その昔、俺は美春と買い物に出かけていた。

季節は夏。お互い、小学生5年になってもまだまだ遊び盛りの頃だった。

ある時、事の発端はわからんが、俺は美春と買い物をしていた。

そして買い物が終わり帰る途中、俺は喉が渇いたのでジュースが欲しくなった。

俺は自販のジュースを買うため、美春から一旦離れた。

だが俺が美春から離れた途端、美春は急にどこかに行ってしまった。

何と、あいつは屋台のクレープ屋に行こうとしていた。

それはいかにも美春好みのバナナだらけの看板の店だった。

だが、その間に2車線の道路があった。

その道路はそこそこ交通量も多く、近くに横断歩道はない。

とろとろ歩いている美春は全くその道路に気づかず、車道を踏み込んだ。

だが、運が悪く、自動車が美春に近づいていた。車の運転手は美春に気づき、警笛を鳴らした。

しかし、警笛を鳴らされても美春は全く聞こえる素振りは見せなかった。

このままじゃ轢かれてしまう!

俺はジュースを投げ捨て、美春に向かって駆け出した。

車も徐々に近づいてきている。だが、美春はまだ車が来ていることを気づいていない。

俺の脚、どうか間に合ってくれ!

車が美春とあと1mのところで俺は美春を突いた。

だが、俺はその車の餌食になってしまったという。



その後、気がついたら美春と俺は病院に居た。

美春は俺が突いたことによる軽傷ですんだのだが、俺はもろに車に轢かれたため、外傷が酷く右腕は骨折をしていた。

そのうえ意識不明に陥ってしまったうえに、俺の脳はかなりのショックによりそれ以前の記憶がかき消されてしまった。

そして俺は眠りに落ちた。

それまではうろ覚えだったため、細かいことは覚えていなかったが、完全に覚えているのはそれから半年経ったことである。




「・・・ん?」
「あ、ハルちゃん、ハルちゃん!」

美春は俺の顔の目の前に居た。

「・・・美春?」
「ハルちゃん、私がわかるの?」
「・・・ああ。つーか、何でお前は俺に『ハルちゃん』っていうんだ」
「だって、ハルちゃんはハルちゃんでしょ?」
俺は必死で思い出したが、自分の名前すら忘れていた。
つまり、あの事故で自分の名前も記憶と共に頭から飛んでしまった。

「・・・ごめん、覚えていない」
「・・・え?」
「俺は美春のことはわかるが、俺自体はわからない。俺の名前もだ」
俺は重度の記憶喪失に陥ってしまったが、なぜか美春のことは覚えていた。
だが、美春のことに関してはまるで親のように何でもわかる。

「き、記憶喪失になっちゃったの?」
「そのようだな。だがお前のことならいっぱい覚えてるぞ。美春が生まれた日付も出身地も家も大好きな食べ物も3サイズも・・・」
「は、恥ずかしいなぁ」
美春は顔を真っ赤に紅潮し、手で顔を隠した。
っつーか何で俺はここまで美春のことは覚えていて、俺自体は忘れているんだ。

「ハルちゃん、改めて言うけど、君はね、『春巳』っていうの。あたしと同じ『春』が付くんだよ」
そうか・・・俺は・・・『春巳』って書いてハルミって言うのか・・・。
でも、実感が湧かないな。

「ごめん、やっぱりわからない・・・」
「そう・・・」
でもよ、あの美春が真面目に言っているんだ。本当に違いないだろう。
だが、いまいちその名前になじみがなかった。




俺はその後、自分が親だと名乗る男と女に預けられたが、それは一瞬にして、不幸と化した。
俺はその男の会社の転勤により、初音島を出なければならなくなった。
それは、俺がこの世の中の人類の中で唯一知っている美春とも別れなければならないわけだ。

「ハルちゃん、またいつか逢えるよね?」
「もちろんだとも、お前が逢いたいという気持ちを持てばな。それと、車には気をつけろよ」
「うん、でも、また逢いたい」
「俺もだ」
美春は泣いていた。いくら手で目を拭いても、どんどん涙が溢れてきている。
いつのまにか、俺も涙を流していた。
いつか、逢おうな、美春!




