D.C.P.S〜ダ・カーポ プラスシチュエーション〜                     作者 スズラン〜幸福の再来〜


                                                       キャスト
                                                       主人公     朝倉 純一
                                                       メインヒロイン 霧羽 香澄
                                                       サブキャラ    名無しの少女
                                                                  芳乃 さくら
                                                                  霧羽 明日美




霧羽香澄After story月と桜に込めた願い〜悲シキ恋ノ詩〜




香澄SS 第9話 霧羽明日美の帰郷(後編)



三月二十六日


ことりSIDE


PM4:50


時刻は夕方の4時50分少し迷いましたが、今日は少し寄り道をして帰ることにしました。帰り道の途中の桜の木が沢山咲いている公園へ入ります。
この公園では時々、いろいろな屋台が出回っていて学校帰りとかによくそこで私は間食をしたりします。

出回る屋台は様々で、クレープの屋台の日があればバナナチョコの屋台が出ている日、後はそうですね夏にはアイスクリームを見かけますね。
甘い物好きの私にとってはこの公園の屋台は切っても切れない存在なのです。

(夕食前に何か食べるというのは少し気がひけますが・・・ま、いっか♪甘味への欲は止められないのです!甘味こそ正義!うん間違いないです)

我ながら物凄く曲がった理屈だとは思うけれど、気にしません。

「さあて、今日の屋台はなにかなあ?」

スキップを踏み、軽くハミングしながら私は公園の中心部へたどり着きました。
と、そこには私がお目当ての屋台のほかに顔見知りの女の子が近くのベンチに座っているのを見かけました。

「あれは・・・天枷さん?」

紛れもなくベンチに一人きりでポツンと座っていたのはセミロングの髪先がボサボサと癖っ毛になっていて、
トレードマークのような白いヘアバンドが彼女を私の一つ下の後輩、天枷美春さんと物語っていました。

彼女は確か風紀委員に所属していて委員会でよく顔を合わせていたのを思い出しました。

裏表の無い素直な性格で誰からも好かれる元気ないい子で、よく音夢さんの後に人懐っこく着いて行っていたのが印象的でした。
時折、朝倉君は美春ちゃんのことを'わんこ'と呼んでいたような気がします。

「でも、なんだか元気が無いみたい」

それこそ天枷さんは怒られた子犬のようにしょぼんと耳をたらして、落ち込んでいるように座っています。
そんな姿も朝倉君の言うように'わんこ'っぽくて可愛いのですが、ほっとく訳にも行かず私は彼女の元へ近づきに声をかけました。

「あの、天枷さん?」

「ほえ?・・・あわわっ!し、白河先輩じゃないですか!ど、どうしたんですか?こんな所に」

天枷さんは明日美ちゃんに負けないくらいのリアクションのよさで私の声に反応しました。

「唯の帰宅途中の寄り道ですよ♪それより隣、座ってもいいかな?」

「え?ハイ、どうぞどうぞ美春の隣なんかで宜しいのなら全然構いませんよ!」

極めて明るい声で応対する彼女を見て私はクスリと笑うと、天枷さんの隣のベンチに腰掛けました。
横目に天枷さんを見ると、何か落ち着きなくソワソワしながら私から目をそらすようにどこか違う場所へ目線を送っていました。

普段、挨拶をする程度の相手がプライベートで馴れ馴れしく接してきた事に少なからず戸惑いを覚えているようです。
彼女の場合それはもう判りやすいくらいに行動に出ているので心の声を聞くまでもなく、私は彼女の考えを理解できました。

さて、このまま沈黙のまま天枷さんのリアクションの変化を見ているのも中々面白いでしょうが、そうも行きませんね。
きっと天枷さんには何か嫌な事があったから、傍から見てあんなに落ち込みオーラを醸し出していたに違いありません。

ならばその悩みの種を私、'仕事人白河ことりさん'が是非彼女の悩みの種を解決してあげなくてはなりません。
さっき明日美ちゃんとのトークでいかんせん妙にテンションが上がっているせいか、妙ちくりんな使命感が沸いてきた私は
未だにソワソワしている天枷さんにその疑問を問いかける事にしました。

「あの、天枷さん?」

「え?な、なんでしょう?」

「何か悩み事でもあるんですか?さっきから随分と浮かない顔をしていますが・・・」

「い、いえ、対したことではないですよ、美春は何時でも元気です!」

口ではそう言っていますが明らかにそれは空元気なのが手に取るように判ります。

(うーん、なんてわかり易い子なんだろう)

