―――「私は純一くんが好きなんです」―――


今日はお姉ちゃんとお義兄さんの結婚式。でも私は、その場にいることが辛いので今朝は早くから家を出て、この大きな桜の木の下にいる。
“心の声……”キコエナイ……。ワカラナイ……。コワイ……。
“私はどうしたら……”シラナイ……。アサクラクン……。――ワカラナイ!!
小さい頃から持っていた能力――人の心が読める――そのことに頼りすぎていた私には、今の世界全てが私を拒絶しているように感じる。
これから先、不安と絶望を抱えていくのかと思うと、とてもじゃないけど、耐えられない。
いっそ身を投げてしまえば…と思ったこともあったけど彼が悲しむだろうし、理性がそれを赦さない。

「朝倉くん…っ」
不安から逃れたくて、とっさに大好きなあの人の名前が口から零れた。
でも、不思議とそれだけで、少し気持ちが落ち着いた。
それから、今日の結婚式で歌うはずだった歌の歌い出しを口ずさんだ。
「♪〜♪♪」
…………………………………
「♪〜♪♪……」




11時頃暦先生から電話をもらって内容を聞いているうちに、勝手に身体が動いていた。
ことりが何処にいるか分からなかったが、無意識に“あの”場所に向かっていた。何となく、そこにいるような気がしたから――。
桜公園の入り口を入ってどんどん中に進んでいくと、どこからか綺麗で上手くて、透き通るような歌声が聞こえてくる。
顔を見ずとも誰が唄っているかはすぐに分かる。
“上手い…。だが、歌う場所が違うだろう……。”
近づく足音で気付いたのかことりは唄うのをやめた。




「見つかっちゃいましたか……」
私はおそらく微笑んでいる…。仮面の微笑みを……

「……多分…、此処だと思ったから」
“…朝倉くんにはバレバレでしたか…。”

「行動範囲がもっと広ければ良かったんですね…。行く所が此処しかないなんて、つまらない女ですよね、私……」
自嘲気味な微笑を浮かべながら私はそう言った。
そして私は、桜の幹から背中を離して、裏側に回った。

「ことり?」
「…顔を合わせると辛いですから……ですから、背中合わせに喋りましょう」
「………」
朝倉くんは分かってくれたのか何も言わない。

「………」
「………」
多少の沈黙の後…

「いいのか?こんなところで油を売っていて」
“ズバリ核心をついてきますね…。”
でも、朝倉くんが此処に来た理由はおそらく、お姉ちゃんに頼まれて私を式場に連れて行くことなのだろう。
“とすると、話を早く切り出して、説得させたいんでしょうね…。―――でも私にはもうあの場所に行く資格はないの…。”

「結婚式、終わっちゃうぞ。歌うんじゃなかったのか?」
「歌のプレゼント……か………。私は…歌なんか本当は好きじゃないんですよ。
ずっと好きなフリをしていた…ううん、好きだって思い込もうとしていたんです」
「だったら、何で今までことりは歌っていたんだ?」
「頭の中が空っぽになるんです。空っぽになって何も聞こえなくなるから…それで………」
「声…?」
言ってからしまったと思った。でも、朝倉くんになら話してもいいような気がしたから、

「そうですね。私には人の心が読めたんです。簡単に言うとテレパシーです」
「え……?」
……この反応を見るかぎり驚きを隠すことができないんだと推測した。

「信じられない話かもしれません…。でも実際に私にはその力があった。…おそらくもう戻ることはないと思いますが…」
私は確実に絶望に向かっていると感じた……。




ことりにテレパシーもとい“人の心を読む力”を持っていたことを聞くとオレは驚いた。
でも、確かにそんな風なことは過去何回かあった。
でもそんなことある訳がないと思い気にも止めなかった。
そんなことを考えているオレを知ってか知らずかことりは淡々と語り続ける。

「私にはその能力が便利でした」
「……便利?」
「ええ、人の考えていることが分かれば、人と円滑に付き合えますからね」
「……分かれば、か」
「それまでは、毎日がずっと、ずっと怖かった。
みんなが何を考えていて、私に何をして欲しいと思っているのかが……分からなかったから……」
心なしかことりの声は震えていた。

「だからずっと笑っていました。嫌われたくなかったですし…」
「でもそれじゃあ気持ちは相手に伝わらない。自分から言ってみないと…」
「不安なの!!それじゃあ不安なの……もし『嫌い』とかそう言うこと言われたら…もう私…」
ことりは泣き出してしまった。
オレは夢で見た幼いことりが何に悩み苦しんでいたのか理解した…
つもりだっただけで、ことりが感じていたものはもっと深いものだったのだと悟った。
オレは無闇に話さず、ことりが泣きやむまで待った。

しばらくするとことりは泣きやみ、
「ズズッ」
っと鼻をすすった。そして話を続けた。

「結局、私はその能力がなければ何もできなかったんですよ。壁を乗り越えることも……」
「これから…これから二人で頑張ればいいだろう」
オレは自分なら、自分ならことりを説得できると……




「これから…これから二人で頑張ればいいだろう」
この言葉を聞いた瞬間、私の心が少し温かくなったように感じた。
真っ暗闇の中にいる私に、わずかに光が当たったように感じた。
しかし、今の自分の思考回路はマイナス方向にしか働かなくなっていた。

