「ねぇ、パパとママってどこで初めて会ったの?」
「え?」
「あ〜、あれは確か付属3年の冬だったかな?そこの体育・・・んぎゃ!」
「んぎゃ?」
いつもと変わらない夕食時。ヒナからの質問に答えようとした俺はテーブルの下でことりに思いっきり足を踏まれた。
「もうパパったら勘違いしちゃって〜。ママとパパが初めて出会ったのは2月じゃない。忘れちゃったの?」
「へ〜、そうなんだ。どこで会ったの?」
「よくピクニックに行く桜の木の下よ。大事な場所だって教えたことあるでしょ?」
「パパの秘密基地?どんな風な出会い方したの?」
とヒナは続けざまにことりに質問をする。
俺はことりが隠したがっていることが分かったので、黙ってその会話を聞いていた。
「ことり?」
「はい?」
「ヒナも寝たことだし、さっきのこと聞いていいか?」
「体育倉庫じゃないって言ったこと?」
「だって、俺とことりが初めて会ったのは・・・まぁ、喋ったのはあそこだろ?」
校内でことりを見たことはあったと思うので一応言い直しておこう。
「うん、そうだね。でも・・・」
「でも?」
「それをそのまま子どもに教えるってことがどれだけ大変なことか、分かってないよ」
「・・・何か大変なことでもあるのか?」
「子どもって知ったこととかなんでもかんでも喋っちゃうの」
言われてなるほど、と納得した。
確かに俺も子どもの頃は新しく知ったことを嬉々として両親や祖母などに言った記憶がある。
「それこそ尾ひれ背びれが付いてとんでもない噂になるんだから」
「なるほど・・・。ヒナもよく俺たちに小学校のこと言うもんな」
「そうだよ。『体育倉庫で会った』なんて言ったら母親の間でどんな噂になることか・・・」
確かにどんな噂になるか分かったもんじゃない。
「よく分かった。ことりの言うことはもっともだ」
「でもそれだけじゃなくてね」
「うん?」
「噂に関係なく、体育倉庫で初めて会ったなんて言わないでよ!ロマンチックさの欠片もないでしょ!」
「ご、ごもっともで」
ことりにしては珍しい剣幕でまくし立てられてしまった。
でも・・・
あの時、月明かりに浮かぶことりの姿は俺にはとても神秘的に見えたんだけどな〜
なんて言うのは恥ずかしいからやめておこう。
「・・・マジで?これ本当に読んじゃったの?」
「うん!先生がヒナのパパとママは仲良しでいいねって。ね、ママ?」
俺の手の中にはヒナが授業参観で読んだという作文があった。
「もう、どれだけ恥ずかしかったか。分かる?」
「想像したくもないな」
「ママ、ヒナの作文よくなかった?」
「え?う、ううん。ヒナは字も上手だし作家さんになれると思うわよ」
「ほんとう?えへへ」
ことりに褒められて嬉しそうなヒナ。とは言え、これが読まれたかと思うと相当恥ずかしい。
作文の内容はこんなのだ。
『ヒナのパパとママ』
ヒナのパパとママはすっごくやさしいです。
パパはたまにかえってくるのがおそくて会えないことがあるけど、ぜったいにつぎの休みの日にあそびにつれて行ってくれます。
そしてママといっしょにゆうえんちや水ぞくかんとかにつれていってくれます。
そこでたべるママのおべんとうはすっごくおいしいです。がっこうのきゅうしょくよりもおいしいです。
パパとママはとってもなかよしなのでいつもお出かけのチューをします。
ヒナにもチューしてくれます。
そんなパパとママがヒナは大すきです。
「ま、まぁ噂に尾ひれ背びれが付くよりはお母様方に直接伝わって良かったんじゃないのか?」
「フォローになってないよ・・・」
「だってもうどうしようもないし。人間諦めも肝心だ」
「まぁ、そうなんだけどね。・・・さ、ヒナはお風呂入らないとね」
「うん。パパ〜、お風呂入ろう」
「よし、じゃあ今日は100まで数えるぞ」
「うん♪」
しかしやっぱり噂は広がるもんだということを、後日俺は身をもって知ることになる。
日曜日の午後。今日はヒナが友達の家に遊びに行っているのでゴロゴロするつもりだったんだが、
なんでこうなってんだろ?
「え・・・と音夢さん?」
「なんですか?」
「いや、あの俺は呼び出されて来たんですけど・・・」
「何で呼び出されたか、ご自分の胸に手を当ててお聞きになったらどうですか?」
「いや全く見当も付かないというか・・・」
音夢に呼び出されたので商店街の喫茶店に行ってみるとこの状況。
音夢が何を怒ってるのか分からない以上、下手な発言は出来ないし・・・
・
・
・
沈黙が痛い。昔から音夢が沈黙するとろくなことが無かったな。
走馬灯のように今までの音夢による虐待が思い起こされる。
大抵の場合トドメに広辞苑が飛んで来た。
・・・今日は外だし、大丈夫だよな?
