私と姉とそして…
〜後編〜
「ふぁ〜あ…」
ボーとする頭を動かしながら時計を見る。

「6時半‥か」
正確には午後6時半である。
結局昨日は…正しくは今日の――って説明がかったるいなぁ…とにかく、遅くまで例のモノを書いていた。
――――
不意に気付いた違和感。
あったはずのものが消えてなくなるような感覚。
しかしそれが普通とも思っている自分。
そんな矛盾が頭の中を駆け巡る。

「――っ!」
急に目の前が真っ暗になり…そのままフェードアウトしていった…

……………………………………………………

「此処は…?」
だだっ広い真っ白な世界。
何処まで行っても何もない世界。
声が反響しないから、自分の耳に声が聞こえない。

「何処なの…?」
留まっていてもしょうがないので、とりあえず歩いてみる。
10分経ったか、1時間経ったのか分からない空間で私は歩き続けている。
行く当てもなく――何処なのかも分からず…
周りを見渡してみても、まだ何も見えない。

「この世界はなんなの…?」
答えは返ってこない。そこには誰独りとしていないから。
私はまた歩き出す。
また、何分か何時間かが過ぎ、ふと何処からか声が聞こえてきた。

『由夢ちゃん――』
よく聞いた事のある声。さくらさんの声だった。

「さくらさん?何処に居るんですか?」
『ボクは此処には居ないよ。だって此処は――由夢ちゃんの夢の中だから』
初めて知った。此処が夢の中だなんて――こんなのが夢だなんて――

「こんな気味悪いのが夢なんですか!?」
『そう――夢の中の夢。何もない夢――』
「夢…ですか?本当に?」
『ホントにホント。詳しく言うと夢の最深部――普通は来ちゃいけない所』
来ちゃいけない所…?じゃあなんで私は此処にいるのだろう…

『今、“なんで此処に居るんだろう”って思ったでしょ』
「えっ!?あ、はい」
『それは、今の由夢ちゃんの精神状態が崩壊しかけている――って言ったら分かりやすいかな?』
「は?」
『なんか由夢ちゃん無理してたでしょ』
思い当たる節がなかった。
さくらさんの言っている事もよく分からなかった…

「ありません。普通に学園に通って、寝る前にちょっと日記を書いていたくらいですよ」
『…………』
さくらさんが難しい顔をして、私を見つめていた。

『由夢ちゃんって日記なんか書いてた?』
「私だって日記くらい…」
ムスッとして…

「わ、私だって兄さんが消えたら、そのことを書き留めておくくらいします!!」
と言った。

『…その日記になんて書いたか言ってくれる?』
そう言うさくらさんの目は、他人の日記の内容を知りたがる人の目ではなく、真剣そのものだった。
だから私は素直に内容を言ってしまった。

「兄さんと会ってから、今まであった事を書きましたが、それが?」
『……その日記…日に日に書く量が増えたんじゃない』
「そうです。頭から、兄さんの記憶が無くなっていくので…」
『……それが、由夢ちゃんの脳に負担がかかったんだ。だから、由夢ちゃんは此処に来たんだ』
「でもっ!あれを書かないと誰も兄さんの事覚えていなくなるっ!!私が覚えていれば兄さんは帰ってくるんですっ!!」
『由夢ちゃん…』
兄さんの事を考えると目の前が滲んだ。

『…もう時間だね……この夢ももうすぐ終わるから、頑張ってね由夢ちゃん。ホントはね、さっきから此処には――』
と言いかけて、それからさくらさんの声は聞こえなくなった。

「…大切な所だけ言わずに消えちゃうんだよね。こういうシーンって…」
ドラマのような展開だった。

「さくらさんも酷いなぁ…」
要は自分で考えろってことなんだろう。
??
そういえば、さくらさんも『魔法の桜の木』に取り込まれたはず…
そのさくらさんが夢に出てきた。

