「いざ!尋常に勝負!」
そう叫びながらまーりゃん先輩は書庫に入って来た。

「何なんですか、一体?」
まぁ勝負って言うくらいだから予想はついてるんだけど。

「たかりゃんもいたか。ちょうど良い。いくのん!俺様と再々勝負だ」
「郁乃ちゃんは今日は病院でいませんよ」
「何ィ!?」
「愛佳も付き添いで行ってるんで、今日は俺がここにいるってわけです」
別にいなくても良いんだが、今日は生徒会の仕事も無いのでこっちの仕事を手伝ってたってわけだ。
まぁバーコード貼るだけの仕事だから、もうそれも終わったんだけど。

「・・・・・・まぁいい。ならばたかりゃん。新しく生まれ変わった俺様と勝負だ!」
「嫌です」
「身も蓋も無い!」
「それじゃ俺帰るんで戸締りしますから出て行って下さい」
「そんな訳にはいかん!これを見ろ!」
そう言ってまーりゃん先輩は胸元に手を突っ込んだ。

「何でまたそんなところに手を突っ込むんですか!」
慌てて目を逸らす。

「これだ!」
「・・・何ですか?ってささら先輩!?」
「ふっふっふ、この通りさーりゃんは俺様の支配下にある」
まーりゃん先輩が取りだした写真には、亀甲縛りされたささら先輩が写っていた。
間違いなく本物だろう。背景から考えるに、体育倉庫か?

「グルなんじゃないんですか?」
「ギクッ!」
自分でギクって言ったよ。

「そんなこともあろうかとこれを用意した」
そう言ってまた胸に手を突っ込む。
再び俺は慌てて目を逸らした。

「少しは恥じらいってものを持って下さい!」
「じゃ〜ん!!」
まーりゃん先輩の方に目を戻すと手に持っていたのは

「ブラジャーじゃないですか!どうしたんですか、それ!」
まーりゃん先輩がこれまた胸元から取り出したのはブラジャーだった。
しかも一目で分かるくらいサイズが大きい。まーりゃん先輩のものではないだろう。

「たかりゃん、今失礼なこと考えただろ?」
「いえいえ。それで、何でそんな・・・」
まさか・・・

「ご名答!さーりゃんのブラジャーだ!つまり今さーりゃんはノーブラ!あのメロンがたゆんたゆんと」
「何考えてんですか!」
「さーりゃんは今体育倉庫にいる。ノーブラで、恥ずかしがり屋のさーりゃんは動けない」
女の子なら普通そんな状況じゃ動かないだろう。

「もしも男子生徒に見付かれば、エロ漫画のような展開に・・・」
「エロ本の読み過ぎです!」
外道過ぎる。そんな展開は無いにしても、面倒な状況になりそうだ。

「さーりゃんの貞操が惜しくば、勝負するのだ」
「そこまでして勝負したいんですか!?」
「当然だ!たかりゃんが勝ったらブラジャーを上げよう。ただし、あちしが勝ったらたかりゃんは奴隷だ」
「条件がおかし過ぎます!」
それにブラジャーなんか渡されても困る。

「ならば百歩譲って明日の放課後にいくのんをここに連れて来い。勝っても負けてもブラジャーはあげよう」
やたらと条件が軽くなった。それはそれで怪しい。
しかもブラジャーはどっちにしろ渡されるのか。

「それと日曜日を開けておけ。デートだ」
「デート!?」
「そうデート」
「まーりゃん先輩とですか?」
「それは当日のお楽しみだ」
まったくもって意味が分からない。

「何を企んでるんですか?」
「A secret makes a woman woman.」
「は?」
「何だ知らないのか。秘密は女を女にするってことだ」
いや知ってるけど、女ねぇ〜

「で、何で勝負する?」
「はぁ。分かりました。麻雀はまーりゃん先輩に有利過ぎますし、ブラックジャックでどうですか?」
「ブラックジャックか。良いだろう」
まーりゃん先輩の許可も出たので、書庫の端からトランプを持って来る。

「1回勝負です」
「分かった」
1回勝負ならホントにほとんど運だ。駆け引きも何もない。

「イカサマされても困るんで、俺が親をやりますね」
「別にいいぞ。たかりゃんくらい押し切れんようではいくのんには勝てんしな」
言ってくれるもんだ。サッサとシャッフルし、互いに2枚ずつカードを配る。