「兄さんたちの噂のことですよ」
ふぅ、とため息をついてようやく音夢が言葉を発した。
「噂?・・・どんな?」
「兄さんとことりが毎日その・・・
お、おはようのキスとかお出掛けのキスとかお帰りのキスだとかするっていう・・・」
「は?おはようの後なんて言ったか聞こえないぞ?」
「そ、その
キスしてるって・・・」
「キス?って何のこっちゃ?」
「だから!おはようのキスとか毎日してるって話です!!」
音夢さんや。ここが喫茶店だってこと忘れてないですか?
「音夢、ちょっと周り見てみろ」
「へっ?・・・・・・・・・あ、あうう」
そこそこ入っている日曜の昼下がりの喫茶店。客は当然のごとく店員までもがこっちを見ている。
音夢の顔が一気に紅潮した。周りからは俺達はどういう風に見られているんだろうか?
まぁ、少なくとも兄妹に見られてないことは確かだ。
「しかし、その話どこから聞いたんだ?」
音夢が落ち着いたのを見計らって尋ねてみる。
さすがに・・・最近はお出掛けのキス以外記憶にない。
「美春からですよ」
またあのわんこは・・・
「それが・・・その3回のキス?」
「噂だと3回どころじゃないですよ。その・・・ことあるごとにヒナちゃんの目の前でするって」
「なんちゅう噂だ・・・。まさか信じてるのか?」
「い、いえさすがにその3回だと信じてますよ」
なんのこっちゃ。しかも3回の方は信じてるし。
「言っておくがそのお出掛けの以外は根も葉もない噂だからな」
「えっ?あ、あれ、そうですか?てっきり本当のことだと・・・」
「お前俺のこと信じてないだろ」
「いえいえ。兄さんのことは一番信じてますよ」
とは言っても目がちょっと泳いでるし。
「で、何で呼び出したんだ?」
「い、いえ。さすがに子どもの前ではもう少し品行方正にするようにと言おうと思ったんですよ」
「俺は高校生か・・・。それはともかくヒナにもしてるちゃんとした愛情表現だ。問題あるか?」
「その・・・別にないです」
と音夢は再び顔を真っ赤に染めて俯いた。
「全くお前の早とちりも変わらないな。いや、この場合は美春か?」
「あううう」
「しかし、美春の奴は誰から聞いたんだろうな?出所はヒナの授業参観だと思うんだが」
「ヒナちゃんの授業参観ですか?そこで噂の出所になるようなことでも?」
俺はヒナの作文を手短に説明する。
「そ、それはことりも災難でしたね。想像するだけで恥ずかしい・・・」
「俺はたまたま仕事で行けなかったんだけどな。正直助かったよ。夫婦でいた日にゃどうなってたことか」
あははははと音夢が乾いた笑いを浮かべる。
「あ、それはそうと来週どうするんですか?クリスマスには眞子も帰って来るみたいですし」
「そうなのか?じゃあ、あいつも誘ってやるか。場所はアリスの家でいいんだよな?」
「ええ。兄さんはもうちゃんとクリスマスプレゼント買ったんですか?」
・・・そういや先週ぐらいにことりにも言われた気がする。
「もちろん覚えてることは覚えてるぞ。そう、買ってないだけだ」
「本当に覚えてたんですか?・・・まぁ、いいです。じゃあ今から一緒に買いに行きましょう。私もまだですし」
「そりゃ助かるな。正直どうしようか迷ってたし」
「じゃあついでに私の服を買うのにも付き合って下さいね」
「えっ!?」
「嫌なんですか?」
「そのジト目はやめてくれ・・・」
「嫌なんですか?」
その上目遣いもやめて・・・。音夢の買い物なんかに付き合わされたら最低2時間は掛かるんだけどな〜
・・・まぁ、たまには兄妹水いらずもいいか。
「よし、分かった。荷物持ちは任せとけ」
「さすが兄さん♪それじゃあ夕飯前までゆっくり付き合ってもらいますよ」
「ちょっと・・・さすがにそれは長くないか?」
ただいまの時刻は14時前。長い買い物になりそうだ。
「ただいま〜」
「おじゃましま〜す」
「お帰りなさい。音夢いらっしゃい」
「パパ、お帰りなさい。音夢お姉ちゃん、こんばんは」
「こんばんは、ヒナちゃん」
相変わらず音夢お姉ちゃんか。
「姉妹って歳の差でもないだろうに」
「何か言いましたか?」
「いえ!何も!」
今音夢の身体から闘気が出てた・・・
「ごめんね、一応メールしたとはいえ急におじゃましちゃって」
「ううん。一人増えたくらいなんともないよ」
「んじゃ飯が出来るまでヒナと3人でトランプでもするか」
「え?悪いよ。ことりにだけ作らせるなんて。私も手伝うよ」
「・・・いやいや。音夢はヒナと遊ぶのが仕事だ。な、ことり?」
「う、うん。せっかくのお客さんなんだからゆっくりしててよ」
「音夢お姉ちゃん遊ぼうよ〜」
ヒナも一度地獄を味わってるだけにちゃんとフォローしてくれる。
「・・・じゃあヒナちゃん遊ぼうか?」
「それじゃあ早速ヒナの部屋に・・・」
「兄さんはお風呂掃除でもしてて下さい」
「・・・はい」
なんで風呂掃除の当番が俺で、しかもまだしてないこと知ってんだ?