「何でだろうね…」
と言いつつも、理由は何となく分かっていた。

「私に、これを伝えるために出てきてくれたんだ」
でも、如何せん遅かったですよ。大切な所言わずに消えちゃったじゃないですか。
それでも、来てくれてありがとうございました。声だけでしたが、気が楽になりましたよ。
これから自分が何をするのかもだいたい分かりましたし…
さくらさんは、消える寸前笑っているように思った。だから分かった。
此処には――
――兄さん…。居るんでしょ? ――
と心で呟いた。
そう、私は独りじゃなかった。




――此処は何処なんだ?
――さっきまでは確か…
――桜の木に取り込まれていたはず…
――じゃあ此処は?
――考えるだけめんどくさくなった。俺の大切な人の言葉を借りれば、“かったるい”だ。
ただ言える事は、此処は何もない白い空間だった。

この空間に1人誰か現れた。正確には見えてきた。
そして分かった事があった――
この世界はその娘のものであり、俺は傍観者であった――と言う事だ。
彼女は気を失っているのか倒れていた。
何分か分からないが、見守っていると起きあがり、辺りを見回してそれから不安げな表情になりふらふらと歩き出した。
そんな彼女に声をかけた人物がいた――さくらさんだった。

――兄さん…。居るんでしょ? ――
――ああ、いるよ此処に
――うん、よかった兄さんがまだいてくれて――
兄さんはいると信じていたが、同時に最悪の事も考えていた。
最悪の事態にならなくて良かったとそのことは素直に喜べる。

――まぁ、俺もよく分からずに此処にいるしな。
――何時から此処にいたの?――
――由夢が…倒れていた前から
――そっか、じゃあ最初からずっと居たんだ――
気付いてあげられなかった自分に恥ずかしく思う。

――気にしてないからいいけどね…
――ごめんなさい――
――それより、お前早く此処から出ろ!長居すると戻れなくなるぞ!!
――嫌っ!せっかく兄さんに会えたのに…――
――此処にいる俺は俺じゃない。だから早く出るんだ。
兄さんがきつい口調で言い放った。
その口調の端から覗かせるのは、“このままでは取り返しのつかない事になる!”そんな感じだった。

――悪いな、由夢…
「っ!!?――」
そう言うが早い、私の意識がまた遠のいていった…




昼頃に部屋を見ると、由夢ちゃんはまだ眠っていた。
「もぅ、また遅くまで起きて」
でも、今日は休日まぁいっかと思ってそのままにしてあげた。
それから私は出掛けるので、書き置きで
『出掛けてきます。夕方には帰ると思います。
ご飯を冷蔵庫に置いてあるので起きたら食べてね
音姫』
と書き残し、
「行ってきます」
と言って私は出掛けた。




数時間後…
「ただいま〜」
メモ通り日が沈む頃に帰って来た私を迎えたのは、静寂だった。
変だと思い冷蔵庫の中を見ると手が付けられていなかった。
すぐに由夢ちゃんに何かあったと思い、階段を駆け上がった。

「由夢ちゃん!?」
そしてノックもせずにドアを開けた。
すると、
「きゃ!!」
由夢ちゃんが部屋の真ん中で倒れていた。
「由夢ちゃん!?どうしたの由夢ちゃん!?」
揺すっても反応はなかった。私はすぐに救急車を呼んだ。
そして、病院で検査した結果は――原因不明だった。




頭がクラクラする…。
さっきまで何をしてたんだっけ?
しかも此処は何処だろう?
真っ白な部屋。
しかも私はベッドで寝ている。
膝の上には誰かが寝ている。――大人っぽさも有るが、まだ幼さも残っている、整った顔をした人。
印象的なのは長い髪をポニーテールのようにしてリボンで結わえている所だった。

「そっか…」
此処は病院なんだ。しかも此処に患者は私しかいないから、個室だそうだ。
でも、何処の病院だろう?
考えるのがかったるくなり、また瞼を閉じることにした――
が――
私の膝で寝ていた女性が…
「由夢ちゃん!?目が覚めたの!?」
といって私を抱きしめてきた。

