雄真とマジックワンドと
「し、死ぬかと思った・・・」
「大袈裟ね~。ちょこ~っと私が雄真君に刺激を与えただけなのに」
「・・・魔力が抜けてるのはワザと?」
「ええ」
そんな爽やかに答えられても困る。
だが確かに、何か魔力の流れのようなものがスムーズになった感じがする。

「全く、何が簡単に出来るから、だ。母さんを信じた俺がバカだった」
「そんなに怒らないでよ。母の愛だと思って」
何が母の愛だ。あんなものが母の愛なら願い下げだ。
ちなみに経緯はこんな感じだった。




今から1時間ほど前。俺は今日も今日とて図書館で魔法学の歴史について勉強していた。
放課後は居残って勉強というのが魔法学科に転学してからのスタンスになっている。
2年の途中からの魔法学科転学ということで、俺は春姫や杏璃から大きく出遅れている。
こうやって少しでも魔法について勉強しなければならないのだ。
実際学園生活の1/3以上は普通学科で消化してしまったのだ。のんびりしていたらあっという間に卒業だ。
まぁ俺の場合魔法学の単位が足りなくて留年し兼ねないのだが。

それにハンデは他にもある。
本来魔法学科に進むような奴はみんな相応の知識、実力を身につけて入学する。
俺の場合それすらない。正直なところ、魔法の勉強を始めて1ヶ月では入学前レベルと言っても過言ではないのだ。
ちなみに普段なら春姫や杏璃に教えて貰ったりもする。今日は暗記系だから自分一人でやってるわけだが。

「しかしすげぇな」
俺が見ている魔法学の歴史の教科書。
そこの近代史の部分には、御薙鈴莉という名前がしっかりと載っていた。
自分の母親の名前が教科書に載ってるっていうのは不思議な感じだ。
魔法の世界じゃ俺は有名人の子ってことになるのか?いや、有名人というより偉人?

っとダメだ、ダメだ。集中して勉強しないと。
横道に逸れ掛けた思考を元に戻す。
再び教科書に目を落とそうとしたところで突如視界が真っ黒になった。

「だ~れだ?」
恋人同士でやるようなベタな質問。
しかし間違っても俺とこの質問者はそんな関係ではない。
まぁある意味では恋人よりも深い関係ではあるが。

「何の用ですか、御薙先生?」
「あら?バレちゃった?」
「声で分かります」
「雄真くんってば冷たいわね。せっかく失っていた母親とのスキンシップを、と思ったのに」
「ここは学園でしょ。公私混同はよく無いと思うんだけど」
一応俺は学園では御薙先生と呼ぶことを通している。
ちなみに俺が御薙先生の子どもだと知ってる人は少ない。
わざわざ公表することでも無し、何で苗字が違うの?とか聞かれて面倒なのが理由だ。

「それもそうね。それじゃ小日向くん。私の研究室まで来なさい」
「は?」
「返事は、はい」
「・・・はい」
そうして俺は御薙先生に研究室まで連行された。




「ここなら気にせず雄真くんでいいわね」
良いのかどうか甚だ疑問だが、ここは素直に従っておこう。

「それで、何の用なの母さん?」
「雄真くんってば相変わらず連れないわね。今日は雄真くんのマジックワンドを作ろうと思って呼んだのよ」
俺の・・・マジックワンド?

「ホント!?でも何で今?」
「基礎が出来たと私が判断したからよ。ちょっと早いと思うけど、まぁ大丈夫でしょう」
マジックワンドとは魔法を使う際に使う魔法使いの杖のことだ。
母さんクラスになるとマジックワンドが無くても安定した魔法が使えるが、魔法使いとして半人前である学生は皆持っている。
今まではあの事件で使った指輪や、学園から貸し出されていた練習用のワンドで授業を受けていた。
だが、ついに俺にもマジックワンドが貰えるんだ。そう思うと思わず笑みが零れた。

「そんなに嬉しい?」
「もちろん!やっとスタートラインに立てた気がするよ」
マジックワンドは本来学園に入学してすぐに作るものだ。
これでようやく瑞穂坂学園の魔法学科の生徒だと胸を張れるってものだ。

「それじゃその儀式の前に、私がリラックス出来るツボを押してあげるわ」
「ツボ?」
ツボって言うとあの肩凝りが治るとかってあのツボか?