「なんだ、ことりも美春に会って言われたのか」
夕食時、ことりが夕飯の買い物に出た時に美春に会ったことが話に出た。
「そうなの。美春ちゃんとアリスちゃんにも伝わってるかと思うと恥ずかしくて」
「それは災難でしたね〜」
お前が言うことか・・・
「さっき音夢お姉ちゃんにヒナの作文見せたんだよ。すっごく上手だって言ってくれたの」
「ええとっても上手かったですよ。兄さんの付属時代の作文より上手いんじゃないですか?」
「はいはい、すいませんね。下手な作文ばっかり書いてて」
『あはははは』とことりとヒナが同時に笑う。
「そうそう、それでクリスマスパーティの話になったんだけど、結局何人が参加するの?」
「そのことなんだけど、眞子もちょうど帰ってくるみたいだから誘おうかと思って」
「でも、あれから思ったんだが、普通コンンサートなんてのはクリスマスにもあるもんじゃないのか?」
眞子は現在フルート奏者としてあちこちのコンサートに出てるので考えれば当たり前だった。
「そう言えば・・・」
「そうだね」
「あ、じゃあきっとあれだと思うよ」
そう言ってヒナはちらしの山の中から1枚抜き出した。
「なになに。有志の演奏会。初音島の教会で聖夜のクリスマスを・・・」
とそこまで読んで有志の名前に眞子と萌先輩の名前を見付ける。
「これじゃ誘えないんじゃないか?」
「ううん、大丈夫だと思うよ。時間も夕方頃だし」
「じゃあみんなでこっちに参加してから月城さんのお家に行きましょうよ」
「さんせ〜」
ヒナが嬉しそうに声をあげた。
「いや〜、なかなか聞き応えのある演奏会だったぞ、眞子」
「そ、そんなに良かったかな?」
「さすがに世界を股に掛けるだけのことはあるな」
「ええ、本当に凄かったわよ、眞子」
「うんうん」
「そこまで言われるとさすがに照れるよ・・・」
クリスマスイブの夜。俺たちは教会からの帰り道を大勢でぞろぞろと歩いていた。
寒い夜にも関わらず、女3人どころじゃないのでかしましさも凄まじい。
「でも、ことりも飛び入り参加のわりには完璧に歌えてたじゃない?」
「昔とった杵柄ってやつですよ」
「ママの歌すっごく綺麗だったよ〜」
「うふふ、ありがとうヒナ」
今でもよく聴かせてもらっているが、やっぱり教会の高い天井で歌うことりの歌はまた違って聴こえた。
ヒナもきっとそう思ったのだろう。
「しかし、良かったのか美咲は?本島の方で大きなパーティに出る予定だったんだろ?」
俺は眞子の横にいる美咲に話し掛けた。
「ふふ、いいんですよ。みなさんと一緒にするパーティの方が楽しいですし」
「そりゃ良かった。しかし、久しぶりだな、こんな風にみんなが集まるのは」
「そんなこと言ったって、今年の春に花見で集まったじゃない?」
「眞子ちゃん、それはもう久しぶりですよ〜」
相変わらずのゆったりとした口調だったが、珍しく萌先輩が眞子にツッコミを入れた。
「そういえば・・・そっか」
「それにあの時はアリスがいなかったしな」
「ごめんなさい、どうしても都合がつかなくて」
「いやいや謝る必要は無いよ。今日はみんな集まれてるし。それに屋敷には環やななこも待ってんだろ?」
「そうですよ〜。ってことで早く帰りましょう。2人とも・・・っと瀬場さんもあわせて3人で待ってますよ」
と美春が元気に走り出す。正確にはいないのはアリスだけじゃなかったんだけどな・・・
和泉子は自分の星に帰ってったし、工藤にも卒業以来会ってない。
杉並は・・・論外だ。別に会いたくもないし。
そして・・・さくら。毎年春にふらっと帰って来てたが今年の春は帰って来なかった。
年賀状や暑中見舞いは着てたので元気だとは思うが。
「おおい、子どももいるんだから子どもみたいにはしゃぐなよ」
「それにもう着いてるわよ、美春」
「あり?あ、あはははは、そんなこともありますよ〜」
美春が慌てて戻ってくる間にインターホンを鳴らす。
その時、庭にあるクリスマスツリーに気付いた。
すごいでかさの本物のモミの木にこれでもかとライトと飾りが取り付けられている。
そして、頂点には大きな星が。瀬場さんが飾りつけたのかな?