「ちょっと…なんですか?いきなり…」
「良かった…目が覚めて…ぐすっ……ホントに良かった…」
どうやらこの女性は私の事を知っているそうだ。
しかし私は全くこの人の事を知らない。
失礼を承知で、
「あの…どちら様ですか?私…以前お会いしました?」
と言った。
それを聞くと、その人の顔は蒼白になった。

「由夢ちゃん……私が、お姉ちゃんの事が分からないの…?」
「はい…ごめんなさい。私のお姉さん?だったんですね…」
私は申し訳なさげに言った。

「今すぐ、先生呼んでくるからねっ!由夢ちゃんはベッドで休んでてね」
と言って、病室を飛び出して行った。

「……私の名前ってゆめって言うんだね」




朝早いのにも関わらず、由夢ちゃんの診察を行ってくれている先生。
初めから――自分の名前は?生年月日は?今日は何年何月何日?家族の名前は?最近起こった事件で覚えている事は?Etc…
どの質問に対しても曖昧な答えでしか答えられていなかった。
診察の結果は、やはり記憶喪失だった。
自分の名前から全て――かつて自分が愛した人すら今の由夢ちゃんは忘れてしまったのだった。

自分の事、周りの人の事、何もかも思い出せない…記憶喪失――原因不明みたい…
どうやら、私が病院にいる理由は原因不明で倒れたから――と私のお姉ちゃんであるらしい人が教えてくれた。
彼女は無理矢理笑ったような顔をして、
「また来るからね」
と言って病室を出て行った。
することもなく、ただただ窓の外を見つめていた。
季節的に桜が満開で、この病室にも花びらが舞い込んできた。
両手でそれを包み込む。

「ふふっ、取れた♪」
手を開いてみると、当然ながら花びらがあった。
なぜだか桜の花びらを見ていると懐かしい気持ちになる。
そしてふと、この桜が自分事のように、大切な事が関わっているように感じた。
此処まで考えて、眠くなったから寝ることにした。




由夢ちゃんの記憶喪失――その記憶を取り戻すことができるなら、私は何でもできる。
そう、何でも――
何となく部屋を見渡してみると…“あのノート”が…

「そうだよ!これだよ!!」
これこそ由夢ちゃんの日記。これを読み返して…あ、後アルバムを見せたら…うん♪少しは良くなるかも…
私はアルバムを取り出し、日記を持って家を飛び出した。

「これは?」
「ん〜?これはね、由夢ちゃんが書いていた日記だよ。やっぱ見直したら何か思い出すと思ったからね」
私は喜び勇んでやってきた所――それはもちろん病院だった。
病院の中で騒いでいたら怒られちゃったけど…てへへ…

「ほら、これが小さい時の由夢ちゃんと弟くん――うん、そうだね彼の事から話そうかな…」
「はい…」
私は言葉を選ぶように語り出した――

「彼はね、桜内義之くんって言って私の弟くんで由夢ちゃんにとってはお兄さん的存在の人だったの。
……私たちは血の繋がりはなかったけど、本当の家族以上に家族と思っていた」
由夢ちゃんは悔いるように私の話を聞いていた。

「…でも同時に私たちはお互いを異性としても意識していた――
私も…私も弟くんの事は家族としてはもちろんだけど、一人の男の子としても大好きだったんだよ」
『由夢ちゃんもね』と後に続けて言った。

「そうですね…なんだか前から会った事のあるような感じがしましたけど、そう言う事だったんですね」
「うん、そうだよ。じゃあ話を続けるね――」
――――――
2時間、私は今までの事を語った。




病院の夕食を食べ終わると同時に、
「それじゃあ、そろそろ面会時間も過ぎるから今日は帰るね」
と言って『お姉ちゃん』は帰っていった。
まだこの呼び方には今の私は馴れないけど、もともとそう慣れ親しんできていたんだ。そう呼ばないと不自然だと思った。
だから、こう呼ぶ。記憶を失う前の私と今の私を繋げるためにも――
夕食を食べて、歯も磨いたからすることがなく、自分が書いた日記を読み返す事にした。
そこには、こんな事が書き綴られていた――