「本当ですか?」

私はもう一度念を入れて聞いてみる。たぶん一度には悩み事を打ち明けてはくれないと思うけれど、こうして地道に聞いていけばきっと・・・

「ほ、本当です!美春は愛しの音夢先輩が
『本校には入学しないで本島にある看護学校に編入して離れ離れになって胸が爆発するくらいに寂しいな』とか、
『本校の制服に身を包んだ凛々しい音夢先輩の隣で働けない事がものすんごく残念な思いだ』なんてことが、
悩みの種だなんて事は微塵にもありません!」

「・・・・・・」

突然、マシンガンのように放たれたカミングアウトに唯、私は唖然とするほか行動を起こそうとは思えませんでした。

(と言うか、胸が爆発するくらい寂しいって一体どんな感じなのかな?)

「そ、そういう訳ですか?」

「え!?あわっ!あわわっ!!え、えーと今のは、その・・・」

天枷さんはしどろもどろになりながらも、まだ誤魔化そうとしているようです。

「か、勘違いしないでくださいね?これは・・・そう!'もしも'の話なんです!本当ですよ?
何も美春が音夢先輩に新学期が始まるまでこの事は黙っていてなんて口止めされていなんて事はこれっぽっちもっ・・・」

・・・なんだか、ここまで来ると素直過ぎるというのも立派なものです。

「え、えーと極めて詳しい説明をありがとうございました」

「え、あ、い、う?・・・・・・ぅぅ〜↓」

「あ、あはは」

しばらく自分の言葉にあわてて目を回す天枷さんでしたが、しまいには力尽きたように項垂れてしまった彼女を横目に見ながら
私は気まずく乾いた笑い声を出しました。

(これは、私のせいじゃないよね?)

私達の間にしばしの沈黙が下りた。



・・・・・・



・・・・・・



・・・・・・



・・・さ、さて呆然としている暇はありませんね、心の声を聞くまでも無く天枷さんの悩みが解ったところで少し詳しい話を聞いてみる事にしましょう。

「あ、天枷さん?」

私はなるべく優しい声で天枷さんに話しかけてみる。

「・・・はいィィ、なんですかぁ〜」

(うっ・・・)

す、スッゴイ元気ないですねえ。

「ごめんなさい、音夢先輩。美春は駄目な子です、音夢先輩との秘密を守る事が出来ず白河先輩に全てを暴露してしまいました。
神様、美晴はどんな罰でも受けます。だから、どうかこの美春に慈悲を〜」

先ほどの激しいカミングアウトの反動がモロにやってきたのか、彼女自身が語った事実の重さを改めて実感したのかどちらか判りませんが、
今の天枷さんは類を見ないくらいにローテンションです。

(や、やっぱり私のせい・・・かな?)

ううん、これは唯の不可抗力に過ぎません。そう、天枷さんは朝倉君の妹の音夢さんがこの島を去ってしまう事が彼女のブルーな原因・・・

「って、ええ!?」

「あわわっ、いきなりどうしたんですか白河先輩!?」

「'あの音夢さん'が初音島から出て行っちゃうんですか?」

今頃になって私もその事実に驚いた。なんと、'あの音夢さん'が島を出て行くというのです。
恐ろしいくらいにブラコンで風紀委員の'対杉並君&朝倉君封じのリーサルウエポン'であるあの音夢さんが!?

「'あの'って・・・もしかして白河先輩、物凄く失礼な事を考えていませんか?」

「え?そ、そんなことは・・・」

ば、バレてる?

「でも、正確には音夢先輩はもうこの島から出て行っている後なんです」

「え?なら、もう初音島からは・・・」

「ハイ、二日ほど前に本島のほうへと旅立っていかれました・・・」

相も変わらず天枷さんはしょんぼりモードのままです。声に全く元気が見られません。思いの他、彼女のダメージは大きいみたいです。

「天枷さん、'旅立った'ってそんな大げさな、二度と還ってこないわけではないでしょう?」

「でも!美春にとっては死活問題なんです!音夢先輩が居ないというだけで今日なんか好物のバナナも3本しか喉を通らなかったんですよ!」

「さ、3本しかって・・・」

それでも十分だと思います。と言うか天枷さんにとっての音夢さんの価値って一体?

