その日は、桜の花びらが舞う穏やかな日だった。

少年と老人は古びた家の縁側で庭の桜の木を眺めていた。

「やっぱり、出来ないや・・・」
少年は手を開いたり閉じたりして、呟いた。

「最初から出来るものじゃないさ・・・」
老人は穏やかな口調で少年に言った。

「じいちゃんはどうやって魔法を覚えたの?」
少年は祖父に尋ねた。

「さぁね?なんせ昔のことだから・・・でも、初めての頃はお前と同じように上手くいかなかったな。
こうしてばあちゃん・・・お前のひいひいばあちゃんにこうやってなぐさめてもらったものさ・・・」
祖父の手にはいつの間にか和菓子が乗っかっていた。

「食べるか?」
差し出された和菓子を受け取ると少年は、小さく頷きそれを食べた。ほんのりと甘い香りのする桜餅だった。

「それに・・・魔法は覚えないほうがいいぞ」
「どうして?」
突然の祖父の言葉に少年は驚いた。そんな少年の問いかけに祖父は一言だけ

「かったるいからさ」
と、答えただけだった。

「じゃあ、どうしてじいちゃんは魔法を覚えたの?」
「かったるい質問だな・・・それに、覚えた魔法はこれだけだ」
祖父は空を仰いだ。そして、一呼吸おいて

「そうだな・・・昔過ぎて忘れちまったが・・・・・・皆に笑顔になって欲しかったから・・・かな?」
と、照れくさそうに呟いた。




老人には自分を『お兄ちゃん』と呼ぶ従姉が居た。
いつもいじめられては泣かされて祖母のところにくるが、祖母はいつも「かったるい」といって狸寝入りをするものだから
代わりに和菓子を出してやっていた。それでいつもその従姉は笑顔になっていた。
それからも何人にも・・・そして、義妹にも泣いていたり元気が無いときに和菓子を出してやっては笑顔にしてやっていた。それは昔のこと・・・

「はぁ・・・俺の魔法も落ちぶれたもんだな」
いきなり溜息をついた祖父に少年は驚いた。

「えっ?どうしたの」
目を丸くしている少年に指を刺して言った。

「俺の和菓子を食べても笑顔にならない奴が居る」
「あ・・・えっ・・・と」
さっきから魔法ができなく落ち込んだままであることに少年は気付いた。

「ぷっ・・・・・・あはははははは。冗談だよ、いつも上手くいくことなんてないさ」
そういって少年の頭を撫でてやった。
笑い続ける祖父を見て自然と少年にも笑顔が・・・

「よーし、練習続けよっと」
そういうと、少年は先程のようにまた、手を握ったり開いたり繰り返し始めた。

老人は真剣な眼差しで自分の手を眺める少年の横で庭の桜の木を眺めていた。
『俺がこのぐらいの頃だったろうか・・・初めて魔法が出来たのは・・・誰だっけ?
初めてできた和菓子を食べてくれたのは・・・ばあちゃん?
俺が自分で食べたんだったかな?それともあいつ?』
それは昔のこと・・・

『俺もボケてきたってか?』
老人が苦笑していると

「じいちゃんっ!!」
突然、孫に呼ばれて目線を向けた。その手には・・・

「出来たよ!僕にも出来たっ!!」
満面の笑みを浮かべた少年の手には歪だが和菓子が・・・甘い香りのする桜餅があった。
少年は嬉しそうにその桜餅を差し出した。

「・・・食べてもいいのか?」
老人は少年に尋ねた。少年は明るい声で「うんっ」と言った。
老人は少年の手から桜餅を受けとった。そして、一口食べて・・・

「うん、美味いよ。ありがとう」
そして、少年の頭を撫でてやった。

「よし、今度はちゃんとしたやつを食べさせてあげる」
そういうと少年はまた、手を握ったり開いたり・・・

「出来たら教えてくれ。俺は少し寝る」
春の陽射の中、老人は昼寝を始めた。




「あれ?ここはどこだ?」

そこは白い靄に包まれていた。

彼は歩いていた。

次第に靄は晴れ、そこは桜並木だということが確認できた。

満開の桜並木を彼は歩き続けた。

並木道の奥で人影が見えてきた。

彼は自然と走り始めた。

その人影がはっきりしてきた頃


「にいさーん、こっちこっち」
「うにゃっ、おにいちゃん、遅いぞ〜」
「朝倉く〜ん、早く〜」
「おっそーーい!いつまで待たせる気なの、朝倉っ」
「朝倉君、来てくれたからいいじゃないですか〜」

「ごめんごめん、遅れちまったようだな」
「お前が最後のようだな、朝倉」
「げっ、何でお前まで居るんだよ」
「いいではないですか、兄さん。さあ、早く行きましょう」
「行くって・・・どこに行くんだっけ?」
「忘れたんですか?だって、今日は・・・・・・・・・・・・」


少年が初めて魔法が出来た数ヵ月後・・・
一人の《落ちこぼれの魔法使い》は・・・・・・・・・


―数年後―

「ふぁぁぁぁぁぁ」
少年は大きく欠伸をしながら桜並木を歩いていた。

「兄さん、また夜更かししていたでしょ」
隣で少女がジト眼でにらんでいた。

「しゃーねーだろ、あの本面白かったんだから」
「まっ、兄さんが小説なんて珍しいから許してあげますけど、もうちょっと早く起きてくださると私も楽が出来ると思うんですけど」
二人が並んで歩いていると後ろから走ってくる少女が居た。

「お・に・い・ちゃ〜〜〜〜〜ん」
そういって少女は少年に抱きついてきた。

「どわぁ、何するんだよ」
「何って、スキンシップだよ?」
「スキンシップって、おまえな〜」
「そうですよ、いい加減兄さんから離れてください!」
「どわぁ、お前、あまり引っ張るなよ!」
「うにゅ、お兄ちゃんは僕のものだよ!」
そう言って二人の少女は少年を奪い合うように引っ張り合う。

「ったく、かったるいな〜」

三人は少年を真ん中に腕を組んで校門をくぐっていった。


いつか見た光景・・・

たとえ何年たとうと・・・

世代が変わろうと・・・

ダ・カーポのように・・・


その日は、桜の花びらが舞う穏やかな日だった・・・





終わり

アルフレッド奈園さんあとがき
今作は2作目となります。
ヒロインが出てこないことを考えるとかなり駄目な作品です(自分で言うな
楽しんで頂けたのなら幸いです。



                                           
桜が舞う穏やかな日
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