「・・・違う」
違う! あいつは美春じゃない。
確かに外見から見ると美春にそっくりだが、どこか俺が想っている美春とは違うんだ。
オーラがなんとなく違うような気がする。

「お前は、俺が会いたがっている美春じゃない」
「・・・ハルちゃん」
「ええ?? 何言っているの。どう見たって美春じゃない」
「ああ。確かに美春だ。どっからどう見ても美春だ。でも俺が小さい時に遊んだあの美春とはどこか違う。
それに本物のあいつなら俺を見れば数年ぶりの感動で泣いて飛びついてくるはず。でも・・・」
俺は音夢の隣にいる美春に指を差した。

「お前は何もしてこない。そうだろ」
「え・・・って兄さん!」
だが、俺の前に急に男が現れて、

「ぐふっ!」
「悪い」
俺の腹に拳を入れた。
音夢さんが『兄さん』って言ったってことはもしかして・・・―――




気がつくと、
「すまん。いきなり殴って。だけどな、音夢の前であの言葉はまだNGなんだ」
俺はまた別の所に運ばれたのか。
だが、ここはどこだ?
それに、音夢さんの兄さんの隣にはあの『美春』が居る。だが、やはりその『美春』には俺が知っている美春のオーラはなかった。

「ここは・・・? それに、NG?」
「いいか、俺の言葉をよく聞くんだ。美春はある日、大きな事故によって重傷を負っている。
だから今、美春はここ『天枷研究所』で安静にしている。だけど、まだ起きないんだ」
「あいつ、また事故に遭ったのか・・・」
「そのかわりといってはなんだが、美春の変わりにこっちの『美春』が美春の役をしている。
この美春は天枷研究所で作ったロボットだ。あまり脳に負荷を与えるとショートするから気をつけろ」
ロボット?俺は何がなんなのかさっぱりわからなかった。

「ロボットって、まさか!? 美春が!?」
「なら、証明してやろう。美春、背中をこいつに向けてくれ」
「は、はい」
み、美春!? 何お前服を脱ごうとしてんだよ。つーか、なぜ背中を? 
いや、そんな、こんな俺にそんな色気戦法で俺をおとしたって・・・
・・・え?
俺はその直後にすぐにわかった。
『美春』の素肌に明らかにロボットの証拠となるものがあった。『美春』のそこにあったのは鍵穴だった・・・。

「・・・嘘だろ」
「信じたくはないだろうが、お前が求めている美春はしばらくはこの研究所からは出てこれない。
だけどな、美春は快方に向かっているんだ。それだけは忘れるなよ」
「もしかして、音夢さんにはまだ・・・」
「ああ、まだ言ってない。だが、お前が言ったあれで音夢は『美春』のことを疑うだろう」
「・・・そうですね。ええと、そのぉ・・・」
俺はこの人に何て呼べばいいのかわからなかった。

「俺の名は朝倉純一。お前、俺には『兄貴』って言ってたんだぞ」
「朝倉兄貴・・・ってことは俺と昔遊んでいたっていう・・・」
「ああ、そうだ。もちろんお前が事故で記憶喪失だってことは知ってるぞ。
しかも美春だけの記憶だけを残していきやがって。お前自身の記憶が消えたなんて信じられなかったけどな」
しょうがないじゃないか、これも結果なんだし・・・。

「全く、運が悪いですよ・・・」
兄貴は自宅に帰った。音夢さんについては兄貴から言ってくれるということなので、音夢さんについては心配はないだろう。
俺はしばらくの間、天枷研究所に居ることにした。
何か、ここの人たちがここに居座っていいとか言うから、そう言われちゃ断るわけにはいかないだろう。
それに家だって見つからないんだし。

「美春さんは、貴方をずっと待っていたと思いますよ」
「・・・そうだろうな。俺だって同じ想いをしたんだから」
しかし、複雑だな。寝ている美春の横には、俺に話しかけている美春・・・
美春に美春か。これでは、俺の混乱がしばらく続くな。




