鉛色の空模様は、誕生日の私の気分を憂鬱にさせるには十分だった。
まるで私の心情を模写しているような重苦しい雲。
彼が教室にいない、というだけで今日一日は面白さが半減してしまっている。

別に不思議なことじゃない。
そう、それが日常的であたりまえだった。

恋人同士ではない。
もちろん、親類関係でも幼馴染でもない。
ただのクラスメイト、もしくは異性の友達といったところだろうか。
少なくとも、彼の私に対する認識はその程度じゃないかと思う。

そんな彼を好きになったのはいつからだろうか。
同じクラスになって、しばしば雑談を交わすようになってからだろうか?
それとも、お姉ちゃんの様子を見に行った生物準備室で、偶然にも出会ったときだろうか?
卒業パーティーでマネージャーをしてもらったときだろうか?
・・・どれも違う。
最初から好きだったのだ。
初めて出会った、クリスマスパーティーのときから好きだったんだ。

それはまだ相手の心が読めたときのこと。
私の周囲を取り巻く男子生徒は、決まって私をアイドルとして見ていた。
そんななかでただ一人。
彼だけが、普通の女の子として私に接してくれた。
公園で二度目の出会いを果たしたときも、私を特別視しないで――多少は下心を感じていたけど――接してくれた、唯一の男の子。
それからも、会ったら冗談を言ったり、時々は一緒に帰ったり。
またあるときは買い物を一緒させてもらったり、それでも彼はいつも通りだった。
純粋に嬉しかった。そして、彼と一緒に話をするのが楽しいと思った。

だからかな。
義理の妹さんがいるとわかったとき。
好き好き光線を出している幼馴染の存在を知ったとき。
わんこのような後輩がいるところを見たとき。
その他。
彼にはちょっとしたことでも、ちくちくと胸が痛んだ。

今日も彼はいない。
正確には、もう帰ってしまって教室には残っていない。

・・・雨が降り出す前に、私も帰ることにしよう。




商店街は、いつもより人が少ない印象を受けた。
それもそうだよね。この曇天を出掛けようなんてなかなか思わないよ。
かく言う私も、本当はここを訪れるつもりはなかった。
料理当番は結婚したお姉ちゃんの役割になったし、声楽の本は先日購入したばかりで、帽子も古びている様子はない。
家に帰れば、お姉ちゃんが中心となって誕生日の食事を作っているだろう。
もしかしたらケーキに挑戦しているかもしれない。
昨日、こっそりと洋菓子の料理本を買ってきていたから。初挑戦には厳しいとは思うけど、作ってくれるだけで嬉しい。
それが完成するまで追い出されるわけだし、改めて考えてみると、なんとなくここに来てしまったのは正解だったのかもしれない。

私は暇潰しでウィンドウショッピングを楽しむことにした。
まずは宝石店。六月の誕生石は真珠ということで、見事に研磨された真珠がワンポイントのブローチがあった。
私じゃなく、お姉ちゃんに似合いそうだね。
次は洋服のショーウィンドウを眺める。シンプルにデザインされたワンピースが私の目をひいた。
白一色に統一された清楚なイメージで、麦わら帽子と合わせるととても似合っていた。ほしいと思ったけど、時期が時期なのでまだ買わない。
それに、まだ入荷されていないみたい。
それから眼鏡専門店、靴屋と回ってみるけど、とりわけ興味を注がれるものがなかった。

ああ、なんて暇な時間だろう。
いつもならあれこれ吟味して、結局何も買わずに一日が終わるはずなのに。
今日に限ってまだ時間が余っていた。
誕生日なのに、微妙に時間を無駄に過ごしている気がする。
それならみっくんやともちゃんの誘いに乗って遊びに行くべきだった。
一緒にパーティーを開いていれば、ずっとずっと楽しかったと思う。
でも、私は断った。

私は何を期待していたのか。
私は何をするつもりだったのか。
私は彼とどうする――。




「よう、こんなところで何をしてるんだ?」
不意に声を掛けられた。
それは馴染みの深い声で、本当はありえない声だった。
私がゆっくりと振り向くと、面倒臭そうな表情をした朝倉くんがそこにいた。

「こんちはっす、朝倉くん」
内心の驚きがばれないよう、私は平静を装う。
朝倉くんも同じように挨拶を返してきてから、大きく欠伸を一回。
らしいといえばらしいけど、仮にも女の子を前に、その態度はちょっと失礼じゃないのかな。

「そんで、こんなところで何をしてるんだ?」
改めて朝倉くんは質問しなおした。
・・・素直に答えてもいいんだけど、ちょっと意地悪しちゃおうかな。

「何をしているように見えます?」
「暦先生の眼鏡に適う不思議生物探索」
躊躇なく朝倉くんは答えてくれました。
こんな商店街で、そんな奇妙なことをするはずがないでしょ。
冗談だと分かっているので口には出さない。