それからいくらかの月日が経っていた。

だが、親同士のけんかは絶えなかった。

それに日に日にその喧嘩はエスカレートしていた。

俺のクラスメートはそんな姿を見たのだろうか。だから俺から疎遠しているのだろうか。




そして両親の離婚が成立したのだが、俺は誰にも引き取れはしてくれなかった。
いや、俺は引取りを拒んだ。両親のどちらかと暮らすのが嫌だったからである。

・・・何か、あまりその両親が好きではなかったからだ。

結局、両親とも縁を切り、俺は完全に名も無き存在になった。

もしかしたら、元々俺の両親は仲がよくなかったんだろうか。俺の世話もあまりしてくれなかったのだろうか。

これからはこの短時間で出会った親戚とも赤の他人だ。

家も無ければ、飯を食うところもない。

どうすればいいんだ・・・。



美春・・・俺はどうすれば・・・?



って、何で俺は美春のことを今更思い出しているんだ。

いくら思い出したって美春はここには・・・。だが、俺はよく、美春のことを想っていた。

・・・俺の居場所は初音島なんだな。




俺は決心をした。

初音島に行こう。そうすれば美春に会えるし、居場所も見つかるはず。

俺は何日もして初音島まで移動していた。

貨物センターに停まっている貨物列車に飛び乗り、乗務員にばれないようコンテナの上に乗ったり、コンテナの中に隠れたりもした。

だが、その貨物列車はとてもじゃないが乗り心地が最悪だった。走行中にガタガタと上下に動いて、俺は気分を悪くした。

そのうえ、カーブに差し掛かった時は、危うく遠心力の力によって投げ落とされそうになった。

もう二度と貨物列車には乗らないことを俺はその時、誓った。

そしてその後は鉄橋を渡っている時に俺は海に飛び込んだ。

そこから初音島まで泳ごうとしていた。

季節は秋にはなったが、幸い、まだまだ残暑が酷かったので、海は暖かかった。

そこから俺は泳いだ。だが、服が重くてなかなか泳ぐに泳ぐことができない。

それでも俺はできる限り泳ぎつづけた。

元々、小さい時から水泳には自信があったから何ともなかったのだが、なかなか初音島に着かず、俺は疲労感を覚えるようになった。

俺はその時、太平洋からはとてもじゃないが遠すぎたなと思った。その割にはよく覚えたな。

飯だってそんなに食ってはいないのに、ここまで体力があるなんて自分でも信じられないくらいだ。

だが、もう意識だって少しぼ〜っとしてきた。俺はここで深海へ沈むのだろうか。

・・・もうどうでもよくなった。このまま楽になったほうが心地いいんだろうな。

俺は瞼が重くなったので、もう寝ることにした。

力を抜けば海に浮かぶし、漁師とかが気づいてくれるだろう。

俺は体勢を変え、顔を上にし、そして全身の力を抜き、寝ることにした。



俺は目を覚ました。もう朝になったのか。

だが、そこは海の上ではなく、砂浜の上だった。

俺はあれからここまで流されたんだな。

「・・・あらぁ?」
と、俺の前に1人の女性が現れた。

「起きましたか〜」
彼女は何ともトロ〜ンとした口調でもう眠くなりそうなくらいだ。

「え、あなたは?」
「私ですかぁ〜。私、水越萌と申しますぅ〜」
「は、はぁ〜」
っていうより・・・彼女は何で・・・ここに・・・居る・・・んだ・・・
あれ・・・意識・・・が・・・




そして、俺は気がつくと病院にいた。

「もう、5日も何も食ってないなんて、どういう体してんの、あんた」
「まぁまぁ、眞子ちゃん。この子、海に浮かんでいたから私が助けたんですよ〜」
「あ、あなたが!? どうやって?」
こんなスマートな体して、どうやって俺をあの海から助けたんだ?
俺が最後に寝た所はまだまだ初音島からは遠いはずなのに。

「私、たまに海にも行くんですよ〜。そして、そこでまだまだ暑いので泳いだり、ボートに乗って優雅に浮かんでいたりしているんですぅ〜」
「ボート・・・? ってことは、貴方、まさか俺をこの島までボートで」
「はい。海に浮かんでいたので驚きましたよ〜」

俺は海に流されたんじゃなかったんだな。
っていうより萌さんはこれで驚いているのか。全然驚いているようには見えないんだけどな。
でも、俺をここまで運んでくれてありがとうございます、萌さん。

