「やっぱりおかしいですよね?!」
美春は俺の方に身を乗り出して聞いてくる。

「声が大きいっての」
俺は美春の頭を軽く小突きながらそう言った。

学園からの帰り道、美春が話があると言うので喫茶店に入って話を聞いてるのだが、
1歩間違えればデートだよな、これ。
まぁ、俺にはちゃんとした恋人がいるわけだけれども。
なにとぞアリスに見つかって面倒なことになりませんように、などと考えながら美春の話を聞いていた。

「で、お前は下の名前で呼びたいのか?」
「そうなんですよ。朝倉先輩ですら呼んでるのに、美春が呼んでないなんておかしいと思いません?」
「本人の前で言うセリフか?俺はアリスの恋人なんだからそこまで不思議がることじゃないだろ?」
それに俺だって最初は月城って呼んでたしな。

「で?そんなにおかしいことか?」
「そうです。おかしいです。例えば音夢先輩と眞子先輩は名前で呼び合ってるじゃないですか」
言われてみればそうだ。
あいつらはそこまで付き合いの長くない頃から下の名前で呼び合ってたな。
しかし音夢の場合はちょっと別な気がする。

「苗字で呼ぶと俺と混同するからじゃないか?」
「・・・なるほど〜。それもそうですね」
美春は音夢のことを音夢先輩と呼ぶが、俺は朝倉先輩だ。

「例えばお前の場合水越先輩じゃ萌先輩と眞子を混同しちゃうだろ?」
「そうなんですよ〜。必然的にどちらかは下の名前になっちゃいますよね」
まぁそこそこ親しくないとダメだと思うけど。

「俺と音夢の場合にも当てはまるだろ?俺のことは苗字で呼ぶわけだし」
「違う方がいいんですか?」
「ん〜まぁ別にお前が呼びたいように呼べばいいんじゃないか?」
「ええ!?」
何だ?何驚いてるんだ、こいつ?

「や、やっぱり、お、お兄ちゃんの方が良かったですか!?」
「ごほっ!ごほっ!」
飲み掛けていたコーヒーでむせてしまう。

「だ、大丈夫ですか、先輩!?どうしたんです!?」
「お前が変なこと言うからだろうが!いつそんな話になった!?」
「だ、だって先輩のことは風見学園に入るまでお兄ちゃんって呼んでたじゃないですか」
確かに付属に入るまで美春は俺のことをそう呼んでいた。
もうすっかり忘れかけていたことだが。

「だからって何でお兄ちゃんに回帰するんだよ。話の流れからして純一先輩とかそういう展開だろ」
ってか、こいつは俺のことを今でもお兄ちゃんって呼びたいのか?
勘弁してくれ、そんな奴はさくら一人で十分だ。

「下の名前で呼んで欲しかったんですか?」
「だからお前の好きなように呼べって・・・いや現状維持でいい」
「結局現状維持ですか。分かりました、朝倉先輩」
お兄ちゃんは当然として、美春に純一先輩なんて呼ばれたら恥ずかしい。
アリスにだって朝倉先輩なのに。・・・あれ?俺も美春と同レベル?

「マズイな、これは由々しき事態だ」
「最初からそう言ってるじゃないですか!」
「声がでかい。周りに注目されてる」
「す、すみません・・・」
気付くと周りがこちらの様子をチラチラ伺っている。
傍から見たらカップルの痴話ケンカに見えなくもないから困る。




「それで親友として下の名前で呼び合うことだが、そこまで拘ることか?」
「確かに中には朝倉先輩や杉並先輩みたいなのもいますけど・・・」
は?今なんとおっしゃいました?

「俺と杉並が何だって?」
「ふえ?二人は下の名前で呼び合わないって・・・」
「・・・・・・男同士で下の名前はあんま呼ばないだろ?」
特に杉並に純一とか言われたことを想像すると寒気がする。
うへ、鳥肌が立っちまった。それにまず否定すべきことがある。

「そうですか?」
「そしてもう一つ一番否定すべきことがある。俺とあいつは親友じゃねぇ」
「じゃあなんなんです?結構一緒にいるじゃないですか」
「悪友っていうんだよ、ああいうのは」
「はあ」
なんか腑に落ちないと言った様子だったが、俺は強引に話を進めた。
間違っても親友になんて括りにはしたくない。戦友・・・も嫌だな。やっぱ悪友だ。