「メリークリスマス、お兄ちゃん!」
とツリーを見上げて考えていたところで腰に何かが引っ付いた。
「うおっ!」
『さくらちゃん!?』
音夢とことりの声が重なる。
「さくらさん・・・。一体いつ帰って来られてたのですか?」
「ついさっきだよ〜。招待状を受け取った以上、行かないのは礼儀に反するから慌てて帰って来たよ」
俺の腰当たりに抱きつきながら美咲に満面の笑みを浮かべて返答するさくら。
「久しぶりだね、さくらお姉ちゃん」
「あ、ヒナちゃん!相変わらず可愛いね〜」
俺に抱きついたままヒナの頭を撫でるさくら。
「いい加減離れろ。外じゃ寒い」
「それもそうだね〜。ささ入って入って」
「お前の家じゃねぇだろ」
さくらを引き離し頭を軽くポカッと叩く。
「お帰りなさい、皆さま」
「お帰りなさい、寒かったでしょう?」
ぞろぞろと中に入ると環とななこが迎えてくれた。
「それにしてもお前等も人が悪いよな。こっそりさくらに招待状送ってたなんて」
「朝倉先輩へのサプライズクリスマスプレゼントですよ。ね、アリスちゃん」
「美春ちゃんと二人で考えてたんです」
「ってことはボクが贈り物なんだよね?ってことで贈呈式」
「いらん。謹んでご遠慮させて頂く」
あははははと周りから笑いが起こる。全く・・・変わってないよ、こいつは。
「まぁ何はともあれみなさん、グラスは持ちましたか?」
ななこが周りを確認する。これだけ多いと確認するのも大変だ。
「それでは朝倉君、乾杯の挨拶を」
「は?なんで俺が?ここは家主のアリスがするところだろうが?」
「いえいえ。全会一致ですよね?」
『『『『『『『『『異議なし!』』』』』』』』』
く、こいつら組んでんじゃないだろうな?
「え〜と、その本日はお日柄もよく」
「朝倉〜、結婚式の挨拶じゃないんだからさっさとやりなさいよ」
「うるさいな!勝手に俺に押し付けといて」
「もっと簡単なのでいいですよ、兄さん」
「そうか?じゃあ、もういいや。みんながまたこうやって集まれたことを祝って乾杯!」
『『『『『『『『『乾杯!!』』』』』』』』』
「パパ、これ美味しいよ〜」
「そうか?どれどれ・・・・・・ん、確かにこれは美味いな」
「お兄ちゃんもパパさんが板に付いて来たね〜」
「ふん、悪かったな。今までは板に付いてなくて」
と、さくらの頬を両側から引っ張る。
「いひゃい、いひゃい」
「そういうお前は全く変わんないな。そろそろヒナに身長抜かされるんじゃないか?」
さくらの頬を開放してやって改めてみると、本当に全然変わらなくなって来ている。
「ボクの若さは永遠なの。ほら音夢ちゃんなんかと違って全く小皺が無いよ」
「何か言いましたか?」
聞こえる、俺には音夢からゴゴゴゴゴゴという効果音が。
「にゃ、にゃははははは。いや〜、音夢ちゃんも相変わらず若いよね。まだ10代に間違われるんじゃない?」
「そうですか〜。さくらちゃんは一桁に見えますもんね」
「あ〜、ひっど〜い。確かに夜歩いてて職質受けたこともあるけどさ」
なんか闘いになってきたし離れとこう。・・・・・・でも、なんだかんだ言って楽しそうだな。
「ヒナ、食事が済んだら他の子と遊んでてくれ。一番お姉さんなんだから面倒は任せたぞ」
「うん!」
さて、どこに逃げようか・・・
「あら、朝倉〜。グラスにお酒が入ってないんじゃない〜?」
「眞子、酔ってるのかよ・・・」
「そりゃ酔いたくもなるわよ。このメデタイ聖夜にみんなでわいわい。確かに楽しいよ、でも・・・・・・。
私もみんなみたいに素敵な相手が欲しいよ〜!!結婚したいよ〜!!可愛い子どもが欲しいよ〜!!」
「ちょっとコラ落ち着け。萌先輩〜、なんとかして下さいよ」
「うふふふふ。眞子ちゃんの子どもならきっと可愛いですよ〜」
「あの・・・萌先輩も、もしかしなくても酔ってます?」
「酔ってる・・・んでしょうか?そういえば眠たく・・・す〜」
勘弁してくれ・・・
「あ、朝倉君。先日は・・・」
「おお、ななこ。ちょうどいいところに」
「はい?」
「きっとこないだまでまともに寝もせずに新刊を描いていたお前には悪いが・・・任せた!」
「へっ?あ、あの何のことですか?」
「朝倉〜、あんたどこ行くのよ〜」
「あわわわ。水越さん?」
「んん?じゃあ、ななこでいいわ。聞いてよ〜。どいつもこいつもみんな30寸前に結婚して逃げてくのよ〜」
「ちょ・・・酷いですよ、朝倉君!!」
酔っ払いのテンションにまだ大して酔ってないのに付いていけるかっての。
それに・・・・・・既婚者に恋愛のグチを言ってどうする気なんだ、あいつは?
