極めて近く、限りなく遠い世界に
シンシアサイド
「お会いできて光栄です。シンシア・マルグリットさん」
ターミナルから降り立った私に、先ほど通信して来た男性が声を掛けて来た。
手に持っているのは間違いなく私の懐中時計。

「こちらこそ。先ほどは通信状況が悪く聞き取れなかったのですが、あなたは?」
「失礼しました。私は地球連邦空間跳躍技術研究所所長の朝霧と申します」
また随分と長い肩書きだ。そしてやはり彼の名前は朝霧だった。
私が愛し、私を愛してくれた掛け替えのない人と同じ名前。

「色々聞きたいこともありますが、お疲れでしょう?部屋に案内します」
「ありがとうございます」
私は彼に付いて研究室を出て行く。
500年も経てばまた随分と変わるものだ。
ここがあの満弦ヶ崎だとは思えないくらいに、窓の外から見た景色は違っていた。
タツヤと私が過ごした満弦ヶ崎はもう無い。遥か前、子どもの頃に読んだ浦島太郎の気分だ。




「それではごゆっくりどうぞ。御用があればお呼び下さい」
「ありがとうございます」
彼はうやうやしく頭を下げて部屋を出て行く。
案内された部屋はまた随分と豪華な部屋だった。
これじゃあ逆に落ち着かない。そんなことを考えているとどこからか声が聞こえた。

「久しぶりだな」
じわりと空間がにじみ、私の目の前に一人の女性が立った。
あれから更に500年も経った世界で久しぶりという言葉。
そして今の登場の仕方。私の記憶に照合する人物は一人しかいない。

「お姉ちゃん?」
「ああ。また姿は変わったが、私だよ、シア」
そう優しく微笑む見知らぬ女性。だが、この声は確かにお姉ちゃんのものだ。

「また・・・随分変わっちゃったね」
私の目の前にいるのは、500年前に会った幼い少女とは似ても似つかない姿だった。
多分・・・というか間違いなく私よりもスタイルがいい。
モデルと言われても信じられるようなレベルだ。

「元のお姉ちゃんよりスタイルいいんじゃない?」
「久しぶりに会ったのに、言うことはそれか?」
「あはは。ごめん、ごめん」
「元気そうで良かったよ」
「それはこっちのセリフだよ。ほとんど寝ていた私と違って、お姉ちゃんはまた500年も生きていたんでしょ?」
タツヤとお姉ちゃんと別れてから私はターミナルで一人だった。
悠久の孤独。500年もそんな状況なら間違いなく精神崩壊していることだろう。
10年起きて、やるべきことをやってから眠りについた。
それでも私にとってはかなりギリギリのところだったが。

「まぁな。500年・・・また随分長かったよ」
「500年も経っちゃったんだよね。今の地球と月はどうなったの?」
「戦争も何も無かったさ。それどころか今や一般人が気軽に月旅行にも行けるようにもなったよ」
「そう・・・良かった」
戦争も何も無かったんだ。あの悲しい戦争が繰り返されなかった。
それならば空間跳躍技術も戦争に使われずに済むかも知れない。

「国家としての垣根も取り払われている。宇宙に移動する際のチェックはあるがな」
「凄い・・・。かつては戦争までしたのに、一つになるだなんて」
「本当に最近のことだよ。だが人は変われた。変わっていけるんだよ」
実際にその過程を見て来たお姉ちゃんが羨ましい。
私が見たのはただ結果だけ。お姉ちゃんのように戦争が起こらないように、努力して来たわけでもない。

「今では地球連邦は月やコロニーを含めた地球圏の国家のことを指している」
「地球圏?」
コロニーは分かる。だが地球圏という言葉に違和感を感じた。

「人類は今や太陽系の外にまで進出している。お前の研究はさぞかし役に立つことだろう」
「太陽系の外!?・・・・・・随分進んじゃったんだね」
「お前が消えて数年後、父さんのトランスポーターが発見された」
「父さんの・・・」
軌道重力トランスポーター。
地球と月の間をあっという間に移動することが出来るものだ。
それがまだ残っていたなんて。

「当時の王妃、フィーナ・ファム・アーシュライトによって整備され、その後運用が始まった」
フィーナ・・・私が数日の間使っていた部屋に住んでいたお姫様の名前だ。

「そのトランスポーターによって人類の移動範囲は大きく広がることになる。半世紀の経たないうちに火星開発が完了した」
「じゃあ火星にも人類が住んでいるの?」
「もちろんだ。そしてトランスポーターの整備の指揮を主に取ったのがタツヤだ。ちなみに発見にも尽力している」
「タツヤが・・・」
タツヤの名前を聞くだけで胸が高鳴るのを感じた。

