「え~っと次は手芸部か」
手元にあるリストを確認して歩き出す。
放課後、俺は生徒会の仕事で各部室を回っていた。
今度の文化祭の出し物についての最終確認などでだ。

「ここだな」
俺は目の前にある手芸部の部室をノックする。

「・・・・・・・・・あれ、いないのかな?」
もう一度、今度は強めにノックした。

「どうぞ~」
・・・なんか今良く知った声が聞こえたような。
手芸部に知り合いなんていないハズなんだが。
誰の声だったか、と考えつつ扉を開く。

「なんだ、たかりゃんか。何用だ」
「何でこんなところにいるんですか、まーりゃん先輩!」
部室の中にはどこから持って来たのか、ソファに寝そべって麻雀牌をいじるまーりゃん先輩の姿があった。
相変わらずパンツが丸見えだ。

「何をいう手芸に勤しんでいるのではないか」
「手芸って麻雀牌をいじってるだけじゃないですか」
「ふん、バレたか。さすがはたかりゃん」
もう突っ込むのも疲れて来た。

「手芸部の部室は新麻雀部の部室となったのだ!」
「新麻雀部~?そんなもん認可されてないでしょ」
新ってことは、この前郁乃ちゃんによって麻雀部が潰されたからなのだろう。
だが、新麻雀部なんてものが認可されたなんて聞いた覚えが無い。
この前みたいに勝手に同好会に認可されないよう、規制を厳しくしたところなのだ。

「まーに不可能は無い!」
そう言うとまた自分の胸元に手を突っ込む。
俺は慌てて後ろを向いた。少しは恥じらいというものが無いのだろうか?

「読みたまへ」
まーりゃん先輩が肩越しに渡して来た紙を流し読みする。

「・・・学長が認可した?偽造でしょ?」
「そんなハンコ偽造出来るか!本物だぞ」
確かに最後に大層なハンコが押してある。サインもそれらしい代物だ。

「何なら直接聞きに行ってもいいぞ」
「怪しい・・・」
「な、何だその目は、たかりゃん」
「どういった方法で許可して貰ったんですか?」
「それは誠心誠意を込めて・・・」
そんなんで認可されていったら、学校は部活だらけになってしまう。

「とりあえずこの紙は預かりますね」
「あ、ちょっと待て」
まーりゃん先輩が引き留めようとするが、俺はサッサと部室から出て行く。
タマ姉に相談・・・の前に本物かどうか先生に聞いてみるか。




「で、本物だったと」
「そうなんだ。どうやって手に入れたのやら」
生徒会室に戻った俺はタマ姉、このみ、雄二にいきさつを説明した。
教師に確認したところ、ほぼ間違いなく本物だそうだ。

「俺は今回は無関係だぞ!」
「そんなにムキになって否定すると余計怪しいわよ、雄二」
「なっ!?お、俺は無実だ」
「ま、今回はそうでしょうね。どうしましょうか」
雄二がホッと溜息を吐く。本当に無関係なようだ。

「学長に直接聞いてみるしか無いわね」
「そうだね。どういう考えで認可したのか分からないけど、撤回してくれるかも知れないし」
「早速行ってみるのであります、隊長!」
俺達はぞろぞろと生徒会室から出て行った。今日もまともに仕事出来そうに無いな。




「どうやって認可させたんですか?」
「ふふふ、本物だということが分かったか?」
「ええ。しかも撤回する気は無いという言葉まで頂きましたよ」
パチン、とまーりゃん先輩が指で鳴らした。
すると窓の外からるーこが顔を出した。

「るーこ!?」
「呼んだか、うーりゃん?」
「うむ。ここにいるるーりゃんこそが我が切り札」
何か読めて来たぞ。

「このるーりゃんのるーの力とまーの力を合わせれば、不可能など無いのだ!」
「そういうことだったんですか」
通りで学長が撤回しないわけだ。催眠術みたいなことをされているのだろう。

