ハルちゃん・・・。この人も美春と同じことを言っている。

「な、何ですか?」
「ハルちゃんでしょ、久しぶりね。何年ぶりかな」

彼女はまるで俺を昔からの幼なじみかのように俺に振舞っている。
だが、俺は彼女のことがさっぱりわからなかった。
俺は彼女の知り合いだったのか。しかし、俺は彼女のことがわからない。これをどう切り替えそう・・・
ストレートに『俺は貴方を知りません』なんて言ったら間違いなく彼女は悲しむだろう。
『どこの誰ですか』・・・う〜ん、これも言いづらいな。
・・・駄目だ、言葉が思いつかん。どうするか・・・。

「ねえ、どうしたの? さっきからしかめた顔をしてるけど・・・」
彼女は俺をじっと見ていた。

「あ、あああ。すいません、俺はですね、そ、その・・・」
「?」
あーもう! 言うしかないか。俺は記憶喪失になって美春との思い出しか今頭には残ってないことを。
俺は覚悟のうちで彼女に記憶喪失のことを打ち明けることにした。

「あの、俺の言うこと、信じてくださいね。俺は、昔・・・―――」
俺は記憶喪失のことを彼女に言った。

「・・・知ってる」
「もうご存知なんですか」
「小5の時に無くしたんでしょ、記憶」
途端に彼女は表情を暗くし、俯いた。

「なぜそれを?」
「私だって、昔ハルちゃんと遊んでたから知ってるもん。兄さんと美春とハルちゃんと4人で」
そうか、あの秘密基地で遊んだのって美春だけじゃなかったのか。
俺はすっかり忘れていたようだ。いや、その部分だけ記憶が消えているのか。

「事故があった後、ハルちゃんが記憶をなくして、美春はとても悲しんでたよ。もちろん私も、兄さんも。
それから美春が私に言ったの。『いくら私の記憶、私との記憶が残ったって、ハルちゃんの記憶を無くしたら意味がない』って。
そしてその数日後にハルちゃんが初音島に出ることが決まった。私たちはそれが信じられなかった。まだまだ遊びたかったのに。
でも島を出る際、会おうと思っても、今までハルちゃんとの大切にしていた時間が全てなくなってからじゃもう会う意味が無いって、
兄さんはその時に言った。だから別れの際、私と兄さんはハルちゃんに会わなかった」

「そうだったんですか、貴方もまさか俺と知り合いだなんて」
その時彼女は俺を睨んでいた。俺も思わず普通に聞いて普通に答えた自分を責めた。
やはり記憶喪失だとしても、普通の知り合いが自分を忘れられているとしたらそりゃ怒るだろう。
だが、彼女はしばらく睨んでいたが、

「・・・ご、ごめんなさい。度が過ぎました」
「ま、立ち話もあれだし、家に入る?」
と、今までのシリアスムードを一変し、彼女は家に招待した。

「え、あ、はい。ええと・・・名前は?」
俺は名前を忘れていたため、彼女を呼べなかった。

「私の名前は朝倉音夢」
彼女、音夢さんは俺が記憶喪失だということを知って、怒りをこらえて言ったのだろう。
早く記憶を取り戻したい! そうすれば、いつでも音夢さんと気楽な話できるのに。

「あ、よろしくです。家に入るのかぁ〜。2人きりで」
俺は密かな期待をしていた。
この音夢さんと家に入るだなんてまさか夢にまで思わなかった。それに家の中には音夢さんの兄さんは居ない。
家の中で2人きりなんて俺はなんて幸福なのだろう。こんな綺麗な女性と一緒なんて。

「それと、いくら私とハルちゃんの2人きりだからって、いやらしいことは考えないでよね」
どうやら期待は外れたようだ。

「別にやらしいことなんて考えていません」
俺は家の居間で音夢さんとテーブルを挟んで向かい合わせになった。

「それで、何をするんすか?」
「ん? もちろん貴方の記憶を蘇らせるの。まずは昔の写真のアルバムを見て思い出させましょ」
音夢さんは一度居間を出て、そして戻ってきた。アルバムを1冊抱えて持ってきた。

「重そうですね」
「それくらい、ハルちゃんとの思い出があるってことよ」
俺はそのアルバムをテーブルに置いて開いた。
アルバムの中には木の陰で泣いている女の子の写真があったり、その子の寝顔やお風呂に入っている写真などが載っていた。

「あの・・・、そっちの写真だけじゃなくてハルちゃんが写っている写真を見て・・・」
音夢さんは頬を紅潮させながら俺に言った。
そうか、この写真の子って音夢さんか。かわいいな。
って、そうじゃなかった。俺の写っている写真を探さなければ。

