「ヒナが生まれたときってどんなのだったの?」
夕食後、一緒に皿洗いをしている時にヒナはそんなことを聞いて来た。
ちなみにことりは臨月に入ってることもあって、ソファで寛いでいる。
「どんなのって。そうだな~、ヒナが生まれたのは昼間だったのは知ってるだろ?」
「うん」
「雲が全然ない凄くいい天気の日だったのよ」
そうだったっけ?晴れてたのは覚えてるが、快晴だったかは記憶に無い。
「明け方くらいからお腹がちょっと痛かったんだけどね、パパが心配するから黙ってたの」
「そうそう。いきなり電話で音夢に生まれるんですよ!って言われた時はどうしようかと思った」
なんか様子が変だな~とは思ったけど、普通に出勤しちゃったんだよな。
「そういや何で音夢はいたんだっけ?」
「その日はお休みで、産まれるかも、って電話したら来てくれたのよ」
「音夢お姉ちゃんやさしいもんね」
怒ると怖いけどな、と心の中で付け加えておく。
まぁ優しいのはホントだけど。
「パパを見送った後に音夢に付き添って貰って病院に行って、すぐに陣痛室に案内されたの」
「それでパパはどうしたの?」
「昼前だったけど慌てて会社を早退して病院に行ったんだよ。あの時ほど早く走った記憶は無いな」
「パパってば息も絶え絶えで、何言ってるのかよく分からないくらいだったのよ」
自分でも何聞いたのかよく覚えて無い。見りゃ分かるのに『生まれた?』って聞いた気がする。
「ことりが朝に言っててくれりゃ、あんなに走らず休んで付き添ってたよ」
「まさかあんなに早く産まれそうになるとは思ってなかったからね。初産は遅くなるって言うし。それで話してるうちに破水しちゃって」
「それでまた俺が慌てて、騒いでるうちにことりが分娩室に運び込まれたんだ」
「それから数時間して、そこでヒナを産んだのよ」
「そうなんだ。パパは何してたの?」
聞いて欲しくないことを聞くなぁ~
「待ってただけ」
「これはあとで音夢に聞いたんだけどね。パパってばずっと分娩室の前でウロウロしてたらしいよ」
「言わなくていいことを・・・」
「そうなの?」
そういや音夢はずっと一緒にいてくれたっけ。
「音夢に少しは落ちつけって言われるから、座るんだけど、またすぐウロウロしちゃんだよな~」
大体男にああいう時何をしろって言うんだよ。
奥さんを励まして下さい、とか言われても、むしろ俺の方が励まして欲しかったくらいだ。
それほどまでに出産を待つ時ってのは恐ろしく長かった。
「それでようやくヒナが生まれた後にね」
まさかアレを言う気か?
「看護師さんに抱きかかえられたヒナをパパが見たんだけど」
「わ~!わ~!ストップ!!」
「わぁ!?どうしたの、パパ?」
「それ以上はダメ。俺の沽券に関わる」
「そんな気にすることないのに。・・・まぁいっか。パパもすっごく喜んだのよ」
ヒナは納得の行かない感じだが、ここはそれで納得しておいて貰おう。
「教えてよ、パパ」
「まぁその話はまただ。ヒナが大きくなってからな」
「え~」
ヒナが頬を膨らませて抗議するが、これは余り言いたくない。
出来れば一生秘密にして墓まで持って入りたい。
そこまで考えた時に、風呂が沸いたことを知らせる音がリビングに響いた。
「お風呂沸いたみたいだね」
「ヒナ入ろうか?」
「うん!」
「もう小学生だし100まで数えられるよな?」
「大丈夫だよ。1000までいけるよ」
それはさすがにのぼせるだろ・・・
しかしさすがヒナ。
足し算、引き算もすでに出来るし、もしかしたら掛け算も出来るんじゃないか?
