D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜 作者 スズラン〜幸福の再来〜
キャスト
主人公 朝倉 純一
メインヒロイン 霧羽 香澄
サブキャラ
名無しの少女
芳乃 さくら
霧羽 明日美
霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜
香澄SS第9.6話 「三日月の夜に」〜〜無垢なる約束・無垢なる小さな夢〜(前編)
三月二十六日
さくらSIDE
PM6:00
芳乃邸玄関前にて
「はあ」
ボクは家のドアを前にため息をもらした。
体調不良というわけではないのだが学園にいった目的が目的だった為に、いかんせんテンションがあがらない。
何せ、色んなことがありすぎた。先ほど垣間見た血のような赤い桜の花びらの事、そして今日の外出の最大目的
「本当に辞めちゃったんだな・・・」
一言、家のドアに背を向けて落ち行く夕日を見ながらボクは呟く。オレンジ色の夕焼けはもう少しで全て夜という闇夜に空が包まれそうだ。
西の空に一番星が既に輝いている。
ボクはあの学園'風見学園'についさっき退学届けを提出してきたのだ。
ボク自身にとっては、とてもとても後悔しているのかもしれない。でも、こうなることは以前から前に決められていたことでもある。
そうは解っていてもそれを認めたくない自分が居て、子供心にまだこの場所にいたいという気持ちを持った自分がいた。
ボクは'ある‘目的'のためにココへ戻ってきた。
でも、ボクに与えられた時間は既に決められていて、この島に滞在できるのも後僅かになってしまった。
正直、ボクはこの場所から離れたくない。この二ヶ月、ボクにとって楽しすぎる時間だった。
昔から恋心を抱いていた人はボクの幼きころの記憶通りの面影を残し、昔と全く変わらない笑顔でボクの事を迎え入れてくれた。
この島に帰ってきたことよりその事実が嬉しくて・・・
本当に嬉しくて・・・
この島'初音島'に来た目的さえも忘れさせてくれた時間だった。
ボクがこの島へ来た目的、それはこの島の根源である'枯れない桜'とボク自身との決着をつけに。
それが悲しい結末になろうとも・・・
'ボクと枯れない桜'との鎖を断つ事・・・
そして、もう一つの目的は・・・
六年間、離れていても一日と思い続けた日がなかったあの人との・・・
あの場所で誓った・・・
遠き日の約束を叶えるために・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
どれだけ空を見上げていただろう。時間の感覚さえ無くなってしまうくらい、長い間その場所で途方に暮れていたのか、
辺りはもう既に夜に包まれ漆黒の空にはたくさん星がボクのことを見下ろしていた。
さて、そろそろ家の中へ入ろう。春とはいえまだ三月下旬、日が沈めばそれなりに肌寒いものだ。
ポケットから昔ながらの形をした鍵を取り出し(お兄ちゃんはこの鍵を'ドラクエの鍵'という)鍵穴に差込み軽くそれを右に回し家の鍵を空けた。
ガラガラ_____________
「あっ、さくらちゃんだ!」
戸を開けた瞬間、元気な少女の声が奥のほうから聞こえてきた。一体何事かと始めは思ったがすぐにボクは思い出した。
(そうだお譲ちゃんを泊めていたんだった)
パタパタパタ_________
無邪気な足音がだんだんと近づいてくる。
チリン____________________
「お帰りなさい!遅かったね」
お譲ちゃんの帽子の鈴が綺麗な音を立てて彼女はポクの前に現れた。
「うん、ただいまって、ありゃ?」
お譲ちゃんを見て不思議な感覚を覚えた。彼女の帽子の上には小柄な真っ白い猫、うたまるが気持ちよさそうに舟をこいでいた。
まあ、なんてことない事なんだろうけれど、うたまるを頭に載せるお嬢ちゃんの姿は自分自身を鏡で見ているような感覚を覚えたのはなぜだろうか?