「それに何より今年の学園祭、クリスマスパーティー、体育祭、etc、唯でさえイベント事の多い風見学園で
一体誰が暗躍する杉並先輩止められるって言うんですか?白河先輩も中央委員会に所属しているからそこの所はご存知でしょう?」

「・・・うん、それはかなり」

確かに音夢さんが居ないという事デメリットは大きすぎるものかもしれないです。
音夢さんが居たからこそ、どの行事でも被害は最小限に抑えられたといっても過言ではない。
その音夢さんが居ない今年は本当の意味で風見学園も'最後'を迎えるかもしれません。

「でも、そんな音夢さんがこの島を去ることを決めた事に関しては凄く悩んだんじゃないかな?」

「え?」

「だってそうじゃないですか、いきなり友達や家族が居ない環境へ飛び込んでいくんですよ?そんなの女の子なら誰だって不安になりませんか?」

「・・・はい、そうかもしれません」

「それに、こんなに心配してくれるやさしい'親友'を残して島を去るのは音夢さんもきっと寂しいと思う」

私はあえてここで彼女、天枷さんの事を'後輩'でなく'親友'といいました。

「え?」

「だから音夢さんはきっと相当の覚悟とその夢への熱意があったんですよ、だからね」

私は'美春ちゃん'の肩にそっと手を置いて囁くように言った。

「美春ちゃんはそんな音夢さんの事を一番に応援してあげなくちゃ」

「白河先輩・・・」

「'ことり'でいいですよ。美春ちゃん」

私の言葉に美春ちゃんの顔がさっきまでの顔が嘘みたいにぱあっと明るくなった。

「ハイ、ことり先輩♪」

そして美春ちゃんはこれ以上にないってくらいに綺麗に笑った。うん、やっぱりこの子には笑顔が最高に似合う。



・・・・・・



・・・・・・



・・・・・・



それから、天枷さんはどうしても私に'お礼をさせてください!'と言い寄ってきたのでバナナチョコを奢って貰う事になりました。
天枷さんは元気に屋台へ走りバナナチョコを買いに行って私は公園のベンチで美春ちゃんが戻って来るのを待っています。

「なんだかなあ」

本当に今日はいろいろな事がありました。一日の始まりは朝からお姉ちゃんの仕事の手伝いにたまたま学校まで行ったら
いきなり中庭で崩れ落ちていた朝倉君と出会い、彼の心の溝を垣間見て、今年から私達のクラスに編入してくる明日見ちゃんと出会い、
そしてちょっとした寄り道に公園に寄ったら傷心の美春ちゃんと遭遇して。

結構、バタバタした一日でしたが色々と懐かしい顔にも出会え、新しい友達も作れたと言う事で私の心は凄く充実しています。

(はやく、学校いきたいなぁ)

自然とそんな事を考えていました。本当に私の周りにはいい人ばかりです。
こんな人たちに囲まれながら後、三年間卒業するまで楽しく過ごせたらいいなと心底思いました。

「あれ?」

今日の余韻に浸っていると、ふと目に見覚えのある金髪の綺麗な髪が目に映りました。
その子は遠目から見てもわかるくらいに特徴的な子でした。

「芳乃さん?」

それは間違いなく芳乃さんだ。今年の二月に元ウチのクラスへやってきた突然の転校生。
ツインテールの金髪の髪と青い瞳と小さな体が印象的な子で無邪気で明るく、朝倉君をこよなく愛する。
私はそんな芳乃さんがちょっと苦手なのは誰にも秘密です。

「どうしたのかな?こんな時間・・・え?」

一瞬だが芳乃さんの顔を垣間見た。遠くからでよく見えないのだが、その一瞬だけは彼女の顔は一体どんな顔をしているか解ってしまった。

どうして、あんな顔をしていたのでしょうか?芳乃さんの顔は今までにないくらいに強張っていて、
それでいて何者も近寄らせないと言わんばかりの禍々しさがあった。
いつも回りに見せている幼い表情なんて微塵も感じさせない氷のような表情。私はそれを素直に怖いと思った。

私は戻ってきた美春ちゃんに声をかけられるまでずっと、絶句したまま芳乃さんの歩いていった方角を見つめていた。

芳乃さんの歩いていった方角、

それは風見学園の方角でした・・・・




明日美SIDE


時間は少し遡り、生物準備室にて


PM4:30


カチ、カチ、カチ、カチ_____________________


「・・・・・・」

「・・・・・・」

お互い黙り込んでどれだけ時間がたったでしょうか?静寂だけが私達の間を支配し、ただ時計の時を刻む音が妙に大きく感じられます。
随分と長い間、その沈黙は破られぬままでした。

白河先生はさっきから居心地悪そうにタバコに火をつけては、それを灰皿に押し付けての繰り返しをして新しいタバコを咥えるたびに
何か疲れた顔でため息をついています。私はそんな白河先生の様子を唯見つめているだけです。