「朝倉様、どうしたんですか?何か探し物でも?」
廊下に出て、こそこそとしてたら環に見付かってしまった。
「いやいや、眞子から全速力で逃げてきただけだよ。・・・美咲とアリスと三人で何してんだ?」
「お食事の後のゲームの準備です。お子さんが多いですし、こういう感じの方がいいかと」
「大勢でするゲームは楽しいですから。朝倉様、少し重いのでちょっと手伝って頂けませんか?」
「・・・これ、何?」
環の後ろに見える巨大な紙の筒。それも1本や2本ではない。
「美春さんが用意された等身大スゴロクです。自分が駒になるんですよ」
何、考えてんだあいつ・・・
「一度してみたのですが、かなり面白いですよ。普通のものとは違って進むだけじゃないですし」
「へぇ。そりゃ面白そうだな」
「もう1階はほとんど敷いたので2階をお願いします」
「ああ、任せといてくれ」
「く、ちょっと運動不足が祟ったな・・・」
ちょっと階段を物を抱えて数回昇り降りしただけだが、明日はもしかすると筋肉痛だ。
それにしても、美春が作った割には監修にアリスと瀬場さんが付いてるだけに特に問題が無さそうだ。
サイコロが人数分あるのでいちいち走り回る必要も無い。
ゲーム中は瀬場さんがゲームを管理してくれるので振る順番が分からなくなることがないという単純だけどすごいシステム。
各コマにある指示も決して厳しいものでは無く、子どもが楽しく遊べるレベルのもの。
「金掛かってるな〜」
子どもと遊ぶにしてはえらいシステムだ。あの後、設置に瀬場さんも手伝ってくれたのだが、欠点があるなら一つだけ。
「長い・・・・・・」
本当に今日中に終わるんだろうな・・・
アリスと二人で戻ってくると美春とことりが何かを作っていた。
「あれ〜、朝倉先輩どうしたんですか?急に姿が見えなくなったと思ったら」
「この後のお楽しみの為に借り出されてた、ってかお前が作ったならお前も設置手伝えよ」
「お楽しみ?」
ことりが何のこと?と首を傾げる。
「あ、スゴロクの準備だったんですね。すっかり忘れてました」
「美春が考えた等身大スゴロクの準備してたんだよ。本人がすっかり忘れてるがな」
「へぇ〜。美春ちゃん、スゴロクなんて作ってたんだ」
「美春ちゃんとことりさんは何を作ってるの?」」
「よくぞ聞いてくれました!クリスマスケーキだけでは寂しいので、それに添えるバナナブリュレです」
・・・バナナブリュレ?
