「兄さ~ん。着物が上手く着れません」
「すもも、何て格好してるんだ!?」
そう言ってリビングに入って来たすももから俺は慌てて目を逸らした。

「大丈夫ですよ。ちゃんと押さえてますから」
「そういう問題じゃない!」
横目で見ると、押さえてはいるものの、今にも下着が見えそうだ。
本気で目の遣り場に困る。

「何でかーさんにして貰わなかったんだ?」
「去年教えて貰ったから今年は一人で出来ると思ったんですよ~」
「しかし俺に言ったところで出来るわけないだろ」
男が着付け出来たら不気味だ。まぁその例外がちょうどその時現われた訳だが。

「あけましておめでと~」
新年早々家のインターホンを鳴らしたのは準だった。
一応後ろにハチもいる。うん、もう分かってたけどね。

「何て格好してるんだ、お前は」
「雄真ってば失礼ね~。この振り袖お気に入りなのに」
桃色の布地に桜の柄が入った着物を見事に着こなしている。
いつもと違い結われた髪に綺麗なかんざしが挿してある。去年と全く一緒だ。

「それはそうと、すももが着付け出来なくて困ってるんだ。手伝ってやってくれないか?」
「音羽さんはいないの?」
「町内会のお手伝いで先に神社に行ってる」
しかし元旦にする町内会の仕事って何なんだ?

「了解。それじゃ待っててね」
「ああ」
パタパタとリビングに入って行く準を見送る。
普通男に妹の着付けなんか頼まないが、あいつに関しては無害だ。

「雄真、あけましておめでとう!」
「あけおめ」
「何だ、その適当な流し方は!?」
「いやハチ相手ならこれで十分だろ」
「雄真!年始を制するものは1年を制するんだぞ!?そんなことでどうする!」
確か去年も一昨年も同じようなことを言ってたような気がするんだが。
その結果こいつは去年を制することが出来たんだろうか?いや、そもそも去年も年始を制して無かったか。

「その格好は何だよ?」
「よくぞ聞いてくれた!わざわざ今日の為にあつらえた正装だ。高かったんだぞ」
そう言ってハチはその高い和服を俺に見えやすくするようなポーズをとる。
和服なんかじいさんか、成人式で比較アホっぽい奴が着るイメージしか無いんだが、まさにイメージ通りだ。

「・・・寒くないか?」
「実は寒い・・・。だが!これも姫ちゃんや杏璃ちゃん、すももちゃん、小雪さん、沙耶ちゃんへのアピールの為だ」
全くもって無意味だと思うがな。それにしても見ているこっちが凍えそうな格好だ。
まぁバカだし風邪はひかないだろう。俺は寒いしコート着込んで行こう。新年早々に風邪なんかひきたくない。




「お待たせ~」
「早かったな」
「兄さん、どうですか?」
そう言ってすももは若干上目遣いで俺を見て来る。普通に可愛い。
が、妹相手にそんな思ったことそのままな評価は出来ない。

「ああ、似合ってるぞ」
「すももちゃん!あけましておめでとう!で、俺のはどうかな?」
「あ、ハチさん。あけましておめでとうございます。似合ってますよ」
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
とハチが大声で喜びを表す。俺の似合ってると違って、完璧に社交辞令だったと思うんだが。

「ね、ね、雄真、あたしは?」
「ああ・・・似合ってるんじゃない?」
「何で疑問形なの?雄真、酷い!」
男相手に真剣に誉めてどうするのかと聞きたいが。

「そうですよ、兄さん。準さん、こんなに綺麗じゃないですか」
「女の子なら素直に誉めてるよ」
「私はれっきとした女の子なのに!ほらっ」
そう言うと準はその場でクルッと器用に回って見せた。
普段は髪の毛で隠されているうなじに思わず目が行ってしまった自分を殴りたい。

「どう、雄真?ドキっとした」
「してない」
普段と違う髪型ってのは去年も見たハズだが意外と新鮮だ。

「よ~し、それじゃ早く行こうぜ!年始を制するんだ!」
「すもも、忘れ物とか無いか?」
「大丈夫です。って、わっ」
「危ない!」
よろけてコケそうになるすももを寸でのトコで支えた。

「大丈夫か?」
「す、すみません兄さん」
「その手があったかぁ!」
「・・・何言ってるんだ?」
良いこと思いついた、みたいな発言をした準に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




「春姫ちゃんと杏璃ちゃんはまだかしら?」
「待ち合わせ場所はここだったよな?」
杏璃はともかく、春姫がまだってのはおかしい。

「携帯に掛けてみましょうか?」
「そうだな。って、あの店は・・・」
20mほど離れた場所にある屋台。そこにかーさんがいた。
だが問題はそんなところでは無い。

「かーさん、町内会の手伝いは?」
「あら、みんな。これも立派な町内会のお手伝いよ?」
俺達の目の前にあるのは普通の屋台。
屋台と言っても、横にお食事スペースがあるようなお祭り独特の大きなもので、出張Oasisと書いてあることを除けば、だが。

『あけましておめでとうございます、音羽さん』
「あけましておめでとう、準ちゃん、八輔くん」
「何これ?」
「みなさんに憩いの場を提供してるのよ。どう、雄真くん達も一杯?」
そう言ってかーさんは俺に紙コップを差し出して来る。