まあ少なくとも
(ボクにはこの子がまるで他人には思えなくてしょうがない)
「どうかした?さくらちゃん」
「にゃあ?」
二人?して首を傾げてボクを見つめている仕草が妙に微笑ましくてボクはクスリと苦笑した。
「えへへ〜♪えい!」
そしてボクは嬉しくなってお譲ちゃんに飛びついた。飛びついた少女はボクと変わらぬ身長で、
いつもお兄ちゃんの腰元に抱きついていたボクにとってお譲ちゃんに抱きつき感覚はなかなか新鮮で悪くなかった。
「ど、どうしたの?さくらちゃん」
戸惑い気味のお譲ちゃんを放してあげて彼女の顔を見る。
そこには目が覚めるような銀色とお人形さんのように白い肌と真っ赤な瞳がボクの姿を捉えていた。それを確認するようにボクは頷く。
「・・・うん」
「?」
お譲ちゃんの頭には終始「?」マークが飛び交っている。
「いや、何でもないよ。にゃははっ♪さて、そろそろ晩御飯の私宅を始めなきゃ。美味しいもの作ってあげるからちょっと待っててね♪」
そういうと、ボクはキッチンへと鼻歌を歌いながら走っていった。
(家に帰ったとき誰かが'おかえり'って言ってくれるのはやっぱりいいものだね)
'おかえり'そう、こんな簡単な言葉がボクの心をこんなにも温かくしてくれた事がすごく嬉しくてボクはご機嫌な気分で夕飯の準備に取り掛かった。
◇
PM8:31
「はぁ、おなかいっぱいだよ〜♪」
お嬢ちゃんのご満悦な声が洗い物をしているボクの耳に届いた。
今日のご飯はなるべくお嬢ちゃんにあった料理(菜食系料理)を作ってあげたからか、お嬢ちゃんはいやにご機嫌だ。
(そうだ、明日はお嬢ちゃんが好きだといっていた'焼きもろこし'を食べさせてあげよう。きっと、喜んでくれるはずだ)
お嬢ちゃんの喜ぶ顔を想像しながらボクもご機嫌に食器を次々と片付けていく。そんな中、広間から何やら話し声が聞こえてきた。
「お嬢、食後にだらしない格好をするのはどうにも関心しませんぞ」
「だってえー、ボクお腹いっぱいなんだもん♪」
「そういう問題ではございません」
二人のやり取りを聞く限りお嬢ちゃんは恐らくちょっとだらしない格好をしていて、それをアルキメデスが注意を促しているようだ。
そんな何気ないやり取りがなんだか可笑しくて、自然と口元に笑みを浮かべてしまう。
ボクは洗い物を済ますと客間へと足を運んだ。
「お、お嬢ちゃん?」
「う〜ん、むにゃむにゃ・・・」
そこにはやはりボクの思ったとおりお譲ちゃんは畳の真ん中で大の字で満足げな笑みを浮かべて寝そべっている。
年頃の女の子がこんなにも淫らな姿で。
「見てのとおりだ、悪いのだがさくら殿」
「うん、わかった」
ボクは押入れから一人分の布団一式を手早く出すと、お嬢ちゃんを刺激しないようにその小さな体を布団の上に乗せ、慎重に布団をかけてあげた。
「可愛いもんだね」
そう言って僕は優しくお嬢ちゃんの銀色の髪の毛に触れる。さらさらと気持ちがいいくらいに指が通る綺麗な髪の毛だ。
そういえばこの子はどんなときでもこの鈴のついた黒い帽子を被っている。
昨日、一緒にお風呂に入ったときでさえもこの帽子は彼女は断固外さなかった。何か理由があるのだろうか?