「ふむ」
4と6で10か。当然もう1枚引くところだ。
エースが来ればブラックジャックなんだし。

「1枚貰おうか」
どうぞ。一度カードを伏せ、まーりゃん先輩に1枚配る。

「俺ももう1枚です」
次に何を引くかだけど・・・よし絵札で合計20だ。
ブラックジャックにはならなかったが、これならまず勝ったと思うんだけど。

「更に1枚だ」
4枚目か。まーりゃん先輩がもう1枚。

「勝負!」
「20です」
「ブラックジャックだ」
「げっ!」
6、1、10、4の21・・・

「17で引いたんですか?しかも2回も」
いくら1があるからと言って、17なら妥協してもおかしくないところだ。
そしてそれは1回目の話。2回目は5以上ならドボンなんだから確率的にも降りるところだ。

「たかりゃんが勝ったって顔をしたからな。残念だったな」
う・・・。気付かない内に顔に出ていたか。

「では、これが景品のブラジャーだ」
「自分で返しに行って下さいよ!」
「え〜」
「え〜じゃない!」
まーりゃん先輩は渋々ながら書庫を出て行く。

「たかりゃん、ちゃんと明日いくのんをデートに誘っとくんだぞ」
「明日はデートじゃないですよ・・・。はぁ、分かりました」
結局俺は僅差で負けてしまった。僅差でも負けは負けだ。
ささら先輩は助けられたが、郁乃ちゃんをピンチにやったことは間違いない。
タマ姉に相談するか・・・




「という訳でして・・・」
「全く。私に相談するなら勝負する前にしなさい」
「はい・・・」
「ま。あたしはいいけどね。どうせまたリベンジ戦でしょ?」
翌日、俺達は書庫に集まって緊急会議を開いていた。

「多分」
「お金賭けちゃダメだからね!」
「それは向こうに言ってよね」
心配する愛佳。だが郁乃ちゃんは自信たっぷりのようだ。
まぁ過去2回とも勝ってるしな〜

「それでここに来るの?」
「そうだと思うけど、手芸部の全自動麻雀卓は撤去させたしどうする気なんだろ?」
「積み込み出来るなら郁乃ちゃんの圧勝じゃん」
雄二の言う通りだ。だからこそ前回は全自動麻雀卓でやったんだし。
何か秘策でもあるのだろうか?

「もしも1対1じゃないなら向坂先輩、お願いしますね」
「私は別にいいけど、お金は賭けちゃダメよ」
「分かってますって」
タマ姉も郁乃ちゃんに釘を刺す。

「通しのサインは・・・」
「積み込みの場合も考えないと・・・」
などなど何やらきな臭い相談をしている。
お金を賭けるのはNGなのに、イカサマはありなのか。

「郁乃ちゃん、頑張ってね」
このみも郁乃ちゃんを応援している。
いつの間にやら仲良くなったものだ。

「頼もう!」
そこへ廊下から声が掛かり、ガラっと扉が開かれた。

「待たせたな、諸君」
「別に待ってないですけどね」
「今日は特別ゲストを二人呼んでいる」
そう言ってまーりゃん先輩は中に入って来た。

「特別ゲスト?」
「こんにちは、みなさん」
「イルファさん!」
うやうやしく頭を下げてイルファさんが入って来る。

「こ、こんにちは、お兄ちゃん」
「菜々子ちゃんまで」
更にその後ろから菜々子ちゃんが現われた。

「お兄ちゃんって・・・あんた妹なんかいないわよね?」
「いや、これはその・・・」
「うわ〜こんな小さな子にお兄ちゃんって呼ばせてんの?」
「違う、誤解なんだ!そのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、好きでそう呼ばれてるわけじゃ」
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん。な、菜々子・・・」
菜々子ちゃんの瞳が見る見るうちに潤んでいく。

「うわ〜違う!ええっと、そう菜々子ちゃんのお兄ちゃんになったんだ!」
もう自分でも何を言ってるのか訳が分からない。だれがこれは事実だ。

「貴明くんにそんな趣味があったなんて・・・」
「変態・・・」
「誤解なんだってば・・・」
事情を知らない愛佳と郁乃ちゃんの目が痛い。

「タマ姉もやれやれって感じで見てないで弁解手伝ってよ」
「なんて弁解するのかしら?」
・・・なんて弁解すればいいんだろう?

