FORTUNE ARTERIAL白エンドの後の前作『そして時代は流れて・・・』の更に後の話です。
未読の方は是非『そして時代は流れて・・・』からどうぞ。
一応説明していますが、月は東に日は西に、夜明け前より瑠璃色なをプレイしているとより理解出来るかと思います。




「久しぶりの地球だねぇ〜」
「久しぶりってレベルじゃないけどね」
そう瑛里華が言う通り、久しぶりなどというレベルでは無い。
あれから・・・珠津島を、地球を離れてから本当に長い年月が流れてしまった。
にも関わらず俺達兄妹は未だに吸血鬼のままで、今もこうして生きている。

「それじゃあ・・・」
「ああ。ありがとうリースちゃん。君がいなかったらこうして地球に戻って来ることも出来なかった」
「ありがとうね、リース」
「別にいい。データを取らせて貰ったお礼」
そう言うリースちゃんの頬はうっすらとだが紅く染まっている。

「フィアッカちゃんにもよろしく」
「分かった」
そう言うと同時にリースちゃんはその場から、フッと消えてしまった。
データを取ったお礼なんてとっくに返して貰っているというのに。

「・・・珠津島はまだあるわよね?」
「さぁね〜。月じゃ最近の地球のことなんてサッパリ分からなかったしなぁ」
本来なら何百年経とうが島が無くなるなんてことは無い。
だが、かつての地球と月の間で起こったオイディプス戦争で、地形が変わるほどのダメージを受けたことを俺達を含む一部の人間は知っている。
攻撃するなら首都圏、主に内陸部だろうから、普通に考えれば島が無くなってるとは思えないが、それでも絶対は無い。

「無事・・・だよね?」
「多分な」
瑛里華が気にしているのは征一郎やあの女、紅瀬ちゃんのことなんだろう。
ま、あの3人がそう簡単にくたばるとは思えないし、大丈夫だろう。




「随分変わったもんだ・・・」
「そう・・・ね。久しぶりに見るけど、これはさすがに気付くわ」
「文明が衰退するほどのダメージを受けたんだ。無傷だとは思ってはいなかったが」
それにしたって山が無くなってるのにはさすがに驚いた。修智館学院はもう無いな。

「全く面影は無いな」
「そりゃあね・・・」
これがあの珠津島か?というくらいに面影が無い。島はあっても、俺達の知る珠津島はもう無いな。

「この辺りに校門があったんだったかな?」
「多分ね」
かつて金角、銀角が守っていた校門はここにあったハズだ。今はいくつか家が建っているが。
俺達は記憶を頼りに山のあった方へと向かって行く。

「あれは・・・」
「征一郎さん!」
「伊織!瑛里華も!」
「予想より随分早いお出迎えだったな」
かつて白鳳寮のあった位置の辺りにある日本家屋から、征は箒を片手に出て来たところだった。
その姿は俺達と同じ、あの頃とほとんど変わっていない。

「わざわざ迎えに来てくれたのかい?」
「バカを言うな。お前たちが生きてるのかも知らなかったと言うのに。ただの偶然だ」
「てっきり征のことだから知っているのかと思ってたよ」
こっちも征が生きてるか死んでるか何てサッパリ分からなかったのだから、ここに来たのは偶然だ。
いや・・・かつてここに学院があったのだから俺達が来たのは必然か。

「サッパリ音沙汰も無いから死んだのかと思っていたぞ」
「俺達の方こそみんな死んだかと思ってたよ。なぁ、瑛里華?」
「私は思ってないわよ!征一郎さん・・・本当に元気そうで良かった」
そう言う瑛里華の目尻には涙が浮かんでいる。実の兄妹の再会か。瑛里華は今でも知らないことだが。

「二人とも変わらんな。立ち話もなんだ、上がってくれ」
征はそう言うと玄関の方へと俺達を促した。




「760年ぶり・・・と言ったところか?」
征は淹れたてのお茶を俺達に差し出しつつ言った。

「もうそんなになるか」
「ああ」
「最後に月で別れて以来ですものね」
征と別れたのは月への本格的な移民が始まるよりも前。月面旅行に共に行って以来だ。
俺と瑛里華はそのまま月に残ったが、征は東儀の使命があると地球に戻ったのだ。
あの時はこんなにも長い別れになるとは思ってもいなかったな。