「そんなもんあるのか?」
「ありますよ〜。もちろん美春オリジナルの製法ですが」
「味見したけど、結構美味しいよ。もう少しで出来るから楽しみにしててね」
「よし、んじゃ今のうちにみんなを集めてスゴロクに備えようか」
「はい」
「任せろ」
なんか今変な声が聞こえたぞ。
「あ〜おかしいな。この家にいる成年男子は俺と瀬場さんだけのハズだ」
「それは間違ってるな。俺も成年男子だ」
『「「「杉並」」」「くん」、「「先輩」」』
「あ〜聞こえん、聞こえんぞ。そんな何十年も会ってないような奴の名前なんて」
「目を瞑って耳を閉じていては何も分からんぞ。それにまだ十年も経っとらん」
「奴は死んだ、奴は死んだんだ〜!!」
そう、俺の中では死んだんだ。これでOK。
「ちゃんと足が生えてますよ」
「触れますし」
「何より死にそうにないよ」
なんかことりがさり気に酷いことを言ったな。仕方なく目を開いて杉並に向き直る。
「お前もさくらと一緒で全く代わり映えしないな」
「変わってて欲しかったか?まぁ、階級は上がってるので心配するな」
「・・・さて、こいつは放っといてみんなを集めるか」
こいつにいちいちツッコミを入れていたらキリが無い。しかも、マジ話だから始末に終えん。
この後、みんなでわいわいやったスゴロクの優勝者は音夢だった。
「全く大人気ない」
「そんなこと言ったって、スゴロクなんだから仕方ないでしょ!」
「いや、そんなことないぞ?他のみんなはもっと低順位だ」
「たまたまです!」
そろそろ止めておかないと後で痛い目みそうだな。
「美春、賞品あるんだろ?」
「はいっ!もちろんです。それじゃあ音夢先輩に優勝賞品の贈呈です〜」
「あ、あの美春?私はその・・・辞退するから」
「そうですか?それじゃあ2位のヒナちゃんに」
「いいの、音夢お姉ちゃん?」
「もちろん」
「じゃあ・・・貰うね」
美春がBGMを口ずさみ、ぱちぱちぱちと皆が拍手をする中ヒナが賞品を受け取る。
「何が入ってるんだ?」
綺麗にラッピングされた結構大きな袋を受け取ったヒナが袋の紐をほどいた。
「うわぁ、ペンギンさんだ〜」
「えっ!?」
小さかったが一番近くにいた俺の耳には確かに音夢の声が届いていた。
「音夢・・・ここは譲ったんだから諦めろ」
「そ、そんなヤダな〜。私も大人ですよ?そんなぬいぐるみなんて欲しいわけないじゃないですか?」
「そう言うならさっきの『えっ?』は何だ?」
「ただ驚いただけですよ。さて、ケーキを切る準備でもしてきますか」
そう言うと、音夢はすたすたと部屋を出て行った。
「相変わらず素直じゃないな〜。・・・美春?」
「はい?なんですか、先輩」
「さっきのぬいぐるみはどこで買ったんだ?」
「ペンギンさんですか?え〜っと、あれはどこだったっけ、アリスちゃん?」
「学園近くの商店街にあるおもちゃ屋さんです。でも、どうかしたんですか?」
あ〜確かこないだヒナへのクリスマスプレゼント探しの時に入ったっけ?
「何、素直じゃない妹への優しい兄からの誕生日プレゼントだ」
「朝倉先輩、相変わらず音夢先輩には甘いですね〜」
「そうか?」
「変わってないですよ、そういう先輩の優しいところ」
とアリスに笑顔で言われると恥ずかしくなってしまう。
「ま、まぁ、兄として当然のことだ。よし、次のプレゼント交換会に進もうじゃないか」
「誤魔化すのも相変わらず下手ですね〜」
「うるさいな〜。ほら、早くしろよ」
「はいはい、分かってますって」
「楽しい時間はあっという間だね〜」
「そうだな」
アリスの家からの帰り道、車組と徒歩組とに分かれて比較的近い俺たちは徒歩組として帰っている。
涼しい風が少し火照った身体に気持ちいい。
一緒にいるのは俺とことり、音夢にさくら、そして、俺の背中で可愛い寝息を立てているヒナ。
「こんな時間まで起きてたの初めてだったんじゃないか?」
「そうだね。でも、ずっと楽しそうだったし、たまにはいいと思うよ?」
「そうそう。楽しいことは長い方がいいに決まってるよ」
と心底楽しんだと言わんばかりのさくらが満面の笑みで言った。
「そういや、さっきも身長の話したけど、本当に近いうちにどっちが姉か分からなくなるな」
「む〜、そんなことないよ。お姉さんらしいとこ見せてあげちゃうから。ちょっとヒナちゃん貸して」
俺の後ろに回り、ヒナを受け止めようと待ち構える。
「じゃ行くよ。見ててよ〜」
どうやら抱っこのようだが、到底無理っぽいな。俺は一応さくらがいつ転んでも支えられるように構えておく。
「ほ・・・ほらどう?お、お姉さんらしいでしょ?」
「ちょっと無理があるな。というか、もう持たないだろ?」
「そ、そんなことないよ・・・」
