「うわ〜いよいよかと思うと余計に緊張して来た」
「お兄ちゃん、そういう時は手に人という字を書いて飲み込むといいんだよ」
「それは知ってるし、さっき菜月に言われてやった」
「え、え〜とじゃあ前にお兄ちゃんが教えてくれた、いつも通り頑張る!」
「なるほど。いつも通り・・・って結婚式にいつも通りなんか無理だって!!」
俺とエステルさんが出会ってからちょうど5年。
俺達は満弦ヶ崎の礼拝堂で結婚式を挙げることになった。
そしてここは新郎つまり俺、朝霧達哉の控え室というわけである。

「ん〜、じゃあこうやったら落ち着く?」
そう言って麻衣は俺の後ろに回ったかと思うと肩を揉み始めた。

「別に肩は凝って無いけど?」
「リラックスするかな〜と思ったんだけど」
確かに気持ちいいが、これはリラックスしてると言っていいのか?
その時、コンコンとドアがノックされた。

「どうぞ〜」
「達哉君にお客様よ」
そう言って姉さんが部屋に入って来る。
その後に続いて入って来たのはモーリッツさんだった。

「モーリッツさん」
「こんにちは、朝霧さん。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
モーリッツさんが深く頭を下げたので、俺も慌てて立ち上がり頭を下げる。

「月で会って以来、3年ぶりですね」
「ええ。今回もお元気そうで何よりです。遠いところをすみません」
「いえいえ。私から言い出したようなものですし」
わざわざ地球まで足労願うのは悪いから月で結婚式を、という計画も出たのだ。
だがモーリッツさんが地球まで来るとおっしゃったので、結局この礼拝堂で式を挙げることになった。
俺達にとってとても大事なこの場所で・・・

「麻衣ちゃん、私たちはエステルさんの方に行きましょうか」
「うん。それじゃあまた後でね、お兄ちゃん」
そう言って二人は部屋を出て行く。

「賭けはまだ成立していませんね」
「成立してた方が良かったですか?」
「まさか。私が負けてしまうじゃないですか」
そう言ってモーリッツさんは微笑んだ。
賭け・・・俺とモーリッツさんがした賭けというより約束。
あれはもう3年も前の話になるのだろうか?




「朝霧さん、お久しぶりですね」
「モーリッツさん。お元気そうで何よりです」
今から3年前。月の外務局の一室で、俺はモーリッツさんと会っていた。

「以前倒れたと聞いた時は驚きましたよ」
「心配を掛けてしまったようで申し訳ない。しかしあれから2年、今は元気そのものです」
そう言って笑うモーリッツさんは本当に変わりなかった。
エステルもそれを知れば喜ぶことだろう。

「まさかこんなに早く朝霧さんが、月に交換留学生としていらっしゃるとは思いませんでした」
「俺もです。でもかなり頑張ったんですよ?月学部に進むまでは良かったんですが、周りのレベルが高くて」
今でも交換留学生の枠内によくも入れたものだと思う。
それはやはり月学全般を教えてくれたエステルのお陰だろう。

「フィーナ様との謁見は済ませられたようですが、個人的にはお話されましたか?」
「いえ。フィーナも忙しいみたいですし、今後もゆっくりと話す時間はあまり無さそうです」
先日、月に着いた次の日にフィーナとの謁見があった。
白銀に光る長い髪、優しさを湛えつつも厳しさを併せ持つエメラルドの瞳、日焼けを知らない白い肌。
凛と通る美しい声。それらは何も変わっていなかったが、女王として即位し、威厳を増したように俺は感じた。

ほんの2年前にこの女王様が自分と同じ家に住んでいたなどと人に言ったら、信じる方がおかしい、が事実である。
月での時間を有意義に過ごして欲しいという話だったが、フィーナが変わってないことは短い謁見時間でもよく分かった。

