢えるはずもなかった。
「ふー」
枕もとの目覚まし時計に目を向ける。
時刻は6時、全く寝た気がしないが二度寝する気分でもなかった。
肌寒さを覚えながら隣で寝ているお嬢ちゃんを起こさないようボクは客間を後にし、大広間に出た。
襖を開けて庭から空を見上げる。
どんよりと分厚い雲が空一面を覆っていた。それはまるで今の自分自身の心境を見ているようであった。
今日で、4月14日。
今夜、日付が変わる時すなわち満月。
(タイムリミットは18時間・・・)
運命の日が刻一刻と近づいてきた・・・
続く
スズランさんの後書き
なんかもうスイマセン、話なんか覚えてないですよね?
まさかここまで更新が遅くなるとは思いませんでしたがとりあえずこれで大体の真実の暴露は終了しました。
なんかこう、わかりにくいですよね。私自身もわかりにくいです。でもとりあえずもうそろそろでこの物語は最終回を迎えます。
物語の終焉はハッピーエンドかバッドエンドか、その真相は是非その目で確かめてください。