「だからって生徒会は、見逃す気はありませんよ?この部室を手芸部に返して下さい」
「ふん。そう来るだろうと思ってたぞ」
そう言うと携帯を操作し出す。どうやらメールを打っているらしい。

「るーこも何でまーりゃん先輩に協力したんだ?」
「一食の恩義だぞ、うー」
「ああ、そう・・・」
「るーはやることがあるので失礼するぞ」
そう言うとるーこは窓から出て行った。
と同時にまーりゃん先輩が携帯をポケットに仕舞うのが見えた。

「何したんですか?」
「しばし待て。時は金なりだぞ、たかりゃん」
待てって、それじゃ貴重な時が勿体ないんだが・・・
まぁまーりゃん先輩に言っても仕方ないし、ちょっと待つか。




「全てはこの日の為に。いくのん!今日こそ積年の恨みを晴らさせてもらうぞ!」
「わざわざ何の用かと思ったら・・・」
郁乃ちゃんは呆れ気味に溜息を吐いた。
数分後、郁乃ちゃんと愛佳が元手芸部の部室にやって来ていた。

「もしかして郁乃ちゃんと再戦する為だけに新麻雀部なんて作ったんですか?」
「強者が立ち会うにはそれに相応しい舞台と、相応の代価が必要なのだ!」
よく分からん理論だ。何か代価を支払ったのか?それにこれが相応しい舞台なのだろうか?

「あの日、俺はいくのんに負けて以来コツコツコツコツ小銭を集め、書庫に寄付し続けた」
「まだ全額貰って無いんですけど・・・」
「ええ~い!それも今日勝ってチャラにしてくれるわ!」
まだ払って無かったのか。

「俺が負ければこの部室は手芸部に返してやるわ!」
「別にあたしはこんな部室どうでもいいんですけど・・・」
「それは良くないよ~。でも今回は無理に戦わなくてもいいかな?」
愛佳も対局には反対なようだ。そりゃそうか、何の得も無いんだし。
でもそれはそれで生徒会と手芸部が困るんだが。

「まぁいいわ。まーりゃん先輩が賭けるのはこの部室ですか?」
「うむ。いくのんが負けた場合は点数分を現金で寄付でどうだ?」
「思いっきり賭け麻雀じゃないですか!?」
相手に寄付なんて言い方しても、それはただの現金譲渡だ。

「タマちゃんがいない今、気にすることはない」
「気にしますよ!」
なんでわざわざ郁乃ちゃんと愛佳だけ呼んだのかようやく分かった。
だがせっかく手芸部の部室を取り戻すチャンスだ、タマ姉を呼んでご破算ってのもバカらしい。
郁乃ちゃんがもし負けそうになったら呼ぼう。

「い、郁乃~」
「あたしはこんな部室どうでもいいんで、あたしもそのルールにして下さい」
「よかろう」
『ええ!?』
俺と愛佳の声がハモる。

「もっと書庫を充実させて上げるわよ。楽しみに待ってなさい」
そういう問題じゃない。
心配そうな愛佳とは対照的に、郁乃ちゃんは前回の勝利もあったせいか自信満々だ。

「くっくっく、その自信がいつまで持つかな?今回の勝負はこれでだ!」
そう言ってまーりゃん先輩はテーブルから布を外した。

「これは・・・」
「全自動麻雀卓だ~!!」
「なっ!?」
さすがの郁乃ちゃんも動揺を隠せない。そりゃ前回はイカサマで勝ったしな。

「あの時は余りのショックに頭が回らなかったが、よく考えれば役満なんかホイホイ出来るわけが無いんだ!
ましてやダブル役満なんて都合良く出来て堪るか~!ゲームでだって出したこと無いんだぞ!」
確かにダブル役満なんてもの、俺だって出したことは無い。それほどに凄いものなのだ。