「もう私にとってのこれからなんて言うものは不安と絶望しかないんですよ…。毎日ビクビクしながら生きていくんです…」
「それは考え方次第だろ。ことりは、人の心が分からないのは不安だと言ったよな」
「………うん」
「それはオレでも同じなんだよ。オレだけじゃない、誰だって不安なんだよ。
それでも、それだからこそ相手に自分の気持ちを伝えて、ぶつかって、分かり合っていくんじゃんないのか」
“朝倉くんの言っていることは正論です。でも私は臆病者なんです。そんな勇気ないんです…。”

「少し話題を変えるか…。さっきことりは『歌が好きじゃない』って言ったよな。でも本当はその逆で好きなんだろう?」
「違う、本当に私は歌なんか好きじゃ……」
「好きでもないことに何であんなに没頭できるんだよ?」
「それは……」
「ことりはお母さんの勧めで歌を始めたんだってな」
「うん……。お母さんに聖歌隊に入らないかって言われて…本当は入りたくなんかなかったけど……」
これ以上、自分の弱さをさらけ出すのは、いくら彼でも嫌だった。
もうこの場から逃げようと考えていると朝倉くんは全てを悟ったような声で、

「ことりは…、裏付けが欲しかったんだな」
「え………?」
裏付け…?

「相手が自分が好きだという裏付けがあって初めて自分も好きになれる。だから歌に対する気持ちにも何か裏付けが必要だった。
でもことりは不安だった。ことりが好きなものには、いつだって裏付けがあったのだから」
「だから、歌を嫌いだって…?そう思いこんだの?でも、自分のことなんだから私が嫌だと思ったものは嫌なの」
「自分のことは自分が一番よく分からないこともあるんだ」
「だからそんなのじゃ…」
「本当に好きなことだったら裏付けなんて必要ないんだ」
朝倉くんの言っていることがズバズバ当たっているからあまり反論できなくなってきた。

「わ、私は…」
「誰かを好きになったって、何処にも保証はないんだよ。それが当たり前なんだ」
「ふ、不安だよっ!!……そんなの不安だよ…」
「ああ、不安だな」
「…私にはそんなの、怖くて苦しくて………だから…」
「ふぅ。仕方ないな」
「えっ?」
いきなり私の方に回ってきた朝倉くんに驚いた。でもそれだけならまだしも…

「あ、朝倉くん?何を…んっ」
朝倉くんは急に…でもそっと私の唇に朝倉くんのを重ねていた。

「心も見えなくなった。口でも分からない。だったらこれしかないな」
「朝倉くん…」
「ことりの不安は確かに分かるよ。今まで頼っていた能力だもんな。でも、これが当たり前なんだ。絶対に、ことりなら大丈夫だ。
そんなに深刻に考え込む必要なんてないんだ」
「……」
朝倉くんの言葉に私は、何も言えなくなった。

「オレがいる。家族だっている。みっくんやともちゃんだっているだろ?裏付けなんて必要ない。問答無用でことりが好きな人たちだ。
そうだろ?」
「うん……うんっ………」
私は涙がボロボロ出るのを拭いた。そして、その下には――。


「それまでも、純一くんのこと好きだったけど、あれがあってからより一層純一くんが 好きになれた…」
「おいおい、ちょっと待てよ。ことりの想像のオレやけに美化しすぎじゃないか?」
「そうかな?私が感じている純一くんはいつもあんな感じなんだけどなぁ〜」
「…さよですか。あぁかったりぃ」
「もうっ!あの時の純一くん本当にかっこよかったのに…」
「今はもうかっこよくないと…?あ〜ぁことりの口からそんな言葉が出るなんて俺ショックだなぁ〜」
「はぅ〜。そんなこと言ってるんじゃなくってね。今ももちろんかっこいいけど、あの時ドン底から助けてくれて嬉しかったの」
私たちは今、昔話の真っ最中――って言っても5,6年前のことだけど…
純一くんから話し出して始め、ミスコンの時の話が出てそのあと私が今の話をした所です。

「ねえ純一くん」
「なんだ?」
「ミスコンの時、私がなんて言ったか覚えてる?」
「は?あれは強烈だったから忘れる訳ないだろ」
私は素直に純一くんがあのことを覚えてくれていて嬉しいです。

「よかった。じゃあちょっと聞いてね…」
「え?だから何を?」
私は深呼吸をして、

「私は純一くんが好きなんです」
「……」
「……」
沈黙が周りを包みます。

「オレもだよ。オレもことりが大好きだ」
「純一くん…」
「これからもよろしくな!ことり」
「――うん!私からもよろしくね、純一くん」
私の顔から零れたのは、本物の…心からの笑顔です――。





終わり

Yu*H.Aさんあとがき
初SS作品です。
書き終えてから思ったのは………グダったなぁ〜orz

今回は初めてと言う事で原作のワンシーンの加工?と言う形で書いてみました。
気に入ってもらえれば幸いです。
これからも駄文ではありますが、年に数作書いていきたいと思います。

では今回はこんなもんで…

作成日:2008年1月27日
加筆:2009年3月30日

管理人感想
Yu*H.Aさんから頂いたことりSSです。
初SSだそうですが、凄く原作の感じが伝わって来ました。
思わずゲームをまたプレイしたくなるくらいです。
それにしてもことりは本当に可愛いな〜
感想はBBSへどうぞ〜



                                        
心の奥の思い
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