このみとタマ姉のお泊まり
貴明の眠らない夜
「つ、疲れた」
未だに記憶がなくなる直前のあの恐怖は薄れない。
湯に浸かっているにも関わらず、身震いをするほどだ。
俺は湯船に沈みながら、先程の夕食のことを思い出していた。




本日の夕食はこのみとタマ姉の競作。間違っても共作では無い。
テーブルにはところ狭しと言った感じで二人が作った料理が並べられている。
だが、俺はいまだに箸を付けられないでいた。食欲がないわけではない。ただ。

「あの・・・そんなに見られてると食い難いんだけど」
じーーーっと言う擬音が聞こえてきそうなほど、俺は二人に見つめられていた。

「いいからタカくんは食べて食べて」
「そうよ、冷めないうちに食べなさい」
そう言ってくれるのは嬉しいんだが、いかんせん、二人の目はちっとも笑っていない。

例えばタマ姉の料理から先に手をつけようとすると、このみが「あああっ!」と泣きそうな顔をするし。
逆にこのみの必殺カレーを口に運ぼうとすると、タマ姉からは「祟ってやる・・・七代先まで祟ってやる・・・」
と恨めしそうな目で俺を見る。




・・・いったい俺にどーしろと仰るんでしょうか、この二人は?




「ふぅ・・・仕方ないわね、そんなにタマお姉ちゃんに食べさせて欲しいの」
「へっ?」
そんな板ばさみ状態に陥っているとタマ姉が先制攻撃に出た。
唐揚げを摘むと、俺の口に運ぶタマ姉。
正直、死ぬほど恥ずかしいが、このままこう着状態が続いて餓死するよりかは百倍マシだ。

「はい、あーん」
覚悟を決めて口を開く。

「あー・・・「あむ」
タマ姉の先制攻撃は食欲旺盛の雛によって防がれた。

「うん、タマお姉ちゃんのお料理、やっぱり美味しいね」
「そ、そう。ありがとね、このみ」
ヒクヒクと引き攣りながらもニッコリと微笑むタマ姉。

「じゃ、タカくん、次はこのみがしてあげるね」
負けていられないと思ったのか、このみもテーブルから身を乗り出してきた。
手にはいつもの必殺カレー。
なんだろう、いつもと同じカレーの筈なんだけど、今日のはその名の如く殺気を帯びている

「はい、あ〜ん」
「あ〜・・・「あむ」
だが、今度は今度で先程よりでかい雛がこのみの攻撃を阻止した。

「うん、流石はベテラン主婦のカレーだわ。あ、もちろんこのみが切った野菜も美味しいわよ」
「あ、あはは。そう言って貰えると嬉しいな。でも今日のスパイスはちゃんとこのみが調合したんだよ?」
・・・見える、見えるよママン。
あんなにも仲がいい二人の間にドス黒いオーラが立ち昇っているのが。
出来ることなら、この場から一刻も早く逃げ出したい。

「ねぇ、タマお姉ちゃん」
「なぁに? このみ」
「どっちのお料理を先にタカくんに食べて貰えるかは、きっといつまでも引き分けだと思うんだ」
「確かにこのみの言うとおりね」
タマ姉がこのみの意見に賛成すると同時に、あの緊迫した空気が霧散する。
ああっ、神様、ありがとうございます!ようやくこの不毛な争いに終止符が打たれました。

俺はふぅ、と胸を撫で下ろ―――

「なら、どっちがタカ坊に沢山食べてもらえるかで勝負しよっか?」
「えへ〜、今度こそ負けないよ〜♪」
嫌あああああああああーーーっ!?

テーブルに泣き崩れていると、こちらを振り向くこのみとタマ姉。

「タカ坊」
「タカくん」
それぞれが自分の手料理を持って、ゆっくりと俺に近づいてくる。
ヤ、ヤバイ、二人とも顔は笑顔だけど、あれは獲物を前にしたハンターの目だ。
俺は狩られる恐怖に「や、やややややっ!」と委員ちょみたいな声をあげて後ろに下がる。

「「はい、あーん」」




「いーーーーやーーーーっ!!」
俺は思い出すのを強制的に中断。頭を抱え、風呂場で悲鳴を上げた。
息ができなくなるまで二人の料理を詰め込まれたところまでは覚えている。だがその後の記憶はない。
まるで犯された気分だった。




風呂からあがると、リビングのソファにはタマ姉が座っていた。このみはその隣で何かを頬張っている。
さっき夕食を食べたばかりだと言うのに、あいかわらずよく食うなぁ。
呆れつつ、冷蔵庫を開けてジュースを飲み干した。


さて、と。
「あのさ、まだ早いけど、俺もう寝るから」
今日は心身ともに本気で疲れた一日だったので早めに眠りたいと言うのもあるが、なによりこれ以上のトラブルは絶対に避けたい。
なので俺は時間は早いが寝ることにした。そう、寝るが勝ちだ。