「どうだ、いくのん!これで勝負を受けるか?」
「上等ですよ。受けます」
「郁乃!?」
「郁乃ちゃん!?」
さすがにイカサマが出来ないとなれば状況は大きく変わって来る。
だが郁乃ちゃんの瞳には強い意志が宿っている。
意外とこの姉妹頑固だからな~。一度言った以上そうそう撤回はしないだろう。

「それで、誰が他に打つんですか?」
「1対1だ。誰にも邪魔はさせん!たかりゃんとまなりゃんが立会人だ」
「分かりました」
郁乃ちゃんとまーりゃん先輩が互いに席についた。

「細かいルールを説明するぞ。勝負は十七歩だ!」
「十七歩!?」
「貴明君、十七歩って?」
サッパリ分からないといった顔の愛佳が俺に聞いて来る。

「某漫画で採用されてる麻雀のルールだよ。通常通り山を4つ作るんだけど、今回は自動で作ってくれるね。
その中から一人一つ山を選ぶんだ。そこから手牌を作る」
「手牌を作る?」
「一つの山は34牌。それを全て開けて手牌を作るんだ。残った21牌は捨て牌候補。
捨て牌候補から牌を河に捨てるんだけど、ツモ上がり、鳴きは無しだから、相手からのロンのみで上がることが出来るんだ」
「それじゃあ21巡すれば終わりなの?」
「いや、それが十七歩という名前の由来だよ。
地雷原の土地を17歩歩き切る、と例えたのがこのゲームなんだ。互いに21牌中17牌を捨て切れば流局」
「地雷原って・・・」
これは今ルールを知った郁乃ちゃんが絶対的に不利だ。
実際にやったことは無いけれど、まーりゃん先輩が有利だろう。

「と、たかりゃんが説明してくれたが、いくのんも理解出来たかね?」
「別に貴明に説明されなくても知ってますけどね。付け加えると満貫縛り」
あれ?郁乃ちゃん知ってるみたいだな。

「満貫縛りって?」
「上がるには満貫以上じゃないとダメなんだよ。表ドラはを使うのはアリだけど、たまたま乗った裏ドラはダメ。
つまり上がる時点で満貫が確定していなきゃダメなんだ」
「それじゃあタンヤオじゃダメなの?」
「ドラを交えるならアリだけど、かなり難しいね」「
ありえない、とも言い切れないのが麻雀の恐ろしいところだが。

「選ぶ山によっては下手すれば満貫が作れないこともある」
「そういう場合は?」
「ベタおりするしか無いね。手牌は必ずしもテンパイにする必要は無いから、チョンボにもならないし。
満貫以上の手の望みがなかったり、薄かったりする場合は捨て牌候補に安全そうな牌を集めて逃げるのもあり」
のハズなんだけど、今郁乃ちゃんとまーりゃん先輩が細かいルールについて確認している。

「人和、流し満貫は無し。敵の最初の捨て牌で当たればリーチ一発を適用。河底撈魚(ホウテイラオユイ)あり」
「河底?」
愛佳がこれまた分からない、といった顔で聞いて来る。

「海底と似たようなものだよ。海底摸月(ハイテイモーユエ)はツモ上がり、河底はロン上がり。
今回はツモだけだから必然的に海底だけになる。最近は河底も海底って言う場合が多いけどね」
「へぇ~、そうなんだ」
親は無し、風は先に捨てる方が東で相手は南。手牌の決定時間は3分。
この辺りも漫画のルールと一緒だ。




「質問は?」
「レートはどうするんですか?」
「満貫を1本だ」
そう言ってまーりゃん先輩は人差し指を立てた。

「10万ですか」
「「「じゅ、10万!?」」」
俺や愛佳だけでなく、まーりゃん先輩まで驚いている。
そりゃそうだ。満貫で10万ということは倍満なんて出た日には20万だ。
とてもじゃないが学生が払える額じゃない。