「フィーナ様は公務が忙しいようですからね。去年発見された軌道重力トランスポーターの使用でも揉めているそうですし」
「実用されれば凄いことですよね。地球と月をほんの一瞬で結ぶんですから」
「ええ。私が生きている間に実用化されてくれれば嬉しいものです」
「それじゃあ大丈夫ですね」
そう言って俺とモーリッツさんは軽く笑い合う。

「ところでエステルはどうしています?手紙はよく来るので元気なのは分かるのですが、朝霧さんから見て」
「別に落ち込んだりとかそういうのは無いですけど・・・」
「何か変わったこととかありませんか?」
変わったこと・・・特にないかな?と思って一つ思いだした。

「そういえば最近は地球人の相談も多いんですよ」
「ほう。それはそれは。そんなことは手紙の中には書いていませんでしたが」
「それがインターネットで話題になっちゃいまして。罪を懺悔すると美人司祭様が天罰を与えるとかいうものでして」
興味本位で来る人が多いのだが、天罰を与えられて喜んでる人もいるのは伏せておこう。
明らかにそっち系の人達だ。

「エステルは皆さんのお役に立てているようですね」
少し苦笑気味にモーリッツさんが笑った。
娘みたいなものだし、地球に一人でいるエステルが心配なんだろう。
前回のお見舞いに来て以来は、エステルも月に帰っていないし。

「あ、すいません。忘れるところだった。これお土産です」
「わざわざありがとうございます。・・・これは?」
「お月見大福っていう満弦ヶ崎で出来た特産物なんですよ」
「ふふ、満弦ヶ崎も随分変わったようですね」
月との交流がさかんになったが、交易港は変わらず満弦ヶ崎が中心だ。
他にも建設中の都市がいくつかあるが、それらが稼働するにはまだしばらくの時間を要するだろう。

「それでお話というのは、最近のエステルのことですか?」
今回俺は話がある、ということでモーリッツさんに呼び出されていた。
もちろん呼び出され無くても、お土産を用意していたことから分かる通り、初めから会うつもりだったのだが。

「あ、いえ。エステルに関することに違いは無いのですが」
そこでモーリッツさんは言い淀んだ。
そして数秒目を閉じた後に真っ直ぐ俺の目を見て話を始めた。




「朝霧さんはエステルと結婚してくれると私は考えています」
「え?あ〜と、そのまぁいずれは・・・と考えてますが」
姉さんに結婚について聞いたことがあるし、もちろん考えてないわけじゃない。

「まだ朝霧さんは学生ですし、まだ先というのは当然でしょう。ですから結婚の前にお話して置きたいことがあるのです」
結婚の前にする話・・・。俺には何の話なのか全く予想がつかない。
だが、エステルの親代わりであるモーリッツさんのする話だ。
どういう話なのかは分からないが、覚悟を決めた方が良さそうだ。

「分かりました。どうぞ」
「朝霧さんはエステルの過去の呪縛を取り払い、公私に渡って助けてくれていることを私は大変感謝しています」
「前者はともかく、後者は私ばかり助けられてる気がしますが」
「いえ、私に来る手紙を見る限り、エステルは朝霧さんと共にいることが嬉しいのでしょう」
そう言われると照れてしまう。

「あれで結構寂しがり屋な子ですから、朝霧さんが月に来て今頃落ち込んでいるかも知れませんよ?」
「そうだと思います。例の癖が出ていましたし」
「相変わらずですか」
「相変わらずです」
そう言ってまた俺達は笑い合った。
エステルが嘘をつく時にしてしまう癖。右手を右の頬に当てること。

「月に留学するかちょっと悩んだんですよ。でもエステルが薦めてくれたんです」
「そうでしたか。そんなことも手紙には書いてませんでしたね」
「モーリッツさんに強がってることが見透かされるのが嫌だったんでしょう」
中央連絡港で今にも泣きそうだった麻衣に対して、エステルはいつもの毅然とした態度だった。
永遠の別れでも無いのに泣かれたら、こっちが困る。まぁ嬉しかったんだけど。
余談だが、中央連絡港は半年前から地球人の立ち入りも身体検査などありだが可能になっている。