「話がズレたけど、どうしてそこまで拘るんだよ?」
「やっぱり・・・寂しいじゃないですか」
「寂しい?下の名前で呼べないのがか?」
その考え方は普通に無かった。下の名前で呼べないのが寂しい・・・か。

「そうですよ〜。かれこれ出会ってから9ヶ月も経つんですよ?」
「もうそんなになるのか?」
俺達がアリスと初めて出会ったのが俺が付属の3月の最初ぐらいだから・・・・・・

「結構経ってるな〜」
「そうでしょ〜?なのにいまだに天枷さん、月城さんじゃ寂しいです〜!!」
「だから声がでかいっつ〜の」
身を乗り出して美春の頭を押さえつける。
先程から店員の視線も痛い。

「す、すみません。つい興奮しちゃって・・・・・・」
「ったく」
俺は冷め掛けたコーヒーを一口啜る。いつの間にやら結構時間が経ってたらしい。
美春はさっきから特大バナナパフェを少しずつ食べながら喋っているが、一向に減る気配が無い。
食べる速度からみても、ここに長居する気か、こいつ?

「あだ名とかはどうだ?」
「あだ名ですか?」
「そうそう。お前ならわんことか」
「美春はわんこじゃないですぅ!」
と美春は口を尖らせる。どう見てもわんこなんだけどな〜

「じゃあチョコバナナとか」
「美味しそうですね〜って食べ物の名前じゃ無いですか」
「お前にピッタリだと思うんだが」
「マジメに答えて下さいよ〜。例えば月城さんにあだ名ってどんなのがありますか?」
「む・・・・・・」
アリスにあだ名・・・
アリ?ってそれじゃ蟻だ。苗字で月ちゃんとか?なんかいまいちだな。

「思いつきました?」
「思いつかん。ってことは結局アリスしか無いわけだ。お前はアリスって呼びたいんだろ?」
「そうなんですよ。出来れば月城さんにも美春って呼んで欲しいんですけど・・・」
「ふ〜ん。まぁ、協力してやらんこともない」
「本当ですか〜?」
美春は本当に嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。
多分アリスも喜んでくれるような気がするしな。

「でも、さすがにいきなりってのも変だな」
「やっぱり。そうですよね〜」
美春が見て分かるような落ち込み方をする。
ホント分かりやすい奴だな。

「お前が無理なら俺からアリスに頼んで美春、って呼んで貰うか?」
「それじゃあダメですよ。美春から呼ばないと」
「じゃあ呼べよ」
「それが出来ないから相談してるんじゃないですかぁ〜」
と美春が情けない声を出す。全く、面倒な奴だな。

「そうだな。キッカケがあればそう難しいことでもないと思うぞ?」
「キッカケですか?」
「そう、キッカケ」
「例えばどんなのです?」
・・・・・・考えてなかった。思いつきで口にしたからな。

「ええと・・・そうだ、今度のクリスマスパーティの時なんかいいんじゃないか?」
「月城さんのお家でするパーティですよね?」
「そう、それ」
風見学園でするクリパとは別に、月城家でもパーティーをすることになっている。
その時を狙おうって訳だ。

「で、いつがキッカケなんです?」
・・・・・・美春にしては鋭いツッコミだ。

「そうだな・・・・・・」
正直そんなシーンが思いつかない。
キッカケ・・・キッカケ・・・

「雪が降ってからってのはどうだ?」
「はいっ?」
「だから雪が降るとロマンチックな感じが出るだろ?そこで言うわけだ」
「・・・雪、降るんですか?」
「まぁ、降らないだろうな。そもそも滅多に降らないし」
初音島はそんなに頻繁に雪は降らない。
去年のクリスマスに降ったのは本当に珍しかった。

「先輩。美春をおちょくってるんですか?」
「いやいや真剣だぞ?今のはもし降ったら、って場合のシチュエーションだ」
「降らない場合はあるんですか?」
「それを今考えてるんじゃないか」
「お願いしますよ〜。美春は真剣なんですから」
うるうると瞳を輝かせて俺の方を見るのは本当にワンコだな。

