D.C.外伝『ハルと呼ばれる少年』第二章
「恋心、弟想い、音夢」A

音夢姉ちゃん11歳、俺10歳。

この頃の俺は、幼年期の時と比べて随分おとなしくなり、兄貴のような目立ちたがり屋な性格が消えていた。
そんなある日、サッカーボールでリフティングをしていたら、外にボールが飛び出してしまって、ある1台の黒い車に当たってしまった。

「あ!」
やばっ、当たっちゃった。
俺はその車のところに向かった。急いで謝んなきゃ。
しかし運が悪くその車から出てきたのは、

「おい、てめェ俺の愛車に傷つけただろ」
額から鼻筋にかけて傷を負っていたヤクザが出てきた。
俺はその時、そこで腰がすくんでしまい、座り込んでしまった。

「ひ・・・ひぃ・・・」
「どうしてくれんだ、こんな凹みを作りやがってよ!」
こんな出来事は今まで未体験だったため、俺は何も言えなかった。
その時、俺の前に出てきたのは、

「凹みなんてありますか?」
音夢姉ちゃんが俺をかばっていた。

「このチビが俺の愛車にボールぶつけたんだぜ。凹みくらい自分で見てみろ」
「どう見ても凹みなんてありませんよ」
「あァ? 凹みがねェだと、コラ! よく見てみやがれ、小娘!」
俺は自分の身に危険を感じてはいたが、だからといって音夢姉ちゃんを置いて逃げるわけにはいかない。
でも、当時の俺には音夢姉ちゃんを守る自信もなく、弱い心を持っていた。

「んっ!」
ヤクザは音夢姉ちゃんの髪を掴んで、俺がボールをぶつけた所を見せる。

「おい、よく見てみろ」
俺もボールがぶつかった所を見たが、凹みなんて全くなかった。
あのヤクザは多分、お金を請求するんだ。
それで、お金がないと言ってしまったら、俺はボコボコにされるうえに、音夢姉ちゃんはお金の代わりだと言ってさらわれる。
そんなの、いやだ! それに、音夢姉ちゃんに乱暴なことする人は許せない。

「お、俺、も見て、見てるけど、へ、凹みなんて、ないよ」
俺、緊張しすぎて噛んでるよ。
早く、この場から逃れたい。
ヤクザは音夢姉ちゃんを放し、俺を睨んだ。

「何だと、てめェ相当痛い目に遭いたいんだな、あァ?」
「ああ・・・ぁ・・・」
やややややややややばいっ!
もうあのヤクザ、俺をボコボコにする気だ。刃物とか出てこなきゃいいけど・・・
そしてヤクザは俺の胸倉を掴んだ。俺はどんどんビビってしまった。

「そうだよな、もとはといえば、てめェが車に当てなきゃこんなことにはならなかったんだよな。
なら、てめェの顔が元の顔に戻らないくらいに殴り続けてやるぜ」
「ひ、ひぃ〜〜!!」
「やめなさい!」
音夢姉ちゃんは俺とヤクザの間に入った。

ヤ「おい、どけ!」
「やです!」
音夢姉ちゃん、勇気あるよな。それに比べて俺って・・・。
と、ヤクザは俺を放した。
俺は悲しみに満ちてしまい、涙が溢れ出した。

「ごめんなさい・・・。だから、もう、乱暴なこと、しないでください」
「何ぃっ!」
それでもヤクザは俺に殴りかかった。
謝ったはずなのに・・・

「やめてっ!!」
だが、音夢姉ちゃんは俺をかばう。音夢姉ちゃんの顔の寸前でヤクザの拳が止まる。

「音夢・・・姉ちゃん・・・」
「この子に乱暴しないで、弟に乱暴しないで!」
お、弟・・・?
音夢姉ちゃん、俺を今、弟って・・・。

「ははん、てめェら、姉弟なのかよ」
「そう。弟を守るのは、姉としてやらなきゃならないことでしょ!」
「けっ、やめたやめた。無駄な時間を費やすだけだしな」
そう言い残し、ヤクザは車に乗り道の奥に消えていった。

「音夢・・・ねえちゃん」
いつもなら、兄貴に甘えてばっかりの音夢姉ちゃんだけど、今回は俺を守ってくれた。
それは、立場上の姉ではない。本当の姉のようにだ。
俺は自分が情けないと思いつつ、音夢姉ちゃんが守ってくれたことに感謝していた。

「大丈夫?」
「う、うん。・・・怖かったよ」
「そうだね・・・私も・・・怖かった」
音夢姉ちゃんの瞳が潤んでいた。俺も視界が涙で歪んでその時は音夢姉ちゃんしか見ていなかった。
俺は音夢姉ちゃんに抱きついた。音夢姉ちゃんも俺を抱いた。
そして、