そして気がつくと俺の居場所は天枷研究所になっていた。

何ていうか、美春の親がまるで俺を息子のようにかわいがってくれていた。

それにいつの間にか俺の名が『天枷春巳』になっていた。
姓が『天枷』ってことは美春の義兄ってことなのか。あるいは義弟ってことか。

まぁ、元々自分の名前がわからなかったことなんだし、問題はないが。

・・・いや、問題は1つあった。よく考えると、友達同士だった美春が俺の義姉あるいは義妹になっている。

そりゃ慣れないさ。今まで友達同士だったのが、家族になるなんて。

あいつと俺の関係からすると俺が兄であいつが妹みたいな感じだな。

ロボットである『美春』の事に関しては、全く何も問題はなかった。

一緒にバナナパフェを食べたり(危うく俺はバナナ好きになるところだった)、
商店街に行ったり、時には音夢さんとも一緒に海辺に気分転換で行ったりと。

やはり『美春』は美春そのものだった。ただ1つ、俺との記憶についてを除いては。




しばらく経ち、『美春』が寝込むようになった。

システムエラーがどうのこうのと、俺には疎遠の言葉が天枷研究所の人たちの間に飛び交った。

そして・・・ロボット『美春』はもう、動かなくなった。




俺はしばらく悲しんだ。

なぜだろう、あいつは本物の美春でもないのに、こんなにも悲しいなんて。

わずかだけど、あいつとも色々あったな。食事とか、ゲームして遊んだりとか(いつも俺が勝つ)、一緒に寝たりとか。

涙は1日中流れっぱな日がしばらく続いたな。




だが、本物の美春がその翌日、目を開けた。

「美春!」
「・・・え?」
あいつは俺を見て驚いていた。
まあ、驚くのも普通だろう。引っ越していたはずの俺がここに、美春の目の前にいるんだから。

「ハルちゃん、ハルちゃんなの!?」
「ああ、そうだ。まだ記憶は戻ってないけどな」
「やった、やっとハルちゃんに逢えた!」
「ああ、やっとお前に会えたよ」

こいつ、まるで昨日までここで寝ていたなんて信じられないくらいに、はしゃいでいる。
やっぱり本物の美春は違うな。何ていうか、こいつは俺との記憶があるから昔の話をしたり、引っ越している間の話、
美春の話が頭からぽんぽんと出てくる。
話は1日中尽きることがなかった。

「さすがに話しっぱなしだと、疲れるな」
「美春はそんな疲れなどありませぇん!」
何だよこいつ、まじで疲れを見せないな。

「俺は疲れたけどな」
「あ、そうだ」
ここで美春は俺に質問した。

「何でハルちゃんは美春に逢おうとしたの?」
「え。俺の両親が離婚しちまって、俺を引き取る奴らが居なかったんだ。だから俺は初音島に来たんだ」
本当は美春に会いたかったのだが、そんなことまじまじと本人に言えるわけがない。

「誰か引き取り先居るんじゃないの?」
そういえば、そうかも。普通に考えたら俺、施設行きだな。

「ああ、まあな。だがな、俺にも引き取り先が決まっていたんだ」
「え? どこどこ?」
ああ、言うぞ。俺は言うぞ!

「ここだ。天枷家だ」
「ここかぁ〜・・・って、えええ!?」
やっぱり驚いたか。それもそうだ、昔遊んでいた友達が、家内になったんだからな。

「悪かったか、俺がここに住んで」
「全然! 来て嬉しいよ〜」
美春は目を輝かせていた。バナナを見るときほどではないが。
喜んでいるなんて、俺にとっては嬉しいのかどうなのか複雑だな。
俺を捨てた親はどう思っているのかどうか・・・。




それ以来、俺は美春を妹のようにかわいがった。
いや、たまたま風見学園附属で美春と一緒の時間が多かっただけだ。
俺は風見学園附属に入って、美春と同じクラスになった。

「うわぁ〜、ハルちゃん、私と同じクラス『美春クラス』だよ」
「何だよ、その『美春クラス』って。まるで俺がお前と同レベルみたいな発言をしてるみたいじゃないか」
「あー! そういうこと言う人には、二度と私のバナナ食べさせないからね!」
「・・・すいません、以後気をつけます、お姉さま」
「素直でよろしい」