「わざわざ、スマンな。我輩に自由に動かせる肉体があればこんな作業は我輩がするべきなのだろうが・・・」
「そんな肉体なんかなくても十分君はエレガントな体を持っているじゃないか」
ちょっと意地悪く言ってやる。
「ウム、それはもっともだ」
さもそれが当然のように彼は深々と頷く、全く図々しいなこの子は。
「だがこの体に誇りを持っている我輩も時には自由に動かすことのできる肉体を求むときもある」
「へえ、どんなとき?」
「・・・・・・まあ、いづれ御主にも話してやろう」
「・・・・・・」
その声には真剣身があった。多分、今アルキメデスの言ったことには冗談なんぞひとつも無い彼の本音だったのだろう。
彼は自分のぬいぐるみである体に誇りがあると主張した。
いったい過去に彼の身に何があったのかはボクは知らないし、たぶん本人に聞いても答えてはくれないだろう。
でも、たったひとつわかったことがある。彼の体のこと、ぬいぐるみの姿のことを悪く言ってはいけない気がした。その事を今後肝に銘じておこう。
「さてと」
ボクはアルキメデスを持ち上げた。
「ぬ?なにを」
「ちょっと、付き合ってもらうよ」
「ちょ、ちょっと待て、我輩がココを離れるわけには・・・」
「そう、なら昨日の話の続きは今この場所でする?」
少し、真剣身を帯びた声でアルキメデスにささやく。
「・・・・・・いいだろう」
「じゃあ、縁側にでも出ようか」
そう呟くとボクとアルキメデスは和室の電気を消して静かにその部屋を後にした。
◇
芳乃家縁側
ざあああああああ_______________
音のない風は右から左へとゆっくり流れ桜の枝の一つ一つを繊細に揺らしながら静かに、心なしかゆっくりと流れていく。
辺りは淡い色をした桜の花びらが無数に舞い、この静かな夜をより幻想的に彩っていた。
桜・・・
さくら・・・
サクラ・・・
それは日本古来から日本人に最も愛され永く身近な存在であった。
桜の花が満開に開く季節、それはもう美しいものなのだがそれが散ってしまうのも早い。
桜の花は散るからこそ美しい。春に花を咲かせ、花が散れば若葉の季節がやってくる。
若葉は夏のさんさんと輝く太陽の下で沢山の光を浴び、見事な葉桜として木を染める。
空が遠くに感じる季節、葉桜の見事な緑色の葉は赤く染まり街を紅葉に染める。
そして、その紅葉たちも疲れ果てたようにしぼみ、枝を離れ地面に落ち土へと帰って行く。それの繰り返し。
というのが普通なのだろうがこの島は桜の木を見上げて四季を感じることはできない。それはなんだか悲しいことなのかもしれない。
この島の桜の木々はなんの変化もなく唯、木に花を付けて咲かせては散らし、咲かせては散らしという事のくりかえし。
桜の花を咲かして散らすことしかできない螺旋の中で何年も生きてきた木々はこれをどう思うのだろうか?
「・・・さて」
縁側に座っているボクのひざの上にいるアルキメデスは不意に口を開く。
「さくら殿、我輩をここまで連れ出して一体何をしようというのだ?
我輩がお嬢のそばから離れたことをお嬢に悟られたら、我輩はどんな目に会うか・・・」
「にゃはは、なら悪いけど尊い犠牲になってもらえる?」
ちょっと悪戯っぽくアルキメデスに言ってやる。
「・・・鬼畜な、昼間の狼藉といい御主、我輩に恨みでもあるのか?」
「そんな、恨みなんかある筈ないよ。唯、苛めるのがちょっと快感になっただけだよ」
うん、これは半分は本当かな。
「・・・いいだろう、御主に我輩の生殺与奪が握られているのは十分理解した。早く用件を言え」
アルキメデスはドスの聞いた声で静かに呟いた。昼間のアレが相当効いたと見える。
「そんな事・・・もう解っている癖に」
ボクは恐ろしいくらいの冷たい声を発する。話というのは他でもなく、昨日の夜の話の続きだ。
三月十五日に突如出現した霧羽香澄という幽霊とお兄ちゃんとの関係について。
お兄ちゃんの不調の原因は間違いなくこの事が関連しているとボクは直感していた。
だからボクはその事について彼から聞き出さなくてはならない。
「・・・全く御主には適わんな。外見はお嬢とさほど変わらない姿をしていると言うのに、中身の方は随分とキレているようだ」
アルキメデスもボクが何を話したいのか悟ったらしい。ボクは黙ってアルキメデスの言葉を待った。
「・・・・・・」
「・・・いいだろう、我輩の答えられる範囲で答えられることは全て答えると約束しよう。さて、どこから話せばいいものか」
ボクは頭に浮かんだ質問をイの一番でぶつけた。
「霧羽香澄って一体誰なの?何者なの?どうしてお兄ちゃんと関係を持っているの?」
「また、単刀直入な」
「いいから答えて!」
静寂の庭にボクの声がよく響く。ボクは感情を抑えられずにまくし立てた。冷静でいられるはずがないのだ。
「いいから、落ち着け。でなくては話せるものも話せん」
「・・・・・・」
彼の口調には凄みがあった。恐らく今から話させる内容は生半可なものでない。
だから激情に飲まれた状態のボクには聞いてほしくなかったのだろう、少し大人気なかった。
ざああああああああ___________
強い風が吹いた。辺りに美しく桜吹雪が空へと舞う。桜の花びらに誘われるようにボクは空を見上げた。
満天の星空がそこには広がって、空に舞った桜吹雪が星の光に反射してより一層きらめいて見える。
「今宵の月は三日月か」
アルキメデスが呟いた。その呟きに釣られるかのように夜空を見上げる、彼の言うとおり西の空には綺麗な三日月がある。
月の方角から言って、今の時間帯は夜明けに近いみたいだ。
「うん、もうすぐ新月であと何日かであの三日月は見えなくなっちゃうね」
「ほう、解かるか」
「月の周期や満ち欠けなら、月の位置で大体解かるよ」
うん、この程度の知識なら小学校の高学年ですでにあったと思う。
月が地球を一回りするのにかかる時間は27・3日、満ち欠けは29・5日で起こる。
まあ簡単に言えば満月を見た夜から次の満月を見る事の出来るのは、約一ヵ月後と言う事になる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに沈黙が辺りを支配する、聞こえるのは右から左へと流れる風の音だけ。
なんだか、今日の縁側はいつもと違って見えるのは気のせいだろうか?