「見送りの時に寂しくないか?って聞いたら嘘つかれちゃいましたよ」
「ええ。私が地球に上ったばかりの時も、かなり落ち込んでいたとカレンから連絡がありましたよ」
「そうだったんですか」
「朝霧さんの前では見せないようにしていたのでしょう」
思い返せば思い当たる節がいくつかある。
帰った時に誘導尋問でもして調べてみるとしよう。

「それで本題に入るのですが」
モーリッツさんの穏やかだった表情が引き締まった。

「はい」
俺もつられて姿勢を正す。

「私はエステルを実の娘のように思っております」
「それはよく存じています。エステルもモーリッツさんを実の父親のように思っている、というのはモーリッツさんもご存知でしょう?」
「はい。だからこそ私は自分が許せなくもあります」
自分が許せない?エステルに父親だと思われることが?

「どういうことですか?」
「私はエステルの実の祖父なのです」
頭を鈍器で殴られたような感じだった。モーリッツさんがエステルの実の祖父?
エステルから聞いた話では、エステルが捨てられた孤児院にいたのがモーリッツさんだったのでは?
確かに二人は親子のようだ、と思ったことはある。それが親子ではなく、祖父と孫娘だったとは・・・




何分沈黙していたのだろう。ようやく頭の中で今の言葉が整理され始めた。

「そのことをエステルは知らないんですよね?」
「知りません。勘の良い子ですが、別れの前にそれとなく探りを入れた時には癖は出ませんでした」
小さな嘘ならともかく、大きな嘘をつく時には絶対に右手で頬を触る。
知らなかったというのは間違いないだろう。
この2年の間に自分で調べたりして知ったというなら話は別だが。

「この話を知っているのは私以外に二人います。ただその二人が漏らすことは無いでしょう」
二人・・・。それが誰のことなのかは分からないが、モーリッツさんが信頼してる人なのだろう。

「少し昔話をしましょうか」

今からもう20年以上も昔の話です。
月外交史においてに大きな分岐点となったその出来事は、私自身の人生をも左右することとなりました。
長い戦争を経てなおも対立の続く月と地球は、ようやく国交正常化に向けて双方が糸口を得た記念すべき時です。
最初の足跡は、地球の満弦ヶ崎に出来た月人居住区。
そこに置かれた今はカレンのいる大使館へと私は勤務を命じられました。
地球には私の娘、つまりエステルの母親を伴って赴任したのです。

地球外交の難しい第一歩を担う栄誉は、月の貴族としては抜きんでて秀でた家柄ではなかった私を奮い立たせました。
任期は二年。戦争の苦い歴史を経た相手である地球人との交流は決して順調ではなく、ときには敵対的でさえありました。
それでも初めて見る地球の、月にはない大自然の力、四季の鮮やかさで繊細な変化。
日々の空のみごとな変容のひとつひとつが、私には驚きにも、喜びにもなったのです。

この美しい星で愛する娘とともに二年間を過ごせたことを、この任務を与えたもうた神に、心から感謝すらしていた。
栄光に満ちた月への期間が間近に迫った、あの日までは。
仕事に忙殺されて娘にかまうことが少なかったせいでしょうか?
いえ、そんなことは関係ないですね。娘は一人の地球人と恋をしたのです。

「それが・・・エステルのお父さん・・・」
「はい。その方の弟さんが探しに来なければ、こうして真実を話すことは無かったでしょう」
そう言われてオレは以前何度か会ったエステルの叔父さんのことを思い出す。
あの人がエステルさんのことを心配し、気に掛けていることは知っている。