「あれ?違いました?」
「1万に決まってるだろ!10万なんか出せるか!勝負は1回きりだ!」
「まぁいいですよ。また寄付して貰いますよ。それじゃあ始めましょうか」
「い、郁乃。やっぱり止めようよ~。賭けごとなんてダメだよ~」
愛佳が郁乃ちゃんを止めようとするが、無駄だろう。

「大丈夫だってば。お姉ちゃんはあたしを信頼してないの?」
「それはしてるけど・・・。でも麻雀でしてるかは別だよ~」
「俺も賛成出来ない。まーりゃん先輩とガチでやって勝てる見込みはあるのか?」
あのタマ姉ですら負ける寸前だったんだ。郁乃ちゃんには悪いが、ここは止めないと。

「勝算も無しに勝負すると思ってんの?」
「え?勝算があるの?」
「当たり前でしょ。さぁ勝負の邪魔よ。あっちで見てて」
そう言うと郁乃ちゃんは俺と愛佳をシッシと追い払う。

「あ、待てたかりゃん」
「何ですか?」
「最初だけサイコロ振ってくれ」
まーりゃん先輩からサイコロを手渡された。

「その自動卓に付いてるじゃないですか」
「これ壊れてるんだよ。だから安かったんだけど」
なるほど。・・・これを振れば勝負が始まってしまう。
そうなればもう止めることは出来ない。

「たかりゃん、どうした?早く振れ」
正直止めるべきだろう。もし負けたら金を取られるわけだし。

「貴明、振りなさい」
「郁乃ちゃん・・・」
「あたしを信じなさい」
あ~もう!そう言われたら信じるしか無い。
俺は祈るような気持ちでサイコロを振った。
出た目は1と・・・1.。

「ピンゾロか。たかりゃん、勝負に相応しい目だぞ」
「・・・・・・どうも」
勝負は始まってしまった。
もう一度まーりゃん先輩がサイコロを振って、東がまーりゃん先輩、南が郁乃ちゃんになった。
自動で山が作られ、先攻のまーりゃん先輩が山を先に選び、郁乃ちゃんが残った3つから一つを選ぶ。

「ドラはたかりゃんが好きな方を選びたまへ」
これまた重要な役割を振ってくれるもんだ。

「ドラは8筒」
「では、たかりゃん、3分計ってくれ」
「分かりました」
俺は携帯を取り出して時間を確認した。今の時間は13時59分。



14時になった。

「スタート」
二人が山を開き、素早く牌を確認してまとめて行く。
ジャラジャラと牌がぶつかり合う音が部室の中に響いた。




「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」
音が止まり、互いの前に13牌と21牌に分けられた牌が完成していた。

「いい山だったぞ。いくのんはどうだ?」
「さぁ、どうですかね?」
まーりゃんは余裕綽々と言った感じだ。
愛佳が郁乃ちゃんの手牌を覗いているが、なんか顔色が良くない。

「お姉ちゃんはあっちで見てなさい」
「郁乃~」
「任せなさいってば」
郁乃ちゃんに押されて愛佳がこっちに来る。
俺は愛佳と交代で郁乃ちゃんの手を覗き込んだ。

え~っと・・・え?ええ?
満貫じゃないどころか、テンパイすらしてない。三向聴だ。
いや十七歩の場合ツモが無いので、テンパイしてるかしてないかだけなんだが。
つまりこの局、郁乃ちゃんは勝負を降りている。
捨て牌候補を見ても分かることだが、かなり山が悪かったらしい。

対するまーりゃん先輩は・・・当然テンパイ。
一気通貫、混一色、リーチで跳ね満。しかも一萬、四萬、七萬の三面待ちだ。
負ければ15万だぞ?確かさっき見た郁乃ちゃんの捨て牌候補に萬子があったな・・・
え~っと・・・