夜空の星に照らせれ、風に優しく揺られる桜がなんだか悲しんでいるような、そんな気がする。
たとえばそう、風に揺られ木々がざわめく音も何時もなら気にも留めないのにその音が何か悲鳴を上げているような・・・
どうしてこんな気分になるんだろう?疲れているのか、自然と肩を落としながらため息をついていた。
(全く、最近妙なことが多すぎるよ)
死神を名乗る少女の突然な出現
枯れない桜の異変
そして、お兄ちゃんの謎の不調
これらが全て偶然の上に起こっていることとは到底思えない。
そして、その鍵となるのがおそらく「霧羽香澄」という一人の少女と死神と名乗る少女の出現。
その鍵となる真実をボクは知らなくちゃならない。
お兄ちゃんのためと言うのが最初の大前提であったが、今はボクはこの真実を知る義務感さえも覚えるようになった。
それは、お嬢ちゃんと出会ったからか?
それとも、この島のわずかな異変ゆえか?
どちらにせよ、そんなものはどうでもいい
理由など結局あとからついてくるものだ
ボクは唯、真実を聞く。いや聞かなくてはならない。問題はその真実を聞いた後ボクがどう行動に出るかだ。
手に少し力を込め、全身を振るいただせる。それを感じ取ったのか今まで黙していたアルキメデスがようやく口を開いた。
「昨日、お嬢から聞いた話は大方覚えているな?」
「うん、あの子は死神で'霧羽香澄'の魂を還るべき場所へ還すためにこの場所へ来た、そうだよね?」
「そうだ」
「それでどういう訳か、霧羽香澄がお兄ちゃんと出会ったのが三月十五日の夜だったね?」
「・・・ああ」
「確か'霧羽香澄'って子の魂は死後三年間ずっと地上に留まっていたんだよね?」
「そうだが」
「ならどうして三月十五日にお兄ちゃんの前に現れたのかな?」
「・・・御主はその三月十五日に何があったのかを覚えていないのか?」
「えっ?何があったか?」
三月十五日?今日から十日前、いや十一日前だ。はて、その日に一体何が・・・
「あ!」
「思い出したか?」
「風見学園の卒業式」
ボクは十一日前の事を全て思い出した。三月十五日、それは風見学園の卒業式だ。
それで、卒業式のあとの卒業パーティーでお兄ちゃんが杉並君との賭けに負けて、
学園の七不思議か何かのルポライターとして夜の学園に忍び込む事を、その日の夜にお兄ちゃんの部屋で聞いたんだ。
確か、その内容が「卒業式に一日だけ姿を現わす幽霊について」だ。確か、これが風見学園最後の七不思議のひとつ。
「理解したか?」
「まさかあの夜に・・・」
お兄ちゃんは本当に'霧羽香澄'という'幽霊'に出会ったんだ。
「なら'霧羽香澄'はその日偶然にお兄ちゃんの前に現れたって言うの?」
「いや、'事が起こった日'つまり三月十五日の夜の学校に現れた朝倉と言う奴の方が'霧羽香澄'の前に偶然現れたといってもいいかもしれないな」
「え?どういうことなの?」
事が起こった日?一体何の事だろう?アルキメデスの言う事の真意がいまいち見えてこない。
「あの日、三月十五日に彼女'霧羽香澄'はこの世に大きな未練を残して死んでしまったのだ。」
アルキメデスはそれからまるで他人事のように無常な口調で事の発端を淡々と話し始めた・・・
◇
彼女、霧羽香澄には三つ違いの妹が居た。妹の方は揮発な姉とは違い生まれつき体を弱くしていて、心臓の方に悪い病気を持っていた。
だから小さいころから学校も満足に行けず、ベットに身を預けている方が多かった。
彼女たち姉妹は本当に仲が良かった。
姉は学校から帰ると真っ先に妹のへ行き、今日自分身に起こった事を妹に面白おかしく話すのが日課だった。
妹は一日のこの瞬間、姉が自分と話しをしてくれるそのときが一番楽しかった。
姉の方は、そんな健気な妹の姿を見て何時しか心を痛めるようになった。
『どうしてあの子が、あんな目に会わなくてはならないの?』
『あの子が一体何をしたと言うの?』
姉は時折、そんな妹を心から哀れみ夜な夜な一人泣くようになった。