「さくらちゃん、腕が震えてるよ」
「まだまだだいじょう・・・ぶ・・・・・・」
と言った割にはあっさりとヒナを俺に預け返す。元々10cm浮いてたか怪しいが。
「はぁ、はぁ。そ、それじゃおんぶなら・・・」
「さくらお姉ちゃん大丈夫?」
音夢、そりゃちょっと嫌味だぞ。
「全くヒナが起きないからいいけど」
「ふふ。いいじゃない。ヒナがみんなに愛されてるってことで」
「それもそうか。ほら、さくら行くぞ」
とヒナをさくらの背中に乗せてやる。
「ほら、お姉さんっぽいでしょ?」
「ああ、お姉さんっぽいよ」
抱っこよりは幾分ラクらしく、まだ少しは余裕があるみたいだ。
「じゃあ、早く行こうよ」
「そのままで大丈夫か?いつでも替わってやるぞ?」
「大丈夫だってば」
俺は一応さくらの後ろについてコケないように見守ることにした。
本当にさくらは変わらないな・・・・・・
「ボクがこうやってヒナちゃんを背負えるのももう何年もないんだね・・・」
と少し無言で歩いた後に、一番前を歩くさくらが振り返ることなく言った。
「そりゃそうだろ。それに俺ももう少ししたら考えたくないけど、邪険にされるかも知れないし」
「そうかな?ヒナちゃんでもそうなると思う?」
「邪険にはされなくても、さすがに今のままではなくなるよ、きっと」
そう、ことりの言う通り変わらないなんてことは無い。
それが姿こそは変わらないさくらであっても、一見変わりなくても、ちゃんとどこかが変わっているのだろう。
変わったと思うのは自分だけで、周りから見れば全然変わってなかったりもする。
「・・・そろそろ替わろうか?」
「ううん、まだいいよ」
「そっか・・・」
また無言で少し歩く。
「・・・私は変わらないものがちゃんとある限り、みんなでいる楽しい時間は絶対に変わらないと思う」
音夢があと少しで家に着こうかという時に突然言った。
「そう・・・だよね。今日もみんなと久しぶりに会ったけど、変わったようで変わってなかった」
ことりが音夢に賛同する。
「そういや、今日もみんなに変わってないって言われたっけな」
「お兄ちゃんは本当に変わってないよ。昔と一緒で優しいまま」
「そうかな?相変わらず私には意地悪だよ?」
「私も全然変わってないと思う。初めて会ったときと変わらない」
「父親になって自分では変わったと思うけど、案外簡単には変わらないもんだな」
みんなと過ごした時間。もうずいぶん昔のことだ。でも、今日会ったみんなの笑顔はあの頃と変わらない。
今日会えなかったあいつらもきっと今も変わってないと思う。
「時間が流れて変わるものがあっても、何十年経とうと変わらないものもあるんだ」
「そう・・・だな。美春は相変わらずだし、アリスも美春に感化されてるけどあの頃ともとは変わってない」
「そうそう。眞子も水越先輩も全然変わってないもんね。今日のプレゼントなんて二人ともお鍋だったし」
「杉並君なんて本当に久しぶりなのに、ちっとも久しぶりって感じがしなかったよ」
そう、美咲も環もななこも変わってない。変わったと思ってても何も変わってなんていないんだ。
「ヒナちゃんもきっと変わらないよ。もしかしたらいくつになってもお兄ちゃんにべったりかも」
「お前や音夢みたいにか?」
「私はべったりなんてしてませんよ!」
「そうかな〜?今日も見てると音夢ったらしょっちゅうあなたのこと見てた気がするけど?」
「こ、ことりまで・・・」
「そうだったのか?全く、いい加減兄離れしろよな。これはさすがに変わっていいぞ」
『あはははは』
とここまで言ったところでヒナもさくらの背中で笑っていた。
「なんだ、ヒナ起きてたのか」
「うん、ちょっと前から。みんなのお話が面白くて寝てるふりしちゃった。さくらお姉ちゃん下ろして」
「はいはい〜、了解っ」
「着地〜。ねぇみんなで手を繋ご」
とヒナが俺とことりに手を差し出す。
「別にいいけど、みんなで?」
「うん、みんなで」
俺の左にはヒナが右に音夢。そして、ことりの左にさくらがいて、右にはヒナがいる。
「歩きにくいし、車が来たら相当邪魔だな」
「でも、楽しいよ。こんな風にみんなで手を繋ぐなんて初めてだし」
「それはそうでしょうね〜」
「でも、どうしたのヒナ?こんな風に手を繋ぎたいだなんて?」
とことりが右にいるヒナに尋ねる。
「さっきね、さくらお姉ちゃんがヒナのこともうおんぶ出来ないって言ったの聞いてたの」
「大分前から狸寝入りしてたんだな」
「うん♪パパにおんぶしてもらってた時にはもう起きてたよ」
「そんなに前からか?」
全く気付かなかったな。
「ヒナの寝たふり上手でしょ?」
「ああ、ちゃんと寝てると思ったよ。見事な狸寝入りだ」