やっぱ私立の小学校に・・・・・・って止めよ。今さら言っても仕方ないし。
ヒナが決めたことにグチグチ言ってたら、ことりに怒られる。
「パパ?お風呂入らないの?」
「ん?おお、入るよ」
早いもんだ。あの時赤ん坊だったヒナがもう来月には小学校入学。
確か未来から来たヒナはまだ小学生じゃなかったから、それよりも先の未来になったってことだ。
そんなことを考えながら、俺はヒナの後を追って脱衣場へ入って行った。
「第1回!赤ちゃんの命名会議!」
「何の用かと思えば・・・」
突然訪れた音夢とさくら。
この二人が一緒に来るなんて珍しいと思ったら、これだ。
「ヒナちゃんの時は最初から決まってましたからね。今回は是非名付け親になろうと思いまして」
と音夢は本を数冊テーブルの上にどんと置いた。背表紙を見るに命名に関する本らしい。
姓名判断と開運法、赤ちゃんのしあわせ名前事典、.強運をつかむ赤ちゃんの命名風水、幸せを呼ぶ“新しい”赤ちゃんの名前、
21世紀の新しい命名本、苗字から考える赤ちゃんの名前、世界でたった一つの名前を考える本etc
「よくもまぁそれだけ用意したもんだ」
「図書館で借りて来たんですよ。あと命名に関する辞典もいくつか」
そう言うとまたドサっと今度は分厚い本をテーブルに載せた。
とりあえず適当に一冊手にとってみる。
「墨場辞典?」
「書を書くときに使える古今の名著から集めた名文句集ですよ」
パラパラとめくっただけだが、見てて頭が痛くなって来るくらい難しい。
「そっちは兄さんには向いて無いと思いますよ」
「悪かったな」
「こっちなんかどうです?」
ここ10年の名前ベスト100か。まだ参考になりそうだ。
「ママ、これ何でるびいって読むの?」
「・・・・・・その辺は強引だから読めなくていいのよ」
読めるならいいが、完全な当て字とかは勘弁して欲しいもんだ。
『海月』で『るな』ってありえないだろ。
でもまぁ音夢も大概か。
「何ですか?」
「いや別に」
ちらっと見ただけなのに勘の鋭い奴だ。
「しかし改めて見ると本当に名前って多いよな~」
「だからこそ決め甲斐があるじゃないですか」
「今から決めようなんて音夢ちゃんってば悠長だね」
「何か文句あるんですか?」
また始まった。こいつら顔を合わせるとケンカしかしないのか?
「ふっ、ふっ、ふっ。じゃ~ん!ボクはもう考え済みだよ」
そう言うとさくらは高々と巻物を掲げた。
「なっ!?」
「100個あるから好きなのに決めてね」
何でわざわざ巻物に書くんだ・・・
「私だってある程度なら決めてます!」
「ホントかな~?」
「本当ですよ!」
「まぁまぁ。それじゃちょっとさくらの聞かせて貰おうか」
「それじゃちょっと言うね。まず男の子から。おうや、あきお、おうま・・・」
「ちょっと待て!どんな漢字書くんだ!?」
「桜と矢でおうや、秋の桜であきお、桜と馬でおうまだよ」
何だそりゃ?当て字じゃないがかなり強引だな。
まぁ読めないことはないだろうけど。
「あと太い桜でたろう」
「そりゃ却下」
「さっきから桜ばっかじゃないですか!そんなに自分の名前入れたいんですか!?」
「別にいいじゃない。そんなこと言って音夢ちゃんもそんな感じなんでしょ?」
「うっ・・・」
図星かよ。
「それに産まれて来る子は女の子でほぼ決まりですよ?何で男の子の名前考えてるんですか?」
「まだ決まったわけじゃないでしょ!」
「あ~もう、うるさい。考えるのは自由だ。命名するかはまた別の話だけどな」
「まぁそうですね。兄さんも何か自分の名前からっての考えているんですか?」
「そうだな・・・」
俺から取るとしたら純だろうから、男なら純也とかって感じかな。
女なら純子・・・はさすがに単純過ぎる。純、純・・・・・・読み方変えればいいか?