('三年'確かにそんな時間がたっているんですね)

さっきの白河先生の言葉から私の胸にその事実が確信化していきました。
私の感覚としては'もう'三年というより'やっと'三年という月日が流れたように感じていました。

三年間、言葉にしてしまうとあっけないけれど私にとってあの三年間の始めの一年間は苦悩の日々でした・・・




・・・今から三年前お姉ちゃんが他界してから、私は一年の間ずっと塞ぎ込んでいた時期がありました。
生まれたときからずっと一緒で、私のすぐそばにお姉ちゃんが居た事が当たり前だと思っていた私にとって慕っていた姉の存在の消滅は、
かつてないくらいのショックな出来事で心に深い傷を負いました。

それ以降、私の心には'悲しみ'と言う名の黒いモヤが掛かってしまっていました。

そのモヤは晴れる事を知らず日に日に私の心を黒く染めていきました。やがて私は言葉を話さなくなり、表情を無くしもしたそうです。


いつも一緒だったお姉ちゃん。


毎日私の部屋へやって来ては、ベットの横に腰掛けて色んな話を聞かせてくれたお姉ちゃん・・・


どんなときでも私の味方で居てくれたお姉ちゃん・・・


唯の一度も私との約束を破った事のなかったお姉ちゃん・・・


でも、何時までも一緒に居ようって言う約束だけは守れなかった・・・


私は'当たり前の日常'が失われることがこんなにも辛いという事を初めて実感しました。


そう・・・


幸せと言うのはいつも自分の傍にあるもので、失って始めてその大切さに気づかされた。


できれば、そんな事気づかせてほしくなかった。


ただ・・・


唯私はお姉ちゃんと一緒に学校へ行く事だけが望みだったのに・・・


お姉ちゃんが他界してからの一年間私は病院のベットで時を刻みました。その当時の記憶は曖昧であまりよく覚えていません。
その時の私はおそらく生きてきた中で本当にどん底に落ちていたといっても過言ではありませんでした。

お姉ちゃんの死を知らされて感情と表情を無くし、涙も枯れ、時間の感覚もままならぬ何も感じない人形とも変わらない生活をしていた。
そんな私の病室に珍しく休日でもない日に母と父が訪れました。

その日のことは今でもよく覚えています。
3月15日、お姉ちゃんが卒業を目前にこの世を去った日で病室の窓から見えた空は気持ちの良いくらいの快晴でした。

母と父は緊張した様子で私のベットの傍へ寄り添いました。


『明日美』


母はそう呼びかけてくれたんでしょう。焦点の合ってない私の瞳を覗き込み、私の髪を母は優しく撫でてくれました。

『いい?明日美、これから私達の話す事をしっかりと聞いて頂戴』

うつろうつろに私は母の顔へ視線を移しました。母の目はこれ以上にないくらいに真剣身に帯びていました。


そして、二人は私に聞かせてくれたのです。


今こうして霧羽明日美が生きていられるのはお姉ちゃんが体を張って自分を庇ってくれたからだという事。


お姉ちゃんは自分の死の直前まで自分の心臓を私に移植してほしいと訴え続けた事。


そして、その心臓は私の左胸でしっかりと動いていると言う事。


その事実を知らされた私の瞳から枯れたとモノと思っていた涙が頬を伝って落ちていました。


『あ、れ?おかしな、おかしいよ・・・どうしてこんなに涙が出るのに、悲しくないの?どうしてこんなに胸があったかいのかなあ?』



一年ぶりに表したその感情は悲しみにも似ず喜びにも似た物で、私は堰切ったように声を上げて泣き続けました。



(ああ、まるで届くはずのない手紙がようやく私の所へ来たような)



そんな温かい気持ちが私の胸に波紋のように広がって行く



お姉ちゃんはどこへも行ってなかったんだね



何時でも私の傍に居てくれたのだ



その事が本当に嬉しくて、嬉しすぎて



私は唯、両親の胸で一心不乱に泣き続けた



・・・・・・



・・・・・・



・・・・・・



その日、私は病院の先生に無理を言って外出をさせてもらいました。外出と言っても病院の庭を少し歩くと言うものだけでしたが、
何年ぶりに土を踏みしめた感触は今でも鮮明に覚えています。