「あ・・・」
俺が写っている写真を見つけた。やはりその横には音夢さん、兄さん、そして美春がそこに写っていた。
誰が撮ったのかは知らないが、ここに写っているのは確実に小さい頃の俺だ。
顔つきや髪型とかも今と変わっていない。
そして音夢さんの兄さんと音夢さんが肩を組み、俺と美春が肩車をしている。
その隣の写真では、その肩車で俺に乗っていた美春がバランスを崩しそうになり、両手で俺の目を隠していた。

「音夢さんたちとこんなに遊んでいたなんて・・・」
「でも、遊んだとはいってもその日だけだったのよね」
「その日、だけ?」
「ハルちゃんの両親はあまり私も関わりがないんだけれど、あまりいい印象じゃなかったの」
やっぱり、あの離婚した両親は本物だったんだな。

「私の両親も、兄さんも、あまりハルちゃんの両親は好きじゃなかった。
あの秘密基地で帰りにハルちゃんと美春が家に帰れなかったことがあって、
それ以来、秘密基地に入ることがハルちゃんの親が勝手に禁止にしてハルちゃんとは遊べなくなった。
でも、ハルちゃんとは遊びたかったよ。兄さんもハルちゃんとは仲良しだったし、公園でよく遊んでいた。
ハルちゃんはよく木登りをしていたよ」

「へへっ、やんちゃだな、俺」
「でも、突如私たちに悪夢が襲ってきた。美春をかばってハルちゃんが車の下敷きになってしまった。
そのうえ、ハルちゃんの体はボロボロで、右腕は骨折、半年も意識不明の重体、そして記憶喪失。
そしてハルちゃんのもとに来た人々はみんな、ハルちゃんを見るなり悲しい顔で家路に着いた。
でもハルちゃんの両親は来るなりハルちゃんに文句を言っていた、『お前はバカか。あんな無茶な行動に出て!』って」

「え」
俺を心配した人たちがそんなに居たのか。
でも、初音島での事故ってあんまりないからいきなり起こった事故でみんなが驚いているだけなんじゃないのか。
いや、そんなことはない。俺をこうして心配してくれた人がいるのだから、美春をはじめいろんな人が心配しただろう。
俺はその人たちになんて感謝すればいいのだろう。
それに、俺はやっぱり親に嫌われていたのか。それとも、俺を心配しての叱咤なのだろうか。
そうなると、俺は両親のもとに戻るべきなのだろう。だが、俺を引き取ってくれないのなら、俺の勝手にしてもらう。
そう、両親は息子である俺を捨てたんだ。絶対戻るものか!

「あの・・・」
「な、何、ハルちゃん」
俺はここでいくらかの疑問を思い浮かんだ。
なぜ初音島には桜が一年中咲いているのだろうか。
今、美春はどこにいるのか。
そして、俺を知っている人たちはどれほどいるのだろうか。

「美春って、今どこにいるかわかりますか?」
「美春? 美春ならあと少しでここに来るけど」
「ええ!?」
それはあまりに突発的だった。今から美春はここに!?

「この家に・・・来るんですか、美春が!」
「うん。もしかして、緊張してる?」
「ええ、だって久しぶりだし。それにこういう年頃って、その・・・異性がどうもきになっちゃって・・・」

・・・恥ずかしい。

「ふ〜ん。じゃあ兄さんも、私と一緒に暮らしている時に気になる時ってあるのかな」
多分、あると思います、音夢さん。

「でも、遅いなぁ、美春。もう待ち合わせの時間から20分は経っているのに」
あいつ、遅刻するやつだったっけ?
俺との時は、あいつが先に待ち合わせ場所に来て俺がその後に来ていたな。

「まだ、準備が済んでないとか?」
「何かあったのかな?」
すると、家の電話がいきなり鳴り出し、音夢さんが電話に出た。

「もしもし、あ、美春! もう、遅いじゃない。何してるの?
え、風見学園に? ・・・うん、わかった。じゃあね」
音夢さんは少々混乱があったが、電話を切った。

「美春、何してたんですか?」
「わからないけど、至急風見学園に来てって」
「風見学園、それはどこなんですか?」
そういえば、俺って学校まだ決まってないんだよな。
風見学園かぁ。いい所なのかな。