・・・・・・純佳とか?お、結構いい感じだ。
「今考えてますね」
「おお。だが結構良いの思いついたぞ」
「ホントですか?」
「純佳とかどうだ?」
「兄さんにしてはいい名前ですね」
「一言余計だ」
でもまぁ我ながらいい名前だ。
「以上!」
「やっと終わったか。で、何候補残った?」
「10候補だね。お兄ちゃん贅沢過ぎるよ」
「結局選ぶのは一つだけだろうが」
「それもそっか」
ようやくさくらの考えた名前百選の発表が終わった。
それは無い、まぁまぁなど評価して残ったのが10個というわけだ。
「しかしまだ10個もあるのか」
「じゃあこうしましょう。今から1時間それぞれで考えて、一つ発表するんです。で、そこから決めるってのはどうですか?」
「何でお前が決めるんだよ」
「私は賛成だよ」
「ヒナも!」
「じゃあボクもそれでいいよ」
・・・俺だけ反対って言っても無駄だな。
「分かったよ。それじゃそうしよう」
俺達はそれぞれに名前を考え始めた。
「う~ん、やっぱ純佳でいいかな。他にいいの思いつかないし」
と結論したところで、ヒナがリビングを出て行こうとするのが目に入った。
「ヒナ」
「ほえ?」
「どうだ、ヒナは決まったか?」
「決まったよ」
そう言ってヒナは首を傾げて笑う。くそ~可愛いな~
「そっか。何にしたんだ?」
「ひみつ」
「秘密って言ったって後で発表するんだし」
「だ~め~。それじゃあヒナは時間までうたまるさんと遊んでるね」
「あ、ちょっ・・・」
引き留める間もなくヒナはうたまると行ってしまった。
仕方ない。他の奴らの話も聞くか。
「さくら~」
「ちょっと黙ってて!」
「はい・・・」
いつもの天真爛漫なさくらと違って巻物を見る目は真剣そのものだ。
「そうだよ、ここから選ばなくてもいいんだ。新しく他になのはとか・・・」
おいおい。せっかく10個まで減らしたのに、また候補増やすつもりかよ。
「梨花、伊織、りの、蘭花、ちひろ、かれん、エリカ・・・」
今度は全くさくらと関係無い名前ばっか出て来ている。
とてもじゃないが話し掛けられる雰囲気じゃない。
話し掛けたとしてもまた怒られそうだし、音夢に聞くか。
っと、その前にトイレ行っとこ。
「う~ん」
何やら随分悩んでるらしい。
「どうしたんだ?」
「あ、兄さん。いいところに」
「何だ?」
「どっちにするか迷ってるんですよ。どっちがいいかな?」
「・・・何て読むわけ、これ?」
おとひめとかのん?
「
音姫と
花音ですよ」
「おとめ?全く読めん」
おとめなら乙女とかを連想するだろ、と心の中で言っておく。
「そうですか?いい名前だと思うんですが」
「それで、どっちにするか悩んでるのか?」
「そうなんですよ。どっちも捨て難くて・・・」
個人的にはどっちもピンと来なかったし、そんなこと言うと怒られるからここは逃げに徹しよう。
「音夢が選んだ名前だ、ってのが重要だと俺は思うぞ」
「兄さん・・・」
「俺は音夢を信じてるから」
「はい。ありがとう、兄さん」
「じゃあ、また後でな」
我ながら絶妙な逃げ方だった。最後にことりにも聞いとくか。
と思ったところでことりがリビングにいないことに気付いた。
「って、あれ、ことりは?」
「さっき兄さんがトイレに行ってる間に決まったから買い物に行ってくるね、って言って出てっちゃいましたよ。気付かなかったんですか?」
「全く・・・」
言われてみれば扉が閉まった音がしたような、しなかったような。
「ってか止めろよ。仮にも臨月の妊婦なんだぞ」
「適度な運動は大事ですよ」
そう言われては反論のしようもない。いきなり産気付かないことを祈るだけだ。
「聞いてばかりですが、兄さんは決まったんですか?」
「え?ああ。さっきの純佳が良かったからそのままにしようかなと」
「確かにいい名前ですからね。それじゃあ私はあと40分以内にどちらかに決めなきゃいけないので」
「頑張ってくれ」
今絶対最後に私のには劣りますが、って言ったよな。
さて、まだ40分あるんだよな。ヒナやうたまると一緒に遊ぶとするか。
「よし、みんな決まったか?」
俺が4人を見回すと全員が無言で頷いた。
結局ことりが戻って来たのは時間ギリギリで、ことりが決めた名前は聞けず仕舞いだった。
まぁすぐに聞けるからいいかと思い直したが。
「じゃあ誰から発表する?」
「それじゃまずはボクから!」
さくらが元気よく小学生のように手を上げた。
「じゃあさくらからで」
「男の子なら義之!女の子なら桜の花で桜花ってのはどう?」
「何で二つ発表するんですか!一つだけって言ったじゃないですか!片方だけにして下さい」
「そんな決まりなかったじゃない」
ま~た始まった。ことりやヒナは苦笑している。
「一つって言ったじゃないですか!」
「男の子と女の子一つずつでしょ!?」
「もういいから次発表しろよ」
このままじゃ話が進まん。
「むぅ~。じゃあ次は私が。音の姫で音姫っていうのはどうですか?」
「音姫?って、結局自分の名前から取ってるじゃない!」
「さくらちゃんだってそうじゃないですか!」
「あ~もううるさい!放り出すぞ。じゃあ次は・・・ことりでいいか?」
「うん。実は私も音夢から一字貰って考えたんだ」
そう言ってことりは音夢の方を見る。
「こ、ことり・・・。私感動で涙が出そうです・・・」
涙が出るってのはオーバーだが、感動はしているらしい。
さくらは「え~っ」って感じで頬を膨らませているが。
「由来の由と音夢の夢で
由夢ってどうかな?」
「さすがことり。良い名前だな。センスが感じられる」
「私の時と反応が全然違うんですが・・・」
「気のせいだ」
ジト目で見て来る音夢をスルーしてヒナを見る。
「それじゃ次はヒナだな」
「う、うん」
「ん?ヒナ?どうかしたか?」
「あ、あのね?笑わない?」
「まさか。ヒナが一生懸命考えたものを笑うハズないだろ?」
俺は出来る限りの笑顔でヒナに微笑む。
まぁさすがに外人かよ!って名前だと反応に困りそうだが。
ヒナに限っては大丈夫だろう。常識があって頭脳明晰、その上可愛い。
誰にでも優しい天使のような子だ。全く非の打ちどころが無い。
「兄さんの言う通りですよ」
「そうそう。自信を持って言えばいいんだよ?」
「ヒナが頑張って考えた名前だもの」
音夢、さくら、ことりも優しくヒナに微笑みかける。
「うん・・・。あのね・・・」
そこまで言うとヒナはまた黙りこんで俯いてしまった。
やっぱりちょっと自信が無いのか?