「どうだ、いくのん?」
「残念ながら外れですね」
まーりゃん先輩が先に切る。実際何を切ってもセーフなんだ。
問題は郁乃ちゃんだ。

「どうですか?」
「残念ながら外れだな」
し、心臓が止まるかと思った。捨てたのは八萬だ。
一歩間違えれば当たってる。




「貴明君、普通の麻雀と他にはどんなところが違うの?」
「そうだな。ツモと鳴きが無いから嶺上開花なんかも無い。当然搶槓も無し。役で無いのはそんなところかな」
「勝てる・・・かな?」
「分からない。応援するしかないよ」
互いに黙々と牌を捨て合う。
もちろん即座に捨てるのではない。

最初の方こそ早かったが、捨て牌から筋などを判断して捨てるのだから必然的に時間が掛かるようになる。
だが十七歩の場合筋ひっかけなどもあり得る。そこまで考えて打たねばならないのだ。




全く見ているこっちの息が詰まる。
ふと愛佳の方を伺うと虚空を見つめていた。

「愛佳?」
目の前で手をひらひら振るが、全く反応が無い。
目を開けたまま寝てるのか?
しかしこんな状況じゃとてもじゃないが寝れないだろう。

「ま、まさか」
これって寝てるんじゃなくて、気絶してる?




「ちっ・・・上がれなかったか」
「はぁ~」
なんとか凌ぎ切った。全く心臓に悪い。

「ふぅ・・・」
郁乃ちゃんも一息吐く。

「第2局と行こうか」
「そういえば一つ決め忘れてましたね。レートはどうします?個人的には倍々がいいんですけど」
またとんでもないことを提案するな。

「・・・現状維持だ」
「そうですか。残念」
心底残念そうに郁乃ちゃんはそう言った。
もしかして倍々なら次もわざと上がらなかったんじゃないだろうか?




3分の手牌選択時間を経て、互いに1回ずつ捨てる。
今回は郁乃ちゃんが東だ。さっき見た限りでは東、白を交えた混一色で待ちは五索、八索の両面待ち。
対するまーりゃん先輩はチャンタと三色、それに平和とリーチが付いての満貫手。
二索カンチャン待ちだ。どちらも索子待ち。どちらが先に出て来るか・・・




「なかなか上がれないものだな、いくのん」
「そうですね」
長く思えた時間だったが、実際は30分も経って無い。
残り捨て牌候補は互いに7牌。つまり残り3巡。

郁乃ちゃんの残った牌は北、南、中が1枚ずつ、萬子が1枚、筒子が2枚、当たりである二索が1枚。
当たる確率は1/7。しかも最終的には1/5。安牌は一切無し。
更にこの十七歩の恐ろしいところは字牌が普通の麻雀以上に危険牌だということ。
今回の郁乃ちゃんのように混一色が基本的な待ちになる。特に南、中は1翻が付く為郁乃ちゃんから見れば超危険牌。
故に字牌は切り難い。となると残す4牌に字牌が3つ。通り道は一つだけしか残らない。

両面待ちなのにまーりゃん先輩の捨て牌候補に郁乃ちゃんの当たりは五索が1枚だけしか無い。
更に悪いことに2巡分の安牌が既にある。字牌は中が1枚。萬子が2枚、筒子が1枚。
あと2巡はノータイムで切り出して行ける。

「貴明君、勝負は・・・?」
「愛佳、気が付いたのか」
「うん」
まだ若干顔色の悪い愛佳がソファから起き上がる。

「2戦目であと3巡だよ」
「勝てそう」
「・・・厳しいね」
そこまで言ったところで郁乃ちゃんが牌を切り出した。

「南!」
「ふ、ふふ。そこを切りだすとはな」
「通ったでしょう?」
「いつまでその幸運が続くかな?」
ノータイムでまーりゃん先輩が安牌を切った。
更に続けて郁乃ちゃんが今度は中を切りだす。