「私も、本当はすんごく怖かったよ・・・」
「俺も・・・怖かった・・・」
俺と音夢姉ちゃんはその場で泣き崩れた。
場所が外にもかかわらず、その時の俺たちはその恐怖感を解くのに、思いきり泣き出した。
音夢姉ちゃんはやっぱり、あの時は怖かったんだ。でも、俺を守るために、そして、お姉ちゃんとしての仕事を遂げた。
俺はまだまだ甘えん坊だとその時、わかった。
そして、ずっと音夢姉ちゃんとこうして抱きあいたいと思っていた。

「しばらく、こうしていよう」
「うぅ・・・グズっ」




それから俺たちは、そんな姿を兄貴と美春に見られてしまった。
兄貴にならまだいいが、美春に泣いた顔を見られ、しばらくは俺は美春の笑いものにされてしまった。
その日わかったことは、俺って怖い人にはまだまだビビるんだなと実感したこと。
そして、美春にバカ笑いされたこと。

「あはははは、ハルちゃんって泣き虫なんだねぇ〜」
「う、うるさい・・・」




「ああ、そんなこともあったね」
「俺、あれから自分の己の心を磨いたんです。もし、自分の好きな人が危機にあってしまったら、俺が助けようと」

そして起こったのが、あの交通事故だ。

「ハルちゃんは強くなったよ。兄さんと同じくらいに」
「そうですか。兄貴にはかなわないと思いますけどね」
兄貴はたくましい。
誰とでも仲良くなれるし、それに友達が何か悩んでいる時は一緒に解決しようとしてる。
こんな非のうちどころのない生徒はそこら辺りにはいないだろう。

「でも、兄さん、私の辞書攻撃には勝てないんだよね」
「え・・・まさか」
俺も一度は見たことある、あの恐ろしい光景を。
冷や汗を流し泣きながら逃げる兄貴、その後ろには不敵な笑みを浮かべた音夢姉ちゃん。
そしてそこら辺にあるものがみんな兄貴のほうに飛んでくる。
あの状態で家に入ると、飛んできた辞書が俺の顔に直撃すんだよな。

しかも、時々包丁が飛んでくる時もあるし・・・。
はっきりいって、攻撃力ありすぎる。そして破壊力もあると思う。
一瞬にして、場の空気が冷えきった時だ。
一度は入ってしまった俺も、帰ることが出来なくなる。その場で立ち止まるしかない。
まだ、美春にバナナ巡りをされたほうがマシなくらいだ。

「あれは、怖いです。もうやめてくださいよ、他人も巻き込んだんですからね」
「あはは、ごめんね、ハルちゃん。別にあの時はハルちゃんのことは何も思ってないから」
ところで、俺はずっと言いたいことがあったのだが、言うことが出来なかった。
美春と音夢姉ちゃんが俺に好意を抱いていること。
美春はどうなのかわからないが、音夢姉ちゃんは兄貴を好きになりながら、時には俺と一緒に居る時もある。

そしてそこにさくらも加われば、ますますややこしくなる。
ずっと俺が迷っていると3人の内戦がいつ勃発するかわからない。
いや、ここは率直に言おう。
俺は美春と音夢姉ちゃんが喧嘩するところなんて見たくないんだ。あの2人はすんごく仲のいいベストカップルだよ。
何か、あの2人と一緒に買い物していると、落ち着くんだよな。・・・俺は荷物係りにされてるけど。
でも、俺が言わなきゃならないんだ。

「音夢姉ちゃん、俺は確かに音夢姉ちゃんのこと好きですよ。
でも、恋人として好きというわけじゃないんです。それに・・・
音夢姉ちゃんと美春が俺のことで喧嘩するところとか、見たくないんです!」
「え?」
俺は言ったぞ。今、言ったぞ。

「音夢姉ちゃんには兄貴がいるじゃないですか。兄貴を見捨てる気なんですか!」
兄貴だってもしかしたら、音夢姉ちゃんのこと好きなのかもしれないですよ」

全体的に見れば、音夢姉ちゃんと兄貴は幸せそうに生活している。
それから、その人の近くに居ると心が和むというのと、その人が好きなのとは全くもって別格だ。
俺の場合、前者は知り合いのほとんどの人々、後者は今のところだとことりさん。時々音夢姉ちゃんと美春が恋しくなることもある。

