D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜 作者 スズラン〜幸福の再来〜
キャスト
主人公 朝倉 純一
メインヒロイン 霧羽 香澄
サブキャラ
名無しの少女
芳乃 さくら
霧羽 明日美
霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜
第十六話without you前編
どのくらいの間、ここでこうしているだろう・・・俺は杉並と廊下で別れてから屋上でずっとヒマを持て余していた。
屋上のベンチに寝そべりながら、見上げた空は真っ青な色で大きな白い雲がゆっくりと形を変えながら進んでいる。
なんだか空を見上げるなんてずいぶん久しぶりな気がする。
何時だって空は俺たちのすぐ傍にあるものなのに普段何気なく日々を過ごしているときは、その存在を気にもかけない。
・・・昔、まだ俺が幼く、あどけなかった頃、いつか雲の上に乗ってみたいと思っていたことがあった。
まあそのアレだ、その頃の純粋で無垢な俺は‘雲’というものは無条件でフワフワしていて、
乗れば柔らかなトランプリンのように俺の体をやさしく弾ませてくれるものだと思っていた。
まあそんな夢など実件出来ないと知ったときは酷くショックを受けたものだ。
(ああ、でもこの場所は空が近いな。手を伸ばせば雲に触れそうだ)
そんな事を考えながら俺は届きもしない空に手を伸ばした。
「やっぱり無理か」
伸ばした手には何の感触もない。
まあ、当たり前といえば当たり前のこと・・・
「えいっ」
「ん?」
何かを俺の手が掴んだ。いや正確には何かが俺の手を掴んだのだ。
「あ、れ?」
「ようやく見つけましたよ、朝倉さん」
「え?え?な、何?」
とりあえずテンパリまくった。この手は誰のものかとか、何時から見られていたとか、何か妙な独り言をつぶやいていなかったかとかもう大変に。
「私ですよ、私♪」
そういうとソレはヒョコっと俺の視界に現れた。
「うおっ!」
とにかく驚いてベンチから落ちそうになった。いきなり自分の視界の7割が女の子の顔で埋め尽くされては、誰だって驚くだろう。
「そんなに驚くことはないでしょうに」
「ったく、誰だって驚くっつーの、どうしてオマエはイチイチ人を驚かせる登場の仕方するんだよ!」
「え?」
「とぼけんなよ、夜の学校で初めて会ったときの事を忘れたとは言わせねーぞ」
「・・・・・・」
愚痴りながら俺はベンチから体を起こした。
「それに音楽室から出てきてすぐの時だって・・・」
体をその少女の方に向けたとき、頭が真っ白になって言葉が途切れた。
なぜならそこに居たのは霧羽明日美だったからだ。
明日美さんも酷く驚いた顔をしている。
(何だコレは?)
俺は今何をしていた?
訳がわからない。
そうだ、俺は話をしていた。
誰と?
それはもちろん
‘香澄’と話を・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
明日美さんが酷くビックリした表情で俺の事を見つめている。
状況は大体把握できた。どうやら俺は最低なことをしてしまったらしい。思わず片手を思い切り額に当てて彼女から目をそらした。
(最悪だ、しかも明日美さんを目の前に彼女の姉である香澄と間違えるなんて)
確かに似ているとは思っていた、明日美さんを通じて香澄の事を思い出していたということもあった。
それでもこの行為は絶対にやってはいけなかった。俺は明日美さんを傷つけてしまった。
「・・・ゴメン」
激しい自己嫌悪の中、かろうじて吐き出せた言葉がその一言だった。
もう何もかも嫌だった。この場所から消えてしまいたかった。
今、明日美さんはどんな表情をしているだろう。怒っているだろうか、それとも悲しんでいるだろうか?
その表情を確認する勇気は今の俺には出来なかった。
「朝倉さん」
彼女の声は俺の予想に反してとてもやさしい自愛に満ちた声だった。
「どうかそんなに落ち込まないでください」
でも逆にその優しい声が今の俺には痛かった。
どうせなら思い切りののしって欲しい、
こんな最低な俺を。自分の不甲斐なさに膝に置いた手を思い切り握り締めた。
強く、
強く、
手のひらが痛くなるほど強く
「朝倉さん」
そっと、握り締めている拳を優しく、壊れ物を扱うように優しく、俺の手を小さな手が包み込んでくれた。
「どうか顔を向けてください、私は何も気にしてませんから」
その声が優しく俺の心に水面に小さな波紋を打つように染み渡っていく。
なんだろう、この全ての罪を癒してくれるような安堵感は。
その安堵感に身を任せるように俺は握り締め続けた手からゆっくりと力を抜いて、彼女の方を見た。
そこには全てを包み込むような優しい慈愛に満ちた笑顔を俺に向けてくれている少女がいた。その少女は紛れも無く
「明日美・・・さん」
不思議と今目の前にいる明日美さんを香澄と重ねてしまうことはもう無かった。俺の目の前にいるのは紛れも無く霧羽明日美さんだった。
「明日美さん、お、俺っ」
って彼女の笑顔に見とれてる場合ではない。とにかく誤らなくては。
「お、俺は、君の事をっ!」
「フフッ、別に気にしてませんよ?」
「で、でもっ!」
「いいんです、全部・・・」
「え?」
そう言って明日美さんは俺の髪を撫でくれた。
思わぬ不意打ちであったので、そのまま俺は固まったようにされるがままになってしまった。
だが、それ以上に心地よかった。
「全部、解っているつもりですから」
「?どういう・・・」
「全部解っていますから、私も・・・朝倉さんと同じような経験をしてるはずですから」
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「全部、解っているつもりですから」
言って、私は朝倉さんの髪をやさしく撫でた。
そう、今の朝倉さんは昔の私と同じ。
‘お姉ちゃん’という心の支えを無くし心を閉ざしていた私と同じなんです。
恐らく、朝倉さんはお姉ちゃんのことが好きだったのでしょう。
なんとなく、本当に唯なんとなくそう思えました。
それも今でも朝倉さんはお姉ちゃんの事を・・・
(それで私の事をお姉ちゃんと・・・)
朝倉さんは今でもこうやって苦しんでいる。その気持ちは痛いほど私には解ります。
自分の最愛であった存在が突然消滅してしまう、その虚無感。
その虚無感に耐えられず私は自分の今居る世界から目をそらし、幻の中で時を過ごした。
(でも朝倉さんはまだ・・・)
世界から目を背けては居ない。
大丈夫だ、彼は私より強い心を持っている。
いつかはその苦しみを乗り越えて前を向いて歩けるだろう。
でも・・・
「?どういう・・・」
朝倉さんがキョトンとした顔で私のほうを見る。
でもやっぱり誰かが支えになってくれるという事は凄く大切だと私は思います。
私もあの時、両親が私に付いていてくれなかったら、今の私はきっと居ませんでした。
だから私、霧羽明日美は・・・
「全部解っていますから、私も・・・朝倉さんと同じような経験をしてるはずですから」
その彼の苦しみを全て受け入れ、彼にとって‘お姉ちゃんの妹’であることに戸惑いが生まれるかもしれないという事も想定して、私は・・・
(朝倉さんの支えになろう)
そう誓いました。
そのせいで朝倉さんが傷ついてしまうかもしれない、でも私は朝倉さんに「関わっていく」と決めた。
お姉ちゃんに関わった人には笑顔でいてほしいから・・・
それに・・・
(私の大好きな人ですもん!)
続く
スズランさんの後書き
今回は割と短くまとまりました。このSSももうそろそろ完結が見えてくる頃です。
それまで読んでくれてる皆様もう少しお付き合いください。もう少し、本当にもう少しです。