こんな日常的な日々もあった。
上の会話の通り、面倒は明らかに俺が見ているのに、なぜか身分では美春が姉、俺が弟にされていた。
そしてなぜ俺が美春のバナナを食べるようになったのか。
それは美春は毎日、バナナで作った料理を毎朝作ってきてくれるからだ。
しかも俺の分まで作ってきてくれる。それに美春のバナナジュースは意外だがうまかった!
そしてそれは俺にとって唯一の昼飯だったから。
ん? 購買に行け? 購買はとてもじゃないが、キツすぎる。




ある日、俺は兄貴の家に遊びに行った。
俺は玄関のベルを鳴らした。そしてしばらく経って、ドアが開いた。だが、そこに居たのは、

「だぁれ?」
だ、誰だ、こいつ。
俺が見たことのない金髪の小さな女の子が出てきた。しかも頭には奇妙な猫が乗っかっている。

「え〜っと、純一兄さんはいるかな?」
俺はおそらく兄貴の親戚だと思って、優しく少女に言った。

「ボク君より本当の歳が上なんだからね。そんな子供扱いしないでよ」
・・・へ?
俺にはますます意味がわからなかった。まあ、聞き流そう。
ここは、兄貴と音夢さんの家だよな。
なぜ、こんな小学生の女の子がここに来てんだ。

「おい、さくら」
兄貴が来た。やっぱり俺が来るべき家はここでよかったんだな。

「お、春巳、美春はどうした?」
「美春は友達の用があるとか」
「ま、いいか」
俺はこの女の子を指差した。

「んで、この子は誰ですか?」
「お前、知らないのか?よく俺とこの家でサッカーしていた時に、お前のホームランキックでさくらの家まで行ってただろ」
・・・覚えてない。

「仕方ないよ、記憶喪失なんだよね」
「な、何でそれを」
「ボクだって、君のことはよく知っているから」
「え?」
ここにも居たのか。しかしやはり『朝倉』と『芳乃』でこんなにも俺は繋がりがあったとはな。
だが、こうして俺が思い出さなくてはならないことが増えてしまった。

え〜、ここで俺が思い出さなくてはならないことを申し上げますと、
@あの事故の正確な記憶
A音夢さんと兄貴と遊んだこと
Bさくらとはどんな繋がりだったのか
うーん、@は美春との記憶があるにしても、なぜかあの事故だけは記憶がうっすらなんだよな。
Aはあの秘密基地に行けば何か手がかりがあるかも知れない。
Bは・・・つながりなんてあるのだろうか。

「あああ〜〜、昔の記憶さえあればこんな困ったことにならないのにぃ!」
俺が言った途端、急にさくらの表情が変わった。

「・・・なら、蘇らせてあげようか」
「蘇らせるって・・・」
俺の記憶を取り戻せるっていうのか。

「でも、これには君に最も近い存在の人の協力が必要なんだ」
「最も近い存在・・・?」
それって・・・

「春巳にとって一番近い存在、美春のことだな。俺と音夢はそれほど関わったことはないし」
「うん。美春ちゃんの記憶の半分を君に移植するんだよ」
「おいおい、移植って・・・手術するわけじゃあるまいし」
俺の記憶が蘇る?

「でもね、これはとても危険なんだよ。下手すると、美春ちゃんの記憶が全てなくなっちゃうかもしれないんだよ」
「美春の記憶が・・・消える?」

どうしたものか。
俺は記憶を取り戻したい。それには美春の力が必要なのか。
成功すれば俺は困ることなくいろんな人とのつながりがわかる。だが、失敗したら、美春の記憶が消えてしまう。
これはある意味、究極の選択かもしれない。





続く

あとがき
海です。
いよいよ美春との再会を果たしたわけなのですが、
さくらの魔法によってハルの記憶が戻るわけなのですが、失敗すれば美春の記憶が全てなくなる・・・
究極の選択ですね。
この話か次あたりで完全オリジナルキャラ『ハル』についてがわかると思います。

管理人から
純一のことを兄貴と呼ぶのは面白いですね。
しかし、こんなに早くロボ美春との別れが来てしまうとは・・・
かなりの急展開で驚きました
さくらの記憶移植術も凄そうです
そんな究極の決断の待つ4話をしばしお待ち下さい



                                         

D.C.外伝『ハルと呼ばれる少年』第一章
「記憶喪失、俺の存在、美春」B

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