「あと、呼吸をしていなかったので、人工呼吸を・・・」
「お、お姉ちゃん!?」
「じ、人工呼吸!!??」
そんな・・・俺のファーストキッスはこの人に取られてしまったのかよ。
でも、別に嫌ではないな。キレイな方だし。
あぁ〜、これで俺の唇は萌さんのものになったのか。ってことは、俺はこれから彼女と・・・―――
・・・俺は1人で何を語っているんだ。

「そういえば、君、名前は?」
「俺の名? ・・・名なんてない」
『え?』

俺が言った途端、この2人は同じ言葉を言った。それも全く違う驚き方で。

「今、なんておっしゃいました?」
「ちょっと、冗談じゃないわよ。熱が上がったからって、そんなわけないじゃない」
萌さんは何を言っていたのか聞き取れなかった様子で、眞子は俺の言葉が信じられない様子だ。

「俺、熱出していたのか?」
「いや、これといったほどではないけど・・・」
「俺の名なんて覚えてもいない。だが、美春っていう女の子のことはよく覚えている。
俺は交通事故で記憶喪失になって名をなくし、美春以外と美春と関わること以外のことは全て俺の脳から消えた」

そう、俺は確かに美春の事故をかばって俺が怪我したことは覚えていた。
だが、それ以前(美春に関わる内容は除く)のことが思い出せないのだ。
それに、ホントになぜよりによって美春しか覚えてないんだ。

「美春・・・?もしかして。お姉ちゃん、今すぐ美春を呼んで!」
「は、はい」
あの2人、何急にバタバタしてんだ。
急に俺が美春の名を出したら、あの人たち俺に対する目の色変えていたな。
あの人たちも美春の知り合いなのか。




だがその日、美春は何らかの都合上、病院には現れなかった。




俺は翌日退院した。

「もう、自分の体くらい気をつけなさいよ」
「わかってるって!」
全く、世話焼きだな、あの眞子っていう人。
でも、もしかしたら、眞子っていう人とも知り合いだったりして。
知っている人、知らない人、全く区別がつかんな。
でも、おそらくあの人たちとは初対面なのかも。あまり俺の姿を見て驚いた表情も見せなかったし。




俺は病院からそのまま歩いていった。
商店街、住宅街を経て、いつのまにか俺はある2件の家の前に立ち止まった。
『朝倉』、『芳乃』という看板が書かれた家である。
俺はなぜこの2件の前で止まったのかは知らない。
だがなぜかわからんが俺は芳乃家はともかく、この朝倉家と何らかの縁があったような気がした。
だが、思い出せない。
俺と美春と・・・あと、誰だっけ? う〜ん、思い出せない!

と、俺が必死に頭をフル回転し記憶を辿ったのだが、もうその記憶という道は途絶えておりそこからはもう辿れない。

「もう、俺は美春との思い出しか覚えてないんだな・・・。俺自身のことなんて・・・」
俺はそう半分諦めが入った時、

「・・・ハルちゃん?」
俺の前に、黄色のリボンを2つ髪の毛につけた1人の少女が現れた。
彼女、俺を見て驚きを隠せないようだ。
それにこの人も・・・美春と同じ俺に対する呼び方をしている。





続く

あとがき
どうも、海です。初めてD.C.小説を書きました。なので、あまり私の文才がうまくないことについてはお許しください。
さて本題ですが、主人公は美春の昔の遊び仲間で、車に轢かれて頭を強打し、記憶喪失になってしまいました。
そんな主人公を主点にしたストーリーです。第一章の話は5話です。
この『ハルと呼ばれた少年』なのですが、まず、美春がこの第一章のヒロインです。
そして音夢、さくら、ことり、萌先輩、眞子、環、アリス、ななこと順々に続いていきます。
それと今回の話で、貨物列車あたりの話がかなり詳しく述べていますが、もちろん私はやったことはありません(笑)

管理人から
海さんから初めてSSを頂戴しました。主人公は完全オリジナルキャラです。
ここからどうなって行くのか全く分かりませんが、続きを楽しみにしましょう。
個人的には和泉子なども出て欲しいところですが・・・。ではでは。



                                        
D.C.外伝『ハルと呼ばれる少年』第一章
「記憶喪失、俺の存在、美春」@
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