FORTUNE ARTERIAL白エンドの後の話ですが、孝平と白は出て来ません。
瑛里華&伊織がメインになってます。
あれから何年の時が流れただろう・・・
もう数百年も昔な気がする。それほどにあの日々は濃密に感じた。
俺と瑛里華、征一郎に支倉君、白ちゃんの5人で過ごした時間はわずか1年にも満たなかったが、あの年を超える日々にまだ出会ってない。
「何一人で黄昏てるのよ」
「おや瑛里華。早いお帰りだったね」
「そりゃあね。初めての仕事ならともかく、何度となくやってるんですもの」
「そりゃそうだ」
俺は先ほど自分で淹れた緑茶を啜る。多分こんな気分になるのは、お茶請けのきんつばのせいだろう。
「白のこと・・・思い出してたのかしら?」
瑛里華は俺の正面の椅子に座りつつ聞いて来た。
「あれ?そんなに分かりやすい顔してたかな?」
そんなつもりは全く無かったのだが。
「いいえ。ただ私もそのきんつば見ていたら思い出したから。そうしたら、さっきの兄さんみたいな黄昏たい気持ちになったの」
「妹と気持ちが繋がるとは嬉しい限りだねぇ」
「私は全然嬉しくないわ」
「酷いな〜」
キッパリと否定する瑛里華に苦笑しつつ俺はきんつばを切り、口に放り込んだ。
「瑛里華も休憩したらどうだい?」
「ええ。この書類をまとめたらね。すぐ終わるわ」
そう言うと瑛里華は持ち帰った書類に必要なことを書き込んで行く。
静かな生徒会室で、瑛里華がボールペンを書類に走らせる音だけがする。
「あれからちょうど80年も経つのね」
手を止めないまま顔も上げずに瑛里華は言った。
「さっきの人の独白を全否定しないで欲しいんだけど」
「はぁ?何訳分かんないこと言ってんのよ」
せっかく壮大に数百年なんて単位を使ったというのに、何ともロマンの無い妹だ。
「知ってる?来月支倉君と白の曾孫が入学するのよ?」
「もちろん知ってるさ。交流こそ無くなったが、近況は今でも征が調べてるし」
「征一郎さんも相変わらずね」
支倉君と白ちゃんが逝去してしまった今、俺達はもう支倉家と知り合いでも何でも無い。
何年経とうが姿形が変わらない知り合いなんて、普通に暮らしていれば必要は無いからだ。
彼らに教えても、あの女が言うところの無用な心配事を増やすだけであるのが事実である。
「いやはや全く、若いのに惜しい人物を亡くしたもんだ」
「はいはい」
「流さないで欲しいな」
「いちいちツッコんでたら身が保たないわ」
まぁ、あの二人は十分長生きしていた。
そりゃ吸血鬼や眷属に比べりゃ短い一生だったかも知れないが、人間の平均寿命以上生きれば十分だろう。
それに人の一生ってのは長くダラダラ生きるだけじゃ意味が無いってのは、俺が身を持って知っている。
「全く、これだからばあさんは」
「何ですってぇ〜?誰がばあさんよ!私がばあさんなら兄さんはじいさんじゃない!」
「そうだよ。まぁ俺は80年前の時点で既にじいさんだったけどね〜」
「くぅ〜」
外見は何も変わらなくても中身は完全にじいさんだ。
知識を無駄に持っているし、考え方も穿っている。若さゆえの無鉄砲さは・・・俺の場合あんまり変わらないかな。
「それにしても先日の卒業式は楽しかったねぇ。見たかい、あの時の元生徒会長の顔?」
「生徒全員が見てたわよ。あんな引き攣った顔今まで見たこと無いわ」
「ははは、俺も初めて見たよ。人間ってあんな顔も出来るんだね。この齢になっても知らないことは山ほどあるな」
「それは永遠に知らなくても良かったと思うわ」
予算をケチりまくってた前生徒会長のお陰で、今年の卒業式は豪華絢爛な式になった。
来年の俺の卒業式もあれくらいであって欲しいものだ。
「さあて来月の新入生歓迎会はどうしようかな?」
「あんなくだらないことにお金遣ったせいで予算が無いのよ。大きなことは出来ないからね」
「くだらないとは酷い。素晴らしい先輩方に一生ものの思い出をプレゼントしたんじゃないか」
「先輩方・・・ねぇ」
瑛里華はそう言うと動かしていた手を止めて窓の外を見つめた。
「どうかしたか?」
瑛里華につられて外を見るが、特に何も無い。真っ青な空が広がっているだけだ。
「いいえ。その先輩方の一人の月での開発を思い出しただけ」
「ああ月面移住計画に必要なマスドライバーだね。あれは本当に凄いな」
もうかなり昔の話だが、この学院を卒業した生徒の一人がマスドライバー開発に携わったのだ。