「ぶぶぅ〜残念!」
「う〜ん・・・じゃあ、ネコの死体探しぐふぉあ」
ごめんなさい。でも、朝倉くんが悪いんだよ?
謎の攻撃(もちろん原因は私)を受けた朝倉くんは、なにやら意味不明な言葉を呟いてその場にうずくまってしまった。
断片的だけど、絶対領域とか絶対空域とか呟いているみたい。
でも、ネコの――――――は失礼な話だよね。
仮にも品行方正で通っている私が、そんな想像しがたいことをするはずがない。

「いててっ、ことりも容赦がないなあ」
「何のことですか?」
もちろんわかっているけどとぼける。

「まあ、いいか」
ゆっくりと立ち上がる朝倉くん。
まだ少し痛みが残っているようで、鳩尾の下を優しく撫でている。

「私はただのウィンドウショッピングだよ。それより、朝倉くんはどうして?」
しかも私服姿で。

「いや、まあ・・・夕食の買出しかな。たまには自炊をしないと飽きるから」
「そっかあ。音夢がいなくなって、料理を作ってくれる人がいないんだ」
「それは断じて違う」
真剣な表情で、全力で否定されてしまった。
杉並くんから聞いた話だと、ひとたび音夢に料理をさせれば、それはもう殺人行為と同じようなものだと言っていたけど、
朝倉くんの反応を見る限り本当らしい。
そういえば、前から弁当を持ってきているところを見たことがない。
私も焼きそばパンと交換したりもしたけど、そのときも音夢の料理を嫌がっていた気がする。ちょっと興味が沸いてきた。

「音夢の料理って、どれほどなのか見てみたいかも」
刹那。電撃が走るほど衝撃を受けた朝倉くんがそこにいた。
驚愕の表情を浮かべて、私をありえないかのように見ている。

「止めとけ止めとけというか止めてくださいこれ以上犠牲者が増えるのだけは勘弁してくださいいや本当に」
一気にまくし立てられてしまった。

「そ、それより、俺はこれからスーパーに向かうから!」
朝倉くんはじゃあ、と素早く手をあげて立ち去ろうとする。
よほど食べさせたくないのかな――と、そんなこと思ってる場合じゃない。
せっかくの誕生日に、奇遇にも出会ったんだし・・・。

「待ってっ」
「え?」
突然の呼びかけだったので、朝倉くんは走りかけを急停止させる。
私は小走りに追いついて、

「一緒に行ってもいい?」
と、尋ねてみた。




「そうか、今日はことりの誕生日なのか」
「そうですよー」
朝倉くんの買い物も終わり、商店街をゆっくりと歩いていた。
そんな平凡なワンシーン。
それでも、私は充実感を味わっていた。

「それならそうと言ってくれれば、プレゼントを用意したのに」
「前に言ったことありますけど?」
「・・・そうだっけ?」
「女の子の誕生日を忘れるなんて、朝倉くんの甲斐性なし」
「ぐはっ!?」
本当は言ったことはない。
でも、自分から教えようと思ったこともなかった。
だって、なんか図々しい感じがするから。

「今からでもプレゼントを買ってあげようか?」
朝倉くんは、私の発言に嘘が含まれていることに気付いていない。
《忘れたこと》を誤魔化そうとして、あれこれとプレゼントの候補を挙げていく。
そんな彼が可愛らしいと思った。

朝倉くんの周りには、いつも女の子の影が付きまとっている。
義妹の音夢しかり、臨時講師のさくらちゃんしかり、後輩の美春ちゃん然り、その他然り。
朝倉くんの隣にいたい。
朝倉君を独り占めにしたい。
ただの友達である私が、こんなことを願ってもいいのだろうか。

今、この瞬間。
確かに朝倉くんは私の隣にいる。
他の誰でもない、同じ道を歩いている。

「――で、ことり。どれがいい?」
「え?ああ、ごめんなさい。聞いてませんでした」
「・・・それならプレゼントをあげないぞ」
一生懸命に考えたプレゼント案を聞いていなかったのがショックだったのか、朝倉くんは強硬姿勢に突入してしまったようだ。

彼の隣を歩く私。今はまだ、友達同士という関係。
私は朝倉くんが好きだ。

教室で一人でいた憂鬱な気分は吹き飛んでしまった。
気持ちがいい。風に舞う鳥のようにのように、自由に移動できそうな気がする。

「プレゼントをくれないんですか?」
「人の話を聞かないような失礼な奴は知らん」
朝倉くんは、断固拒否を決行している。珍しいこともあるもんだ。
でも、こっちにも名案があった。

「プレゼントはいりません」
えっ!?と朝倉くんは唖然としてこちらを見た。
最終的にはくれるつもりだったんだろうけど、もう遅い。
主導権は私が握っている。
あれだけ雨が降りそうだった空模様も、いつの間にかお日様が顔を覗かせていた。

「私・・・白河ことりと付き合ってくれませんか?」

それは、友達から前進するための第一歩。





終わり

紅砂さんから頂いたことり誕生日SSです。
ことり視点で描かれたもしも卒パでことりから告白されなかったら・・・というif設定になってます。
ことりの心情を丁寧に描かれたSSになってます。自分がことりの心情を書くには近年D.C.プレイしてないからな〜
自分もヒロイン視点のSSをもっと書きたいんですが。



                                        
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