『桜内義之――いつ頃か私たちの前に現れて私のお兄ちゃんになった人。
鈍感ででも、優しくて、いつもみんなの事を気にしていて私の大好きな男の子(ひと)――』

『――彼は、お母さんが病弱になった頃にさくらさんに連れられてきた。
――――
「私、由夢。よろしくね、お兄ちゃん♪」
と舌足らずな口調で言った。しかしお姉ちゃんは――そう言えば何処に居たのだろうか?今度聞いておこう。
とにかく、お姉ちゃんはこの場には居なかった。――』

Etc…私と桜内義之――兄さんとの出会いから読んで赤面するような事まで、更に日記を書いた日の事まで書かれていた。
まぁ、日記だから当然だけどね…
私はその夜に日記を全て読み切っていた。
でもこの時、記憶は戻らなかった――




朝――心地よい朝――
私は、いつも通りの時間に起きた。
「んんっ〜」
伸びをしてベッドから出た。
制服に着替えて顔を洗い朝食を食べ、学園に向かった。
途中、まゆきに会って一緒に学園に行った。




「ちょっとこれ何!?まさか杉並!!?」
まゆきの驚いた声。それもそのはず、校舎が…校舎に…

『非公式新聞部生徒会を乗っ取る!!』
などという垂れ幕が……

「ねぇ、音姫。何時乗っ取られたかしら生徒会…」
まゆき、怖いよ…オーラが…

「デ、デマだよ、そうデマデマッ!」
「――授業遅れるかもしれないけど、その時はよろしくね、音姫♪」
うぅ〜その笑顔が逆に怖いよぉ〜

「う、うん分かったちゃんと伝えとくから…」
「あ、あとあの垂れ幕外しておいてくれる?」
「う、うん分かった」
「ありがと♪じゃあ…杉並ぃ〜〜〜!!!何処にいるの〜!!!!!!!!!!」
行ってらっしゃいまゆき。程々にね…
私はそう思うしかなかった…あはは…
その後頼まれた通り垂れ幕を外しておいた。
杉並くんは、程なくしてまゆきによって拘束された。
それもそのはずで、杉並くんは生徒会室の生徒会会長席でふんぞり返っていたのだから…




私の記憶が――大切な記憶たちがひとつのモノと想いによって戻ってくる…
そう感じずにはいられない状態だった。
――兄さん……生きて、いるよね……
大切なのは想いの方――
そう、兄を想う気持ちだった。

“魔法の桜の木”に取り込まれてから、由夢の夢を見て…それからどのくらい経ったのだろう。
そんな時、俺の目の前に一人の来訪者が現れた。
――さくらさん…いや母さんだった。
そして、俺に言った。
『これが、ボクが君の母親として出来る最後の贈りものだよ…』と。
そう聞こえたかと思うと、目の前が真っ白になり…

いろいろな事があった今日この頃…やっと家路についた。
と、そうだった由夢ちゃんに会いに行かなきゃ…忙しくて危うく忘れる所だった。
つま先を家から病院の方向に向けて、
歩き出した。




“コンコン”
中から「どうぞ〜」と言う声が聞こえ病室の中に入る。
「来たよ〜由夢ちゃん」
「あ、お姉ちゃん待ってたよ」
言葉遣いに辿々しさがなくなり、だんだんと記憶が戻りかけているのかと見受けられた。
一時は原因不明とまで言われていたのを考えると、驚異的快復力だった。

「今日の学校はどうだったの?」
「学校?…う〜ん特に変わった事はないかなぁ〜」
「変わった事じゃなくて、普通の事でいいんだよ」
「ホントにいつも通りだよ。授業受けて、お昼食べて、生徒会のお仕事して此処に来ただけだよ」
「そっか、学校のみんなも元気かな?」
「大丈夫だよ。みんな由夢ちゃんが来るのを心待ちにしてるよ。…え?学校のみんなって誰の事言ってるの??」
「もちろん、小恋先輩とか、天枷さんとか、高坂先輩とか、雪村先輩とか、花咲先輩、杉並さんとかだよ」
板橋くんが抜けてるけど…ま、いっか……

「あと――兄さん――」
――っ!!