もちろん一人で作ったわけでもなし、ただの共同開発者と言えばそこまでだが、歴史に名を残したことには違いない。
「月に・・・行ってみたいわね」
そういう瑛里華の表情には寂しさのようなものが混じっていた。
この数十年で幾度となく見た顔。人と・・・違った時間を生きなければならない吸血鬼の宿命とでもいうべきものか。
俺はそんなものとっくに乗り越えたと思う。事実支倉君達が亡くなった時も瑛里華ほどのショックを受けなかった。
しかしそれは乗り越えたと言って良いのだろうか?いずれ人が死ぬことを、あの女のようにどうとも思わなくなるかと思うと怖く思う。
「どうかしたの?」
考え込んでいた俺に瑛里華は心配そうな顔で聞いて来た。よほど深刻そうな顔になっていたのだろう。
「んじゃ卒業したら行こうか。今じゃ宇宙旅行も珍しくない」
さっきまで考えていたことを誤魔化すように俺は明るい声でそう言った。
宇宙旅行どころか、コロニーだって今や当たり前。まぁコロニーはデブリ衝突による事故によって、かつての人気も下火になっているが。
調査移民船なんてものも20年ほど前にいくつか出たくらいだ。どうせならそれに乗っても良かったな。
いや、あの船は目的地まで40年以上掛かるんだっけ?年をとらなきゃさすがにバレるか。
「は?あの兄さん・・・真剣に受け止められても困るんだけど」
「別に夏休みでもいいぞ?」
「いや・・・だから」
「来年の目標みたいなものが出来たな〜。いっそ月に移住してもいいかもな。あの女と二度と会わなくて済むし、何より楽しそうだ」
別に本音を言うとあの女のことはもうどうでもいい。
時の流れのせいか、支倉君と白ちゃんのお陰か、俺にとっては会おうが会わまいがどうでも良かった。
「でも」
「絶対に楽しいぞ」
まだ月面に一般の人は住んでいないが、近い将来移住も可能になるであろう。
このまま地球にいるよりは変化に富んだ日々が送れそうだ。
「・・・そう、ね。きっと楽しいわ」
「だろう?それじゃまずは旅行に必要な資金集めだな。え〜っと月に行くにはいくらくらい必要なんだったかな?」
「少なくとも学生が1年間アルバイトしたくらいじゃ到底足りないわよ」
瑛里華は楽しそうにそう言った。まぁ俺達の時間は限りなく無限だ。1年でも10年でもアルバイトしてやろう。
このまま地球にいても昔の思い出が苦しめるだけだ。それならばこの島から、この国から、この星から離れればいい。
逃げることもたまには必要だ。逃げることで時間が心の傷を癒してくれることもある。
そう、瑛里華だけじゃない。俺にとっても、この場所には大切な思い出が多過ぎる。
「それじゃあ月面移住計画を立てるとしますか」
「それより先に新入生歓迎会の方をしてよね」
「まぁそれはまた明日ってことで」
「ダメよ。兄さん任せにしてるとそのままぶっつけ本番になりかねないし」
完全に行動パターンを読まれていることに苦笑しつつ、俺は再び窓の外を見た。
まだ夕方前だが月がハッキリと見える。あの月は・・・俺達悠久の時を生きる生物の楽園になり得るのだろうか?
「すまん、少々手間取った」
「やあ征。ちょうど良いところに。良い計画があるんだが聞いてくれないか?」
「もう、いい加減仕事してよね」
「伊織の言う良い計画にまともなことがあった試しが無いな」
「そんなこと無いって。いいか、驚くなよ?来年に・・・」
終わり
FORTUNE ARTERIAL初SS・・・じゃないです。完成は最初ですが、他に二つ書きかけがあったりします。
白エンドの80年後というとんでも設定でしたが、どうでしたでしょうか?
分かる人には分かるPrincess Holidayネタと夜明け前より瑠璃色なネタを織り交ぜてます。オーガスト作品の世界を強引に繋がらせました。
80年後にしたのは、90年後にするとマルバスが流行っちゃうからです。まぁ歴史が変わった世界と考えられなくも無いですが。
悠久の時を生きる吸血鬼と眷族にスポットを当てたので、出来れば桐葉や伽耶も出したかったんですけどね〜
一応自分が不老不死になったら・・・って感じを考えて書きましたが、自分の場合多分精神が保たないですかね。
100年ならまだしも、200年も生きれば自殺しちゃいそうです。ちなみに白エンドの後にしたのは生徒会メンバーの都合上。
どのルートでも白が眷族になることは無さそうだったので、生徒会メンバーを3人にする為の消去法でこうなりました。