妹も自分の事で苦しんでいる姉の事を悟り何時しか二人は、ある事を約束したのだ。
それは姉が十五になる年の事で、二人は姉の卒業式の日に催される卒業パーティーを二人一緒に楽しもうと約束した。
姉が付属から本校に進級すると同時に妹もその学校の付属に入学する事が決まってたので、妹が入学した後の話にも花が咲いた。
_____________________________
『卒業パーティーではココとココでしょ?あっココも回ろっか明日美』
『ええ!そんなに一日で回れるかな?』
『何弱気になってるのよ、大丈夫に決まってるでしょ?お姉ちゃんにまかせなさい!』
『えへへ、うん!』
『そうだ、あんた入学したら私とおんなじクラブに入りなさいよ。先輩としてしごいてあげるから』
『ええっ?私、しごかれちゃう?ちょっと怖いかも』
『アハハッ♪姉だからって私は容赦しないわよ』
『そんなぁ〜』
『アハハッ、堪忍なさい』
『でも、私本当にうれしいな』
『何が?』
『私、お姉ちゃんと同じ学校に通うのが夢だったから』
『何よ、安上がりな夢ね』
『ううん、安上がりなんかじゃないよ。私はお姉ちゃんと心から笑いながら同じ学校で時を過ごしたいよ。
私は今まで生きてきてお姉ちゃんのお荷物にしかなってなかったから・・・』
『そ、そんな、お荷物だなんて私は唯の一度も』
『いいの、お荷物なのは本当だから。私、お姉ちゃんがたまに自分の部屋で息を殺して私のために泣いてくれていること、知ってるんだよ』
『明日美・・・』
『だからお姉ちゃん、ココからが私の本当の'始まり'なの。だから卒業パーティーはたくさん楽しもうね♪』
『明日美!』
『きゃ、お、お姉ちゃん?ど、どうしたのお姉ちゃん?苦しいよ』
『どうして・・・』
『お、おねえ、ちゃん?』
『何で、何でそんなにいい子で居られるのよぉ』
『お姉ちゃん?泣いてるの?』
『ええ!泣いてるわよ!アンタが泣かない分私が泣いてあげてるんだからこれはアンタの涙でもあるのよ!』
『お姉ちゃん・・・』
『馬鹿、あんたはもっともっと我が侭を言っていい立場なのよ。どうして?どうしてそんなにいい子で居られるのよ。
アンタのそんな所大嫌い!そんな姿見てると私、私・・・』
『・・・・・・』
『だからね、明日美。この卒業パーティーは思い切り我がまま言って普通の人の何倍も楽しまないと承知しないんだからね!』
『クスッ、わかった。でもそんなに大泣きして怒って言われても・・・』
『う、うるさいわね、元はと言えばあんたのせいでしょ!』
『・・・ねえ、お姉ちゃん?』
『な、何よ?』
『・・・卒業パーティ楽しみだね』
『・・・うん、本当に待ち遠しいわね。さて、そろそろ寝ようかな。余り夜遅くなるとお肌に悪いしね』
『うん、10時〜2時にかけて新しい肌は作られるんだよね』
『そうよ、だからあんたも夜更かしせずに早く寝る事、いい?』
『はあい』
『じゃあ、おやすみ』
『うん、おやすみお姉ちゃん』
バタン___________________________
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・アンタと姉妹そろって一緒の学園で時を過ごしたいっていうその安上がりな夢だけど・・・私もそれをずっと願っていたんだよ。
って、なんで姉妹そろってこんなちっぽけな事が夢なのよ、まったく』
明日見の部屋のドア越しに静かにそうつぶやくと、口元に笑みを浮かべ自分の部屋へ戻った。
心なしか背後の明日見の部屋からクスリと笑い声が廊下に響いた。
_____________________________
丁度このころの妹の体の様態は中々、良好で医者からも学校復帰の話も出ていた。
その為か彼女たちの家族も姉も妹自身も安心しきっていた。
そして、日は進み
その日
三月十五日はやってきたのだ。
卒業式当日、その日は父親と一緒に車で学校に向かっていた。
二人は卒業パーティーを心待ちに車の中ではしゃいでいた最中だった。