「由夢ちゃん…思い出したの?何もかも…」
「うん…思い出したよ」
そっか、よかった――

「弟くん…」
由夢ちゃんの手がそっと私の手を包み込んで、
「前にも言ったけど、大丈夫…兄さんは帰ってくるよ」
「そうだよね…そうだったよね…」
私たちは抱き合った――

由夢ちゃんが退院したのはそれから3日後だった。
一昨日に問題がないか確認するため精密検査を行っていたが、問題はなかった。
昨日は荷物を纏めたりするためにもう1日泊まっていたに過ぎなかった。

「由夢ちゃ〜ん?忘れ物はない?」
「大丈夫だよ、ちゃんと持ったよ」
「うん♪じゃあおうちに帰ろう!」
お世話になった看護師さんに挨拶をして、私たちは朝倉家に帰った。

翌週――ようやく私が学校復帰する日…
昨日はようやく学校に行けるという気持ちがいっぱいであんまり眠れなかった。
朝早起きして、洒落込んでお弁当なんて作ってみたりもした。

「よしっ!」
我ながらお弁当の出来は上々だった。
これで兄さんが居てくれれば…
……………………
気持ちが少し沈んじゃった。

「ダメダメ、弱気になっちゃダメ!」
自分の頬を叩き、気持ちを入れ替える。
と、
階段が軋む音がした。

「あれ?由夢ちゃ〜ん?おはよぉ〜早いねぇ〜」
まだ少し眠いのか、ちょっと間延びした声。

「おはよお姉ちゃん、うん、すごく楽しみだから…」
「あ、お弁当美味しそ〜お姉ちゃんの分も作ってくれる?」
「うん、元々そのつもりで二人分作ってあるよ」
「わぁ〜ありがと〜♪由夢ちゃんのお弁当楽しみだなぁ〜」
「自信作だから楽しみにしててね」
「うん♪それはいっそう楽しみだなぁ〜」
本当にお姉ちゃんは、楽しそうだった。擬声語で表すと“ウキウキ♪ワクワク♪”って所かな?――

「ウキウキ♪ワクワク♪」
……ぅわぁ〜実際に言ってるよ〜この姉は…

「ん?どうしたの?由夢ちゃん♪」
「ううん、別に…」
「そう?何かあるなら言っちゃった方が楽なのに…」
……それを言えば貴女が剥れるでしょうが!

「んまぁそう言う事だから一緒に朝ご飯食べて学校いこ?」
「あ、お弁当作ってくれたお礼って事で朝ご飯はお姉ちゃんが作るね」
「ありがと、トーストとコーヒーと、後スクランブルエッグがいい」
「了解!お姉ちゃんにまっかせなさ〜い」
…今日は朝からテンション高いなぁ〜お姉ちゃん…まぁ人の事言えないか…私もお弁当なんか作ってるし…

朝食後、久しぶりに歩くこの風見学園までの通学路…季節は暦上5月――って言っても、以前みたいに桜が咲き乱れている訳じゃないけど…
この初音島の枯れない桜たちが普通の桜に戻った証拠として、今、桜の木は花ではなく葉で装飾されている。
初音島では年中桜の花が咲いていたから、未だに違和感を覚える。
お姉ちゃんが作った朝ご飯はやはり美味しかった。お料理を本気に初めて半年しかたっていない私とは年数が全く違う。
まだまだ修行しなきゃ!
そう思いふけていると――
「おっはよー!!由夢ちゃん!元気になったって聞いたけど大丈夫なの〜?」
と、元気な声が聞こえてきた。
振り返らずともわかる学園のアイドルと称される女性、同姓からみてもすごくかわいらしい先輩――白河先輩分かり易すぎです。

「おはようございます、白河先輩。ご心配をお掛けしました」
すぐに裏モードになる。

「ホントに心配したんだよぉ〜お見舞いに行きたかったけど音姫先輩から面会謝絶って聞いたからね…
でも、その時は心臓が止まったかと思ったよ〜」
と言って抱きついてくる白河先輩。