「確か外交官だったとか」
「ご存知でしたか。私は娘と彼との関係を許しませんでした。何故あんなことをしたのか。そんなに地位に縋りたかったんでしょうか?」
そう言うモーリッツさんの表情は苦しんでいるようにも見えた。
かつての自分の愚かさを悔いているのがよく分かる。

「話を続けましょう」
「お願いします」

遠く離れた地球へも伴うほどに愛した娘が、帰還の前夜になって始めて、自分が身ごもっていることを告白しました。
その瞬間、それまでの私の平穏な日々が音をたてて崩れ去りました。
地球人の若者との子。当時の私や貴族はもちろん、月人にとって地球人との子など決してあってはならなかった。

「今でこそ地球人と月人とのハーフは増えていますが、当時地球にいた月人の中には当然いませんでした」
「そう・・・でしょうね」
誰しもが地球人を嫌ってるわけじゃない。
ただ自分の子どもが差別されることを嫌って、子どもがハーフだと言ってなかったのがついこの間までの状態だ。
去年、つまりフィーナのホームステイが終わった翌年からはポツポツとだが増えて来ている。
婚姻についての制度も新たに整備され、内縁や同棲していたカップルも少しずつ結婚し始めていた。

それでもハーフの大人となるとエステルくらいしかいないのだが。
もし俺とエステルが結婚して子どもが出来れば戦後初のクオーターということになるのだろうか?
と、思考がかなり別なところに行こうとしたところでモーリッツさんが話を続けた。

私は娘を罵り、嘆き、残酷にも堕胎するように提案したのです。
儚いほど美しい娘でしたが、このときだけは私に逆らいました。
拒み続け、お腹の子を守り通した彼女は、強制的に連れ帰った月で、とうとう可愛らしい女の子を産み落としたのです。

「それがエステル・・・」
「はい。しかし私はその可愛らしい赤子を見ても、月人と地球人のハーフなどあってはならないとしか思わなかったのです」

他の月人の模範としてあるべき貴族としてそれが許せなかった。
そして私の憎悪が、何の罪も無い赤子へと向けられたのです。
人を傭って娘のもとから赤子を奪い、棄てさせました。
娘はそのショックのせいか、衰弱して命を落としました。

くだらない自尊心のためか。つまらない家柄とやらのためか。複雑に絡んでしまった愛娘への思いゆえか。
自分のことなのに、今でもそれは分かりません。しかしこれだけは言うことが出来ます。
それは本当に娘の命、孫の命と引き換えにしてまで守らなければならなかったものか、と。

悲嘆のあまりに愛娘が死んで初めて、私は自分の行ったことの罪深さを知りました。
どれほど悔いても、すでに遅い。誰よりも愛した娘のフリージアは、もう帰ってはこない。
棄てさせた赤子が礼拝堂で孤児として育てられていると知ったのは、その後のことです。

「そんなことがあったんですか・・・」
「私が司祭としてエステルの成長を見守ることに当時の孤児院の司祭様は条件をお付けになりました」
「条件?」
「私とエステルの関係を口外しないということ。しかし元から私は名乗り出るつもりは毛頭無かった。
どんな顔をして私が祖父だと言えましょう?自分の娘を、エステルの母を間接的とは言え殺してしまったというのに」
モーリッツさんが握り込んだ拳からは血が滴っていた。

「しかし今、私はその禁を破っています。当時の司祭様が既にお亡くなりになったから無効になった、そういう訳ではありません。
朝霧さんにはこのことを教える義務が私にはある。そう自分で判断してのことです。
肉親として、親代わりとしてエステルを見続けて来た私の最後のお願いです。どうかエステルをよろしくお願いします」
そう言ってモーリッツさんは深く、深く頭を下げた。