「仕方ねぇな、俺が弁解してやるよ。貴明は妹萌えなんだ!年増のおば、あだだだだだだだ!!!」
「タカ坊は菜々子ちゃんのお兄ちゃん代わりになったのよ。以上」
笑顔で雄二にアイアンクローを喰らわせつつタマ姉はそう答えた。

「た、貴明くん!」
「何、愛佳?」
「お、お兄ちゃんって呼んだ方が良い?」
「誤解だ〜〜〜!!!」
その後、簡単に経緯について説明して一応誤解は解けた。




「はぁ、疲れた。それで、何で菜々子ちゃんを書庫まで連れて来たんですか?」
「ふっふっふ、何を隠そうなーりゃんは天運の持ち主なのだ!」
「天運?」
「その名の通り天から授かった運だ。なーりゃんのゴッドハンドに掛かればいくのんなど敵では無いわ」
ゴッドハンドって・・・

「まさか菜々子ちゃんに麻雀打たせる気ですか?」
「そゆことだ」
「何で菜々子ちゃんが!?ってか何でルール知ってるんです!?」
「俺様が教えた」
「菜々子ちゃんに麻雀なんて教えないで下さい!」
とんでも無いことする人だ。

「という訳でなーりゃんはこの度の俺様のパートナーだ」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って菜々子ちゃんは頭を下げた。
どうやら本気らしい。

「じゃあイルファさんは?」
てっきりイルファさんをオヒキとして連れて来たのかと思ってたんだけど。

「この前の失敗は中立の立会人がいなかったことだ。そこでいるりゃんを呼んでおいた」
「審判は公平にさせて頂きますね」
「いるりゃんなら証拠映像もバッチリ残る。どれだけ早く抜こうが無駄だ」
なるほど。イルファさんがいれば左手芸も使えないというわけか。

「つまり今回はサマは無しってわけですか」
「そういうことだ。条件は五分。麻雀が強い者が勝つ!どうだ、いくのん?勝負を受けるか?」
「面白いですね。受けますよ」
「それでこそ我がライバルだ!」
そう言うとまーりゃん先輩は書庫の奥から麻雀セットを持って来た。
以前雀荘にされてた時の奴がそのまま隅に置いてある。

「ここでやるんですか?」
「そうだぞ」
「自動じゃなくていいんですか?イルファが見てて積み込みなら出来ますよ?」
「オール伏せ牌で洗牌すれば問題無いだろう」
「なるほど」
全自動麻雀卓じゃなくても対策はバッチリって訳だ。

「貴明君、オール伏せ牌って?」
「洗牌、つまり牌を混ぜる時に牌を全て裏向けにして、表が見えないように混ぜるってこと」
「じゃあ牌が分からないから・・・」
「積み込みも出来ないってことだね」
まぁ出来なくはないけどね、と心の中で付け加えておく。
今回はイカサマは一切なし。正真正銘の運と実力勝負だ。

「そして東風戦で行う」
「東風戦か」
「短期決戦になるな」
「ごめんなさい、説明お願いします・・・」
捨てられた小動物のような目で愛佳が利いて来る。

「南場に行かないことだよ。親が一巡すれば終わる、最高に早い麻雀のことさ」
勝負はあっという間に決まる。

「誰かがハコになった時点で終了。コンビの点数の合計点の高い者を勝ちとする」
コンビの合計点か。たとえ相方がハコになっても50100点以上持ってれば勝ちって訳だ。

「いいですよ。で、今回は何か賭けるんですか?」
「お金はダメですよ」
あらかじめタマ姉がまーりゃん先輩にも釘を刺した。

「ふっふっふ金か。俺様の手持ちが無い!!」
・・・どうやら郁乃ちゃんとの勝負、全自動麻雀卓で使い果たしたらしい。

「そこで今回はたかりゃんとのデートを賭けよう!」
「「「「「ええ〜〜〜!!!???」」」」」
「何で貴明まで驚いてるんだ?」
唯一こちら側で驚いていない雄二が聞いて来る。
そうか。昨日の勝負はそういうことだったのか。

「明日は空いてるのだろう、たかりゃん?」
「・・・そうですね」
「あたし降りていい?」
「何ィ!?いくのん降りる気か?」
「だって貴明とデートなんてしたくないし」
さすがにそこまで言われるとヘコむんだけど・・・