一歩、一歩と土を踏みしめるようにその大地を歩みその瞬間に私は今生きていられる事がどんなに幸せでかけがえの無いものということに気づきました。

生者は常に死者に'置いていかれる'立場にあり、死に行くものを引き止めることも出来ない。

それはこの世の生きる者達全てに平等に訪れる運命。その当たり前を繰り返しながら、残酷にも時は流れる。
だからこそ、時に生者はその真理に背を向けたくなる。

だが、だからこそ残された生者は永遠に失われた命をかけがえの無いものと知る。それは現実を生きる事でしか学べない。

己の身を犠牲にしてまで'生きる'事を与えてくれたお姉ちゃんの為にも、私は生きなくてはならない。

それが私の業だとそう信じている。

見上げた空は病室から見えた時とはまた違った快晴の空を私の目に映しました。
降りしきる太陽の日をいっぱいに浴びて空に向かって・・・・あの空の果てに居る今は無き姉に向かって唯一言


「ありがとう・・・お姉ちゃん」


その言葉に私の心臓はトクンと優しく鼓動を打って、私に答えてくれたのはきっと気のせいではないでしょう。

・・・それから私の体は順調に回復して行って、しばらくしてようやく学校へ行く事が出来るような体まで回復しました。
治療のために初音島から離れていた私は本島の学校へ行く事になりました。

お姉ちゃんの居た風見学園に入学する事も両親から勧めてもらったのですが、私にとってあの島はお姉ちゃんとの思い出にあふれていました。
だからその当時はまだ気持ちの整理が完全には付いていなかったから、風見学園には行かなかったんだと思います。

新しい生活が始まり私は不安だらけでした。いきなり見覚えの無い制服に身を包み、
誰一人知り合いや顔見知りがいない環境に放り込まれたのですから不安で無い方がどうかしているくらいです。

でも私は何時だって一人じゃない。そう思えたからこそ私は今まで生きてこれたんだと思います。
しかし、それでもお姉ちゃんの居ない日々は私にとって悲しいものでした。
いくら前向きに考えてもお姉ちゃんが死んでしまったという、その現実に打ちのめされそうになったりもしました。
私だってすぐには強くなんかなれない。

お姉ちゃんに会いたい

会って話がしたい

成長した私を見てほしい

そして'ありがとう'の一言を言いたい

そんな思いが混同していた二月に私は怪しげなオカルトサイトで初音島七不思議の存在を知ったのでした。

そしてあの晩に、私はお姉ちゃんに最後の別れを告げる事が出来たのです。
天に召されるお姉ちゃんの顔は未練や蟠りの念など一滴も無く、今までに無いくらいの安堵に満ちた優しい笑顔で夜空に消えていきました。




(そう、だよね)

そう、お姉ちゃんはまだ私の中で生きている。例え肉体は滅びようともあの人は今もこうして私の心の中に居る。
今でも左胸に手を当てるとトクン、トクンと規則正しい鼓動が聞こえてくる。まるでお姉ちゃんが'がんばれ'と言ってくれているように・・・

話してあげなくちゃいけない、今でもお姉ちゃんを知っているこの人には。

「あの、白河先生」

私が長い沈黙を破り白河先生に話しかけるなり、白河先生はビクリと小動物のように俊敏に反応しました。

「おお!?あ、ああ、悪いね何時までもこんなホコリまみれの部屋に置いといて。
でもこれでも月に何度かは掃除はしているのだがどうにも効率が悪くてな、直に汚くなってしまうんだ。
まあそもそも私はこの煤けた感じがなんとも言えず好きなのだが」

何か戸惑ったように再び吸って間もないタバコを灰皿に押し付け聞いてもいないような事をマシンガンのように話し始めました。

「なんだ、もうこんな時間じゃないか、そろそろ帰らないと家の人も心配するだろう。
今日はそちらのほうからわざわざ来てもらってすまなかったね。何分講師と言う職業も楽ではないのだよ。
時間の融通は利かないし、給料は安いし、うちのクラスは問題児ばかりだし、春休みなんてあるようで無い様なものさ」

白河先生は笑顔をうけべながら無理に早口で捲くし立てた。もしかして私に気を使ってくれているのでしょうか?

「あ、あの〜」

「悪いが話ならまたの機会に頼むよ、春とはいえまだ日が落ちるのは早いからな、暗くならないうちに帰宅した方がいい。
でもこの辺は変質者とかはまず出ないからそこの所は安心してもいい。だが女一人の夜歩きは止めといた方がいい。
変質者の出ない代わりに国産級天然記念物や「ピンク色のクマの気ぐるみを纏った」宇宙からの侵略者、
メトロノームのように首を左右に動かす「真っ白い神への反逆者」とか、多くの異物がこの島には存在するのだよ。
どうしても君が夜歩きをしたいと言うのなら今度私が直々に護身術を・・・」

(え?え?え〜、侵略者?神への反逆者?一体この島って何なの?)