「吸血鬼や眷族はマルバスにはかからなかったのか?」
「ああ。やはり免疫力が人とは違うのだろう」
マルバス・・・人類を激減させた恐怖のウィルスの名前である。
月にいた俺達には無関係だったが、地球からのテレビ放送を観る限りでは凄惨な事態だったことはよく知っている。
マルバスが流行した時は、地球からの移動がすぐに制限された。そのお陰で月ではほとんどマルバスは流行しなかったのだ。

「ただ・・・」
「ただ?」
「いや、これは別に言うことでは無かった。月は平穏そのものだったのだろう?」
「食糧問題などはあったけど、コロニーとの連携もあって、地球に比べれば大きな問題にはならなかったさ」
そのコロニーもかつての戦争で全て破壊されている。中にはコロニー落としなどという作戦に使われたものもあったくらいだ。

「コロニーか。あれが落ちたせいで、地球の増えかけていた人口は再び激減した。そして科学が大きく衰退する要因にもなった」
「お互い様さ。月も軌道重力トランスポーターの攻撃で、住居ブロックごとドカン。さすがの俺達も危なかったんだから」
「たくさんの人が死んじゃったものね・・・」
知り合いも大勢死んだ。寿命ならともかく、戦争で失うのは悲しいことだ。

「ところで征一郎さん、母様と紅瀬さんは?」
話題を切り替える為か、瑛里華は明るい声で征に尋ねた。

「二人とも元気だ。戦争が起こるまでは世界中を歩きまわっておられた」
「なんとまぁ。あの引き篭もりがね〜」
これは素直に驚いた。確かに21世紀の初頭くらいは日本中を旅して回っていたが、世界を股にかけるようになっていたとは。

「それで今は?」
「この島も戦争の影響を受けてな。お前たちも見た通り、山もかつての屋敷も消し飛んだ。今はかつて千年泉のあった辺りにおられる」
「結局この島に戻ってるのか。瑛里華と違って俺は会いたくないんだがな」
「・・・8世紀経っても許せないのか?」
「別に。ただ会う必要性を感じないだけさ」

900年も生きればどうでもよくなって来る。あれだけ憎かった想いも綺麗さっぱりどこかへ消えてしまったようだ。
まぁ月に行く前の時点でほとんど消えていたのだから、不思議でも何でもないが。
かつては一生消えることも無いと思っていたというのに。
だが、だからと言って禍根が一切残っていないというわけでも無い。

好きの反対は嫌いじゃない、無関心だって言葉があったが、あれを実感することになるとはな。
嫌いって言うのはその人を悪く評価する言葉だが、無関心というのはその人のことをどうとも思っていないということ。
俺にとってあの女はもうそういう存在になっていた。憎み続けるってのも結構大変なもんなんだな・・・

「そうか」
征はそれだけ言うと押し黙り、俺達の間に沈黙が流れる。




「ところで征、少しだけ老けたんじゃないのか?」
「さすがに東儀をまとめる者がいつまでもあの姿ではな」
「でもあんまり変わって無いような気がするんだけど・・・」
瑛里華の言う通り本当にちょっとだけだ。結局若造という印象は変わらないだろう。
まぁ実際は俺達の方がそう思う連中よりも何倍も長生きしているわけだが。

「それで、二人は今日までどうしていたんだ?」
「大したことはしてないさ。戦争の後は月やコロニーでのんびりしてたよ。月の教団に助けられたりはしたが」
「教団とは?」
「今で言うロストテクノロジーを管理するところのことさ」
俺らは実際にそのロストテクノロジーと今言われているものを、実際に見て来たわけだが。
しかし最先端の技術で作られただけあって、ほとんど触れる機会が無かったのが本当のところだ。

「兄さんとはずっと一緒にいたわけでも無いの」
「そうなのか?」
「さすがに800年も妹と連れそう趣味は無いさ」
実際のところ瑛里華と一緒にいたのは最初の10年くらいだ。
俺が一緒にいても地球のことを思い出してしまうだろう、と俺が提案して別行動になった。
再会したのだって偶然。同じように月の教団に助けられたからだ。その後平和になった月でまた別々になった。