「タカ坊」
二人にそう告げて、濡れた頭も乾かぬまま自室に戻ろうとするところをタマ姉に呼び止められた。

「な、ななななにっ!」
「なによ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
無理です。

「ほら、いいからこっちに来なさい、タカ坊」
猫をなでるように俺を呼ぶタマ姉。
その声にレッドランプ警報がけたたましく鳴り響く中、何人もの小さな俺が「総員、退避!」と叫んでいる。
なぜならタマ姉が、ソファではなく自分の膝の上をぽんぽんと叩いているからだ。

「タ、タマ姉、今度はなにをする気?」
「なにって、見てのとおり膝枕♪」
ニッコリと微笑みながらおいでおいでをしている。
それにたいして俺は全力全開、丁重にお断りすることにした。

「そ、そんな恥ずかしい真似できるわけないだろ!?」
「なによ、せっかくタマお姉ちゃんがやってあげるって言ってるのよ? 別に恥かしがることないじゃない」
「だだだだって、このみだっているんだぞ」
ましてや今日の状況下でそんな真似をしてみろ。血の雨が降るぞ。
そんな俺の考えを読んだのか、タマ姉はあっさり言った。

「大丈夫よ、今回はちゃんとこのみの了承も取ってあるから」
「・・・へ?」
俺が風呂に入っている間に話し合ったのか、ちらりとこのみの方を見る。

「えへへ〜、そういう事なのですよ。今までタマお姉ちゃんはタカくんに会いたいのをずーっとずーーっと我慢していたんだもんね。
それなのにこのみは何回もお泊りに来ちゃってズルいから今回だけは正々堂々、このみも公認なのですよ、もぐもぐ」
なるほど、一応は筋が通っている話だ。じゃあこのみ、一つ聞いてもいいか?

お前が今喰ってる『ととみ屋』のカステラは誰から賄賂られた?

「さっ、ターカ坊。据え膳食わねば男の恥って言うでしょ。だったら覚悟を決めなさい」
権利をカステラひと切れで落札したタマ姉は悪びれた様子なく言う。

「で、でもさ、タマ姉。やっぱこういうのはちょっと」
「なによ、ここまでお膳立てしてあげてるのよ。いいからさっさと来る!」
なかなか煮え切らない俺にムッとするタマ姉。
だけど仕方ないだろ。俺はもともと女の子が苦手なんだ。

「やだって」
「い・い・か・ら・き・な・さ・い!」
「やだって言ったらやだ!」
一進一退の状況が続く中、業を煮やしたタマ姉が動いた。




「ふぅ・・・そんなに拒まれちゃ・・・仕方ないわね」
よ、よかった。やっと諦めてくれたか。
だが、そんな甘いタマ姉であるはずもなく、その考えはすぐに砕かれた。

「鳴かぬなら、鳴かせてみよう、ホトトギス・・・このみ」
「了解しました、隊長どの」
えいや、と言う掛け声と共に、このみが背中に抱きついてきた。

「トラトラトラ、ワレ奇襲ニ成功したり〜」
「ちょ! 離れろって!」
「ごめんね〜タカくん、ととみ屋のカステラが私を待っているのですよ」
「こなきじじいかお前はああああっ!」
動きを封じられた俺はじたばたするしかない。
その一瞬の隙を見逃すようなタマ姉ではなかった。

―――スパン。

軽い音を立てて、一瞬の無重力感。次に部屋の景色が回った。
以前に雄二がタマ姉に勝負を挑み、あっさり返り討ちにあった姿が脳裏をよぎる。

(いや、回ったのは景色じゃなくて俺の体の方だ)

頭がそれを理解できた時には、既にタマ姉の膝に捕獲されていた。

「膝枕、させてくれるわよね? ついでに耳掃除もさせて貰おうかしら」
させてくれるって・・・もう強制的にされてるんですが?
スっと目を細めて俺の顔を覗き込むタマ姉。

「い・・・イエッサー」
こうなったらまな板の鯉のように諦めるしかない。横でこのみが感心したように声を上げる。

「ふわー、すごいよタマお姉ちゃん。タカくんの膝枕姿なんて初めて見たかも」
「言ったでしょ? 鳴かぬなら鳴かせてみようって。場合によっては実力行使も必要ってことよ」
実際、泣きそうです。




かくして、俺はタマ姉に膝枕+耳掻きをして貰っている。

「どう、タカ坊。気持ちいい?」
「いいけど・・・顔をロックするのはやめてくんない?」
「だって手が塞がっているんですもの、残るは足しかないでしょ」
「いや、ロックしなければいいと思うんだけど」
「駄目。だってこうやって抑えておかないとタカ坊、すぐに逃げちゃうんだもの」
そう言って、タマ姉は膝に力を込める。

「むぐぐぐっ! ちょ、ちょっとタマ姉!?」
分かっているのかいないのか、タマ姉の暖かくて柔らかい太ももがさらに顔に押し付けられる。
愛に飢えている雄二ならともかく、女の人に免疫がほとんどない俺にとってこれはただの拷問でしかない。