「ヒナ・・・」
「ダメだよ」
ヒナに近寄ろうとするのをことりに遮られる。
アイコンタクトで言いたいことは分かった。娘を信じなさい、か。
その時ポツリとヒナが呟いた。
「・・・ラン」
「ラン?」
「ランちゃんかぁ。いいんじゃない?朝倉ラン」
さくらは楽しそうにそう言った。
「さ・・・」
「さ?」
「さすがヒナ!!」
「わぁっ!?」
俺はヒナに駆け寄り、優しく抱き締める。
「パ、パパ?」
「俺はヒナの考えたランに賛成だ」
「ホント?」
「ああ!もうヒナ最高!ランに決定だ!」
「あらら。それじゃあ私も賛成」
ことりが手を上げる。
「ま、仕方ないよね。ボクもさんせ~」
さくらは両手を上げてバンザイする。
「・・・私だけ反対したら悪者じゃないですか。賛成ですよ」
仕方ないか~といった感じで音夢も手を上げた。
「よし!満場一致で新しい赤ちゃんの名前は朝倉ランだ!」
「うん!」
さすがヒナ。素晴らしいネーミングセンスだ。全ての名前が霞むな。
「あ、でも男の子なら義之って良い?」
「な!ズルイですよ、さくらちゃん!」
「別にいいじゃない。ボクしか男の子の名前考えて無かったんだし」
「それとこれとは別問題です」
また始まった。
「まぁ十中八九女の子だし、別に俺は義之でいいぞ」
「ホント!?さっすがお兄ちゃん!」
「えええええ!?」
「それではこれにて第1回赤ちゃんの命名会議を終わる。解散!」
こうして新しく生まれて来る子どもの名前が決まった。
きっとヒナに似た美人の子が生まれるだろう、と思わずにはいられない。
「早く生まれて来てね、ランちゃん」
ヒナはことりのお腹を撫でながら言う。
「あ、今お腹を蹴ったよ?」
「そうね。きっとヒナに返事をしたのよ」
「生まれて来るのが楽しみだな」
「うん♪」
笑顔で微笑むヒナを見て、こっちまで嬉しくなって来た。
きっと立派なお姉ちゃんになってくれることだろう。
もうすぐ春だ。赤ちゃんが生まれたら家族4人で花見をしに行こう。
また一つ最高の思い出が作れると思うから・・・
終わり
これまた『変わるもの、変わらないもの』に繋がってません。
それどころか、この前書いたばかりの『激突!音夢vsさくら-危険な二人 朝倉ヒナは休めない?-』にも地味に繋がってない始末。
まぁ繋がってると強引に言えないこともないですが・・・。どっちかというと『雪の降る日に』とは繋がってる気がします。
墨場辞典の元ネタ分かったら尊敬します。それほどにネタ元がここと無縁過ぎる。
ことりの由夢発言はもちろん声優ネタ。のかーびぃは重度の堀江病です。あ、もちろん日向さんの声も好きですよ?
ランはまぁ分かると思いますけど、ことり→ヒナ→ランです。単純ですけど、多分これが一番説得力があると思う。
んで本当は出産シーンまで入れる予定だったんですが、時間の予定で止めました。
これ以上遅くなるとことり誕生日記念SSにならないですし。ってことで遅ればせながら、ことり誕生日おめでと~