「頭を上げて下さい、モーリッツさん」
しばしの沈黙の後、なんとか今の話を整理した俺はモーリッツさんに声を掛ける。
その言葉でようやくモーリッツさんが頭を上げた。

「この先もエステルには黙っておくつもりなんですか?」
「それが先代の司祭様との約束です。それに先ほども言った通り、私に今さら名乗り出る資格などありません」
「俺がエステルに喋るかも知れませんよ?」
「朝霧さんはそんなことをしない方だと私は知っています」
大した信頼のされ方だ。まぁ実際喋るつもりは全く無いが。

「私は朝霧さんが考えているような素晴らしい人間などではありません。
自分の保身の為に人の命すら犠牲にしようとした愚かな人間なのです。いえ、そんな考えをするものは人間とは呼ばないでしょうね」
モーリッツさんはそう言って自嘲気味に笑った。

「人間ですよ、モーリッツさんは。だからこそ今もエステルのことを気に掛けている」
「聖職者が懺悔をして許しを乞う。おかしなものですね」
「・・・モーリッツさん、俺と賭けをしませんか?」
「賭け・・・?私は仮にも聖職者ですよ?」
「お金を賭けるわけじゃありません。俺とエステルの子どもが一緒にここに来たら全てを打ち明けるっていうのはどうです?」
モーリッツさんの目が見開かれる。

「・・・随分私に分の悪い賭けですね」
「そうですか?」
「そうですよ。しかも私が受けると思ったからこその提案でしょう?」
「もちろんです」
俺が言いたいことをモーリッツさんも読み取ってくれたのだろう。
これは俺が知っておくべきことなんかじゃない。真に知るべきはエステルなのだ。

「モーリッツさんにとって曾孫ですね」
「曾孫ですか。ふふ、分かりました。お受けします」
少し考えた後にモーリッツさんはそう言った。

「約束ですよ」
「はい。ただ、私が生きている間までが期限ですよ」
「じゃあ楽勝ですね」
「本当に・・・・・・分の悪い賭けだ」
これが3年前の月での出来事だ。




「では、私もエステルに会いに行って来ますね」
しばしの談笑の後、モーリッツさんはそう言って部屋を出て行く。
モーリッツさんと入れ替わるように菜月と遠山が入って来た。

「エステルさん、めちゃくちゃ綺麗だったよ〜。朝霧君腰抜かすかも」
「綺麗で腰抜かすって、どういう表現だよ」
「それくらい綺麗だったってことよ」
菜月も同意するのだから、相当綺麗だったんだろうな。

「じゃあ俺もエステルに会いに行こうかな」
「ダメ〜」
そう言って遠山に遮られる。

「何でだよ?もう着替え終わったんだろ?」
「花嫁の父との二人きりの時間は大事なのだよ」
しみじみと遠山はそう言った。
言われれば確かにそうだ。もう少し待ってからにしよう。

「しかし、そうなると俺が余計に見劣りするよな・・・」
普段の格好でも俺の方が見劣りするのに、ウェディングドレスなんてことになったら余計に際立ちそうだ。

「大丈夫だって、朝霧君もカッコ良いよ?」
「そうそう、達哉も少しは自信を持ちなさい」
「そう言って貰えるとちょっとは安心するよ。ありがとうな」
「いえいえ、どういたしまして〜」
そう言って遠山はカラカラ笑う。そしてまたドアがノックされた。
麻衣と姉さんが戻って来たのかな?

「どうぞ〜」
「失礼するわ」
「フィーナ!ミアも来てくれたんだな」
フィーナに続いてミアも部屋の中に入って来る。

「ええ。ちゃんと出席に丸を書いていたでしょう?」
確かに出席になっていたが、一国の女王様なので正直半信半疑だった。
まさか本当にわざわざ地球まで来てくれるとは思っていなかった。

「来てくれて嬉しいよ。本当にありがとう」
「私の大事な友人の結婚式なのだから当然よ。達哉、結婚おめでとう」
「達哉さん、おめでとうございます」
「ありがとう、二人とも」
月留学が終わった時以来なので、2年ぶりだが二人とも全く変わりない。