確実に何か怪しげな方向へ話が進んで行っています〜!
そろそろ、止めないと聞きたくも無いような事までも聞いてしまうそうで怖かったので私は意を決して声を上げました。

「あ、あの!」

「え?な、にかな?」

私が少々声を張り上げた事に驚いたのか引きつった笑顔のまま白河先生はその場で固まっていた。
状況はどんな形であれようやく白河先生は落ち着いて?くれたようなのです。

私はこれまでの三年間の事やとあの事故のその後の話を大まかに説明しました。


・・・・・・


・・・・・・


・・・・・・



「・・・まさかそんな事があったとはな」

「ハイ、だから私はお姉ちゃんのお陰でこうして生きている事が出来たんです」

「そうか、アイツってば最後まで妹思いだったんだな」

白河先生は何か懐かしむような顔で窓のある方へと足を進め、遠い目で外の景色を見ながら独り言のように話し始めました。

「実はな、私が三年前に受け持った香澄の居たクラスなんだが始めて担任を受け持ったクラスでもあったんだよ。
あの頃は教師としては私も若かったから至らない部分も多くあったと思う。
でもそれなりに一年間楽しく過ごして全員で卒業式を迎えられると思っていたんだ・・・」

少し嗚咽の混じった白河先生の声にズキリと少し胸が痛んだ。それでも白河先生は話す事を止めようとしなかった。
先生の背中越しからその声は何かに許しを請うかのように悲しげな声でまるで懺悔をしているかのように、また話し始めた。

「香澄の奴さ、卒業式の前日に私に言ったんだ。'一年間、短い間だったけど先生が担任で私楽しかったよ'って。
その声が毎年ね卒業式が近づくたびに鮮明に蘇るんだよ、ぶっきらぼうで口の悪いアイツが初めて私にそんな優しい言葉を掛けてくれた事を。
今まではそれが辛くてたまらなくてな、だから卒業パーティーの後の学校の夜の見回りをして香澄の姿を意味も無く探してみたり
無意味な真似をしていたんだと思う。アイツがまだこの学園を卒業できていないんじゃないか?って。
でも、結局そんな事をした所で何も変わらなかったよ」

「先生・・・」

窓ガラスに反射して見えた白河先生の瞳からは涙が流れていた。先生は勢いよく私の方へ振り返ると乱暴涙を拭いて見せた。

「あはは、何時までも悲しんでいたんじゃアイツに叱られてしまうな」

「・・・・・・」

その乾いた笑い声が何とも切なくて、唯私はそんな白河先生の事を見つめている事しか出来なかった。


(な、何か言わなくちゃ・・・)


そう思っていても口が開かない


何か、何か、言ってあげたい


でも何を言えばいいの?


わからない


わからないよ・・・


「明日美、悪いんだが暫く一人にしてくれないか?」

白河先生の声は先ほどのハキハキした声とは打って変わって随分と沈んでおり、ため息交じりで椅子に体を沈めた。
私はお姉ちゃんの事でそんな顔をしてほしくないのに。お姉ちゃんだってそんな事は望んでいない筈です。
言葉にして言わなくちゃいけないのに私は唯、

「・・・ハイ」

と、意思に反してその言葉に頷き準備室のドアの方へ歩いていきました。


(やっぱり、私の意志なんてこんなものなのかな?)


ドアノブに手を掛け・・・


(やっぱりお姉ちゃんみたいに上手く出来ないな、お姉ちゃんみたいに誰かの力になるなんて・・・)


少しの力を加え扉を横にスライドさせる・・・


(ああ、嫌だな。私このまま背中を向けて帰ろうとしてる)


後はこの部屋から出てドアを閉めればオシマイ・・・


(やっぱり私なんか・・・)


私が廊下に出る一歩を踏み出そうとした瞬間



トクン_____________________________________


と、左胸が強く鼓動を打った。

「え?」

私は思わず立ち止まった。

(い、今のは?)