「私だってそんな趣味は無いわよ!」
「ふっ」
「征一郎さん、笑わないでよ〜」
今回地球にお姫様がホームステイするだとかって話を聞いて、俺達も戻ろうかと二度目の再会を果たしたのが先月のことだ。
まぁ俺は戻るつもりも無かったので、地球に来たのは瑛里華の意思なんだが。

「もう夕方だ。今日は泊って行くと良い。伽耶様のところへは明日行けば良いだろう?」
「それじゃあお言葉に甘えて泊らせて頂きますか」
「お世話になります」
布団で寝るの何て本当に久しぶりだな。月は基本洋風だし。

その夜俺達は互いの760年間にあったことを語り合った。
長く果てしなく感じる時だったが、思い返してみるとそこまで大きな思い出も無かったりする。
結局のところ戦争も自分が戦ったわけではないし、少々不便はしたが真に生命の危険を感じることは無かった。
もちろん楽しいこともいくつもあった。住めば都とはよく言ったものだ。
だが、それでも、あの頃を超える日々には出会えなかった。
あの頃がそれほどまでに掛け替えのない、眩し過ぎる日々だったから・・・




「眠れないのか?」
縁側から月を見上げていた俺に征が声を掛けて来た。

「いや。久しぶりの月見を楽しんでるだけさ」
「そうか」
そう言うと征は俺の横に腰を下ろす。
コロニーから見る月は大き過ぎて気味が悪かったが、地球から見る月は本当に美しい。
月に住んでいる連中にもこの美しさを教えてやりたい。
逆に地球に住んでる連中にも、月から見る地球の美しさを教えてやりたいものだ。

「ところで征」
「どうした?」
「マルバスの話の時に言い淀んだのは何だったんだい?」
「大したことではない」
「そんな風には聞こえなかったがな」
あの時征の見せた表情は寂しさを隠せていなかった。
おそらく瑛里華も気付いていただろうが、あいつは深入りすることではないと判断したのだろう。

「・・・支倉と白の子どもたちのことだ」
「・・・・・・死んだのかい?」
全てを語らずとも察しは付いた。

「ああ。珠津島はマルバスの感染者が多くてな。残念ながら二人の血を継ぐ者は誰も生き残っていない。東儀の者も多くが死に絶えた」
「そうか」
東儀の人達には世話になったのだが、もうほとんどいないのか。
まぁ生きていたとしてても、見たことも無い子孫なわけだが。

「瑛里華に会えて嬉しかったんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもそのままの意味で言ったつもりだが?」
疑問文に疑問文で返されたので、そのまま征に返してやる。
俺が言ったことの意味が分かっていないハズが無い。

「瑛里華の兄は俺では無い。お前だ」
「あっそ。んじゃ、まぁそういうことにしとくか」
唯一残った血を分けた家族だ。嬉しくないわけは無いだろうに。

「伊織、お前は伽耶様に会うつもりか?」
「言っただろ?会う必要性を感じないのさ」
それが今の俺の偽らざる本心である。これから先も必要だと思うことは永久に無いだろう。

「そうか」
今度は征がそう言った。そして俺達の間に静寂な空間が訪れる。

沈黙・・・だがそれが不快なわけではない。
もうすぐ日本は梅雨だ。月やコロニーには決して無い季節。
そう言えばこの時期は修智館学院だと体育祭の時期だった。

「また学院に通うのもいいかもな」
俺がポツリと呟いたセリフに対して、征が薄い笑みを浮かべたのが横目に見えた・・・





続く

冒頭に書いた通り、前作『そして時代は流れて・・・』の更に後の話です。
白エンド後アフターストーリー5部作みたいな感じを考えてたんですが、早々に2部と3部が完成しちゃいました。
一応1部は半分くらい書いてるんですが、完成が遠い。むしろ4部の方がまだ序盤ですが、先に完成しそうです。
1部は孝平視点、4部は瑛里華視点で書いてます。多分5部はまた伊織視点になりそう。

一気に800年飛ばしましたが、800年も生きたらどうなるか想像もつかないですね〜
最初に名前だけ出したフィアッカみたいな達観した性格になるのかな?とかは考えてますが。
時間的にはフィーナが朝霧家にホームステイし始めた頃になります。
今回書ききれなかった教団との関係もちょこちょこ書きたいですが、書けるかどうかは未定。それでは次回のSSで〜



                                        
月からの帰島
(前編)
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