「あいつはバカだよ。自分の人生ほぼ全てをお前の為に投げ売った」
胸が痛む。半ば分かり切っていたことだ。
私がターミナルを出るためには空間跳躍技術の発展が不可欠。
タツヤがその為に尽力しないわけが無い。

「そんな泣きそうな顔をするな。タツヤは全て納得した上でやっていたんだから」
「でも・・・」
頭で納得は出来ても、心が納得出来ない。
私のせいで。二度と会うことの出来ない私なんかの為に人生をふいにしてしまうだなんて。
あれ?それじゃあ・・・

「そういえばお姉ちゃん」
「何だ?」
「あの朝霧所長ってタツヤの子孫じゃないの?」
私がタツヤに渡した懐中時計を持っていた、ということは子孫だと思っていたが違うのだろうか?
先ほどのお姉ちゃんの言い回しでは、タツヤはずっと私の為に頑張ったということになる。

「子孫・・・その言い方が正しいかは分からないな」
「どういうこと?」
「あいつは生涯独身だ。それどころか、私が知る限りは誰とも付き合っていない」
「それじゃあ・・・」
「モーリッツの孤児院・・・と言っても分からんか。月にあるカレンやエステルが出た孤児院だ。
タツヤはそこの子を引き取った。その子孫だな」

私以外の女を好きにならない。別れる数時間前にタツヤが私に言った言葉だ。
でも、本当に独身でいるなんてバカだなぁ・・・
そう思いつつも、私は嬉しくてたまらなかった。
彼が生涯愛してくれたのは自分だけ。
私も生涯彼以外の男性を愛することは無いだろう。

「さて、約束通り一緒に地球旅行をしてやりたいところだが」
「分かってるよ。空間跳躍技術を伝えなければいけないものね」
「それもあるな。何日掛かる?」
「1週間もあれば十分。眠る前にマニュアル作っちゃったし」
今日まで眠り続ける前、私は空間跳躍技術の使用法によるマニュアルを制作した。
もちろん、それがあるからと言って悪用されない保証は無い。
だが、科学者として正しい使い方をして貰うための最大限の努力をしたつもりだ。

「そうか。それならば手間が省ける。1週間後、また来る」
「あ、お姉ちゃん!」
それだけ言うとお姉ちゃんの姿はあっという間に消えてしまった。
でも、久しぶりに会えたお姉ちゃんは今度もちっとも変ってなくて安心した。
姿はかなり変わっちゃったけど、中身は何も変わって無い。




「すみません。失念しておりました。この懐中時計はお返しします。先祖からシンシアさんの物だと聞いております」
そう言って朝霧所長は私の懐中時計を差し出して来た。
500年前に私がタツヤに渡したままだった懐中時計。
よほど大切に扱って来たのだろう。
経年劣化こそ見えるものの、今でも渡した時とほとんど変わらないくらいに綺麗だ。

「・・・いえ。いいわ。それは貴方が持っていて」
「え?しかし・・・」
「いいの。それはタツヤ・・・貴方の先祖にプレゼントしたものだから」
本当は違うけど、そういうことにしておこう。
結果的にはプレゼントしちゃったようなものだし。

「・・・分かりました。これからも子孫に伝えて行きます」
「それは別にいいかなぁ〜」
私と朝霧所長は顔を見合わせて笑い合う。

「それじゃあもう空間跳躍技術に関しての質問は無い?」
「はい。あとはシンシアさんの作成されたマニュアルで対応出来そうです」
「そう、良かった。それじゃあ私は部屋に戻るから」
「お疲れさまでした」
ここに来てから1週間。
完璧なマニュアルを作ったつもりだったが、やはりところどころで私の力が必要になった。
だが、それももう終わり。これからターミナルは私の手を離れ、この時代の人達によって運用される。




「お姉ちゃん、いる?」
部屋に入ったと同時に、私は問いかける。
部屋には誰もいないが、私にはなんとなくお姉ちゃんがもう来ている気がしていた。

「ああ。いるよ」
そう言うと同時にお姉ちゃんが現われる。
むぅ〜、やっぱりスタイルいいな〜

「全て終わったようだな」
「うん。私が伝えられることは伝えて来たつもりだよ」
「そうか」
これで一応私の肩の荷は降りたことになる。
だが、お姉ちゃんは違う。これから先も生き続けるのだろう。