「くっ・・・」
まーりゃん先輩の中も安全牌になった。
郁乃ちゃんの勝ちは消滅。だが・・・

「北を切りだして今回も終了か」
「命拾いしたな、いくのん」
「先輩こそ」
すぐさま自動雀卓が動き新たな山が形成される。

「愛佳?」
ふと気付くと愛佳が床に座り込んでいた。

「どうしたの?」
「こ、腰抜けちゃった・・・」
「お漏らししないでよね、お姉ちゃん」
「お、お漏らしなんてしないよ~」
腰抜けた状態で言ってもあんま説得力無いな。




五面待ち?まーりゃん先輩、何て引きの良さだ。
二筒、四筒、五筒、七筒、八筒なんてほぼ間違いなく当たる。
郁乃ちゃんの手牌は・・・一盃口、ドラ1にリーチ。東か南で満貫。
待ちはシャンポン待ちだし、そこまで悪い手じゃないが、まーりゃん先輩の手が良過ぎる。
しかも捨て牌候補にまーりゃん先輩の当たり牌が5枚!
5面待ちで5枚なら少ないと見るべきか・・・

どちらにしろ流局はもう無い。先にアガらなければ負ける。
しかも字牌が4枚も浮いてる。って東が捨て牌候補にある?
それを切ってしまったらフリテンだ。
これで勝つのは更に至難の業だ。





残り10枚。当たる確率は1/2。よくもここまで当たらなかったもんだ。

「先輩」
「ん?どうした?」
「捨て牌候補を相手に見せるのはアリですか?」
「好きにすればいいさ」
捨て牌候補を見せる?まーりゃん先輩の動きを見る気か?

「どうも」
パタっと右端に寄せられていた10枚の牌が倒される。
まーりゃん先輩は隠すことなく勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。

「どうやらいくのんにも終わりの時が来たようだな」
「そんなことは無いと思いますよ」
そう言って切り出したのはここまで残していた東。
フリテンだ。もうこれで負けが決定してしまった。

「その命、いつまで持つかな?」
「先輩が先に刺されることもあるかも知れないですけどね」
「このまーりゃんに負けは無い!」
そう言って切り出したのはすでに出てる安牌。

「白!」
俺は当たりじゃないと知ってるけど、よくもまぁそっちを先に切り出せるもんだ。
まーりゃん先輩はこれまた現物。

「郁乃の手が止まった?」
「さすがに迷ってるんだよ」
「臆したか、いくのん?」
「まさか。勝負はまだ終わって無いですよ!」
發切り。これで残りは7枚。当たる確率は5/7。
もう負けることは決定してるんだ、確率なんて関係無い。

まーりゃん先輩はまた現物。・・・東!
本当ならこれで勝ちだったのに・・・
いや郁乃ちゃんが切ったから出して来た牌だ。

「ロン」
「・・・・・・へ?」
「リーチ、一盃口、ドラ1、東、満貫です」
「な、な、何だと!?」
「バカな、さっき東を捨てたじゃないか!」
そう言って河を見るが東はどこにも無い。

「東なんて捨てて無いですよ」
「そ、そんなバカな」
「夢でも見てたんじゃないですか?」
「そんなことがあって堪るか!」
確かに東は捨ててあったハズだ。
それなのに今は確かにそこに無い。

「郁乃、すごいよ~」
「うわ、ちょっと、止めてよ」
愛佳が郁乃ちゃんの足元に抱きつく。嫌がってるのかと思えば、まんざらでも無いようだ。

「ふ、ふふ。おかしい、絶対におかしい。イカサマだ!」
郁乃ちゃんの河を見ていたまーりゃん先輩が抗議し出した。

「いくのんは絶対に東を捨ててた!たかりゃんも見てただろ?」
そうは言ってもそこに無いのだからどうしようも無い。

「捨てたような捨てて無いような・・・」
「でも実際無いじゃないですか」
「う~絶対この辺りで捨てた!俺はそれを見てたから東を捨てたんだ」
まーりゃん先輩が指さした辺りを見るが、東は無い。

「愛佳、覚えてる?」
「私、腰が抜けてたせいで麻雀卓の上が見えなかったんだけど・・・」
そういやそうだった。今も立ちあがって無いってことはまだ腰が抜けてるんだろう。