左胸に手を当ててみる。私の心臓は規則正しく鼓動をトクン、トクンと同じリズムを刻んでいます。
それを単なる'気のせい'だと割り切るのは簡単だけれど、私には先ほどの唐突な鼓動の高鳴りが偶然とは思えません。

(そうだ!きっと偶然なんかじゃない)

私は思い切って廊下に踏み出そうとした体を回れ右して百八十度回転させます。
そんな私の奇怪な行動に驚いたのか白河先生は目を丸くしていました。

これから成すべき事を前に不思議と私は驚くくらいに落ち着いていました。

「ど、どうした明日美、帰るんじゃない、のか?」

私は瞼を閉じて自分に言い聞かせた。

(よーし、落ち着け私)

瞼を閉じて一つ深呼吸をして、そのまま大きく息を肺の中へ充満させ・・・



「何時までも、ウジウジとしてるんじゃないわよ!」


自分でも驚くくらいの大声を出しました。白河先生に至っては椅子から体が半分以上ズレ落ちて、それでも私は休む間も無く次々と声を張ります。

「大の大人が何!?あなたの様な立場の人間は常に前を向いていなくちゃ示しがつかないでしょ?
それでも、未来ある生徒達の前に立つべき人なの!?」

病弱な私がこんなに大声をスラスラと叫んでいる。まるで自分の口で話していないかのように。

なんだかおかしい、まるで誰かが私を通じて語りかけているかのようなそんな感覚。
自分で話している事を何だか、他人の主張を聞いているようなそんな気分がします。

ふと、何かが私の体に舞い降りてきたかのような感覚を覚えました。自分の体に何か自分以外のモノが入ってきたというのに、
その感覚は不思議と懐かしいものでした。私は拒絶することなくその感覚を受け入れました。

その存在を私はいち早く何であるか察する事が出来ました。私はその懐かしい感覚に身を委ねました。
その存在は私の口を使い次々と言葉を発しました。


『暦先生、あなたはその当時新任の教員で至らない所も多くあったかもしれない。
でも、あなたは私達の事をしっかりと見てくれたのをちゃんと知ってるんだよ』


「か、すみ?」


『先生は私が見てきた中で一番、頼りになる担任だったよ。うん、私が保証する。だから私の事でそんなに悲痛にならないで』


「だ、だが、私があの時もっとしっかりしていればお前は・・・」


『もういいの、私は十分に幸せだったから。それより先生、私なんかの事より明日美の事しっかりとお願いね。
って、言っても先生なら安心させてもらってもぜんぜん大丈夫だよね。何せ私が太鼓判を押してあげたくらいなんだし』


「も、もちろんだ!約束する!」


『そう、そう言って貰って私もうれしいよ。
先生は口が悪くて手先はぶきっちょだけど、誰よりも生徒達に目を配って多くの人に希望を与えてくれた。
だからこれからも多くの人に希望を与えられるような、そんな人間でいてね。今度またメソメソ、ウジウジとしていたら承知しないんだからね!』


トクン、と再度私の心臓は強く鼓動を打つと私の体に降り立ったその存在は'すうー'と私の中から何事もなかったかのように消えていきました。それは私にとっては懐かしくもあり、何よりも優しく暖かな人でした。


________________________________________


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・随分と言われちゃいましたね」

暫しの沈黙の後、私は白河先生の方に向き直り声を掛けました。

「ああ、そのようだ」

先生の声はハキハキとした清清しい声に戻っていた。その先生の様子を見て私はクスリと笑い続けた。

「容赦なかったですね、相も変わらず」

「それがアイツの持ち味だったからな、それより明日美」

「なんですか?」

「さっきのは・・・やはり」

私は窓の外を一瞥して白河先生の方へ向き直り、

「先生の思っているとおりじゃないですか?」

と、口元に笑みを浮べて言いました。

「あはは、科学者として霊的現象は信じない性質だったのだが、そうも言ってられないかも知れんな。なにせ実態をこの目で見てしまったからな」

白河先生は苦笑しながら新しいタバコを吸おうするが、どうやらタバコが切れたらしく箱をクシャリと潰した。

「どうやら」

つぶやきながら白河先生は潰した箱をゴミ箱へ放り投げた。

「あの日から卒業出来ていなかったのは、香澄の方でなく私だったようだな」

「・・・・・・」

しみじみと言うと、先生は徐に立ち上がり窓を全開に空けた。桜の香りのする風は窓から廊下への道を清清しく抜けていく。
先生は髪を掻き揚げて遠い場所を見つめるように言った。