「そう。ちょ~っと痛いけど我慢してね」
何だ今の引っ掛かる物言いは?何か嫌な予感がするぞ。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。簡単に出来るものだから」
「じゃあお願いするよ」
それならいいかと納得したのが不味かった。




「いだだだだだだだだだだだだだ!!!!!」
「もうちょっとだけ我慢してね」
「さっきもそのセリフ聞いた!」
ツボ押しというのは魔力のツボのことで、母さんが魔力を込めて押しているのだ。
今までロクに使われてなかった俺の魔力は、ツボを押されたせいで活性化し、身体の中を駆け巡っている。
別にそれが痛いわけではない。痛いのはツボを押す方。
内蔵が悪いと痛いツボがあるとか言うが、その感覚が一番近いと思われる。
太い注射を刺されるかのような痛みが、母さんが力を込める度に襲っていた。

「死ぬ、死ぬ!死ぬ!!」
「大丈夫。死なないから安心して」
「ホント痛いから!」
「あら?雄真くんってばやっぱり魔力が多いせいか、まだ全て出てないわね。もう1周しましょう」
「ええええええええええええええええええ!!!???」
そんな感じの出来事があって冒頭に戻る。




「これでよりスムーズに魔力が出せるようになるわ」
「確かにそんな気はするけど、実際に使ってみないと分からないな~」
「すぐに違いが分かるようになるわよ。じゃあ次はマジックワンド制作ね」
「あ、それなんだけど。思い入れの品とかがいるんだよね?」
通常マジックワンドは自分が長年愛用してたものを触媒に使う。
例えば春姫の場合はトランペット、杏璃の場合は羽ペンである。

「そうね。普通は最低でも3年くらいは使ってるものが望ましいわ」
「俺って思い入れのあるものって全然持ってないんだよ。その場合どうするの?」
困ったことに俺には春姫や杏璃のように幼少から愛用しているものというのが無かった。
別に物持ちが悪いわけじゃないが、愛用しているというレベルの物は持っていない。
敢えて言うなら家の中にある机やベッドとかだけど、机やベッドをマジックワンドにされても困る。

「大丈夫。音羽から聞いてるわ。と言うわけで私が用意しています」
そう言うと母さんは洒落た木箱を棚から取り出して、その蓋を開けた。
木箱の中には青と赤、二つの宝石が入っていた。

「何これ?」
「御薙家の家宝よ」
青と赤、いや青と赤と表現するのは安易過ぎる気がする。一見空のような薄い青色が目に付くが、その奥は海の底のような深い蒼。
そして太陽のように燃え上がるような紅。そういう表現の方が正しい気がした。見ているとどちらも中に吸い込まれそうだ。

「本当はやっぱり思い入れのあるものがベストなのだけれども、使っていけば愛着も出るしそこまで問題無いわ」
「へぇ~家宝なんてものがあったんだ」
「ええ。私が5年前に見つけて家宝にしたの」
ゴンッ
しこたま机に頭を打ちつけてしまった。

「あら?別に不思議じゃないでしょ?どんな家の家宝だって、最初に手に入れた人がいるんだから」
「だからって自分で手に入れた物を家宝にするってのもどうかと思うよ」
確かにそういう人もいるだろうが、家宝ってのは代々残って行ってこそだと思うんだけど。

「細かいことは気にしない」
確かにそんな細かいことを気にしていたら、俺の周りの人間と到底付き合っていけない。

「5年前にどこで見つけたのさ?」
「イングランドの奥地よ。パーティーを組んで入った洞窟の奥でね」
「それ何てRPG?」
洞窟の奥深くに宝だなんて、完全にゲームの中の世界である。

「だってあったんだから仕方ないじゃない。それでどちらがいいかしら?」
「どっちって片方?」
二つ出したのだからてっきり両方使うのかと思っていたのだが。

「二つ同時に使えないことも無いけれど、媒介は出来るだけ一つの方が良いのよ。バランスや相性なんてものもあるし。
特に今回の魔法石は正反対の性質を持っているから相性的には最悪ね」
そう言うと母さんは紅い方を手に取った。

「魔法石って?」
「魔力が込められた石のことよ。こっちがアッシャムス」
アッシャムス?聞いたことも無い名前だ。

「アラビア語で太陽って意味よ。パーティーを組んでいた仲間が付けてくれた名前」
「へぇ~」
俺が疑問に思ったことを察して母さんが説明してくれた。
何でアラビア語かは突っ込まないでおこう。