「お酒・・・じゃないよね?」
「もちろんよ。ただの甘酒。ささどうぞどうぞ」
まぁ身体が暖まるし良いか、と思ったところで奥に春姫と杏璃がいるのに気付いた。

「何だ二人とも、ここにいたのか」
二人ともすもも、準同様鮮やかな着物を着ている。

「あ、雄真。あけおめ~」
「杏璃?」
「あけましておめでとうを略してあけおめ。あけましておめでとうございます略してあけおめござ!なんちゃって。あはははははは」
何だこの異様なテンションは?いくら常にテンションの高い杏璃でもおかしい。

「雄真く~ん。あけましておめでと~」
「春姫!杏璃の様子が・・・」
とそこまで来てさすがに気付いた。二人とも異様に顔が赤い。まさか・・・

「かーさん、これ!」
「小雪ちゃん提供、魔法の甘酒よ」
「どの辺がただの甘酒!?甘酒でこんなに酔うわけないだろ!?すもも、飲・・・む・・・な・・・」
もう手遅れだった。甘酒を飲み干したすももの顔があっという間に紅く染まって行く。
これでは去年の花見の二の舞だ。何とかしなければ。

「雄真さんもお一つどうぞ~」
「小雪さん、いつからいたんですか・・・」
「さっきからずっといますよ~」
絶対にさっきまでいなかった小雪さんが俺に紙コップを差し出して来た。
ってか既に一つかーさんから受け取ったのを左手に持ってるんだけど。

「・・・酔ってます?」
「酔ってないですよ~」
酔っ払いの常套句だ。ってこんなことしてる場合じゃない。すももを救出しなければ。




「雄真~」
「お、お前もか」
小雪さんから逃れた俺にしな垂れかかって来る準の顔も見事に真っ赤。

「足元がフラついちゃってぇ~」
良いこと思いついた、みたいな表情はこれか。

「準離せ!すももを介抱しなきゃいけないんだ」
「雄真、あたし身体が熱いの」
「ちょっとおおおおおおおおおおおお」
準はそう言うと胸元を肌蹴させようとする。

「待て待て待て待て待て!学園ならまだしもここでそれはマズイ!」
学園なら準のことをほぼ全員が男だと知っている。
だが、ここは違う。いくらその筋に有名だと言ってもその辺におられるじいさん、ばあさんが知ってるハズが無い。
傍から見れば着物を脱ぐ女の子にしか見えない。辺りを見回すとこっちを見てる人多数。いくら何でもマズイ。

「しっかりしろ!路上ストリップは洒落にならん。猥褻物陳列罪で捕まる」
「大丈夫よ~。あたし今日は下着付けてないから」
「何が大丈夫!?どの辺が大丈夫!?」
「ほら、穿いてないから雄真確かめてみて」
そう言うと準はスルスルと裾をめくり上げて行く。
その艶めかしい太腿に一瞬目が釘付けになってしまう。

「なんちゃって~。ちゃんと肌襦袢と裾除けを着てるわよ~。雄真のエッチ」
「・・・うるせぇ~~~!!ちょっと大人しくしてろ!」
目を離せなかった自分にもムカつく。

「兄さん・・・」
いつの間に来たのやら、すももの方から俺の元へ来ていた。

「すもも、大丈夫か?」
「兄さん・・・」
「どうした?」
「身体が熱いんです。着物脱がせて下さい」
「お前もかいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
兄が妹の着物を脱がせる?なんてアブノーマルなシチュエーションだ。

「あらあら雄真くんってばモテモテね」
「あんた母親だろ!?何で微笑ましそうに見てんの!?」
「雄真くん、実はわたしも身体が火照っちゃって・・・」
「・・・ほら、すもも。向こうで休もう」
「無視するなんてひど~い」
かーさんまで相手にしてちゃ身体がいくつあっても足らない。

「うぎゃ」
ん?何か踏んだか?・・・何だハチか。

「あはは兄さん、この地面面白い音がしますよ~」
そう言いながらすももはハチを何度も踏みつける。
その度にハチが悲鳴を上げるが気にしないでおこう。

「ああそうだな。でも地面が変な趣味に目覚める前に向こうへ行こう」
まぁもう手遅れかも知れないけど。




「俺達・・・初詣に来たんだよな?」
目の前のベンチには酔っ払った5人と地面に+α。
とてもじゃないが今から参拝といった雰囲気では無い。

「酔いに任せて襲っちゃえ♪」
とかさっき言った人は睨んどいた。
その後雄真くんがいじめる~とか言っていたが。かーさんも相当酔ってるんじゃないのか?
今年も退屈しないで済みそうだ、そう思わずにはいられない初詣だった。





終わり

あんまり書く気無かったんですけど、思いついたので書いた初の正月SS&はぴねす!SS第2弾です。
いつもオチに拘ってボツが多いのでオチは敢えて無しにしました。まぁある気もしますけど。
短い話だったのでキャラが余り出せませんでしたが、出し過ぎて収拾がつかなくなるよりマシかな~と。
それでは今年も初音島の音色をよろしくお願いします。



                                          
お正月もはぴねす!
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