「フィーナ、ミア久しぶりだね。元気だった?」
「ええ、菜月や遠山さんも元気そうね」
「もちろん元気モリモリだよ〜」
「麻衣さんやさやかさんもお元気ですか?」
「あ、まだ会ってないんだ?二人とも元気だよ」
そんな感じで女4人の会話が始まる。
女三人寄れば姦しいと言うが、四人もいた日には俺の居場所が無い。




「じゃあそろそろ俺はエステルのところに行くよ。さすがにこのままじゃ会う前に式が始まっちゃう」
しばらく見守った後に、俺はそう言って部屋を出て行こうとする。

「あら、じゃあ私も付いて行くわ。司祭様にもご挨拶しないとね」
「私はもちろん姫様に付いて行きます」
「じゃあ私ももう1回〜」
「もちろん私も付いて行くよ」
・・・せっかく一人で行こうと思ったのに。
まだモーリッツさんと話していたら待とうと思ったが、途中でモーリッツさんと会ったのでその杞憂も消えた。
モーリッツさんの顔には泣いたような跡が残っていた。
娘のように育てて来た孫娘の結婚式だ、当然だろう。

コンコン

「どうぞ」
ノックをすると、部屋の中から透き通った声が聞こえて来た。
一拍置いて俺は扉を開ける。そこには・・・俺にとっての女神様がいた・・・




更に数年後・・・・・・
あっという間に往還船が地上を離れ、天へと上昇して行く。
往還船には何度か乗ったことがあるが、垂直離陸というのはなんとも不思議な感覚だ。
例えるなら速いエレベーターに乗っている時のような感覚とでも言うべきだろうか?

「うわぁ、パパ、あっという間に地面が見えなくなっちゃったよ〜」
「お家は見えたかい?」
「ううん。見つける前に見えなくなっちゃった。あ、窓が閉まっちゃった」
「大気圏を脱出するからですよ。宇宙に出たらまた開きます。その時にはもう丸い地球に見えるでしょうけど」
大気圏を脱出する、なんて言ってもまだよく分からないだろうけどな。

「一応わずかとは言え、振動があるんですから大人しく座ってなさい」
「はぁ〜い」
正直なところ、俺も新婚旅行以来の月旅行なので、娘同様少しワクワクしている。
まぁ宇宙はさすがに船外活動とかを何度か繰り返したので、そこまで珍しくもないが。

「ひいおじいちゃんに会うの楽しみか?」
「楽しみ〜」
「ひいおじいちゃんってモーリッツ様に失礼でしょ、あなた」
エステルが咎めるような目で俺を見てそう言った。

「いや、だって賭けに勝ったし」
「賭け!?あなた賭け事なんかしてるの!?」
「お金は賭けてないよ」
掴みかからんばかりの勢いのエステルに慌てて釈明する。

「・・・それで、何の賭けをしたのですか?」
「ま、月に着けば分かるさ」
よく分からない、と言った顔をエステルはした。
そりゃそうだ。勘の良いエステルでも、これはさすがに分からないだろう。

「あ!地球が見えたよ」
その声に俺もつられて外を見る。
そこには美しい青い地球が広がっていた。





終わり

エステルアフターストーリーでした〜
MCでも矛盾点が出なかったし助かった。途中でMCの新設定をちょっと加筆した程度で済みました。
時間や場所があっちこっち行きますが、結婚式→月→結婚式→娘と月に、ってことになってます。
トランスポーターで宇宙に行くのは味気無いので、往還船で月に行かせてます。つまり話の都合。

去年の時点で2/3以上書いてたので、あっという間に完成しちゃいました。
というかMCが発売するって知った時点で、既に確か半分近くは書いてた気がする・・・
エステルには知る権利があるだろうと考えて書いた話ですが、肝心のシーンは無し。
結婚式のシーンは朋子SSの方に期待して下さい。あっちで頑張ります。



                                      
天高く遠い月に想いを馳せて
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