車が風見学園の丁度校門前に差し掛かったときに、妹が急に胸を抑え車のシートでうずくまった。
妹の体の異変は誰が見ても明らかであった。
表情からは血の気がなくなり、額からは冷たい汗が流れ、体は燃えるように熱くなっていた。
車は急遽、学校から近くの病院へと進路を変える。
姉は父親にお前は卒業式には出席しろと言われたが姉はそれを断固断り、一緒に同行する事になった。
『ちょっと、明日美しっかりして!』
『・・・ごめんねお姉ちゃん。卒業パーティーこんな形で駄目にして』
『馬鹿!どうしてあんたは・・・』
『やっぱり、私はお姉ちゃんの足引っ張ってばかりの駄目な妹だね』
そのとき、姉は心の中で泣き叫ぶように嘆いた。
(どうして?どうしてアンタはこんな状況でも笑っているのよ!どうしてこんな時でもいい子で居られるの?
馬鹿みたいに言い子ぶったって何も偉くないのよ?アンタは何も悪くないのに・・・この子が何をしたって言うの?
何もしてないじゃない!どうしてこんなにいい子がこんなにも傷つかなきゃならないの?)
『明日美お願いしっかりして!』
妹は唯、苦しそうに焦点の合ってない瞳でひたすらに姉の姿をその瞳に映そうとしていた。
『お父さん、もっと急いで!』
姉の声が車に響く
姉は明日美の体を抱き懸命に祈った
もしも・・・
もしも、死神というものがいるのなら・・・
どうかこの子は・・・
この子だけは連れて行かないで・・・
私はどうなってもいい!
だから・・・
この子は連れて行かないで・・・
どうか・・・
お願い・・・
キィキイイイイイイイイイイ______________________
『!?』
その音に反応した姉の目には車のフロントガラスいっぱいにトラックが映り・・・
反射的に香澄は自らの体で明日美を守りそして・・・
「三年前の丁度、卒業式の日に霧羽香澄は帰らぬ人となった。最後の死に際に「私の心臓を明日美にあげて」とささやかな遺言を残してな」
ザアアアアアアアアア_______________________
冷たい風が吹くこの庭で、アルキメデスは霧羽香澄とその妹の霧羽明日美の事を話し終えた。
「・・・そう」
ボクは腕を抱き冷たく頷く事しか出来なかった。心に染み込んで来る虚無感を抑えるために何か、しゃべろうとしても言葉が見つからない。
だからボクは
「可愛そう・・・だね」
何とも、見境の無い言葉を残した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・本当にそう思うか?」
アルキメデスの声が風の吹く庭に響いた。
「え?」
「我輩は、そうは思わんがな」
「どうして?」
「この場合は少なくとも、霧羽香澄には未練は無いだろう。
彼女の未練は自分が事故で死んでしまった事でも無く、学園を卒業できなかった事でもない。
自分の一番意愛おしい妹の生死だけが気がかりなだったのだからな」
「なら、霧羽香澄の未練って言うのは・・・」
「無論、自身の事ではなく妹の安否だろうな。彼女にとって何より大切なもの、それが血を分けた妹であった。
その妹の生死が何より気がかりで仕方なかったのだろう。
だから三年間もの時間をあの場所、風見学園で妹の姿を探していたのかもしれないな」
それを聞いてボクは目頭が熱くなるのを感じた。彼女、霧羽香澄は最後の最後まで妹の事を思っていたのだ。
自分の死よりもなによりも唯、妹の事を・・・
ボクはそんな彼女を素直に美しく思えた。ボクの言う美しいとはもちろん外見などではない。彼女の心、思い、そして妹への愛情。
自分の事より他の誰かの事を真っ先に思えるほど、人間として美しい心の形は無い。
でも僕の中で一つ、突っかかりのようなものが生まれた。
アルキメデスの話だと霧羽香澄は妹さんのためだけに自分の死んだその日に現れたものである。
その三月十五日に確かにお兄ちゃんは偶然風見学園に居た。
だがしかし彼女、霧羽香澄はどうしてお兄ちゃんの前に姿を現す必要があったのだろうか?