「でも兄さんには、さくらちゃんがいたり、白河さんがいたりっていろんな人がいるから・・・」
「諦めるんですかっ!!」

俺は音夢姉ちゃんの力の無い言葉に、憤怒した。

「自分の好きな人に、自分から猛アタックするんですよ!
自分からいかなきゃ、他の人に取られちゃいますよ! それでもいいんですか!!」
「・・・・・・・・・」
「はっきり言います!俺を助けてくれたあの頃の音夢姉ちゃんなら、そんなこと言わなかったと思います!
そんな弱音なんて吐いてないと思うんです!」
「・・・ハルちゃん」
「だから、好きな人のことでそんな簡単に諦めないでくださいっ!!」
俺は熱く語っていた。
だって、音夢姉ちゃんを不幸にしたくないんだ。

音夢姉ちゃんからの告白を断った俺も悪いけど、そしたら美春が不幸になる。
それに音夢姉ちゃんは兄貴のことが好きなんだから、俺よりも兄貴を選んだほうがいい。

「・・・そうだよね。私、さくらちゃんに負けない」
「ええ、諦めては駄目です。チャンスはまだまだあります」
「うん、頑張る!」
とは言いつつ、俺も、美春を告ることができないんだよな。
自信がないっていうか・・・言うのが恥ずかしいっていうか・・・




しかし、少し経ったある日のこと、俺がまた朝倉家に来た時、

「うわあああん!!!」
音夢姉ちゃんが泣きながら俺に抱きついてきた。

「ちょ、どうしたんですか!?」
「さくらちゃんにはかなわないよ〜!」
無理だったのか・・・
いや、まだチャンスはあるはず。

「兄貴はさくらを指名したのか?」
「うん、速攻で」
「速攻!?」
兄貴・・・こんな綺麗で甘えん坊の女の子を捨てるなんて、何て人だ。
そんなにさくらが好きなのか。

「ハルちゃん、どうしたらいい? 私、このままじゃ完全にさくらちゃんと差が開いちゃうよ」
「・・・」
俺は策を考えたが、難しい。さくらは音夢姉ちゃんの強敵かもしれない。
兄貴も兄貴だ! 音夢姉ちゃんのあの泣き顔を見なかったというのか。
音夢姉ちゃんがかわいそうすぎる。

「あなたは大切な物を相手に取られて諦めるつもりなんですか?」
「・・・たいせつなもの・・・。今はシチュー」
「え? シチュー?」

俺は音夢姉ちゃんの言葉を必死で理解しようとしたが、そういえば、どことなく家中焦げ臭いような・・・。

「もしや・・・!」
俺はリビングに駆けだした。
そこには・・・

「・・・ょ、ょぅ」
「あれ、ハルちゃん。来てたの?」
「・・・・・・・・・」
顔面蒼白の兄貴と満面の笑みで満たしているさくらがいた。
そして、兄貴のテーブルの目の前に置かれていたのは、緑色の泡を吹き出している謎のシチューだった。

これって、シチューなのか?
それにひきかえ、さくらの目の前に置かれていたのは、白く輝いているおいしそうなシチューだった。
それをさくらは食べていた。

「兄さんったら、私のを食べて吐こうとしたのよ」
「・・・帰ります」
「え?」
「音夢姉ちゃん、あなたに勝算はない」
まるで、ホラー映画でも見た気分だ。

「がんばってよ、音夢ちゃん」
「え、ちょっと待って」
俺は廊下で音夢姉ちゃんと話した。

「あのですね、料理対決なんて勝てるとでも思っているのですか?」
「もう、私の腕をなめないでよね」
「・・・いや、音夢姉ちゃんの料理を食べて、一体何万人の人が悲鳴をあげたとお思いです?」
「う・・・」
「それと、前に話していたこと、もしかして料理対決のことなんですか?」
「ううん、あれは本当に好きな人のこと」
ってことは、あの時の音夢姉ちゃんはマジで困っていたのか。





続く

あとがき
海です♪
今回の話で特に力を入れたところは、やはりハルの回想です。
姉としての音夢、しかしそれはハルの前だけ。
本当はとても甘えん坊なのですねぇ〜。
それから、丁度これを書いている時に千葉ロッテマリーンズが優勝しました。
地元の球団が優勝したことで、すっかり小説製作を放棄して歓喜の渦に入っていました。

管理人から
音夢が大変健気で強い娘でしたね〜。そして、やっぱり怖くて泣いちゃうと。
こういう風な音夢をS.S.でも見たいもんです。
で、海さんのあとがきで分かるように送られてきてから既に1ヶ月近くが経とうとしてます。
もう少し早くアップ出来るように時間見つけますね。



                                         
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