「うわっ!ちょっと白河先輩!!」
「おっとっと、ごみん♪ごみん♪」
お茶目なところは相変わらず可愛らしい先輩。

「でも、元気になってホント良かったよ」
後ろの方に控えていた小恋先輩も心配してくれていた。

「ありがとうございます小恋先輩」
とそこへ…
「うい〜っす、由夢ちゃん。身体良くなったんだな」
板橋さんだった。

「由夢さんが居なかった間、美夏が詰まらなそうだったわよ」
と雪村先輩。

「朝倉妹が復帰か…これは非公式新聞部のネタにさせてもらうぞ」
杉並さん。

「由夢さぁ〜ん!寂しかったよぉ〜」
花咲先輩…

「ありがとうございます、ホント皆さんご心配をお掛けしました」
気付くと軽く目尻に涙を浮かべていた。
そんな久々の登校だった。

「由夢じゃないか!?身体は大丈夫なのか!!?」
「天枷さん、大丈夫です。心配かけてすみません」
「そんなことは良いのだ、由夢がもう大丈夫なら何も言うことはない」
転校当初は、なぜか必要以上に他人を毛嫌いしていた天枷さんは今では普通に接している。
根は凄く良い娘だから友達はすぐに増えていった。
そんな友達に、
「ありがとう、天枷さん…」
“ごめんなさい”という言葉は合わなかった。

翌日からは何の代わりもない普通の学校生活を送っていた。




そんなある日――
起こったのかもしれない――
奇跡が――

――――――
――――
――
義之君のために力を使った後、ボクは――
――
――――
――――――




「此処は?」
何処だろう?見たことのない、お城が建ち聳えている街…石造りの街道…
ボクの存在は完全に消えたはずなのに…
でも、実際ボクは此処に居る。
知らない土地、知らない人々――そんな事からの恐怖心から手の中の物を握りしめる。
そこへ、
「あら?どうしたのお嬢さん?迷子?」
一人の女性が声をかけてきた。なぜか懐かしく感じる…

「ボクね、知らない内に此処に居たんだ」
女の人はそうと答えて、ボクの手の中の物を見る。

「これがなんだか知ってるの?」
ボクは訊ねる。女性は応える。

「桜の苗木……じゃないかしら。私の知らない品種らしいけど…」
「サ・ク・ラ…」
この三文字に大切なことが隠されている気がする。とても大切な――でも、思い出せなかった。
ボクはただ、桜の苗木を見つめていた。




ある学校が終わった放課後。

いつも通り帰ろうと準備していて、ふと窓の外を見たときだった。

校門に誰か居る。

その誰かは風見学園の学ランらしき服を着ている。

その誰かは何処かを見るではなくただ校門に背中を預け其処にいた。

その誰かは忘れられる訳がなかった人。

その誰かの事を見間違える訳がない。

その誰かを見つけたときから、目の前はぐちゃぐちゃだった。

私は走った。その人の元へ――
全速力で階段を駆け下り、昇降口でかったるいけど靴に履き替える。
そして――
校門まで走る――

「兄さん!!お帰りなさい!!」
そして、愛しの人の胸の中にダイブ。

彼は、優しく私の頭を撫でて、
「ただいま、由夢」
いきなり優しくするもんだから私はちょっと膨れて言う――

「こんなに好きにさせておいていきなり居なくなって…
ぐすっ……また…いきなり帰ってくる…なんて……
兄さんは何でも…いきなりすぎ………だよ」
はずが、涙は止めどなく出てきた。後の方なんかは言葉にもなっていなかった。
それほど嬉しいのだ。このビッグニュースが…

「ごめんな、由夢。でも、もう居なくなったりしないから」
「…当たり前だよ…そんなの」
「そうだな…」
それから暫く二人は何も言わずにただ抱き合っていた――





エピローグに続く…

Yu*H.Aさんから頂きましたD.C.U由夢SS「私と姉とそして…」の後編です。



                                        
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