「シア、お前には責任を取って貰う」
「責任?それってお姉ちゃんと一緒にロストテクノロジーを管理すること?」
「違う。それにロストテクノロジーも、今ではそこまで大きな影響力を持っていない」
「そういえばそうだね」
この時代の技術は、かなり進歩していた。
でも宇宙開拓が進んだように、昔とは若干進む方向が違うみたいだけど。

「この透明になる装置はまだ開発されてないが、これももうすぐ完成するだろうな」
「そうなんだ。でも、それじゃあ責任って?」
「シア、お前は結果として一人の人間の人生を大きく歪めてしまった」
それが誰を指しているのか考えるまでもない。
間違いなくタツヤのことだ。
私と出会ったことでタツヤは、人生のほとんどを研究に費やしたのだから。

「でも、その責任ってどうやって取るの?」
「簡単さ。タツヤは自分の人生の半分を費やして空間跳躍技術を研究した」
半分?

「もう半分は?」
「あいつは天才だよ。あいつが自分の人生の残り半分を費やして作ったものがある」
そう言ってお姉ちゃんは再び姿を消す。

「ついて来い」
お姉ちゃんの声に付いて、私は部屋を出て行った。




「何・・・これ?」
お姉ちゃんに付いて行った場所。
そこには私の記憶の中にも存在しない機械があった。
中央には人が入れるくらいのガラス管のような物が鎮座している。

「時空跳躍技術を結集して作られた時空転移装置だ」
「時空跳躍技術・・・って、ええ!?」
「そう、タイムマシンですよ」
その声に慌てて振り返ると、朝霧所長が立っていた。

「来たか」
「はい。久しぶりですね、フィアッカさん」
「あ、あれ?知り合いなの?」
「もちろんだ。この機械は時空跳躍技術と違い、朝霧家の直系だけで作られた代物。その直系が知らないわけは無かろう」
「そういうことです。黙っててすみませんでした」
そう言って朝霧所長は頭を下げる。何が何だか分からない。

「え、え〜っと。ちゃんと説明して貰いたいんだけど・・・」
「それもそうだな。先ほどこいつが言った通り、これはタイムマシンだ」
タイムマシン・・・科学が最も進んだ時代にも無かった代物だ。
そんなものが作られていたなんて。

「先祖である朝霧達哉によって考案され、作られたものです」
「タツヤはお前に会いたい一心で空間跳躍技術を研究した。だが間に合わないことは目に見えていた。
そして着手したのがこれだ。私は正直初めて聞いた時は笑ってしまったがな」
それはそうだろう。私たちが生きていた時代にも基礎すら作られていなかったようなものだ。

「同時にこれを開発していたから、空間跳躍技術開発に余分な時間が掛かったとも言えるがな。
どうも科学というのは同じ発展の仕方をするとは限らないようだ。まぁタツヤの怨念が籠ってると言えないことも無いが」
「怨念って、もう少し言いようがあるでしょ!」
怨念とは酷い言われようだ。朝霧所長も苦笑している。

「シア、お前はこれで500年前に戻るんだ」
「え?」
「それがお前の責任の取り方だよ」
「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」
「どうもこうも無い。お前にはその責任がある」
お姉ちゃんは有無を言わさずと言った感じだ。

「500年前でタツヤと幸せに暮らすんだ」
またタツヤと会える?二度と会えないと思っていたのに。
・・・あれ?そういえば一つ引っ掛かる。

「ちょっと待ってよ。このタイムマシンで戻ったとして、この時代はどうなるの?」
「実験では問題ありません」
朝霧所長はそう答えた。何も問題が無い。
つまり、新たなパラレルワールドが生まれるというわけだ。

「それじゃあお姉ちゃんはどうなるの!これからも一人で生きて行くって言うの!?」
「昔にも私はいる。何も問題は無いだろう?」
「問題だよ!今のお姉ちゃんと昔のお姉ちゃんは絶対に違うよ」
500年余分に生きたから、とかそんなのじゃない。
パラレルワールドの人物はどんなに似ていても別人なのだ。
ターミナルに来た他のタツヤにそれぞれパートナーがいたように。

「昔の私と一緒にいてくれればいいじゃないか」
「でも・・・でも・・・」
私の頬を涙が流れる。
お姉ちゃんの言うことも分かる。それに戻れば、ここにいないタツヤと一緒にいられる。
しかし、それでもお姉ちゃん一人を置いて行くことは出来ない。

「・・・シア、何か勘違いしてないか?」
「ふえ?」
「あ、説明の仕方がマズかったですかね?」
朝霧所長が何やら慌てている。どういうことだろう?