「えへへへ」
とヒナは満面の笑みを浮かべる。
「それで、どうして手を繋ごうと思ったのヒナちゃん?」
音夢が話題を元に戻す。
「あ、うん。おんぶやだっこは出来なくなっても、手ならヒナが大きくなっても繋げるな〜って」
「それもそうだな。その時はむしろさくらが妹っぽいけど」
「にゃはは。それもいいかもね。妹に見えるお姉ちゃん」
「じゃあ私もヒナちゃんの妹に見えるかな?」
「そりゃ絶対無理だな」
「冗談なのにそんなに本気で否定しなくてもいいでしょ!」
あははははと住宅街に笑い声がこだまする。
そして、俺と音夢が元住んでた家の前に着く。
一応中には海外出張から帰って来た両親が住んでるんだけど、時間が時間なのでリビングなどの電気は消されていた。
「今日は・・・お兄ちゃんのとこに泊まってもいい?」
「ん?そういやお前急に帰ってきたんだよな。ま、それなら仕方ないか。いいぞ、別に」
「じゃあ私も一緒に行っていい?」
「音夢は別にいいだろ・・・」
「いいじゃない。みんなでいる方が楽しいよね、ヒナ?」
「うん」
ま、ことりが言うならいっか。
「それじゃあ、もう少し歩こうか」
「でも、ヒナちゃん、なんで狸寝入りなんてしてたの?」
と音夢が不思議そうに尋ねる。そういやそうだ。いつもは歩きたがるのに。
「音夢お姉ちゃんは知ってるよね?パパの背中ってすっごく暖かいんだもん」
「そういえば・・・そうだったね」
「・・・私まだおんぶなんてしてもらったことないよ」
ことりが音夢みたいなジト目で見てくる。本気でその目は止めてくれ。
「ボクもあるよ〜。そういえばお兄ちゃんってばあの頃はボクと大して体格変わらなかったのにおんぶしてくれたっけ」
「私ないよ・・・」
「・・・・・・さて、そろそろ家に着くし、鍵を出してっと」
「・・・ヒナ、背中に乗って」
「うん♪」
「パパ、行くよ〜」
「行くよ〜」
何かと思った瞬間にはすでに背中に重さを感じていた。
「パパ亀の上にママ亀が♪」
「ママ亀の上にヒナ亀が〜♪」
「あ〜、いいな〜」
「本当に・・・羨ましいね」
音夢とさくらが心底羨ましそうな声を出してるが、こっちはそれどころじゃない。
バランスがかなり取りづらくて今にもコケそうだ。さっきのスゴロクの準備のせいもあって結構キツイ。
「さ、パパ亀さん。お家まで頑張ってね♪」
「パパ、早く早く〜」
「ふぁ、ファイト〜いっぱ〜つ!」
明日は絶対筋肉痛だな。
ヒナを寝かしつけて4人でしばらく談笑した後に俺はプレゼントを取り出した。
「さて、眠りの姫君にサンタさんからのクリスマスプレゼントを持って行くか」
「それじゃ、これはボクから」
「これは私からのプレゼント」
「プレゼントが去年の3倍で驚くな、こりゃ」
二人からプレゼントを受け取り、俺は部屋を出ようとする。
「ごめんね、わざわざ」
「ううん。可愛い妹へのプレゼントだもん」
「姪っ子でしょ」
「もう、妹でいいの!」
「頼むからでかい声出さないでくれよ」
「は〜い」
と小さな声で後ろから返事が返ってくる。
コンコン。・・・・・・よし、反応は無いな。
軽く部屋の扉をノックしたが問題は無さそうだ。
そっと部屋に入り、枕元にプレゼントを3つ重ねる。
熟睡してる。やっぱり相当疲れていたらしい。
「メリークリスマス、ヒナ」
終わり
どうでしたでしょうか?初音島のXX年後のクリスマス。
ヒナを知らない方はW.S.をプレイするか、当サイトの『雪の降る季節に』をご参照下さい。
ちなみにこれはヒナが少し成長して小学生になったって設定です。
そして、何人かは結婚していてヒナ以外にも子どもがパーティにいるってことになってます。
眞子は役柄的にちょっと不幸なキャラになっちゃいましたが、他は誰が結婚してるか分からないってところがポイントです。
まぁ、音夢&さくらも子どもがいないようにしか見えないんですけどね。
しかし、かなり長くなりましたね。1話で掲載した中では最長です。
登場させるつもりのなかったヒロインを出してたら、こんなになっちゃいました。
それだけに出せなかった和泉子や叶、霧羽姉妹のファンの皆さますみません。
まぁ、出したけど全然出番の無いヒロインもいたんですけどね。中心はやっぱり音夢、さくら、ことりになりました。
題名、内容ともすっごい某アニメキャラへのあてつけになってる気がしないでもないですが、気のせいです。
年内最後のクリスマスSS。今年は全然書けませんでしたが、このSSは満足して頂けたでしょうか?
オチと言えるようなオチが無い気がしますが・・・
それではまた新年の新たなSSで。
2009/04/27追記
D.C.I.F.公式HPに投稿する為に100字ほど追記しました。