「・・・・・・さりげな〜く呼んでみるのはどうだ?」
「キッカケはどうしたんです?」
「細かいことは気にするな」
「気にしますよ〜。いきなり、その・・・アリスなんて呼べないです」
恥ずかしそうに美春はそう言った。そこでいじわるなことを俺は思いつく。

「アリス」
「ふえ?」
「アリス〜」
「うう・・・」
美春は羨ましそうに俺のことを見て来る。

「羨ましいか。アリスちゃ〜ん」
「あ、あの先輩・・・」
あれ?な〜んかよ〜く聞いた声が横からしたような・・・
ギギギ、という音がしそうなくらい、ゆっくりとぎこちなく声のした方を見る。

「ア、アリス!いつからそこに!?」
「い、今です。その・・・」
もじもじと手を擦り合わせている。

「は、恥ずかしいです・・・」
俺も恥ずかしい。

「つ、月城さん、どうしてここに!?」
「え?え〜っと、外から先輩と天枷さんが見えたので。お邪魔・・・でしたか?」
「邪魔って、そんな訳ないじゃないか。この場合邪魔なのは美春だ」
「ひ、酷いですよ、朝倉先輩!」
まさか本当に見付かるとは思って無かった。
今日は用事があるって言ったし、余計に勘違いされそうだ。
まぁ美春に用事がある、って言ったからウソじゃない訳なんだけど。

「もう用事終わったし、アリス行こうか」
「え、でも?」
「そうなんですよ。もう用事は終わったんです。朝倉先輩、ありがとうございました」
「いやいや。じゃあまたな」
「はい。さようならです」
500円玉を1枚テーブルに置いて、俺はアリスの手を引き店を出て行く。
美春が空気を読んでくれて助かった。

「先輩、天枷さん置いて来ても良かったんですか?」
「用事は終わったし、問題無いよ。それよりせっかく会えたんだし、このまま桜公園でデートでもしようか?」
「え?あ、はい」
俺の誘いにアリスは嬉しそうに賛成してくれる。
とりあえず浮気だとかは思われてないらしい。助かった。




「そういえば、先輩?」
「ん?どうかしたか?」
「その・・・天枷さんの用事って何だったんですか?」
「え・・・え〜っと」
どうしよう?間違ってもそのまま言う訳にはいかない。
美春は自分から言うってうるさいし。

「あ、あの言いたくないなら別に良いんです。気にしてませんから」
気にしてる人間ほどそういうもんだ。・・・あ、そうだ。

「これは美春には秘密だぞ?」
「あ、はい」
「美春がアリスと親友になれたかな?って聞いて来たんだよ」
「え?」
当たらずとも遠からず。
しかもアリスに美春のことを意識させることが出来る。
我ながらナイス回答だ。

「アリスは美春のことを親友だと思ってるって、俺は思って答えたんだけど違ったか?」
「ち、違わないです。天枷さんは・・・親友です」
「そっか。良かった」
アリスの白い肌が朱色に染まっている。
親友なんて言われればさすがに恥ずかしいか。
でも、この調子なら二人はすぐに下の名前で呼び合えそうだ。
・・・そうだ。いいこと思いついた。

「アリス、実はお願いがあるんだ」
俺はアリスの両肩を掴んでアリスの目を見つめる。

「あ、は、はい」
「俺のことなんだけど、その・・・」
うわっ、いざ言うとなると恥ずかしくなって来た。

「じゅ・・・純一って呼んでくれないか?」
きっと今の俺はアリスに負けないくらい、顔が赤いことだろう。




「じゅ・・・純一先輩」
しばらくの沈黙の後、小さい声だがアリスはハッキリとそう言った。
名前で呼ばれるのがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。
そういや両親がいないせいか、最近は下の名前で呼ばれることなんてめっきり無かった。

「アリス、大好きだよ」
「私もです・・・純一先輩」
俺はゆっくりとアリスを引き寄せ、唇を重ねた。





続く

4年以上前のSS親友を今更ながらに執筆。
序章として書いてたのに追記しました。今見なおすと誤字だらけで、いかに当時焦ってアップしたかが良く分かります。
当初の予定じゃ3話くらいになるハズだったんですが、綺麗にまとめられそうなので前後編で行きます。
後編は4月中にアップ出来るといいけどな〜



                                       

二人は親友?
(前半)

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