「パラレルワールドにはならないんですよ」
「・・・え?・・・ええ?・・・えええええええええええええええええ!!!!!!??????」
「そういうことだ。だから安心して500年前に戻れ」
「ど、どういうことなの!?」
何が何やら分からない。

「過去を変えても、ごく自然な形で元に戻す力が働くみたいなんです」
「元に戻す力?」
「私たちは神の見えざる手と呼んでいますがね。例えばこの懐中時計」
そう言って朝霧所長は懐中時計を取り出した。

「10年前に戻って粉々に破壊したとします。この世界では懐中時計は10年前に壊れたことになります」
「パラレルワールドにならない・・・。で、でも物だからいいけど、人は違うんじゃない?
もし私が500年前に戻ってタツヤと結ばれれば、貴方は生まれないかも知れない」
もしタツヤが空間跳躍技術の研究をせず、養子も貰わなければ運命は大きく変わってしまうだろう。
この世界に存在した人間も消えてしまう可能性がある。

「それこそが神の見えざる手なんです。人も物もその存在が消えない限り、運命は変わらない」
人の存在が消える・・・。それはつまり死ぬということだろう。

「でも、私の知識は過去の世界にとっては危険なものなんだよ?それなのに」
「シア、そんなことは気にしなくていい。タツヤに会いたいのだろう?」
お姉ちゃんは私の心を見透かしていた。そうだ、私はタツヤにもう一度会いたい。

「過去の私がどういった判断を下すかは今の私には分からん。だが、お前を一人にすることは無いさ」
「・・・・・・うん」
気丈に振る舞っていたお姉ちゃんが別れの際に見せた感情。
あれこそがお姉ちゃんの偽らざる本音。それを知っているからこそ頷くことが出来た。

「本題に戻ろう。問題が一つある。実はこのタイムマシンは大変燃費が悪い」
「燃費?」
「10年戻るのに丸1年特殊な充填をしないといけないんです」
朝霧所長は肩を落としてそう言った。

「これが完成したのが今から約50年前」
50年前・・・ということは。

「つまり100年なんて時を戻るのはシンシアさんが初めてなんです。
しかも500年を超えるタイムスリップ。何が起こるか正直私にも予想出来ません」
「ええ!?じゃ、じゃあほとんど実験じゃないですか!?」
せっかくタツヤと再会出来ると思ったのに、人体実験もいいところだ。

「大丈夫。私が以前10年戻った時は問題無かった」
「10年と500年じゃ全然違うよ・・・。って、お姉ちゃんこのタイムマシン使ったの?」
「ああ。お陰で同じ時代に私がいて、大変仕事が進んだ」
あっけらかんとお姉ちゃんはそう言った。
本当は私の為に進んで乗ってくれたのだろう。
10年なんて時間は、普通の人じゃ戻ろうとはしないだろうから。

「というわけで、これで戻れる保証はどこにも無い。下手したら時空の狭間に囚われる可能性もあるな」
「そんなシンシアさんを脅かすようなこと言わないで下さいよ」
「問題無い。そこまで言われようがシアはこれに乗るさ。そうだろう?」
「もちろん」
これに乗ればタツヤにもう一度会えるかも知れない。
100回に1度しか成功しないと言われようが私は乗るだろう。

「・・・ふぅ。分かりました。でも、時間的な誤差が出る可能性があります。設定はいつにしますか?」
「私が以前10年戻った時は、予定していた日数よりも10日ほど早かった。
そのデータを信じるなら単純に50倍、あの日より500日あとにすればいい」
そうは言っても物事はそう単純じゃないだろう。

「早かったらターミナルにいればいいし、あの日に設定してくれればいいよ」
「そうか?だがあの別れの後に、いきなり登場というのも余りに感動が無い気がするが」
それもそうだ。あんな別れをした後に、どの顔下げてタツヤに会えばいいのだろう。

「う〜ん、それは向こうで決めるよ」
「そうか」
お姉ちゃんは私に向かって優しく微笑む。
姿形は違っても、その笑顔は今も昔も変わらない。

「それじゃあシンシアさん、そこのガラス管の中に入って下さい」
「はい」
「朝霧所長、ありがとうございました」
「いえ。先祖の朝霧達哉さんによろしくお伝えください」
「シア、また会おう」
「うん。500年前で、ね」
本当に戻れるのか分からない。
だが私には予感があった。もう一度タツヤと会えるという予感が。





続く

こっちがエピローグ後のお話になります。
朝霧所長の設定はオリジナルですが、これくらいなら許容範囲だろ、多分。
シンシアsideで終わらせようかな〜とも思ったんですが、やっぱ達哉sideで終わらせることに。
ってことであと1話だけ続きます。今週中には意地でも完成させるので少々お待ち下さいませ。



                                          
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