「いーなぁ、タマお姉ちゃん」
「大丈夫よ、反対側の耳はちゃんとこのみに取っておくから」
「ほんとう? わーい」
俺の気も知らないで、両手を挙げて無邪気に喜ぶこのみ。
現に、恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ。

「も、もういいだろ!? だから離してくれって」
「ふふ、まだよ、数年分のタカ坊エネルギーを今まとめて回収してるんだから」
「そ、それってあとどのくらいで終わるの?1分?それとも10分??ま、まさか・・・1時間???」
「うーん・・・1年くらいかしら?」
確実に窒息死します。

「あーんもう、タカ坊、なんでこんなに可愛いのよ」
ウズウズしていたタマ姉だったが、我慢ができなくなったのか。
頭をロックしたまま、俺の頭をグリグリする。

「ちょ、ちょっとタマ姉!?」
「私のこと、誘ってる・・・でしょ?」
ドキリ、と心臓が高鳴った。不意打ちにタマ姉の声のトーンが変わったのだ。

「そ、そんなこと」
「タカ坊がいけないのよ・・・ちゃんと責任取ってよね」
言葉とは裏腹に、責めるわけでもなくただ、艶のある口調。
まずい。雰囲気に流されそうだ。

「ちょ、このみ!とめてくれ!!」
「はわわ、タマお姉ちゃん、大胆」
「ワイドショー好きの暇な主婦かお前はあああ!」
助けを求めたものの、カステラを頬張りながらじーっと眺めている。これでは期待薄だ。

「そうよ・・・全部タカ坊がいけないんだから」
え、何?悪いの、俺?
唇からは囁くような吐息。
やがてタマ姉は、ゆっくりと体を屈めて前の方に倒した。
当然、タマ姉と俺の顔の距離は近づい・・・




プニ。ぐさ




「「あ゛」」




タマ姉と俺の声が綺麗にハモッた。






                                         え






                 あ






                                  ちょ。




なにこれなにこれ。なんか耳が、耳が熱いんスけど。


体を屈めたせいで、タマ姉の手にした耳掻きは、自分のボリュームのある胸に押される形になってしまった。
押された耳掻きは当然、前に押し出される。つまり、それがどういう事になるかと言うと。





「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! な、なんか! なんか刺さってるうううっ!?」
そう、あろうことか俺の耳には深々と耳掻き棒が突き刺さっていた




「あ、あはは。ごめんね?タカ坊」
「し、仕事人!?」
いったい誰に頼まれて俺を暗殺する気ですかタマ姉!?

「だ、誰がよ! わざとじゃないんだからそんなに大騒ぎしないの。今抜いてあげるから」
「あだだだだああああああああ!!?」
「ちょ、タカ坊、動いちゃ駄目って、ヤバ・・・抜けない?」
「抜けない?じゃないでしょおおおおおおおっ!!?」
「ふわー、タカくん凄い。手品みたいだヨ」


「いいから救急車あアーーー!!」




数日後。
「ねぇタカくん。出掛けるところ悪いんだけど、また主人の急な出張が入っちゃったの。だから」
「本当カンベンして下さい」
俺は春夏さんの言葉の途中で、道端に頭がメリ込む勢いで土下座をしていた。
いきなり土下座をされるとは思って無かった春夏さんは、少しの間、驚いていたが。




「ちょ、タカくん? ほら、顔を上げなさい。男の子がそんな簡単に土下座をしちゃ駄目よ」
そう言って、ハンカチで汚れた顔を拭いてくれる。
顔を上げれば、いつもの優しい顔。俺の必死の想いが伝わったようだ。

「そ、それじゃあ!」
「ええ、このみをお願いね」
やはり春夏さんは今日も最強だった。

「で、でもほら。いくらこのみとはいえ男の家に泊まりに来るのはそろそろ問題が・・・」
「それでしたらご安心ください、おば様」
「あら、タマちゃん」
血も涙もない鬼が更に一人。

「私も今日、このみと一緒に貴明さんのお宅に泊まる予定ですので」
貴明さん、思いっきり初耳なんですけど。

「そうなの、ならこのみにも本気を出させないといけないわね」
「うふふ、嫌ですわおば様ったら」
「ふふふ、ウチの子には頑張ってもらわないと」
笑顔のまま、見えない火花を散らせるタマ姉と春夏さん。
そんな二人を眺めつつ、俺はボソッと呟いた。

「・・・何度も聞くようで申し訳ないんですけど・・・俺に断るって選択肢はやっぱないんでしょうか?」
「あら?嫌ねぇタカくんったら。今更なにを言ってるのかしら」
「そうよタカ坊。そんなものが例えあったとしても当然」




「「全て却下」」





続く

月海涼秋さんから頂きました
耳から血がwww
想像するだけで耳が痛いです。
そういえば雄二はどうなったんでしょうか?



                                      
inserted by FC2 system