「私についてきて」
「そういえば・・・学校って俺、通ってなかった・・・」
「美春と同じ歳なんだし、学校について考えているのならいっそのこと風見学園に入ったら?」
「え、俺がですか!?」
「うん、適性検査をして合格したら風見学園に入れるんだから」
「・・・考えておきます」

俺は音夢さんと風見学園に行くことにした。
朝倉家のことはわかったのだが、芳乃家のことが俺にはさっぱりわからなかった。
朝倉家と芳乃家・・・。何かあったような気がするんだが、思いつかない。
ま、俺にはまだ記憶は戻っているわけでもないし、考えるのは後でいいか。




俺と音夢さんは桜並木の通りを歩いていた。

「今って、季節は秋ですよね?」
まあ、正確には夏→秋って感じですけど^^;

「うん、何で?」
「だっておかしいじゃないですか、秋に桜が咲くなんて」
本州ではありえない気候だよな、ここって。

「そうね、初音島の七不思議の1つだもん。みんながわからない疑問ね」
「奇妙な気候ですね、この辺り」
「いろんな科学者とかがここに訪れたんだけど、わからないんだって」
そうだったのか。桜って綺麗だな。いつでも春爛漫で。
でも、寒い時に桜ってのは何か慣れないなぁ。

「着いたよ」
いつの間にか俺たちは風見学園に着いていた。
かなり時間が短かったような気がする。話に夢中になっていたからかな。

「まだ美春は来てないわね」
「あいつ、そんなに遅い奴でしたっけ? 俺の記憶ではほんの5,6分程度の遅れくらいで来た感じでしたけど」
「そう、美春は大体の時間は守るんだけどね。どうしたのかな」
俺と音夢さんは学園の正門の前で待っていた。
だが、秋にしても、まだまだ季節は暑い。段々喉が渇いてきた。

「喉渇いたぁ〜」
「確かに渇きましたね。俺、ジュース買ってきます」
「あ、ちょっと!」
俺は自動販売機を探しに行った。そういえば、俺の事故と同じシチュエーションだな。
まあ、音夢さんはしっかりしてるし、心配ないだろう。
だがそれも束の間、俺は自分の突発的な行動のせいで、自販が見つからなかった。
しかも自動販売機はいくら探しても見つからず、どんどん複雑な道を進んでいた。

「あれ、どこなんだ? 風見学園の周辺にはあまり自販はないのか。
いや、あった。それは500m先に道の隅にあった。




「さて、行くか」
俺はコーラとオレンジジュースを買った。

「音夢さんって炭酸系は苦手なのかな」
それを聞くのを忘れてしまった・・・。

「まぁ、オレンジジュースとかなら好きだろう」




買ったのはいいのだが、風見学園正門がどこなのかわからなくなってしまった。
いくら探しても、あの見覚えのあるあの正門に着けない。
俺は道を歩いている1人の少女に声をかけた。

「あの、風見学園の正門ってどこにあるのか分かりますか」
「え、正門?」
少女は俺をじっと見た。
はぁ、音夢さん心配してるだろうな。おまけにその間に美春が来たりして・・・。
あ〜、音夢さんと美春が怒っているかも〜〜

「私もついていきましょうか?」
え?俺場所しか聞かなかったよな?
まるで少女は俺の心を読んだかのように言った。

「え、あ、よろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
俺は彼女と一緒に道を歩いていた。
彼女も音夢さんと同じくらい美人で、声も美しい。ボディだって、綺麗だ。
いや、どんな女性でも彼女には適わないだろう。
一緒に横を歩いているのがとても嬉しいくらいである。

「そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「あ・・・。す、すいません、つい、見とれちゃって」
すると彼女は俺に寄ってきた。

「好きな人はいますか?」
え、唐突に言われても思いつかないな。
彼女は『俺の彼女』にしたいくらいに綺麗だけど、まだ出会ったばかりだし・・・。
んんん、美春かぁ〜、あいつとは単なる遊び相手で、恋人というわけでもないし・・・。
第一、初恋がないかもしれない。

「好きな人ですか。考えたことありませんね」
「例えば、私とかは?」
俺の正直な気持ちでは・・・。

「・・・候補です」
もしかしたら、俺が好きな人の中で一番かもしれない。美人で、優しそうで、おまけに綺麗な体してるし。
つーかまだ俺、名前言ってねぇ。

「私の名前は白河ことり。よろしくね」
「俺の名前はですね・・・名前は・・・」
俺の名・・・。名なんて・・・ないんだった。いや、見つからない。

「俺は、昔交通事故に遭っちゃって、それ以前の記憶が無いんです。だから俺の名はわからないんです。
だけど、美春は俺を『ハルちゃん』って言ってるんです。本当に俺の名は『ハル』なのかわからないけど・・・」
「じゃあ、私も『ハルちゃん』って読んでいい?」
俺はその時、心が夢のように舞い上がった。
ことりさんにそう呼ばれるなんて、なんて俺は幸せ者なんだろう。もしかして、俺は今、ことりさんを好きになってしまったのか。

