その街道は、桜の木が何処までも植えられていてる


春には視界の限りを薄紅色の風が吹き抜けていく


以前は年中枯れない桜として名を馳せたこの並木道


でも桜は突如枯れてしまった。私の力と共に・・・


心を奪われるような薄紅


だからと言って花見を始める人はいない


けれど、申し訳程度に置かれたベンチに座って、ゆったりとした時間を過ごす人が増えるのもまた事実


道行く人の半数は目を奪われるこの景色


春のその並木道を利用する全ての人が、何となくその非日常を通り過ぎていく―


―でも


でも、その通りは、間違いなく不思議な力を持っていた


私達はその道を、肩を並べて歩いていた


何か言うわけではない


何かするわけでもない


ただ並んで歩く


それだけで充分満たされる、そんな瞬間だった










朝倉純一


力を失って自分を失いそうになった時


私を救ってくれた人


今でも忘れない


―ううん、これからも忘れない


あの木の下で交わした1つ1つの言葉


あの日、その瞬間から私は変われた


―いいや、朝倉君に変えられた。そうだね


あの日から私を取り巻く環境は変わった


最初は怖かった


けど、側には必ず朝倉君がいてくれた


だから怖くても平気だった


だけど、朝倉君に頼ってばかりじゃ何も変われない


自分は自分で変えなきゃ駄目なんだ


私は自分を変えるために必死になった


その結果私は、今こうして以前と変わりない日常を送ることが出来きている


ありがとう。朝倉君


貴方のおかげで私は変われました


ありがとう。私を支えてくれて


ありがとう。勇気をくれて


もう一度


ありがとう










俺達二人の頭上を、時には白く、時には薄紅色に姿を変えて舞う、小さな花びら達


その一片を掌に受け止めて、ことりは立ち止まる


瞬間、まるでその時を待っていたかのように、少しだけ強い風が颯爽と吹き抜けて行く


ことりは風に遊ばれる髪を抑えて、それが止むのを待つ


俺は立ち止まって、肩越しに彼女の姿を見た


まるで雨のように降る桜の花びらの中、其処に立つ彼女はまるで桜の精なのではないか


そう疑ってしまうほど美しくて、言葉を失ってしまった


それはもしかしたら、辺りに立ち込めている春の香りのせいであるかもしれない










「・・・桜って」


不意に、私は呟いた


誰かに聞いて欲しくて言った言葉じゃない


本当に何となく胸に浮かんだ気持ちを、本当に何となく吐露した


それだけだった


だけど、それでも朝倉君には届いた


それはいつの間にか姿を消した風や、桜の花びらの舞も一端を担っているようだ、と朝倉君は思ったに違いない


「これからは、ただ散っていくだけなんだね・・・」


髪にまとわりついた花びらを一枚指で取り除きながら言う


朝倉君は一歩一歩踏みしめて


また私の傍に立つ


そして、私の髪にまだついている花びらを摘んで言った


「・・・散らないさ」


それは凛とした声だった


しかしそれは有無を言わせない力強さを兼ねていた


「ただ、降るだけなんだ」


彼は人差し指を真っ直ぐ、澄み切った空に向けて言った


空のぬけるような青さ


桜の花びらの薄紅色とのコントラスト


その景気が妙に幻想的で、一瞬吸い込まれてしまいそうになった


私は朝倉君の言葉をかみ締める


桜は春にだけ降る雪


冬にだけ雪が降るように、また春にだけ桜は降るのだ


何故だろう


そう考えるだけで、胸の中に湧き上がった


絶望にも似た喪失感がみるみる満たされていく


ああ、そうなんだ


桜は散らないんだ


この胸の中で膨らんでいく気持ちはなんだろう


そう考えて目を瞑ると、眼前に広がったのは紛れもなく幼き日々を過ごした町の風景だった


たった今まで忘れていた。しかし今なら判る


この気持ちは、あの頃庭の片隅に立っていた一本の桜の木の根元に埋めたたからものを、掘り返す日のことを想像した


あの時の気持ちに似ている


結局そのたからものの中身は思い出せないし、掘り返すこともなかった


きっともう思い出すこともなかっただろう


この通りを歩かなければ


桜が降らなければ


彼が新しい言葉をくれなければ


それは小さな小さな幸せ


目を開けると、朝倉君は私の前にいた


何処にもいかず、ただ傍にいた


それがまた嬉しくて、私は力一杯朝倉君を抱きしめた










桜降る長い参道





私達は確かな足取りでその道を歩く





全ては貴方と共に





私は一層力を込めて朝倉君の腕を抱きしめた





この桜並木を歩いて良かった





他の誰でもない





貴方と共に―





終わり

くれないさんあとがき
はい。書きました。25000HITリクエストSSです。
リクエストと言っても「ことりの小説書いて下さい。」だったから結構困りましたが、何とか完成満足な出来です。
どう受け取って頂けるかは分かりませんが、楽しめて頂けたでしょうか?
これからも短作はちょくちょく書くと思うので、お時間あれば目を通してやって下さいね。
それでは、次回作でお会いしましょう。



                                        
貴方と共に
inserted by FC2 system