第一、霧羽香澄は三年も前に命を散らしている身であり恐らくお兄ちゃんとは全く関わりが無いはず。
その事を聞いてみるとアルキメデスは言葉を濁すように言った。
「うむ、それなんだが少しばかり不可解な事があってな」
「不可解な事って?」
「あの'手のモノ'は本来ごく普通の人間には視ることの出来ないものなのだ。
普通の人間が幽霊を視界に写すことは出来ない、いや出来てはならないのだ。
それを可能にするとしたら現世には本来存在しない'幽霊となった死者'と現世で生きる'生者'が互いに深い関係である以外に無い。
今回のケースが正しくそうだ。
だがな、今回のケースだって何千分の一の確立でしか起こりえない事なのだ。
死者が現世に肉体を得て舞い戻ると言うのは最大の禁忌に近い行為であり輪廻転生の理を無視した行為である。
下手をすれば死者の魂は転生することなく最悪、消滅することだってあるのだ。
魂の消滅即ち死者が死者で無くなるという事であり'完全なる死'とは実にこのことだ」
「それだけ、死者が現世に舞い戻るということは死者にとって危険だって事?」
「そうだ」
背筋が急に寒くなった。死者が幽霊になって現世に戻ってくる。
そんなお話の中だけの非現実的な事がそんなにも危険な事だったなんて思いもしなかった。
完全なる死'それはなんて冷たい響きなんだろう、今日まで生きてきて命と言うものをこれほどまでに重いものと感じたことはなかった。
その反面、これほどまでに'死'という概念に恐怖したのもまた初めてだった。
「平気か?まだ話すべき事が残っているのだが・・・」
「・・・うん、平気だよ」
「無理するな、御主はそこらの人間とは違い人一倍優しさを知っている人間だ。だからこそ今まで聞いてきた話は酷なものだった。
今日の所はゆっくりと休んだ方がいい」
「優しいんだね」
ボクはひざの上に乗せたアルキメデスの頭を撫でてやった。
「でも、ボクの事は気にしないで。ボクは話を全部聞かなくちゃならない立場にあるんだ。これはこの島の誰にも代わりは居ないんだ。
ボクにはその話を聞く義務があるんだ」
「・・・良いのか?」
その問いにボクは力強く頷く。
「うん」
この後、彼が何を話そうとしているのかはもう見当が付いている。それはボクが一番知りたいと思っている事に間違いない。
ボクは静かにアルキメデスが口を開くのを待った。
その事を悟ったのかアルキメデスはため息混じりに口を開いた。
「では、あの朝倉と言う男の事だが・・・」
ゴクリと唾を飲んだ。そう、ボクがずっと知りたいと思っていた事。それはお兄ちゃんの事だった。
恐らくお兄ちゃんはこの件に関する何かを握っている存在にあるとは間違いない。
お兄ちゃんの霧羽香澄と関与したことでが一体何が起こったのか?そしてそれには何の意味があったのか?
アルキメデスはしばらく間を置いてその疑問を言い放った。
「'アレ'は一体なんだ?」
続く
スズランさんの後書き
こうしてみるとアレですね。一応この裏話のゲストヒロインなるお嬢が全く、目だっていないんですよね。今回もほとんどアルキメデスとさくらだけの会話でしたし。これからお嬢の活躍の場を作れるのか?という少々大きな壁にぶち当たってしまった、そんな9・5話(前編)でした。
あと、縁側でのアルキメデスとさくらの会話での'月の周期'について今後の展開の大きなキーポイントになりますので、それではこの辺で・・・
管理人感想
今回も前回に負けず劣らず長かったですね。自分は1話分でとてもここまでは書けません・・・
こうしてみると、香澄の本編の話が短いのが本当に残念でなりません。
明日美との絡みもサッパリですしね。こういう風に自分も補完出来れば・・・と考えてます。