「アッシャムスには攻撃魔法を増幅、サポートする力が込められているわ」
「攻撃魔法・・・」
カリキュラムの中にあるので勉強することにはなるのだが、普通に生活する上で攻撃魔法は当然必要無い。
この前のような実際の戦闘などは稀なケースである。

「そしてこっちがラピスラズリ。これは母さんが命名」
「ふ~ん」
「素っ気無いわね。ラピスラズリは防御魔法を増幅、サポートしてくれるわ」
「正反対の性質ってそう言うことか。まさに対極ってわけだ」
「そういうこと。どちらにするかは雄真君に任せるわ」
俺は机に置かれた二つの魔法石を見比べる。
つまりは攻撃魔法を強化するか、防御魔法を強化するかだ。

「別にどちらも余り変わらないわよ?普通マジックワンドには、魔法増幅機能は無いから」
「それは知ってるよ。この前本で見たし」
マジックワンドと言うのは本来魔法を発動する為の媒体的なもので、補助程度のものだ。
だが伊吹のビサイムのように由緒正しいものとかは別だが。

「あら勉強熱心ね。悩むのならまた明日にする?」
「いや・・・」
どちらも戦闘を補助するものだが、選ぶのならこっちだろう。
俺は蒼い方の魔法石を手にした。

「ラピスラズリね。さっすが雄真君。私が名付けた方にしてくれるなんて」
別にそういうつもりは無かったんだけど・・・

「それじゃあ始めるわよ」
「あ、うん」
「この魔法陣の上にラピスラズリを置いて。雄真君の魔力を注ぎ込むの」
「どれくらい?」
「そうねぇ~。マジックワンドが自分の身体の一部だと思うくらい」
分かり難い・・・。何だその例えは?

「あら分かり難かったかしら?え~っとそれじゃあ雄真君が一度で出せる魔力全部♪」
「全部?そんなにやっても大丈夫なの?」
自慢じゃないが無駄に魔力はある。更にさっきのツボの効果を考えると、膨大な魔力が噴出されるだろう。

「大丈夫よ。もしもの時は母さんが止めてあげるから」
「分かった。それじゃあ」
目を瞑って詠唱を開始しようとした時、コトッという物音がした。

「・・・かーさん何してんの?」
「あ?バレた?」
「そりゃ音がすれば気付くよ」
いつの間に来たのやらかーさんが魔法陣の上に・・・何て名前だっけ?
とりあえず紅の魔法石を乗せていた。

「だって~どうせなら両方使わないと損じゃない?」
どこから聞いてたんだ、この人は。

「Oasisは?」
「今日は低調だから杏璃ちゃん達に任せて来ちゃった♪それで雄真くんの様子を見に来たの」
「ああ、そう。でも損だって発想で足されても困るんだけど。バランスもあるから止めた方が良いって言われたし」
「聞いてたわよ」
かーさんはしれっと答える。そこまで聞いてて足したのか。

「お願い雄真くん、シャムちゃんもマジックワンドにしてあげて」
「シャムちゃん?」
「アッシャムちゃんだからシャムちゃん」
「アッシャムスよ。音羽、雄真くんが決めたんだからつべこべ言わない」
「だって太陽の方が良くない?そりゃこっちの蒼い方も綺麗だけど。雄真君、お願い」
そう言うとかーさんは涙目の上目遣いで俺を見て来る。そんな目で見ないでくれ・・・

「雄真く~ん」
「諦めが悪いわよ、音羽」
「鈴莉のケチ~」
「ケチじゃないです」
「ドケチ~」
「ドケチでも無い」
「ドドケチ~」
「音羽・・・」
何て不毛な争いだ。

「あ~もう分かったよ!アッシャムスも使う。それでいいでしょ?」
「さっすが雄真くん」
「はぁ。後悔しても知らないわよ、雄真くん」
「大丈夫、後悔はしない」
・・・・・・多分。

「雄真君、指輪は今持ってるわよね?」
「え?あ、うん」
母さんに貰った指輪をポケットから取り出す。
指輪を嵌めて学園に来るのはアレなので、いつもポケットに入れているのだ。

「この指輪には魔法を安定させる力があるって話したわよね?」
「うん。あ、じゃあこれもマジックワンドにするってこと?」
「その通り。余り複数のものを混ぜるのも良くないんだけど、この魔法石が余りにも正反対だし、その為の応急処置よ」
「分かった」
魔法陣の上に二つの魔法石と指輪を置く。
そして今度こそ俺は目を瞑り精神を落ち付け、詠唱を始めた。