「そんなバカな!断固抗議するぞ」
「まーりゃん先輩、負け逃げなんて許されるわけないじゃないですか。キッチリ寄付して下さいね」
寄付・・・ね。

「あ~今度は書庫じゃなくていいですよ。図書館なり学校なりに寄付して下さい」
「嫌だ!」
「往生際が悪いですね」
「これで勝ったと思うなよ~!」
由真みたいなセリフを吐いてまーりゃん先輩は部室を出て行った。




「で、郁乃ちゃん」
「何よ?」
「今回はどんな手使ったの?さっきはああ言ったけど、確かに捨ててたよね?」
書庫に戻って来た俺は早速郁乃ちゃんにさっきのことについて聞いた。

「ちっ、バレたか」
やっぱりか。

「どんな手も何も単純な拾いって技よ。本当は成功し難いんだけどね」
「拾い?」
「河にある牌と手牌を交換するのをそう呼ぶのよ。今回は横の山と交換したんだけどね」
自分が欲しい牌を拾ったってことか。

「それで東とその一萬を交換したと」
「そ。まーりゃん先輩があたしの捨て牌候補に気を取られてる隙にね」
「捨て牌候補をわざわざ倒したのはその為か」
「そゆこと」
郁乃ちゃんはふふんを自慢げに胸を張る。

「でもイカサマして金を取るってのは、さすがに酷いんじゃない?」
「何よ?あたしがお金取られても良かったって訳?」
「そういう訳じゃないけど・・・」
そもそも金を賭けたって時点で問題なのだが。

「あたしも今回はイカサマするつもり無かったわよ」
「じゃあ何で?」
「多分まーりゃん先輩は全自動麻雀卓に何か仕掛けをしてたわね」
「え、そなの?」
「最後の局と最初の局の前、いくつかの牌を最後に固めて牌穴に投入してたのよ。出来るだけ自然にしようとしてたけどね」
そんなことしてたのか。全然気付かなかった。

「多分仕掛けというより、あの全自動麻雀卓って旧式なんだと思う。確かそれで配牌が偏ることがあるんだって」
「そんな裏技みたいなイカサマがあったのか」
「前に古いのはシャッフル精度が低いって聞いたし、それで間違いないと思う」
全自動麻雀卓だから積み込みは出来ない、と思いこんでしまっていたな。
そんな裏技的な方法があったとは。

「2局目にやらなかったのは」
「あたしがもし1局目でそのイカサマに気付いていたらその山を選ぶからでしょうね。
実際に気付いたのは最後だったんだけどね。今日は引きも悪かったし、かなり際どい勝負だったわね」
「最後はもう負けたかと思ったよ」
「もうダメだ、と思ってからが真の勝負なのよ」
なるほど、覚えておこう。

「これでしばらくまーりゃん先輩も大人しくなるでしょ」
「そうだといいんだけどね」
「お待たせ、二人とも」
愛佳が簡易キッチンからお盆に何かを載せて持って来た。

「アイスクリーム?」
「この前の寄付、で小型の冷蔵庫設置したのよ」
最早何でもアリだな、この書庫。

「紅茶のお茶っ葉も良いの仕入れたんだよ」
「ちゃんと味わせて貰うよ」
こうして俺達の土曜日は終わって行った・・・





終わり

ToHeart2SS第4作で、賭博堕天録いくのんの続きです。
なんか麻雀SS書くのがクセになりそうです。まぁダラダラ書いても仕方ないんで、3作完結にするつもりですが。
今回もタイトルはマガジンの某漫画から。
ちなみにはぴねす!りらっくすの麻雀なら大四喜、四暗刻単騎、字一色の5倍役満出したことあります。
そこに四槓子を加えると最高の6倍になるんですが、さすがに6倍は無理ぽ。



                                         
賭博堕天録いくのん
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