「生徒に説教されるようでは私もまだまだだな」

「でも、先生なら私達の希望になってくれます」

「・・・まあ、努力はするさ」

「努力だけじゃ困ります。先生にはしっかりしてもらわなくちゃ、またお姉ちゃんが文句言いに来ますよ?」

「ほう、随分と言うようになったじゃないか明日美?」

「ええ、姉妹ですから」

お互いに一頻り笑いあったあと、私はそろそろ時間もいい頃なので帰宅する事にしました。

「それでは失礼します」

私はペコリと頭を下げて扉を開けて廊下に出た。

「ああ、気をつけてな」

白河先生はさっきより随分と清清しい顔になっています。'さっき'のは、お互い口にする必要も無いと言わんばかりに話題にはしませんでした。

私は最後に扉を閉める前に言い忘れていた事を言った。

「'さっき'のですけど」

「うん?」

「最初の方の主張は私の本音でしたから」

「なっ!」

「それじゃ」

それを言い残して私は逃げるようにその場を去りました。





PM5:00風見学園校門前


「さてと帰宅しますか」

私は清清しい気持ちで校門前まで来てフワリとスカートを翻すように回れ右をして風見学園を見つめました。

私はかつてこの場所へ行きたいと思ってやまなかった場所へこうして立っている。

遠い日にお姉ちゃんと同じ学園に行こうと約束した日を思い出す。

私は左胸に手を当てた。

「ちょっと遅れちゃったけど、帰ってきたよお姉ちゃん」

大好きだった姉はもう居ないけれど、私達姉妹は何時だって一緒に居る。左胸に手を当てて目を閉じれば何時でも会える。

私はこうして生きていく。一人ではなく'二人'で・・・

いつか私のこの心臓が止まる日が来ても何時までも笑っていたいと、今私はそう願って病まない。


ザザン___________________________________


柔らかな風が私を祝福するかのように吹いてくる。桜の花びらを乗せて・・・

その景色は何とも幻想的で私は夕日に染まった学園を何時までも見つめていた。

ふと、金髪で碧眼の小さな少女が不安に満ちた顔で私の直横を通り過ぎていく事など気にも止めずに・・・





続く

スズランさんのちょっと長めの後書き
長かったです・・・この一話を書き終えるのになんと一ヶ月も掛かってしまったんですよ。
まあ、忙しかったという所もありましたがそれがけこの一話には思い入れがありますね。

そうそう、今回はことりSIDEで天枷美春を出してみました。このキャラもSSの中でいじくるのは初めてで、苦戦するかと思いましたが、
意外にすんなりと描写が進んでくれました。

それよりも大変だったのが明日美SIDEの過去の回想をどんな感じで書いていくのかが今回、一番悩みました。
この話では'死'と言うものをテーマを元として物語が進行しているわけですが、
問題なのは格キャラ達がその'死'と言うものをどう受け入れるかというものです。

'逝く者'と'残される者'どちらが辛いのかと聞かれれば断然に残される方が辛いに決まっています。
そんなキャラ今回は明日美の心境を書くのには相当の時間を費やしました。
明日美は香澄とは違い内気ではありますが私的にみれば彼女は意外と'芯'はしっかりとしている方だと思うんです。

香澄という姉の存在が消滅してから一年、彼女は凹むに凹みましたが立ち直ってからは強いです。
しっかりと姉の死を受け入れ前を向いて生きていける子だと私は思いましたので、
今回「霧羽明日美の帰還(後編)」では明日美の生き様をあのように書いた次第です。
その'芯が強い'と言うのが唯一、対照的な性格の明日美と香澄の姉妹の共通点ではないでしょうか?

さて、最後にもう一つですが明日美の回想の後の事で明日美の思い切りのある主張の最中に、
明日美の意識と香澄の意識がシンクロした所です。えーと、これはですね、なんと言えばいいのでしょうか?

このとき明日美は珍しく、感情を露にする訳ですが、これは彼女(明日美)の中に香澄があることで成り立ったのだと思うんです。
つまり明日美があんな事をいえたのは左胸に香澄の心臓が動いているからであり、'私の中でお姉ちゃんは生きている'と言う事です。

と、まあこんな所なのですがもう一つ問題がありましたね・・・なら香澄の意識が明日美の意識とシンクロして
まるで香澄が喋っているように聞こえたのはどうしてだ?と言う事ですね。
これは恐らく柄にもなくウジウジとしていた暦先生に対して渇を入れるために、お空から再度降りてきたんじゃ?と思っています。

それにこの時点ではまだ桜は枯れていませんし・・・(ニヤリ)

さて、次はさくらが主役の裏サイドに物語は進みます。物語の核心に迫る話になるのでどうか見逃しなく。


管理人感想
本当にスズランさんのおっしゃる通り長かったですね。でも、香澄からの暦先生へのメッセージはとてもいいシーンでした。
ことりSIDEでも美春とのやり取りは好きなシーンです。これからさくらの裏サイドが進むんですが、シリアスさ全開だろうな〜
悲しみを抱えたままなさくらにも救いの手を差し伸べて欲しいです。それではまた次の話で〜



                                            
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