5分ほどだっただろうか?
母さんに「ストップ」と言われて魔力の放出を止め目を開けると、そこには二本のマジックワンドが鎮座していた。

「これが俺のマジックワンド・・・」
「雄真君二つ作ったの?」
かーさんの言う通り、紅の魔法石が嵌ったマジックワンドと蒼い魔法石が嵌ったマジックワンドの二つが机の上にあった。
紅い方の魔法石のマジックワンドは杖というより、むしろロッドと呼ぶ方が似合う形状だ。
蒼い方はまさにこれこそ杖と呼んで差し支えのない形状をしている。

「そんなつもりは無かったんだけど」
「やっぱりこの二つの魔法石のせいかしら?」
母さんでも分からないのか、頬に手を当て考え込んでいる。

「こんにちは~!」
「へ?」
そこへふと聞いたことが無い声が聞こえた。

「誰?」
かーさんと一緒に辺りを見回すが、誰もいない。

「この子に決まってるじゃない」
母さんが蒼い魔法石が嵌ったマジックワンドを指さした。

「私ですよ~」
蒼い魔法石の嵌ったマジックワンドが確かにそう言った。

「もしかして君?」
「はいです!私ラピスラズリと申します。よろしくお願いしますね、雄真様」
「あ、うん。よろしく。でも雄真様って何か恥ずかしいな」
沙耶にもそう呼ばれているが、正直むず痒い。

「そうですか?それじゃあ」
「きゃあ~!この子めちゃくちゃ可愛い~!」
かーさんが俺をそっちのけでラピスラズリを抱き締める。

「わわっ!」
「でも、ラピスラズリじゃちょっと長いわよね。ラピスちゃん!うん、ラピスちゃんね」
ラピスラズリも困惑しているようだ。
ラピスがちゃんと喋るんだから、アッシャムスの方も・・・

「初めまして、マスター。ボクがアッシャムスです」
「あ、うん。初めまして」
ボク・・・。声は完璧に女の子なのにボクとは。

「マスターという呼称でよろしかったでしょうか?」
マスターか。それも何か恥ずかしい感じがするんだが・・・
でもまぁいいか。それならま・だ・許容範囲内だ。

「ああ、それでいいよ」
「了解しました。よろしくお願いします、マスター」
「こちらこそよろしく」
「あ~もう!私が先に挨拶してたのに!」
そこへようやくかーさんから解放されたラピスラズリがやって来る。
そのかーさんはと言うと、今度はアッシャムスを抱き締めていた。

「初めまして、シャムちゃん。私が雄真くんの母の音羽よ」
「は、はい。初めまして」
どうも二人ともかーさんのテンションには付いていけないらしい。

「それで呼び方ですが、お兄ちゃんで良かったですか?」
ゴンッ
今日二度目の机との邂逅。

「一応聞くけど、何でそうなったの?」
「あ、あの音羽様が、その方が雄真様が喜ばれるとおっしゃったのですが・・・」
「かーさん・・・・・・」
「さ~て、私は仕事に戻らないと!それじゃあね、雄真くん、鈴莉、シャムちゃん、ラピスちゃん」
そう言うとかーさんはそそくさと研究室を出て行こうとする。

「逃げた・・・」
「あ。忘れてた。雄真くん、油汚れを落とす魔法ちゃんと教えて貰ってね~」
・・・そういや大分前にそんなことを言ってた気がする。

「じゃね~」
それだけ言うと今度こそサッサと出て行ってしまった。

「そんな魔法なんて無いよね?」
「あら、あるわよ」
「あるの!?」
「ええ。それじゃあ今日中に教えるから明日結果報告してね」
「あの・・・私の初仕事って油汚れ落としですか?」
そう不安気に聞いて来るラピスに、俺は愛想笑いするしか無かった。





終わり

今回のSSは長編SSのプロローグとして考えていたものです。
でもまぁとてもじゃないですが、書けそうに無かったので短編として公開しました。
雄真のマジックワンドの設定は一切無いので、完璧オリジナルです。
他所のサイトを見る限り、結構オリジナルのマジックワンドがありますが、二刀流は無いだろ、さすがに。この場合二杖流か?
はぴねす!に足りなかったお兄ちゃんとボクを装備した二人の女の子(?)です。
この二人を登場させるSSとか書けたらいいけどな~
それでは次回のSSで。



                                         
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