「ええ、もちろん!」
「そうだ、貴方は初音島の人?」
「いえ、俺は昔ここに住んでいたのですが、親の転勤が理由でずっと居なかっただけです。
それで現在は、美春を探しにここに来ました。
でも、覚えているのが美春だけで今まで会った人たちも、俺が何者なのかもさっぱりわからなくて・・・」
「天枷さんの知り合いなの?」
「ええ、美春とは幼い頃からの親友で、音夢さんともその兄さんとも遊んだとか」
「へぇ〜、朝倉君とも知り合いなのかぁ」
話しているうちに思ったけど、もしかして俺、ことりさんとも以前会ったことあるのかな。
今までの経緯だと、萌さんに眞子さん、そしてことりさん・・・。
あー、もう誰と以前会っていたことあるのかさっぱりわかんねー!

「着きましたよ、正門」
「あ」
いつのまにかあの風見学園の正門に俺とことりさんは着いていた。
だが、そこには音夢さんは居なかった。
美春にもう会ったのかな。

「あ、ありがとうございます」
「また、会おうね」
「そうですね」
「じゃあね〜」
ことりさんは笑顔で手を振って行ってしまった。




「さて、音夢さんはどこ行ったのかな?」
俺は音夢さんを探しに行っ・・・て、また道に迷ったらどうするんだ。
せっかくジュースを買ってきたっていうのに・・・
仕方ない、むやみに動くよりもここで待ったほうがいいだろう。




しばらくして、

「あ、ハルちゃん!」
商店街の方から音夢さんが来た。
あちゃ〜、少し怒ってるよ・・・

「音夢さん、どこ行ってたんですか」
「それはこっちのセリフ。もう、ジュース買うだけで、どこに行っていたんだか」
「え、ええ、ま、そのぉ、道に迷っちゃって・・・」
何て恥ずかしいんだ、俺。

「だから言ったでしょ、ハルちゃんの突発的な行動が悪い所だって」
「そういわれても・・・なってしまってはもう遅いわけで・・・」
「美春ー!」
あぁ、無視された・・・。
・・・ん、ちょっと待てぇぇぇい!!
音夢さんは、俺が会いたがっている彼女の言葉を出しているではないかァァァ!!!
ってことは、音夢さんは美春と会ったんだな。こうして、俺も、美春と・・・―――

「もう、にゃむ先輩、荷物くらいちゃんと持ってくださいよぉ」
・・・。
・・・え?

「ごめん、早くハルちゃんのところにって思ってね」
あれが美春・・・?

「ほら、ハルちゃんだよ」
「ハル・・・ちゃん?」
「・・・」
あれが美春なのか・・・。

「あれ、どうしたの。美春、ハルちゃんよ。
って、ハルちゃんもどうしたの? 美春に会いたいって言ったのはハルちゃんじゃない」
「・・・・・・違う」
「え?」





続く

あとがき
海です。2作目です。
とうとう『ハル』が萌→眞子→音夢→ことり→美春と出会いました。
まず水越姉妹のことなんですが、ハルも幸せものですね。
萌先輩にファーストキスを取られてしまいましたよ(正式には人工呼吸で唇を重ねただけなんですけど)
彼がいつ鍋料理に出会うのかはお楽しみにということで・・・^^
そして、とうとう音夢にも会いましたね。しかも音夢も昔からの遊び仲間だったんですね。
次にはことり。すぐにハルはことりに惚れちゃいました。そうなると純一とは恋敵になりそうです。
そしてそして、念願の美春に会いましたーーー!!!
「・・・違う」
『え? ハル、お前何を言ってるの』って感じですね。
あ、そういえば、中間テスト期間中だった〜(涙)

管理人から
テスト期間中にも関わらず贈って来て下さいまして、どうもありがとうございます。
あっという間にことり&美春が出て来ましたね。ことりはやっぱり可愛いですね〜。
で、美春がにゃむ先輩ということはこの美春は・・・
ってことで3話に続きますが、まだ純一出て来てないですね。
それではまた3話で。



                                         

D.C.外伝『ハルと呼ばれる少年』第一章
「記憶喪失、俺の存在、美春」A

inserted by FC2 system