「そ、それじゃこのみが代わりに」
「あたしが代わりに出てもいい?」
このみと愛佳がそう言ったのは同時だった。

「「え?」」
「あ、あのやっぱり止めようかな・・・」
「う、ううん。柚原さんどうぞ」
「で、でも・・・」
「いえいえ・・・」
何やら壮大な譲り合いをしている。

「・・・もういい。あたしが出る。誰がデートに行くかは勝手に決めて」
揉めても面倒臭いと思ったのか、郁乃ちゃんはやれやれと言った感じで溜息を吐いて卓に着いた。

「ふぅ〜」
と同時にまーりゃん先輩も溜息を吐いた。
そりゃ郁乃ちゃんへのリベンジなのに、本人がいなきゃどうしようも無いからな。

「あともう一つ賭けを増やそう。貴明とのA付きだ」
「A?」
「Aって何だ?」
「・・・今俺は猛烈にジェネレーションギャップを感じている・・・」
あんたホントに何歳なんだ・・・

「姉貴、Aって何だ?」
「・・・さぁ?」
「む!タマちゃん知ってるのに知らないフリしたな!」
「し、知らないですよ。変なこと言わないで下さい」
まーりゃん先輩とタマ姉がやいのやいの言い合ってる。
どうやらタマ姉は知ってるらしいが、ジェネレーションギャップと言われちゃ言えないか。

「もういい!キスだよ、キス。接吻」
「はいいいいいい!!!???」
「フレンチでもディープでもいいぞ」
「俺が良くないです!」
「何で?」
「何でって・・・その・・・」
恥ずかしい・・・
全員が注視していて、とてもじゃないが何か言える雰囲気じゃない。

「とりあえず嫌な物は嫌です」
「デートにキスは付きものだろ」
「そんな理論聞いたこと無いですよ!」
「じゃあ俺様がさっき作った。もう一人はタマちゃんでいいんだな?」
俺を無視してまーりゃん先輩は話を進める。

「え、ええ」
「無視しないで下さい!」
「あちし達のコンビ技を見せてやるぞ」
「が、頑張るも」
全く聞いちゃいない。

「安心しなさい、タカ坊」
「タマ姉・・・」
「タカ坊の唇は私が貰ってあげるから」
人差し指で唇を触りつつタマ姉は言った。

「・・・・・・は?」
「諦めろ、貴明」
「・・・・・・え?」
何か全力で置いてけぼりにされてるんだが。

「質問は無いか?」
「あります」
「何だ、たかりゃん」
「この際景品は置いといて、何で菜々子ちゃんがまーりゃん先輩の味方をしているかです」
そう言って俺は菜々子ちゃんの方を見た。

「え?え〜っと、その・・・」
「うん」
「お、お兄ちゃんがデ、デート・・・してくれるって言うから・・・」
は?今何とおっしゃいました?

「まーりゃん先輩?」
「う、ウソは吐いてないぞ。今回勝ったら明日の水族館デートをプレゼントしてやろうと」
「俺が行かないと成り立たないでしょうが!」
「ふん。デート権は一応俺様預かりだ」
うっ・・・。確かにそれについてはホントのことだ。

「だからなーりゃんは我が同士だ」
「ごめんなさいだも」
菜々子ちゃんが頭を下げる。そこまでされちゃ止められない。




「席決めはつかみ取りでいいですか?」
イルファさんはそう言って牌を4枚伏せた。

「オーケーだ」
「いいですよ」
つかみ取りとは、「東・南・西・北」を1枚ずつ裏返して混ぜておき、各自が1枚ずつ取る。
そして東を取った人が好きな席に座り、そこを起点として他の三人が座るという方法だ。
郁乃ちゃんが東、タマ姉が南、菜々子ちゃんが西、まーりゃん先輩が北だ。

「よし始めよう」
「その前にトイレ行っていいですか?」
「別に構わんぞ。なーりゃんも行くか?」
「え?え〜っと・・・」
変なところで気が利く人だ。
ところで何で菜々子ちゃんはもじもじしてるんだ?

「タカ坊。雄二とジュース買って来なさい」
「へ?」
「何で俺が」
「いいから」
タマ姉はそう言って1000円札を渡して来る。

「全員分ね」
「あ、うん」
「貴明、早く行って来いよ」
「雄二〜?」
「行って参ります、お姉さま」
釈然としないが俺達は書庫を出て、渡り廊下の方へと向かったのだった。





終わり

ToHeart2SS第5作前編です。
構想から完成まで5ヶ月も掛かりました。
前後編にする気無かったんですが、余りにも長くなったので分割しました。
しかもまだ麻雀勝負が始まって無いという罠。
タイトルは現在アニメもやってる某漫画から。原作はいつも立ち読みしてますが、アニメはちっとも観てません。
それでは後編を期待せずにお待ち下さい。



                                          
郁乃−Ikuno−
(前編)
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